have difficulty の扱いにどの程度苦労する?

日本の英語教室内外で課されるテストでは、次のような問題がよく見られます。

1. 彼は新しい環境に馴染むのに苦労しているようだ。
He (ア in イ to ウ getting used エ seems to オ have difficulty) his new environment.

2. 大学の4年生の一部は英語をなかなか理解できないが,大半はよく理解できる。
 A few ( ) ( ) ( X ) but ( ) understand ( ).
1.understanding English 2.most seniors 3.of those university's seniors
4.have difficulty 5.English well

※どちらも、整序完成で、不要・不足はない設問です。完成すると期待される英文は、

1. He seems to have difficulty in getting used to his new environment.
2. A few of those university’s seniors have difficulty understanding English but most seniors understand English well.

でしょうね。2.の英文は少しぎこちないものになりますが、文法語法上の間違いはありません。

問題は、have difficulty に続く部分が、 in + ingになるか、 ing単独かは、出題者が決めているということ。


以下、同じ項目で、まずはinアリの出題例。

3.When Yuta visited northeastern England, ( 1 ) ( 2 ) ( 3* ) ( 4 ) ( 5* ) ( 6 ) culture at first.
A.understanding B.had C.difficulty D.their E.he F.in
4. 一人でその企画を完成させるのは大変でしょう。
( ) ( ) ( ) ( ) ( ○ ) ( ) ( ) ( ) yourself.
[① a lot of ② by ③ completing ④ difficulty ⑤ have ⑥ in ⑦ that project ⑧ you'll]

5. 彼女は簡単にレストランを見つけるでしょう。
She will ( ) ( ) ( * ) ( ) ( ) the restaurant.
(a) in (b) difficulty (c) have (d) finding (e) no

続いてinナシの ing単独。

6. 彼の家を見つけるのは全然苦労しないだろう。
You ( ) ( * ) ( ) ( ) ( * ) ( ) finding his house.
(1) all (2) difficulty (3) have (4) no (5) at (6) will
7. Chloe (① her point ② great difficulty ③ across ④ had ⑤ getting) to the band members.
8. 彼は学生の質問すべてに答えるのに苦労した。
He (A. all B. answering C. asked D. by E. difficulty F. had G. questions H. the) the students.


この項目、古くは、上本明 『現代英語の用法』(研究社、1972年)で、取り上げられ、

一部で言われるほど、inを用いない構文のほうが普通というわけではなく、むしろinを用いる場合のほうが、(特にnoやlittle、あるいはgreatなどの限定語がdifficultの前につくときに)、多いということである。
もっとも以上のことは、用いる人の好みとか、構造上の問題とか、文体や微妙な文意の差など、いろいろの要因も介在していることであるから、一概に言い切れることではない。(pp.88-90)

とコメントされています。上本は、同書で、次の関連表現も取り上げて考察。

busy / have trouble / lose no time / there is no use

ほぼ同時代の学参で、金子稔&J.キャレンダー 『英語クリニック』(吾妻書房、1972年)では、このdifficultyに続く ingの表現で、

inは省略してもけっこうです。最近の英語では英米共にinを省略する傾向があります。(p.181)

difficultyのかわりに a hard timeを使っても同じことです。

  • ingの前のinが省略されるのは現代英語によく見られる現象です。(p.181)

と解説を加えています。

Ngram Viewerで、上本本や金子本の時代と重なる1960年代からの概況を眺めてみます。
過去文脈で、had 名詞 ingかhad 名詞 in ingか?

全体

AmE

確かに、60年代、70年代では、米語法でも、no difficultyに続く場合は in -ingが優勢であったが、80年代,90年代で変化が見られます。


一方の英語法では、2000年代以降で差が縮まりはしているが、まだ no difficulty in -ingが優勢。

ざっくりとした検索結果ですが、全体とBrEではin -ingが優勢で、AmEでは拮抗していることが推察できます。

比較的近年のコーパス資料や英語ネイティブの語感を調査した佐久間治『ネイティブが使う英語・避ける英語』(研究社、2013年)では、

近年では、inを除いた語法が、特別な事情がない限り、90%を占める。古い教育を受けた者なら、inがあった方が安心するが、近年のnative speakerはinがない方がnaturalと感じる。
(pp.42-43)

としているのですが、上述の no difficultyの生息域を考えると、「90%を占める」という一般化には慎重である必要があるでしょう。


という状況で、非北米英語を身につけてきた学習者は、この二つの表現形式であれば、in -ingの方を普段使っていると考えられるのですが、その場合に、上述の問題の2,6,7,8番を課された者は、

  • 「おお、私は普段 in無しでダイレクトに-ing形が続く言い方をしないけれど、テストではこちらのin無しの形が正解として求められているのだな」

という処理をして正答に至るのでしょうか?
もしそうだとしたら、それって学習者に不要な認知負荷を強いていませんか?
そんな疑問からいろいろ調べているわけです。

次に、noなどの限定がないdifficulty単独の場合はどうなっているか?を見てみましょう。

全体

AmE

BrE

そして findingだけで合算表示。

全体概況ではなく、AmEの環境では、肯定でのhad difficulty -ingの頻度が突出。他はどんぐりのなんとやら状態。

一方のBrEでは、

肯定のin無しhad difficulty -ingは1990年代後半で in有りと逆転し優位となり、その後差は拡がっている。それに対して、否定の had no difficultyでは今日までin有りが優位に見えます。

ところが、類義表現も見て行くと、もっと混迷の様相に…。



名詞troubleが出てくると、肯定でも否定でもtrouble + ingの一人勝ち。英語法でも、
had no trouble -ing > had no difficulty in -ingですから、最早、difficultyで悩んでいるのはムダに思えてきます。


COCA系のNOWコーパスで,肯定過去文脈の had trouble -ing の類語検索。

problemは通例可算扱いの名詞なので、無冠詞の単数形の例は誤用の域でしょう。
無冠詞複数形も使われないわけではないですが頻度は低いです。Ngram Viewerで類似表現との比較をしておきます。

名詞に続く in 有りだと、ケタ違いに少なくなり、troubleも、had trouble in -ingだと殆どヒットせず。

裏返しの否定で had no difficultyでの類語検索。肯定に対しての頻度は激減。かつ、troubleとproblemが優勢。注目すべきは、否定の文脈でのno problem の使用頻度ですね。通例可算名詞ですが、no + 単数形で使われています。
それに対して、difficultyはケタ違いに少数に。 

逆に、in有りだとdifficultyが優位で、troubleは激減します。


均衡コーパスのCOCAで米語法を概観。頻度は trouble : difficulty が 4 :1くらいです。

裏返しで no trouble : no problem : no difficulty が 11 : 4 : 1 くらい。

ここまで見てくると、冒頭の have difficulty の続きで何を選択するかに苦労していたのは、いったい何だったんだ!と叫びたくなりますね。
因に、過去形の "had no problem -ing" の用例を載せている辞書は、

研究社英和大のみ。

She had no problem finding [to find] a job.
彼女はすぐ仕事を見つけた

それ以外の時制だと、
Wisdom英和

I have no problem picking you up at 6 o’clock.
6時に君を迎えに行くのは何の問題もないよ[たやすいよ].

O-LEX和英

山道でも2,3キロ歩くのは何でもない
I have no problem walking (for) two or three kilometers even on a mountain trail.

英英辞典だと、
COBUILD

He says he’ll have no problem authenticating the stamp.

LDOCE

I've no problem recruiting staff.

という感じですかね。

さあ、テストでは何をどう問えばいいでしょうか?
何がどう問われるべきでしょうか?
どんな表現形式でも、使用頻度とか使用域に関係なく、意味が通じればいいでしょうか?
既に英語の運用力がある者にも、不要な認知負荷をかける、理不尽な問いになっていないでしょうか?

タスク、タスクと、囂しい今風の日本の英語教育では、ともすれば

  • 「コミュニケーションの課題をクリアできれば、どのような言語形式を用いても構わない」

というような声さえ聞かれるようで、心配になります。
テストを考える、そして、その前の授業を考えるに当たっては、このような言語事実の精査が不可欠だと思って、誇張なしに、毎日クエリー数の上限まで、COCA系で検索をしていますが、一介の英語講師には荷が重いというのが、正直なところです。

本日はこの辺で。

本日のBGM: 罪と罰 (大江千里)

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