語りのダイナミズム

  • 私たち人は、古くから長く、こうした言葉や語りの強い力のようなものに強く魅せられ、その本質を何とかして掴みたいと躍起になってきたのかも知れません。当然のことながら、心理学もその例外ではないのでしょう。ただし、旧来の心理学は、多くの場合、人の、本来、実に味わい深い生きた言葉や語りを、ごく少数の味気ない記号や数値に置き換えて分析しようとしてきたのかも知れません。そして、結果的に、それは、人が起こす複雑・多様な心的および社会的な現象を、きわめて単純明快な量的図式に還元することに、ある程度は成功し得たのだとは言えますが、それら、本来、生の固まりとして在った現象を、不自然に解体、脱文脈化し、また再加工するという一連の仕業によって、そこに本源的に備わっていた意味や力を、不当にも、どこかに置き去りにしてきてしまったとも言い得るのでしょう。(pp.191-192)
  • 旧来の心理学が専ら論理的実証主義および演繹的思考法に従い、既成の理論からトップダウン的に導出される仮説の検証に明け暮れるあまり、問うべき仮説自体が極めて形骸化あるいは貧困化してきているのではないかということであります。(p.194)

遠藤利彦「質的研究と語りをめぐるいくつかの雑感」(能知正博編『<語り>と出会う 質的研究の新たな展開に向けて』ミネルヴァ書房、2006年)よりの抜粋である。質的研究の見直しは、広島大の柳瀬陽介氏がかねてより主張しているが、私の場合はライティングに於ける「テクストタイプ」からのアプローチで「ナラティブ」「ナラトロジー」へとたどり着いたので、このような心理学プロパーの論考は新鮮であった。

もともとは「日本質的心理学会第2回大会」のシンポジウムが本にまとまったもの。執筆者は他に、能知正博、桜井厚、朴東燮、茂呂雄二、森岡正芳、南博文。巻頭の能知氏による論考で、「ナラティブ」という概念がどのように使われるようになったかを概観することができる。ナラティブに興味のある方は是非一読を。
英語教育の分野においても、コーパス全盛の時代、基礎データがそもそもどのような人のどのような発話だったのかという視点は顧みられることが少ないのではないだろうか。
最近読んだ論文で、日本語のコーパス化に関して気になる扱いがあり、その時に思い出したのが上で引用した遠藤氏の言葉だった。
石川慎一郎「日本人児童用英語基本語表開発に於ける頻度と認知度の問題―母語コーパスと対象語コーパスの頻度融合の手法―」から抜粋する。

  • 日本語は常に1語の英単語に変換することとし、成句への変換は避けた。このため、「探す」の訳語はlook forではなく、searchとなる。searchとlook forを比較した場合、look forのほうが平易で頻度も高いわけであるが、個々の語が結合して異なる意味を帯びる成句は、小学生には処理負荷が高い。また、成句の概念を許容すれば、lookとforが既習であると、look forも自動的に既習とみなすことになりがちで、教育現場での語数コントロールが困難になる恐れがある。同じ理由から、「今度」「毎日」「朝顔」「入院・退院」「留守番」「ランドセル」など英語で2語以上になるものについては今回のリストから排除した。

「小学生はいったいどんなことを表現したいと思っていて、実際に表現しているのか」ということを具現化するのに日本語コーパスを利用するというのは極めて重要な意味を持つ取り組みであるので、今後とも注目したいと思う。しかしながら「はいそうですか」と論文を読んで終わりには出来ないのである。母語コーパスと対象語コーパスの融合に定石と言える手法は(今までのところ)存在しないので、端緒としては何でもありなのだろうとは思うが、これでは、子どもが日常行っている日本語での言語活動のダイナミズムは完全に失われてしまうのではないだろうか。石川がこの論文で、「日本人児童用英語基本語彙表」の特徴としてあげているのは以下の4点。

  1. 日本人児童がインプットとして受ける日本語語彙をふまえていること
  2. 日本人児童がアウトプットしやすい語彙を反映していること
  3. 他の語彙表・重要語などの再構成でなく、一次的言語資料から切り出されたものであること
  4. とくに発信のニーズに応える語彙を選んでいること

茶筅の開発で日本語コーパスの構築は容易にはなった。しかし、処理しやすい・処理できる情報のみを処理して得られる考察は最初から割り引いて考える必要がある。そもそも日本語における「語」をどうとらえるのかという基本的なところから見直すことも必要だし、国語教育における井上一郎氏の一連の著作など、日本の児童の産生した作文からなる語彙発達段階の分析などからも学ぶべきことは多いのではないかと思われる。
NHKテレビ「3か月トピック英会話」の1月からは新シリーズで『ジュークボックス英会話』。講師は東大の佐藤良明氏。副題は「歌詞から学ぶ感情表現」。テキストを読んでいるのだが、期待していたほどの内容ではなかった。また放送でカバーされる部分と別売CDに収録されている部分とがはっきりしないのはもう少しなんとかならないのだろうか。試聴を続けていれば慣れてくるのか?巻末連載はDr. コーパスこと投野由紀夫氏の「3大動詞でキモチを表す!」。have, get, makeの3つを扱うようだ。今月はhave。
ビデオに録っておいた『剣客商売 辻斬り』を見る。中村又五郎の秋山小兵衛は初めて見た。普段の所作の柔らかさ、可愛らしさ、殺陣での流れるような体捌きは又五郎ならではか。舞台を見たかったなあ…。

本日のBGM: それはぼくぢゃないよ(大瀧詠一)