Lost or missing?

『英語青年』連載の「英詩のスローモーション」(阿部公彦)が3月号で終了となった。6回の連載だったのですね。長く続いて欲しかった内容だっただけに残念ではある。最終回の今月はソネット。音楽でいえばアルバムのタイトルチューンがラストを飾る、という感じですがすがしい読了感。
今日の授業は一コマだけだったので、淡々と。Jules Shearの "Let's go slow"の歌詞のうち、注意が必要な表現を解説。

  • Get off your feet 「休息を取る;横になって休む」という語義が成句として『ジーニアス英和』には載っていない。Off one's feetに対して「動けないで、横になって、座って」という語義を与えているのはまだわかるが、「夢中で;興奮して」という語義を同じエントリーとするのはどうだろうか?授業では「自分の辞書に載っていなかった人は余白に書き込みしておいてね」と電子辞書ユーザには無理なコメントをしてから、手がかりを作らせた。まず、「一般的に get offの後にくる可能性のある名詞にはどんなものがあるか?」と質問。「vehicle=乗り物」という解答を引き出す。次に、「では、your feetが乗り物っていうのはどういうことを表しているのか?」と質問。Walking or runningという解答を引き出す。ここでもまだ半数くらいの生徒が今ひとつの反応だったので、そこから、「walking/runningが何を表しているか?」と問いかけ、次の語句を辞書で確認させた。fast lane。ところが、これが大誤算。『ジーニアス』では「高速道路の追い越し車線」という語義と、fast trackと同義の「出世街道」という語義しか与えられていないのであった。固有名詞以外は、一般に訳語だけしか載っていないという印象の『リーダーズ』では丁寧に解説されているのに…。ちなみに、私がこの単語を初めて覚えたのは中学3年生の時。The Eaglesの "Life in the fast lane"という曲だった。(その後、最所フミ『アメリカ英語を読む辞典』(研究社)で的確な解説を読み感動した記憶がある。)サビメロを教室で歌って説明という思わぬ寄り道をして先へ。
  • 歌詞の後半の、"...thinking something wasn't really real unless it fades"という部分では、英語のできる生徒でも「unlessじゃなくてuntilじゃないのか?」という疑問を持つようだが、untilだとすれば、その後は「点」でなければならないので、fadeのような「漸進性のある;推移を表す」動詞では相性が悪いのである。やはり、「A unless B」という大きな枠組みの中で、「いつも;ずっと;きまってA」、で、「Bの時だけは別;Bの時が唯一の例外」という実感を持つことが大事。「無くなってから実感する」のではなく、「無くなりそうになるからこそ切羽詰まって実感が湧いてくる」あたりがいかにもJules Shear的な歌詞。私のようなobsessive fanにはたまらないフレーズである。

辞書の話で思い出したが、「譲歩」の文脈で用いられる as ... as = althoughの説明が学習用英和辞典ではでていない。これなどは小西友七『アメリカ英語の語法』(研究社;1981年)で、古英語が米語語法に残っている例として明示されている。英和辞典というものは、native speakers用のものとは用途が異なるのだから、こういうものを落とさずに記載することが大事だと思うのである。
辞書学MLでの大学の先生方のやりとりを見ていても、「語義」に関する意見交換はかなり多いのである。ある表現がどのくらいの頻度で用いられるかはコンコースダンスソフトの発達のおかげですぐに分かる時代ではあるが、その表現がいったいどういう意味を表しているのかは教えてくれない。意味が分かるからこそ、その表現のおかれた環境を分析することができるのだと思う。ちなみに、既に絶版となってしまった『ロイヤル英和』(旺文社)では、as... asの譲歩の語法は「まれに、特に米語では」という形で解説で触れられている。とかく新しい用法や語法にばかり目が向きがちな辞書の世界。新機軸や語法解説の精密さを競うのも結構だが、多種多様な言語事実と規範とのバランスを反映させることも英和辞典に与えられた課題なのである。