直輸入can-do statementsはなぜ使い勝手が悪いのか?

このブログでも過去に紹介しているcan-do statementだが、日本ではなかなか普及・定着しない。私が部長を務めている研究会でも2001年からずっとその有用性を指摘しているCanadian Language Benchmarksでも詳細で具体的なCan-do statementsやsample tasksを提供しているのである(過去ログ参照:http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061016 )が、彼我の差を感じる専門家は多いだろう。同じ東アジアの国である韓国や台湾ではこのようなcan-do statementsの導入は成功しているのだろうか?(韓国の例はこちらhttp://www.kotesol.org/younglearn/documents/EresStandardsforYoungLearnersInitialA.pdf
なぜ、このような有用な指標を翻訳するなどして日本で普及させられないのだろうか?
答えは簡単。
日本ではカナダのような詳細にわたるほどの英語を用いた現実のニーズがまだないから。
元日は地元の七福神を巡ったが、そこでのやりとりは全て日本語で用が足りた。
近くのスーパーや商店で買い物をしたり、役所や銀行で手続きをしたり、自分の家にかかってくる電話に応えたり、テレビやラジオのニュースを聞いたり、日常生活を送る上で「英語でこれこれの活動ができると英語のレベルがこのくらい」といえるほど詳細な英語使用のニーズは見あたらない。
平均的な社会人が職務で用いる言語は「英語」だろうか?最近では、「あなたの会社もいつ外資に買収されて、業務上英語が使えないと困ることになるかも」などという現実の使用場面・日常のニーズを持ち出す人がいるのだが、どの程度の日本人に当てはまるのだろうか。例えば、私の地元の外食産業では外国人の労働者が増えているものの、彼らの方が日本語を学び、日本語を用いている。その必要があるからである。確かに彼ら同士は母語で話をしているが、その言語が英語であるケースは稀である。また、英語学習雑誌では時折「ビジネスパーソンに学べ」などという特集で、英語を最前線で用いている社会人や実業人を引き合いに出し、「英語はもうこんなに日常必須言語なのですよ」というメッセージを送ってくれるのだが、「最前線」にいる社会人って、何パーセントくらいなのだろうか?中小企業に勤務していたり、地元で自営の会社を営んでいる人も、ある日、提携先、取引先が外資に変わったり、海外に工場を新設しなければならなくなったり、より安価な原材料を海外から調達しなければならなくなったりするかもしれない。でもそのニーズを持ち合わせている人は日本人のどのくらいの割合なのだろうか?
このように考えると、日本の公教育に於ける英語学習のニーズとして、英語圏で用いられているcan-do statementsをそのまま輸入しても意味のないことがよく分かるだろう。現実的な動機付けとなるgeneralでdaily-life な英語使用のニーズは「学校教育」「英語授業の教室」の中にこそあるのである。(English for General PurposeとEnglish for Specific Purposesに関しては、過去ログhttp://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20051209 参照のこと)
外界の現実の使用場面を英語教室に取り込もうと躍起になるのではなく、英語教室での英語使用を学びの実態に一致させる、リアリティーのある学びを、英語を通して・英語を活用して行うことにこそエネルギーを割く工夫が出来ないものだろうか。
日本では、小中高では基本的に「日本語」を用いて公教育が行われている。教員はもとより事務職員や養護教員、カウンセラーとの会話でも「英語」を用いる必然性は希薄である。したがって、英語の授業を中心として、学習活動、学習形態、議題・話題・主題、目的、定型表現と語彙といったマトリクスを日本の環境に応じて整備することが英語教育の専門家の急務である。
国内でもすでに、福岡県立香住丘高校、清泉女子大学では日本の学習環境を踏まえた独自の項目を追加したcan-do statementsの整備が進められている。(香住can-doのサンプルPDFはこちら。http://www.cieej.or.jp/toefl/mailmagazine/mm50/img/selhicando.pdf
今こそ、知恵と実践を共有するときである。

ちなみに、英国でのNational Curriculum MFL Key Stage 2改訂を踏まえたEuropean Language Portfolioのジュニア版も昨年になって公開された。

こちらからジュニア版PDF、教師用ガイドがダウンロードできます。パスポートだけはWORDファイルです。
http://www.primarylanguages.org.uk/resources/assessment_and_recording/european_language_portfolio.aspx

小学校英語のカリキュラム、シラバスを考えなければならないときが早晩訪れるだろう。その時この程度のことは整備しておきたい。
本日のBGM: There'll Be Some Changes Made (Dick Hyman Group featuring Howard Alden; Music from the Motion Picture Sweet and Lowdown;『ギター弾きの恋』O.S.T.より)

※2016年5月15日追記:リンク切れのため、以下補足。

ポートフォリオの生みの親とも言える、David Little らによる、スタートからこれまでの経緯をまとめたもの。
https://rm.coe.int/CoERMPublicCommonSearchServices/DisplayDCTMContent?documentId=09000016804595a7

European Language Portfolio 2006年第3版び Teacher's Guide
http://deniscousineau.pbworks.com/f/teachersguide_revised.pdf