繋留中

先週よりの懸案だった、that とit、ようやく決着を見ました。
解決の兆しは、杉山忠一 『英文法詳解』 (学研) の記述 (pp.124-125)。

  • itは前に一度述べたことをさすのに用いるだけで、何かを指さして「それ」という意味には用いない。この場合は指示代名詞に限る。

決め手となったのは、宮田幸一 『教壇の英文法』 (改訂版、pp.426-428)。とりわけ、第2図を第3図へと修正しているところが秀逸。AAO! だけでは、こうはいかないでしょう。困ったときの何とやらですね。ちなみに、復刊なった『日本語文法の輪郭』 (2009年、くろしお出版) では、第二十一章 「代名詞」の項目、1. 指示代名詞、として、pp.155-158 で「第一近称」「第二近称」「遠称」の解説がなされているので、ご参考までに。

1限のLHRに続いて、授業は淡々と。
高1は例によって音読を準備していたようだが、『P単』リベンジ。10題の復習チェック。ここでも、トレーニングとして何をやれば覚えられて、思い出せて、使えるのか、という点に対して、なんの吟味もせずただ紙に書いているだけという輩が目につく。高2,高3のクラスでの良きrole modelsとして名前を挙げておいた生徒がいるのだが、その生徒に質問にいったり、話しを聞きに行ったりした者は皆無。どこで自分の殻を破るのか。残念極まりなし。

高2は、テキストの精読。段落内の構成、段落にまたがる構成の2つを理解していれば、こんなご利益がありますよ、という授業。パラグラフリーディングという大ネタではなく、いつもと同じで、地に足のついた考察です。
高3は、分裂文と疑似分裂文 (こんな用語は使いませんけれど) を板書し、考えておくように指示。
関係詞の復習、疑問文の復習を地道に行って、新情報と旧情報、前提と焦点という「用語」を知ることと、「概念形成」がなされていることとの違いを感じて欲しい。
放課後は職員会議。年内の総括。
入試問題の作成など問題山積。かなり憤慨。


ひとりになって、『英語青年』 (1986年、5月号) 山田和男氏追悼特集を読む。
このところ、語研の講座の準備で、英作文指導の巨星たちに関わる雑誌記事を読んでいるのだが、これは初めて読んだ。

  • 30万語の用例カード

今時の「コーパス」世代にしてみれば、大した数字ではないと思うだろうが、自分で用例集を作った経験のある者にとっては気の遠くなるような世界だ。三省堂の 『新クラウン和英』 執筆 (そう、文字通り「執筆」なのです) の、エピソードなど、とても30〜40代の業績とは思えないようなことを平然と成し遂げる巨人たちが英語を学ぶ者を導いていた時代でもあったのだ。
西川正身氏の「控え目な人」 (p.18) より。

  • 山田和男君の名を初めて知ったのは、山田君がわたしたちの雑誌『新英米文学』に横光利一の喜劇「閉まらぬカーテン」の英訳を発表した時だった。1933年のことで山田君との付き合いはこのときに始まる。
  • 山田君は、和文英訳の参考資料にと、早くから向こうの物を次々と読んでは用例を集めていた。わたしが知った頃には、何万という数の用例が集まっていた。その厖大な量の用例を時折小出しに使いはするものの、なかなか一冊の書物にまとめようとしない。慎重のうえにも慎重を期していることはよくわかるが、傍らから見ていて歯がゆくてならなかった。そこである時、「一刻も早く本にするんだね。せっかくの用例も、集めた君自身でなくては有効に使えないのだから」といってみた。このわたしの発言がひとつのきっかけとなって (と信じるが)、やがて『新クラウン和英辞典』がついに出版になった。

市川繁治郎氏の「『英語名人時代の終焉』」 (p.20) より。

  • 40代半ばの山田氏は既に『英語青年』和文英訳欄の担当者として、大家の風格を備えておられた。以後、私の草稿を、「市川君、これは英語になっていないね」と、きびしく直してくださった。人間、30歳を過ぎると、なかなか、直接に叱正を受ける機会は得られないものである。有り難いことであった。
  • 『英語青年』和文英訳欄をnative speakersとの共同担当としてはどうかという提案をしたことがあるが、それに対して山田氏は「いや、この欄は、日本人でも、努力すれば、ここまでの英語力を身に付けることができるということを示すものとして、このままでいい。それに我々には、英米のプロのwritersの用例という立派な手本もあるのだから」と言われた。氏の自信の程を示す答えであった。武信・勝俣・伊地知・増田・小沢・山田の各氏という、担当者の系譜を見るとき、そこには、他の追随を許さない、英文の最高指導者という共通のイメージがある。

今の英語教育の世界で、このように追悼特集が組まれる人はどのくらいいるのだろうか、と指を折る。
指を止めて、ある思いに至る。

  • その前に、その特集を組んで載せてくれる雑誌が、もうないのだな…。

流行を追うことに忙しく、人を忘れることに痛みを感じなくなってはお終いであろうに。

呉春で晩酌。牡蠣フライを噛みしめる。
早めに床に就く。

本日のBGM: 愛のために (奥田民生)