「教えて!絶版先生」第3回『学習英語辞典』(令文社)

tmrowing2014-10-13

不定期連載として始めた「教えて!絶版先生」も第3回となりました。

  • 第1回は、英語教師向けの「文法指導」の概説書
  • 第2回は、高校生向けの「文法学習」の参考書

をとりあげました。
第3回は、同じ「学習」「指導」でも、語彙に焦点を当てた本、ということで、辞書をとりあげてみます。

『学習英語辞典』(令文社、1962年)
英語の書名は

  • Reibunsha’s English Dictionary for High School

過去ログでも何回か取り上げたこの辞書を、もう少し詳しく見ておきたいと思います。というのも、「好事家」の多い、拙ブログの読者の方たちでも、この辞書の実物を見たことのある人はほとんどいないのではないかと思われるからです。

現時点で私が確認できている所蔵図書館は、

  • 国会図書館
  • 山梨県立大学 図書館(貴重書庫・禁帯出)
  • 熊本県立図書館(閉架・禁帯出)

の3つ。大学の研究室や、英語教育に伝統的に力を入れている高校の英語科の倉庫などには眠っているかもしれませんし、先輩や既に退官された英語教師の蔵書にはあるかもしれません。情報検索と人のつながりと、自分の足が頼りです。

「呟き」では、折りに触れ情報を求めてはいるのですが、反応は芳しくありません。

SAT向けの語彙より、Michael Westが昔提示したGeneral Service List などの基本語を英語教育の初期でどう定着させるかでは?1960年代にはそのリストをもとに日本でも「学習英語辞典」(令文社) が出版されていました。
(https://twitter.com/tmrowing/status/45682584126107648)

『学習英語辞典』(令文社、1962年)。所謂「双解」の英英和。当時の最先端の語彙統計であったと思われる、ThorndikeやWestを取り込み、語義ごとに、重要度を分類、表示している、画期的な「学習辞典」。詳しく御存知の方、情報を!
(https://twitter.com/tmrowing/status/319537704553549825)

これが、『令文社学習英語辞典』(1962年)。 ソーンダイクの3万語リストやウエストのGSLを踏まえて、語義と頻度で重要度を設定している画期的な学習辞書。双解ということで、簡易英英和となっています。
(https://twitter.com/tmrowing/status/443296038258888704)

例によって、『令文社学習英語辞典』。これを昔使って授業を受けたり、授業をした方を探しています。
(https://twitter.com/tmrowing/status/472308693942681600)

私の授業実践では、「学級文庫」の各種辞典で、横断的に語彙を調べて比較検討する、という機会が多いのですが、その際に、

  • 「類義語」などの扱いで、「英語という言語の使用頻度から考えた際に、より基本語といえる語」はどれか?
  • 子どもから大人へと、言葉が成熟していく、その「発達段階において、より初期段階で習得すると考えられている語」はどれか?

ということを考えて取捨選択しています。

その2点を考える際に、現代のコーパスを駆使した辞書でも賄いきれない情報が、Michael Westの編んだ GSLや、Hindmarshの編んだ CELにはあります。
それは、「語彙項目」だけではなく、「語義」ごとに使用頻度や重要度を考えている、ということです。(過去ログ参照 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140313)
今回取り上げる、『学習英語辞典』(令文社)にも、同様の特徴があるのです。

編集方針など、当時の編集者の「想い」を見ていきましょう。写真は矢印のアイコンをクリックすると解像度の高い静止画ファイルがDLできるようになっていますので、そちらを拡大してもらうのが見やすいかと思います。(以下、画像ファイルは全て同じ貼り付け方です)

「はしがき」には社長の言葉が載っています。これは今の辞書のあり方を考えると珍しい感じがします。

英語教育は転換期にあると言われています。従来はとかく英文和訳と和文英訳にかたよっていたようですが、話したり聞いたりする能力を伸ばすこと、英文を読んで直ちに理解したり、考えていることをそのまま適切な英語で表現できること、すなわち生きた英語を使う能力を養うことに先生がたも生徒諸君も意を用いるようになってきております。(中略)
英語の学習効果をあげるためには、語の選択が不可欠の条件であることは学者の一致した見解です。手当たり次第に語句を網羅して、語数の多いことを誇るようなことは、生きた英語を能率的に学習しようとする人にとってはかえって迷惑です。この辞典では、不自由ないだけの必要な語句を選択し、それらに重要度の段階を示し、更に語義用法も、不要のものは省略し、特に重要語の語義用法ごとにひん度の段階を略示しました。(中略)
この辞書をつくるのには、Oxford English Dictionaryその他内外の辞典参考書のお世話になりました。特に Interim Report on Vocabulary Selection-Carnegie Report (King & Co, 1936), Thorndike-Barnhart: Junior Dictionary, (Scott, Foresman and Company, 1959), Michael West: A General Service List of English Words (Longmans, 1957), Thorndike-Lorge: The Teacher’s Word Book of 30,000 Words (Columbia Univ., 1960) のおかげを蒙りました。深く感謝の意を表わします。
おわりに、適切な指導助言を賜った石橋幸太郎先生、企画編集に協力を惜しまれなかった英語語彙研究会、特に松峯隆三、柳沢英蔵、伊藤操、桜井近雄の諸氏に敬意と感謝を捧げます。
昭和37年3月
令文社社長 北原實
写真 令文社 はしがき.jpg 直

冒頭の一節を読むと、日本の英語教育に対する世間の不満も、それに対する反論も、昔も今も変わらないと思えてきます。どちらも紋切り型なのですね。

冒頭こそ、紋切り型の対応なのですが、辞書の中身はちょっと、どころか随分と違います。
「重要語の語義用法ごとにひん度の段階を略示」というのは、最近でこそ、CEFRに関連して、Cambridge系の学習者用辞書が取り入れていますが、内外を見渡しても、珍しい、先進的というか、画期的な試みだったと思うのです。

「編集要旨」を詳しく見てみましょう。
該当するのは、まず「4 語いの重要度5段階の表示」でしょう。

Carnegie Report, Thorndikeなど欧米の語彙研究の成果に基づき、また学習指導要領・教科書・生徒の実態等現下日本の実情を踏まえて、必要と見られる語い約30,000語を選び、更にそのひん度に基づいて重要度を5段階に区分して示した。
写真 令文社 編集方針.jpg 直

このような重要度の表示は、現在の英和辞典、海外の学習用monolingual辞書でもよく見られるものです。注目すべきは、「5 語義の重要度11段階の表示」

O.E.D.の語義分類によってなされたLorgeの語義頻度の統計に基づき、Thorndike, West等の語義研究の成果を参考にして、各語の語義でひん度の高いものを精選し簡明に配列している。特に第1段階の重要基本語のうち約2000語については、その語義で現れるひん度を11段階に区分して示した。これは本辞典の特色の一つであって、基本的な語において語義の検出を容易にするだけでなく、重要な語義から習熟していくという語い学習の順序立てをきわめて能率的・合理的にしている。

現在の辞書でもこのような「記述・表示」をしているものはないのではないかと思われます。「使用の手引」から、凡例と説明を引いておきます。

ここでは、”spirit” が取り上げられ、「単語のたくさんある意味の中で重要なものはどれか知りたいときは」という解説がなされています。

上の例でいえば spiritという語が用いられる時にはほとんど (約50%) 3の意味で用いられていることがわかる。だから英文を読む時は、まず使われる度数の多い語義が適用できるかどうか見当をつけ、その他の条件(語形・語の位置・前後の文脈)を用例・解説で検討して確かめ、適用できない時には使われる度数が次に多い語義に当たってゆくといった手順は学習者にとって極めて有効である。重要で基本的な語は使用頻度が高く、したがって種々なニューアンスで使われて日常生活の用に役立っているのが実際であるから、使用率の高いものから用法に慣れ、使用率の低いものに徐々に及び高校を出るまでにはその全体にわたって習熟することは、語数を段階を追って拡充するのと同じ程度に必要である。
写真 令文社 語義別頻度重要度.jpg 直

語義の重要度の表示は、11段階、0〜10までの数字が用いられています。

0---4%以下
1---5〜14%
2---15〜24%

と進んで

9---85〜94%
10---95%以上

となっています。
名詞と動詞など複数の品詞にまたがって使われる語には基本語・重要語が多いものですが、それらについても配慮がなされています。
辞書本編からも少し拾って見ましょう。”wear” を取り上げてみます。語としての重要度表示は***です。

例文社wear.jpg 直

動詞としての用法のうち、 他動詞 (vt) では、

  • 1(a) (to have on the body身につけている、着ている)

の語義が (7) つまり、65〜74% の割合で用いられるということを表わしています。これに対して、同じ動詞でも、

  • 1(b) He wore a beard. 彼はひげをはやしていた

などの語義は (0)。つまり、全体の4%以下ということになります。
自動詞での用法になると、

  • 1 (to cause to decay by wear すり切れる)

の場合は、(1) ですから、5〜14%の割合で現れるということになります。
品詞が変わり、名詞として用いられる場合でも、

  • 2 (clothing 着物、衣服) Children’s wear is sold in this store. この店では子供服を売っている

という語義では、(0) の表示ですから、4%以下。

“clothes” を見てみると、語としての重要度表示は**ですが、そのうちの、

  • 1 (a dress 衣服、着物) This is my best clothes. これは私の晴れ着である

では、(3)となっていて、25〜34%の割合で用いられることがわかります。

令文社clothes.jpg 直

こうして見てくると、50年以上も前の辞書なのに、「双解」つまり「英英和」で「英語は英語で」に悩んだ時にも助けになりそうで、語義の扱いも「頻度・重要度」をしっかりと考慮していて、現代の辞書と比べても、至れり尽くせりで、

  • なぜ、こんなにも良い「学習辞典」が絶版になったんだろう?

と思うのではないでしょうか?
実際、私が持っているのは第5版(今でいう、5刷?)ですが、初版から僅か1年しか経っていません。刊行当時は、かなりの部数が出たのではないかと思うのです。

でも、この「頻度」「重要度」という「特徴」があるからこそ、学習者、初学者にとって「悩ましい問題」が生じてくるとも言えるのです。

では、「衣服、着物」と言う時に、最も基本的な語は何なのか?

ということです。ほかにも、dressやoutfitなどを思いつくかもしれませんが、語としての重要度が異なると、どちらがより普通なのか?どちらの出現頻度が高いのか?ということがわかりません。語としての重要度のランクを超えて、その重要度の比較が簡単にできるような表示にはなっていないわけです。
学習者としては悩み、途方に暮れそうなところです。

この辞書が、「語義用法ごとのひん度の略示」という、何か、「希望に満ちた」、極めて先進的かつ有益、しかも類書と一線を画す独自の特徴を持ちながら、今に至るまで、「学習辞書」として、ほとんどその評価が語られていない背景には、当時の語い研究、統計資料の限界とも言える、このような「制約」あったのかもしれません。コンピューターが使われる遥か前の時代、欧米での研究成果の消化吸収など、国内の語い研究者、英語教育学者のできることには、当然限界があったことでしょう。

翻って、現代の「コーパス」全盛の学習辞書を眺めてみた時に、「語義用法ごとのひん度・重要度」は初学者にとって分かりやすく提示されるようになったでしょうか?

上述したように、HindmarshのCambridge English Lexicon (1980年) では、GSLに準じた語義ごとの重要度を示していましたし、Cambridge系の学習辞書では、従来から品詞が異なれば別な語としてエントリーを立てていました。また、近年では、同じ語の中でも、語義によってCEFRに準じた、 A1, A2, B1といった表示がなされるようになっています。

写真 CEL List.jpg 直
Cambridge Essential1.jpg 直
Cambridge Essential2.jpg 直

英和辞典ではどうでしょうか?三省堂の『エースクラウン英和』では、改訂2版で、CEFR-Jという独自の語い資料に基づく重要度表示がなされるようになりましたが、あくまでも「語」としての重要度の表示にとどまっています。

Ace Crownとの比較.jpg 直

写真左の『エースクラウン』(以下『AC』) では、この "meet" という語に、A1という最重要基本語の表示をしています。そして、その語義のうち、1 の「会う」、2の「出迎える」という訳語を赤で表示し、重要度を際立たせています。A1の中のAとでも考えればいいでしょうか。では、このmeetの語義のうち、赤で表示されていないもの、例えば、3 の「応じる」「満たす」などは、B1の赤表示と比べた時に、どのような位置づけになるのか、ということはわかりません。
写真右の、Cambridge Essential (以下『CE』) を見てみましょう。『CE』では、A1表示の語義は2つ。『AC』の 1 の赤表示を二つに分けて扱っています。

  • 1 to come to the same place as someone else
  • 2 to see and speak to someone for the first time

『AC』の語義、2 に対応するものは、B1で示しています。A2ではなく、B1です。

  • 3 to wait at a place for someone or something to arrive

さらには、『AC』では、語義 1 に含めていた、赤表示ではない「会合する」「集まる」に対応する語義を、『CE』では、別な語義として扱っています。こちらも B1表記です。

  • 4 If a group of people meet, they come to a place in order to do something

"to do something" のところに、隔靴掻痒感が残りますが、この『CE』は、A1〜B1レベルを想定した「学習辞書」ですので、日本の「学習用英和辞典」では扱っていても、不要として切り捨てている語義や用法があったり、語義の定義・説明が簡素だったりする例が多く見られます。
では、初学者が、meetという語に初めて出会って、辞書を引いた時に、どの語義から「待って」いればいいのでしょうか?異なる場面、意味で何回も出会った後に、どの語義から覚えていけばいいのでしょうか?
語義と頻度、語義と重要度、語義と発達段階、というのは一筋縄では行きません。
CEFRに準じた重要度の表記を基本語に取り入れるだけでは不十分であり、大規模「コーパス」に基いて、「語」の頻度をランキング、リストにしただけでは不十分なのです。初学者用の「語義」の扱いには、まだまだ改善の余地があることがわかってもらえるでしょう。

『令文社学習英語辞典』が目指していた先には、そのような学習者・指導者のニーズに応えられる語義の扱いがあったように思えてなりません。この、半世紀前の「学習英語辞典」が実現・体現しようとしていた「志」の高さを仰ぎ見る時に、その「志」を受け継ぎ、その「種」を芽吹かせ、豊かな「葉」を茂らせ、その「花」を愛で、その「実」を味わうような、「イマココ」の国産辞書の出現を願って止まない絶版先生なのでした。

本日のBGM: Greens and Blues (Pixies)