「…を活かす」を活かすには?

今日は「気になる語法シリーズ」で新たな記事。

「活用」の話し。
「活用」といっても、動詞や形容詞の活用形の話しではなく、

  • 「…を活かす;…を活用する」

という意味に関わる表現形式を取り上げます。

高校段階以上の教材やテストでは、次のような例文を見ることが多いのでは?

1. あなたはこの機会を最大限に活かしなさい。
You should make the most of this chance.

2. 彼は逆境の中で精いっぱい頑張ろうとした。
He tried to make the best of a bad situation.

"make the most of" に続く内容は、プラスマイナスの制約が弱いのに対して、"make the best of" の方は、対象は「通例 goodとはみなされない、みなし難い;不本意な」もの、こととなる、というような知識が求められているのではないかと思います。

その一方で日本のテストでは、make the most of の方を正答として求める出題が多いような印象を受けます。of に続く、ものや環境の選択の幅が広いことがその背景にあることでしょう。

3. 時間をできるだけ有効に使いなさい。
   Make the most of your time.
4. あなたには才能を最大限に活かして欲しい。
I want you to make the most of your talents.

この4の例で、(?) make the best of を使うと、文法的には誤りではないが、「あなたの才能」はgoodとは言えないシロモノ、というような解釈をされかねないので、bestとmostの選択であれば、通例mostを選ぶ、という理屈で解答に当たっての選択肢を絞ることになるでしょう。

「goodとはみなされない、みなし難い(=not good enough; not satisfactory)」ものごとを取り上げている、適切なmake the best of の例を見ていきましょう。

5. 今ある物で我慢するほか仕方がない.
We have no choice but to make the best of what we have. (W)
6. I was in a mess and there was no one to help me, so I just had to make the best of it.
私は混乱していたし、助けてくれる人もいなかったので、その状況を受け入れ何とかするしかなかった。 (MED、2002年)
7. I’ll help you to make the best of the voice that you do have, though it’s not good enough for professional singers.
プロの歌手になるには十分ではないけれど、あなたが持っているその声を最大限に生かすお手伝いをします。 (ロングマン句動詞辞典、1983年)

映画のワンシーンがこちら。
Game of Thrones - The Bear and the Maiden Fair (2011年)

must make the best of our circumstances.www.getyarn.io

How do I make the best of my circumstances?www.getyarn.io

テストで出題される問題は、だいたい、上記の知識で対応可能ですが、実際の「活用」の生息域では、さまざまな表現が交わされているので厄介です。

「活用」のためには、まず「使う」ことが必須ですから、動詞useに対応する名詞のuseを文字通り活用します。

8. 君はこの機会をうまく生かしなさい
You should make good use of this opportunity.

この場合の名詞useは不可算扱いで、無冠詞です。形容詞はgoodの他に fullやeffective 、maximumなどが使われます。
形容詞の部分が「どの程度の活用なのか」を示すものですが、この表現の場合には、ofに続く名詞の評価にはそれほど強い制約はなく、かなり幅があると思います。

9. I hope you will make full use of our facilities.
あなたが我々の設備を十分にご活用なさることを願っております (G6)

10. 映像メディアの特質を十分生かした授業をしています
I am teaching courses which make full use of the unique characteristics of image media. (O-LEX和英)

形容詞goodを踏まえて、比較級はbetterが考えられます。

11. 彼女はこれからは時間をもっとうまく活用しようと決心した
She decided to make better use of her time from now on. (W和英)

12. We could make better use of our resources.
私たちは資源をもっと有効に使えるはずだ (Oxford類語)

比較級があるなら、最上級もある、となるのが人情。
ただし、日本の教材や辞書では、最上級はほぼほぼ定冠詞theのついたものが示されます。

13. Try to make the best use of your time.
時間を最大限利用するようにしなさい. (コンパスローズ)

14. 自分の特長をうまく生かせる仕事に就きたい
I'd like to find a job where I can make the best use of my talent. (O-LEX和英)

15. 子育ては親を目一杯利用してという若い人が多い
There are many young couples who want to make the best use of their parents in raising their children. (W和英)


続いて、COCA系の検索結果を見て下さい。
NOWはデータ量が多過ぎて、年ごとの変化は出してくれませんでした。それでもbetterの無冠詞だけでなく、bestの無冠詞もかなり拾っています。

COCAで米語の状況を。
話し言葉のヒット数こそ少ないですが、better, bestともに無冠詞でも実際に使われていることがわかります。


TVコーパスを見ると、英文化圏の網掛けの色が濃くなっているのが分かります。

そしてGLOWBE。10年前のデータにはなりますが、英国でのbetter/bestの網掛けの濃さは何を物語るか?
GLOWBEは均衡コーパスではありませんが、無視できない結果だと思います。

この検索結果に見られるような、無冠詞での make best use of の実例を見てみましょう。


Do your learners have access to iPads but you are not sure how to make best use of them for supporting your learners with ASN? Join our #FreeWebinarWed on 15th May where Linsey will take us on a journey to unlock the power of digital pedagogy!
学習者がiPadにアクセスできるようになったものの、ASNの学習者をサポートするために、どうすればiPadを最大限に活かせるのかわからないということはありませんか?5月15日(水)に開催される 無料ウェビナーに参加して下さい。リンゼイがデジタル教育の力を引き出す旅へと誘います!
https://twitter.com/CALLScotland/status/1786282041233039480


Made best use of the weekend weather to get wet! Superb diving around Strangford Lough, the largest sea lough in the British Isles and one of just three UK Marine Nature reserves. Let's work together to retain and enhance such a unique asset
週末の天気を最大限利用して、びしょ濡れになりました!イギリス諸島最大の海峡であり、イギリスでわずか 3 つの海洋自然保護区の 1 つであるストラングフォード ラフ周辺での素晴らしいダイビング。このようなユニークな資産を維持し、強化するために協力しましょう
https://twitter.com/ChrisMccracken_/status/1782521422130155680

どちらの投稿も、英文化圏ですね。

次の動画の中でも、無冠詞の “make best use of” が使われていました。

youtu.be

2分少々過ぎから、こんな内容になります。


Using assessment, teacher-made classroom based tests, quizzes, uh and any other form of elicitation of student performance in the classroom as part of, you know, the everyday teaching, how can we make best use of these activities to promote learning, in other words the quality of the students learning?

キングスカレッジ・ロンドンの教授の使う英語で、無冠詞の ”make best use of” が聞かれることを確認しました。


この辺りも、NgramViewerで見ておきましょう。

全体





米では、比較級のbetterはそれなりの頻度ですが、bestの無冠詞とは大きく差があります。この米の状況に比べて、英の方が、無冠詞のbestの比率が高く、他の表現との差が小さいように思います。

その一方で、名詞 useの意味に頼らず、分母・母集団から引き出す、という表現でmake the most of の代わりに、(?) make most ofを使う人もいるようです。

次の英文は、お茶の水女子大の2022年度の前期入試の公式解答例(2024年5月8日現在)からの抜粋です。

ライティングの解答例ですね。

問題
https://www.ao.ocha.ac.jp/past_test/body/d009462_d/fil/R4_gakubuippan_eigo.pdf
解答例
https://www.ao.ocha.ac.jp/past_test/body/d009462_d/fil/R4_kaito_eigo.pdf
2022年度の問題の掲載は今年度いっぱいですので、お早めに。


私が気になったのは、一行目の “… help us make most of our failures” の部分です。
確かに、近年、無冠詞のmake most of を大部分とか大多数などといった割合の表現ではなく、「活用」の文脈で、chance(s)とかopportunity(opportunities)などと一緒に使う人がいるなぁ、という印象は持っていましたが、failureと使うのはちょっと驚きでした。

定冠詞や所有格での限定があるものだというのが私の理解であり語感。

そして、「イマドキ」の表現では名詞が単数形のところを確認。

その一方で、failureとの共起は、各種オンラインコーパスでも芳しい結果は得られず、NOWで1例が見つかったくらい。


この文脈では、”took advantage of” と置き換えて意味が通るので、”made most of” を「活用」の意味で使っていることが窺えます。

WEBでの検索をしばらくやっていて、一例見つかったものがこちら。

Internationalisation and entrepreneurship: lessons from SME failure in the United Kingdom and the Netherlands

https://www.hva.nl/binaries/content/assets/subsites/ondernemerschap/onderzoek/fenix/fenix-data-03-internationalisering-bij-falen.pdf?1644343001662

オランダのAMSIBの大学生の所謂「卒論」に当たる論文のようです。


論文では引用符がついていたので、参考文献の原典に当たってみました。

Lee, J., & Miesing, P. (2017). How entrepreneurs can benefit from failure management. Organizational Dynamics, 46(3), 157-164. doi: 
https://doi.org/10.1016/j.orgdyn.2017.03.001

“filure(s) management” という分野の論文ですから、とにかく到る処に ”failure(s)” が出てきます。
大学生の論文の “systematic ways” で絞り込んで検索してみたところ、該当箇所がヒットしました。

原典では、
“the systematic ways to make the most from failure”
という表現になっているではありませんか! そうです、先ほどの学生の引用での (?) make most of failure は、全くの誤記だったのです。

ということで、調査・精査は振り出しに戻りました。
無冠詞のmostをあたかも名詞であるかのように使い「活用」の意味を表す用法は、現代の英語ではどの程度浸透してきているのか、気になるところです。
個人的には、気持ちはわからないでもないけれど、やめて欲しい使い方です。
特に、ofの後に多数や多量を意味するような名詞句が来ると、聞き手/読み手は混乱すると思います。

16. She makes most of her own clothes, copying any fashion which takes her fancy.
彼女は気に入ったファッションをまねて洋服の大部分を自分で作る. (コウビルド米語英英和)

この文を書いて (?)「自分の服を最大限に活用する」というつもりだ、といわれても、というのが正直な気持ちです。
やはり、少なくとも定冠詞のtheをつけて、”get the most out of “ と置き換えられるような言い方をするのが好ましいと思うのですね。

NOWで get the most out of

ただし、頻度では、get the most out of よりも、make the most ofが相当に優位です。

関連表現を比較しておきます。

全体





get the most out of を入れて比較

make the most of を入れて関連表現と比較

この最後の検索では、 "make most of"が、「生起・産出」の文脈なのか、「活用」の文脈なのかは不明です。
ただ、ここまでの一連の検索結果や、実例を観察すると、"make most of" を「活用」の文脈で使うのは、少数派と見るべきかと思います。

上述のお茶の水女子大の解答例に関しては、大学側が

  • 解答例等について、個別のお問合せにはお答えいたしかねます。

と明記しているので、私のような一介の英語講師が問い合わせてもダメでしょうが、受験生(候補)が説明会とかで尋ねるのはありなんじゃないか、とか思ったりして。

もし、この解答例に関して、何か情報を得られた方がいましたら、ご連絡お願いします。

本日はこの辺で。

本日のBGM: いかすぜ!ポジティブ・シンキング (パール兄弟)

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