beyond persuasion

大雨の予報が外れて、曇りのち晴天となったので、クラスマッチ!
早朝から、野球部員総出で、グランドの水たまりの水を吸い出してくれました。有り難うございました。ソフトボールにサッカーと、クラスマッチができたらできたでさらに地面は荒れてしまうのだけれど、黙々と作業をしていました。今年のチームはいいんじゃないでしょうか。

予定していた授業はなくなったので、役割分担にしたがって巡回。
お昼からは、語法研究。
引き続き、persuadeの周辺をうろついています。自分の中では解決済みと思っていたのですが、少し新たな地平が開けてきたようにも思います。
某メディアの編集部から回答が帰ってきたので、それも参考にしています。送られてきた「用例」をいくつか眺めて、さらに編集部の英語ネイティブからのコメントも考え合わせながら、あれこれと。米人二人の回答です。

  • 全く問題がなく書き言葉でも、話し言葉でも自然に使う。仮に日本人ライターがこの構文を使って記事を書いたとしても、直すことはない。
  • 文法上は何の問題もない構文だが、ややawkward。自分であれば、<persuade 人 not to>か<talk 人out of …ing>を使うだろう。ただし、英語のネイティブがこれらの表現を日常会話で使うことは十分に考えられるし、仮にアメリカで友人が雑談中に<persuade (人) out of …ing>を使っても特に驚くことはない。

まあ、予想通りですね。
このブログにもコメントをくれるohapuruさんから、persuadeが「遂行」までを表すとされる、「含意」に関してのご指摘を受けて、

  • 後藤弘 『現代英語の文法と語法---実証的研究---』 (改訂新版; 英宝社、2005年)

の該当論文を読みました (「Persuadeの語法について」pp.303-318)。この本は東京にいる時分に一度読んでいたはずなのだけれど、問題意識の高低で読みの深さは全く異なるものだと実感。補文の有無や、butでの対比も含めて、様々な辞書の記述、実際の用例に照らして、必ずしも「遂行」を表す訳ではないことを述べているので、説得力があります。2005年の追記 (p.318) にある、

現代英語におけるpersuadeの用法の実態は益々その方向に進んでいる。筆者が本論末尾で論じた、この動詞の表す意味の変化の予測は、正しくその動向を示すものである。

が鋭いな、と思いました。もう少し実態調査に努めたいと思います。ご指摘ありがとうございました。
後藤氏の語法研究の姿勢に感銘を受けたので、

  • 『英語に結ばれて---後藤弘教授退職記念論集---』 (共同文化社、2004年)

も入手して読んでいるところです。
今日読んだものは、

  • Henna Vouri, The Grammar of the Verb Persuade in Recent Centuries, University of Tampere, School of Language, Translation and Literary Studies, English Philology, Pro Gradu Thesis, May 2012

フィンランドの大学院生の修士論文のようです。ご本人とはまだ何のコンタクトも取っていないので、表も含めて約100ページのこの論文を読んだだけですが、参考文献も含めて勉強になりました。(DL可能なpdfはこちら→ http://tutkielmat.uta.fi/pdf/gradu06052.pdf)
1710年代から1920年代までを3つの時代区分に設定したCLMETコーパス (https://perswww.kuleuven.be/~u0044428/clmet.htm) での分析と、1960年代から、1993年までの「現代英語」としてBNCの分析とを行い、数世紀に渡っての語法の「姿」を浮かび上がらせようというものです。CLMETと比較した通時的な考察を可能とするために、BNCのデータは Imaginative Prose domainに限定しています。
結局のところ、out of –ingの例は、コーパスでは見られなかったのですが、彼女はこのように述べています。

Another surprise is that the NP + out of + -ing is not found at all in any of the data. The source of data could be relevant here; including other genres and data from the past ten years might provide more evidence of the NP + into + -ing and NP + out of + -ing. (p. 89)

As a more general point, years have gone by since the endpoint of the BNC data, and it would be essential to include more recent material in order to detect the latest trends, especially when it comes to the spread of the NP + into + -ing pattern. (p.98)

この論文で現代英語の一次資料として扱われたBNCのデータが1993年まで、ということで、奇しくも、私が『ハンドブック』の4訂版を作成した年と同じ。そこからの20年で、persuadeを取り巻く環境に実際どのような変化があったのか、または、変化はなかったのか、あらためて一次資料の精査が不可欠だと感じています。

そもそも、今回の疑義をブログで書くに当たって、私がハンドブックを作った1993年以降の「実態」を推測するものとして、一次資料としてのCOCAを使うところからスタートしたわけです。他にも、Google検索やEreKなどで用例を探ることは簡単です。たとえば、Googlefightで、<persuaded her into>と<persuaded her out of>を戦わせてみると、962対41という結果に終わります。しかしながら、そのような「ヒット数」でわかることは限られているからこそ、COCAなどの「オンラインコーパス」に人気があるのだと思っています。たしかに、Google Ngram Viewerで、1960-2008くらいまでの趨勢を数値化・グラフ化してみると、そこに大きな変化が見られることがあります。でも、そこで得られた「気づき」と自分が感じたものの実態、を一つひとつ見ていかなければなりません。
him_out_of.png 直
you_out_of.png 直
into_vs_out_of.png 直
グーグルで検索といっても、インターネットが爆破的普及を見せたのが90年代後半からなのですから、データ数の分母自体がそれ以前とは大きく異なる可能性もあります。その語の取りうる共起パターンの「割合」からみて、典型的、一般的と言えるのかどうか。辞書が記述するべきなのはそのような情報でしょう。
ちなみに、その辞書の記述の一例として、

  • 『オックスフォード英語類語活用辞典』(2008年)

では、"talk sb out of sth" も "dissuade" も、"discourage" のグループにまとめて示されていて、囲みの形(p.208) で、DISSUADE OR TALK SB OUT OF STH? という語法解説を加えています。

Dissuade is mainly used in writing or in more formal spoken contexts. Talk sb out of sth is used especially in more informal contexts, such as in conversation. It is also very common, in all contexts, to use persuade sb not to do sth: I tried to persuade him not to resign/give up his job.

検索エンジンを利用した現代英語の使用実例検索の話に戻りますが、Google books 検索で「2000年代に入って、<persuade + 目的語 + out of> のヒット数が増えている!」と、フタを開けてみると、その多くが新たに出版されたJane Austenについて書かれた「書評」の文章で、

“… This brother of yours would persuaded me out of my senses. Miss Morland….”

という、彼女の1818年の作品、Northanger Abbey の引用だった、などという笑えない事例もあるわけです。
さらに、“blending” と呼ばれる混交語法は英語ネイティブにも見られるので、「正用法」というのは簡単ではありません。twitterなどのSNSで、話しことばがそのまま文字になり、それがデータとして残る時代だからこそできる「調べ方」もあるのでしょうから、襟を正して、今しばらく persuade周辺の散策を続けてみたいと思います。


本日のBGM: 流れるものに (中村一義)