…にもかかわらずである。

前回の共通テストもどきの「お話」は殆ど反響がなく、ちょっと凹みましたが、先日の満月を見たら、こちらの気も満ちてきたので、プラマイプラスです。

tmrowing.hatenablog.com


今日は英語の語法の話し。

接続詞のthough/although と前置詞のdespite/in spite of の区別は、生徒の定着度はさておき、高校段階の英語授業では、明示的にはきちんと指導されているように思います。
テスト、特に大学入試を想定すると、

( Although ) Tokyo has a relatively small land area, it has a huge population. 
東京は比較的小さな面積しかないが,非常に多くの人口を抱えている。

という意味になるような空所補充の四択完成問題で、錯乱肢に despiteやin spite ofが配置される、または、

He came to the party ( despite ) his illness.
彼は病気にもかかわらずパーティーにやって来た。

という意味になるように英文を完成させる問題で、錯乱肢に thoughやalthough が配置されるというのがお決まりのパターン。
でも、その辺りで止めておけばいいものを、次のような出題をして、受験生を篩にかけようという、大人の思惑は醜い。

( ) being the last to have finished the exam, the student got the highest score.
① Despite ② Despite the fact that
③ However ④ In spite of the fact that

私は、このようなことをして英語力を測ろうという人とは仲良くなりたくない。
②が正解なら④も正解になるはずだから、正答の選択肢としても、錯乱肢としても機能していない。

正答となるように補充して完成するであろう英文、つまり、出題者が求めている英文は、

Despite being the last to have finished the exam, the student got the highest score.
一番最後に試験を終えたにもかかわらず、その生徒は最高得点を獲得した。

のようです。
確かに、文法語法的にもどこにも間違いはありません。意味で読み手、聞き手に誤解させる余地もない。にもかかわらず、この副詞句のイントロはいただけません。
前置詞+動名詞+名詞の後置修飾となる完了不定詞の知識が試されている?
この程度の内容を言うなら、

The student was the last to finish the exam, but (he [she]) got the highest score.
その生徒は一番最後に試験を終えたが、最高得点を獲得した。

で充分でしょ?
さらには、先程の錯乱肢にあったように、前置詞despite にthe factなど同格節を従える名詞が続くものの習熟を問う問題も見られる。

  • 特に、読解問題には出るのだから教える必要がある。

という人もいます。
例えばこんな文。

We may think of all art as highbrow or elitist despite the fact that we like certain movies (film is an art) enough to see them over and over.
私たちは、ある映画(映画も芸術だ)が好きで何度も見ているにもかかわらず、すべての芸術を高尚なもの、エリート主義的なものと考えているかもしれない。

このdespite the fact (that) SVが所謂英英辞典の用例でどの程度扱われているか見てみましょう。

COBUILDの第9版 (2019年)には一例もありません。
米語版(2014年)では2例。
factの項で、

Despite the fact that the disease is so prevalent, treatment is still far from satisfactory.
その病気があれほど流行しているという事実にもかかわらず,満足できる治療法はまだない.

mirrorの項で

Despite the fact that I have tried to be objective, the book inevitably mirrors my own interests and experiences.
客観的になろうとしたにもかかわらず,その本は必然的に自分の関心や経験を反映している.

OALDでは、
despiteの項で

She was good at physics despite the fact that she found it boring.

factの項で

She’s taking her children on holiday, despite the fact that school starts tomorrow.

LDOCEでは、
despiteの項で、

She went to Spain despite the fact that her doctor had told her to rest.

文法ノートの中で

She seemed no happier, despite the fact that her physical condition had improved.

Cambridgeは、オンラインの英和にのみ

The company has been forced to reduce its price, despite the fact that the offer has been very popular.

というような用例を収録しています。

語法辞典での扱いで注目すべきは、Garnerでしょう。
Garnerの旧版では扱いも小さく、頻度も

  • despite the fact that : in spite of the fact that = 4:1

でした。

現行5版(GoogleBooksのNgram viewerでの2019年データを使っているとのこと)では扱いも大きくなり、頻度の比率は5:1となっているだけでなく、 “Remember the useful word although” との助言があります。

ざっくりとした検索ですが、私が学生の頃の1980年代からdespite優勢ですよ。 次のNgram Viwerでの差を見てください。

COCA系でもざっくり。


despiteの生息域推測。

でもね、事実なら though < even though で節を使えば簡単なんです。 では、何故despiteで同格節を?というところに踏み込まないと、何も言ってないのと同じですから。

私が初任校にいた頃に買って、日々教材研究で引いていたCGSAE (1993年) も既に30年前。 in spite of the fact that は事実を伝える表現ではなく、意見を述べるもの、というのは的確。

古いスタイルガイドだけではなく、現代でも、カナダのTranslation Bureau が提供しているWriting Tips ではin spite of the fact thatはwordy なので避けるように、と代替案を示しています。


入試対応とはいえ、習熟すべきなのはdespite the fact (that) SV であって、もし、「長文読解ではin spite of the fact that SV が多用されるので、そちらに重点を置く」、という英語指導者がいたら、ちょっとねぇ…。

そして、このdespiteに続く同格節、ことがらを取る名詞句の語法は近年変化が見られるので要注意です。

twitter (今ではX)の私の投稿から。

記事本文からthatのない同格節と「実現形」make sureの例。
Despite the fact she had to spend more than she planned, Lydia says she does not want compensation.
She added: “I want to make sure the whole world knows what they have done.
despite+名詞句
make sure の節中の現在形
を確認。

この同格のthatが現れずに、直接SVの節が続くものを「直節」のSVと名付けたのですが、普及までには至らず。

fears直節SV
despiteに続く名詞fears同格節でのthatの省略

「直節SV」の「直節」って「直接」の変換ミスだったわけですが、この同格節を導くthat省略の現象を説明するのに都合がいいような気がするので、ハッシュタグとして使うことにしました。
Among them is Oklahoma, where President Donald Trump is pushing ahead with plans to hold a large election rally with tens of thousands of people next weekend, despite fears it could help spread the virus.

この「直節SV」のパターンは英語ニュースではもう、factに限らず、一般的な表現となっています。
同格のthat節を取り得る名詞がdespiteに続く場合に、thatが省略されることが多い。ここではconcernsに直節SVが続いていることを確認。ハイフン形容詞としてのbetter-than-expected「期待 [予想] 以上の」は近年よく見る印象。比較のthanに続くSVの省略も丁寧に。

Despite concerns the delta variant would keep moviegoers at home, Ryan Reynolds' sci-fi action comedy "Free Guy" had a better-than-expected start at the domestic box office.

この同格の名詞節を導くthatが現れないということは、既に、2006年の時点で、書籍でも論じられています。

  • 「同格名詞節を導くthatの省略」(滝沢直宏 『コーパスで一目瞭然 品詞別 本物の英語はこう使う!』小学館、pp.155-157)

滝沢氏によれば、despiteに同格の名詞節を持つ名詞が続く用例中約10%がthatなしで使われている、とのこと。そこから既に、17年が経過していますので、その浸透度がどうなったかは気になるところです。

twitterの英語ニュース紹介から、類例を追加します。

#直節の同格名詞節
前置詞+ことがら系名詞+「直節」のSVの例
amid speculation SV 「SVという憶測が流れる中;憶測の最中に」は同格名詞節を導くはずのthatが消えているもの。 接続詞thatを使わずに直接、節が続くので「直節」と呼んでいます。
despite the fact での「直節」はお馴染みでしょう。

#肯定平叙文のfew
#同格の名詞句でthatを使わない直節のSV
基準時は現在。fewは「(ゼロとは言わないけれど)殆どない」。書き言葉だと誤解の余地なく「低評価」を伝えられます。話し言葉では、only a fewやvery fewなどで。名詞signは同格のthat節が可だけれど、接続詞thatのない「直節」のSVを確認。

ここまでが長いイントロで、ここからが本題。本日のタイトルに該当する英語表現。
このような、同格の名詞節を導くthatが現れないものとは、ちょっと違うdespiteの用法で、私が気になっているものがあります。
基本となる形は、次のように、先行文脈を受けるthis やthatに続いて譲歩となる内容を述べるものです。
このような例は、学習用の英和辞典にも載っていません。実際基本的な使い方であるにも関わらずです。

Prices of many Fukushima products, which crashed following the disaster, have not recovered to 2011 levels. This is despite the fact that such Fukushima products are shipped only after they clear tough screening against radioactive contamination.
震災後に暴落した多くの福島産品の価格は、2011年の水準まで回復していない。こうした福島産の製品は、放射能汚染に対する厳しい審査をクリアして初めて出荷されるにもかかわらず、である。

類例を追加しておきます。

Therefore, while some areas in the northern regions produce so much solar electricity that it is totally free during some months, the most highly populated areas, which are in the central and southern regions, are not seeing the same benefits. This is despite the fact that solar power generation capacity from the country’s central and southern regions has increased 300 percent to 770 megawatts in the last two and a half years.
そのため、北部の一部の地域では太陽光発電による電力が非常に多く、月によってはまったく無料で利用できる一方で、人口の多い中部や南部の地域では同じような恩恵が得られていない。この2年半で、中南部地域の太陽光発電容量は300%増の770メガワットに達しているにもかかわらず、である。

Recycling rates in the U.S. are low and getting lower. The U.S., by far the world’s biggest consumer of aluminum cans, lags behind other industrialized nations in the percentage of these cans that we recycle. This is despite the fact that the number of cans sold is fairly constant.
米国のリサイクル率は低いのだが、さらに低下中である。世界最大のアルミ缶消費国である米国は、(5)アルミ缶のリサイクル率で他の先進国に遅れをとっている。アルミ缶の販売数はほぼ一定であるにもかかわらず、である。

数多ある学参とは異なり、

  • 田上芳彦 『読解のための上級英文法』(研究社、2023)

では、上述の、this is/that is で先行文脈を受けて、despiteに「同格のthat節」が続く例と、その先行文脈の受け方でisが脱落し、破格に見える “This despite …” や “This, despite …” の実例で注意喚起をしていました。流石です。

田上氏は用例を大学入試の問題から引いていましたが、文体としては、論文でも用いられているものです。

SciELO - Brasil - Corpus linguistics and second/foreign language learning: exploring multiple paths Corpus linguistics and second/foreign language learning: exploring multiple paths
As for the intentional negation of the benefits of corpus research in L2L, it may be caused by the often-cited ‘ivory tower effect’, i.e. the perception by teachers that linguists work in their offices at university and have no idea of what teaching is about - and this despite the fact that some of those linguists are also teachers.
(L2Lにおけるコーパス研究の利点が意図的に否定されていることについては、よく言われる「象牙の塔効果」、つまり、言語学者は大学のオフィスで仕事をするものであって、授業をする重要性をわかっていない、という教師側の認識が原因かもしれない、その言語学者のうち、実際に教師もしている者がいるにもかかわらずである。)

この例は、ケンブリッジのコーパス中にも見つかります(和訳は松井による)。

https://www.cambridge.org/gb/cambridgeenglish/better-learning-insights/corpus
This, despite the fact that it arose from the discipline of dialectology, whose prime focus was geographical space.
(それが地理的空間に主眼を置いていた方言学という学問分野から生まれたものであるにもかかわらず、である。)

確かに、見た目は破格ですが、上述の基本形が身についていれば、それほど混乱はしないでしょう。やはり、基本形とどれだけよい出会いを重ねているか、が重要なので、スペースは取りますが、学習用の辞書には一例くらいは収録しておいて欲しいものです。

このdespiteの用法の類例として、先行文脈を受けた主語を立て、補語の位置にことがらを表す譲歩の節がくるものも見かけます。
even though SVが続く例。

twitter.com
Turkey is the cheapest place to retire. This is even though Portugal and the Netherlands are among the most affordable places in Europe.
トルコはリタイアして過ごすのに一番安い国である。ポルトガルとオランダがヨーロッパで最も物価の安い国のひとつであるにもかかわらず、である。

metro.co.uk

He never appears to have wondered what we might lose about ourselves, if we used Neuralink to upload our brains to the ether. This is even though Isaac Asimov, an author whose work Musk claims inspired him to start his company SpaceX, felt very differently about this very subject.
彼(マスク)は、もし私たちがニューラルリンクを使って自分の脳をエーテルにアップロードしたら、私たちは自分自身について何を失うのだろうかと考えたことはないようだ。
アイザック・アシモフという作家は、マスクがスペースX社を立ち上げるきっかけとなった作家だというが、このテーマについてはまったく異なる考えを持っていたというのに。

同じ譲歩の接続詞でも、althoughの例は少ない模様。

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aba9652

These results demonstrate that at a regional level, oyster fisheries were resilient and experienced multiple stable states over the last 5000 years before the 1900s. This is although the population grew exponentially from the Late Archaic to the Mississippian period and experienced shifts in political organization (e.g., from egalitarian to ranked systems) and changing economies (e.g., from foraging to a mixed economy that included some maize agriculture).
これらの結果は、地域レベルでは、1900年代以前の過去5000年間、カキ漁業は弾力性があり、複数の安定した状態を経験していたことを示している。後期アルカイック期からミシシッピ期にかけて人口が飛躍的に増加し、政治組織の変化(例えば平等主義からランク制へ)や経済の変化(例えば採食からトウモロコシ農業を一部含む混合経済へ)を経験したにもかかわらず、である。

even if の例も参考までにあげておきます。

Vows and Oaths - IslamQA
A person took an oath that he will not enter your house. He then landed onto your roof by jumping from the upper storey of the house next door. By him standing on your roof, his oath will break. This is even if he does not come down into your house.
ある人が、あなたの家には入らないと誓った。彼は隣の家の上階から飛び降り、あなたの家の屋根に降り立った。彼があなたの屋根の上に立つことによって、彼の立てた誓いは破られることになる。たとえ彼があなたの家に降りてこなくても、である。

  • This is true even though SV.
  • This is so although SV.

であればそれほど違和感はないだろうと思いますが、実際に、この譲歩の接続詞が補語の位置を占めていて、しかも意味が整合している、というところに、ちょっとしたハードルがありますね。

このような表現を踏まえて、私が今気になっているのは、上述のdespiteに続く無冠詞の名詞の後ろにもthatが現れないだけではなく、同格のthat節がとれない名詞に見られる、伝達動詞の -ing形でthat SVをとるものが増えてきているのではないか、ということです。

少し前に、twitterの英語ニュース紹介で取り上げていました。

いまのところはまだニュースなどの英語で見るだけかもしれないけれど、確実に使われ始めている
that [this] is despite data showing SV
dataは無冠詞で使われているのが殆どだけれど、そこは大丈夫。
this [that] is despite evidence SVも見聞きするので、despiteの地殻変動の方が気になります。
Most Americans think there’s more crime in the U.S. than there was a year ago, according to a Gallup poll. That’s despite data showing violent crime has dropped in 2023.

Why the misperception?
@paulsolman looks into one type of crime that may be getting outsized attention.

https://twitter.com/tmrowing/status/1740886015508992300

DeepLでのデフォルトの和訳は、

  • ギャラップ社の世論調査によれば、アメリカ人のほとんどが、アメリカでは1年前よりも犯罪が増加していると考えている。2023年に凶悪犯罪が減少したというデータがあるにもかかわらず、である。

となるのですが、肝心なThat’s despite以下はむしろ、

  • 2023年に凶悪犯罪が減少したと、データが示しているにも関わらず、である。

と「ことがら」で読んだ方が良いと考えています。

despite the fact that SVではthatのないことが多いので、thatが省略されているというよりは、もう無くても気にしないのが吉、となるくらいthis [that] is despite で先行文脈とのギャップを補語的に示す、叙述の用法そのものに馴染むのが良いでしょう。

次のような例はよく見聞きします。

metro.co.uk

Chocolate company Mars has been found to be using cocoa beans harvested by children in Ghana, a report has been found. Children as young as five were revealed to be working on farms which supply the confectionary giant. This is despite the company’s pledge to protect children in its supply chain.
チョコレート会社のマースが、ガーナの子どもたちによって収穫されたカカオ豆を使用していることがわかった。同社にカカオ豆を供給している農園では、わずか5歳の子どもたちが働いていることが明らかになった。これは、同社がサプライチェーンの子どもたちを保護することを誓約しているにもかかわらず、である。

関係詞的に使われるthatと同格の名詞節を導くthatとの見極めに、完全文が続くか、不完全文が続くか、などとやっている間に、肝心の英語表現の方がどんどん姿を変えていっている、という危機感を一人でも多くの英語教育関係者と共有したいと思っています。

本日のBGM: アポロ (ポルノグラフィティ)

youtu.be

2024年3月14日追記:
このエントリーで取り上げたThis is despiteに関連する表現は、後日新たな記事で取り上げています。

tmrowing.hatenablog.com

先行文脈を受ける This is despite と、その省略版のThis despite界隈のオンラインコーパスの検索結果を参考までに。

Ngram Viewerで関連表現と推移を。



この省略表現で気をつけるべきなのは、A. This despite B. という情報の流れで、Thisは先行文脈のAを受けるということだけに囚われて、
(X) それ (= A) にもかかわらず Bである。
という読みをしてしまうことです。
適切な処理は、
(○)そう(= A) であるのは、Bにもかかわらずなのです。
ですから、やはり、一度、基本形・原型ともいえる、"This is true [so] despite ...." を通過しておくのが吉。
是非、このエントリーの最初から再読されたし。