和文英訳の指導

現在出講中の高校での高3のレギュラーシーズンが終了。

例によって「総括票」を書いてもらっているのですが、今シーズンはちょっと趣向を変えて、

  • この授業で扱った「問題」のうち、もっとも学び甲斐のあったものベスト5

を回答してもらっています。

「英作文」は、入試対策という目的もあり、昨年度担当者からの引き継ぎではありませんが、こちらの改訂版を使ってきました。

  • 『入試必携英作文(四訂版)』(数研出版)

以前のバージョンも使ったことがあるので、差し替えられた問題などは、今年初めて扱うものの、これまでの経験知や、先輩たちの残した資産(血と汗?)が活かせるものではあったとは思います。

既にtwitterで小出しに情報は出していましたが、

一部誤記もあったので、こちらにまとめ直しておきます。

2023年度 授業で扱ったうちで最も学び甲斐のあった問題: 和文英訳編

1位: Unit 9 補充 
私の暮らす北国の町は例年になく冬の訪れが早かった。確か初雪は11月の中旬で、これは珍しくない。いつものように、積もるのは年を越してからだと見ていたのだが。寒さは次第に厳しさを増し、12月になると町はすっかり白く化粧したのである。クリスマス前に完全な雪景色となったのは私の記憶だと20年振りぐらいのことだ。
2位: Unit 12 補充1 
あなたがタイムマシンに乗って往復で時間旅行ができて、過去でも未来でも、どこまででも行けるとしたら、どの時代に行ってみたいと思いますか?
3位(同率) Unit 11 補充: 
次の下線部を英語に直しなさい。
ほめられて育った子が、ほめられるためにがんばるようになる。そしてそこから抜け出せない。これが最悪のシナリオである。例えば、一人暮らしをしたとしよう。もしほめられるためにがんばることしかできないならば、誰もほめてくれない部屋の掃除など、がんばる気にはならないだろう。部屋がきれいになるとうれしい。このささやかな達成感があるから、掃除をする。何かを為すときには、そのこと自体がもたらす達成感こそが、その行動の原動力になるのである。
3位(同率) Unit 8 補充:
あるとき私は幼児期を過ごした町を通る機会に恵まれた。記憶のなかの光景をたぐりよせながら、なんとかそれらしい場所まで来たが、自信がない。周囲の町並は完全に変わってしまっていた。そこに建っていた家はいかにも新しく、30年前からそこにあったものとはとても思えなかった。
5位  Unit 8 (5):
昨日は部活でクタクタだったので,電車の中で本を読んでいたら,眠ってしまった。あやうく乗り過ごすところだったけれど,たまたま同じ電車に乗っていた中学のときの友だちが,起こしてくれた。
6位(同率) Unit 12 (4):
初対面の人物とほんの少し言葉を交わしただけで,その人とまるで何十年も前からつきあいがあったかのような錯覚に陥ることがある。
6位(同率) Unit 12 補充2:
下線部を英語に直しなさい。
この先生が、ChatGPTを作文の宿題に使った子どもを叱責しなかったことは大きなプラスです。使った子どもは、新しい対話型AIに興味を持ち、自分も使ってみたかったのでしょう。そしてそれを丸写しにして作文の宿題を提出することが、大人ならもしかしたら不正行為といわれるかもしれないことだ、という認識もなかったでしょう。それなのにいきなり先生に叱られたら、子どもの気持ちは大きく傷ついたことでしょう。学校が嫌いになり、不登校の原因にもなりかねなかったと思います。確かに、新しい道具をどんどん使ってみようとする態度はポジティブに捉えるべきでしょう。
6位(同率) Unit 10 補充:
紀元前8000年には地球の人口は、東京の人口の3分の2ほどだったと推計されております。紀元1年には、2億人ほどになりますが、その間の人口増加率は年0.04%で、ほとんどゼロに近い。本当に人口が増え始めたのは17世紀くらいで、農業の発達と、死亡率の低下によるものです。人口問題というと古くからの問題というように受け取られるかもしれませんが、爆発的に増えてきたのは比較的最近の現象だということをまず認識して欲しいのです。
9位  Unit 4 (1):
学生時代に昼休みの食堂で,ひとりでご飯を食べるのがひどく苦手だった。テーブルの前にいる見知らぬ他人と目線を合わせるのが苦痛だったからだ。

以下10位タイ
Unit 10 (1):
世界では全員を食べさせるのに必要な食糧のほぼ半分が毎日捨てられている一方で、9人に1人が充分な食糧を得られていない。
Unit 9 (2): 
故郷の町を15年ぶりに訪れましたが,子どものころを思い出させる建物は何一つ残っていませんでした。
Unit 9 (3): 
WHOは太りすぎの大人が世界全体で16億人に上ると見積もっている。この数値は向こう10年間で40パーセント増加すると予想される。
Unit 4 (5):
最近の親は、自分たちが子ども時代にコンピュータゲームをやっていたせいもあって、ゲームを受け入れやすいようです。実際、休日はこどもといっしょにゲームをして過ごすという人も多いと聞きました。
Unit 1 (3):
新メディアの登場で「紙」の新聞を購読する代わりに、パソコン画面に無料で提供されるニュース情報の閲読で済ます人々が年々増えてきた。
Unit 18 (1):
海外で日本語を教えていて一番有難いのは,学生の素朴な質問に触発されて日本語や日本人に関して教師の我々自身が思いもかけない発見をすることである。
Unit 18 (5) ※問題そのものを修正して提示:
生活の至るところでプラスチックを用いている私たちにとって重要なのは、私たち人間が排出するプラスチックごみが地球の自然環境を汚染していることを、私たちひとりひとりが日々の暮らしのなかで自覚することである。この環境はかけがえのないものなのだから。


※「補充」とあるのは、2学期以降の授業で、各Unit のテーマ/ターゲットを考慮して補充した、やや長めの和文英訳問題のこと。入試過去問を採ることもあれば、一般の書籍やWEBの記事から採ることもある。
※入試過去問で、オリジナルの問題の日本文に難のあるものは、それを修正して課している。

私は『パラグラフライティング指導入門』(大修館書店)の著者でもあり、セミナーやワークショップでも、どちらかといえば、所謂「自由英作文」的な、お題に基づく英文ライティング指導を熱心にする英語教師、という印象をもたれているかもしれないのですが、「和文英訳」とはいえ、完成したものが「エイブン」ではなく「英文」になっていないと困るわけですから、お題に基づく英文ライティングと並行して、かなりの労力をこの「和文英訳」の指導に割いてきました。

ということで、以下、一題を取り上げて

  • 授業での主な取り扱い

を示しておきます。

1.問題文の提示:数名の生徒に割り当てて事前提出させてフィードバック。
言葉には不思議な力がある。どんなに疲れていても,「ありがとう」と言われるだけで,疲れは吹き飛ぶ。

2.割り当て生徒含む全員に着眼点のハンドアウトを事前配布:以下は抜粋
※「疲れは吹き飛ぶ」の「は」には余りこだわらないのが吉。ただ、「吹き飛ぶ」の目的語にするには、 名詞化が必要。そして、このような日本文での名詞表現をそのまま英語でも名詞にするかどうか は吟味のしどころ。tiredness とか fatigueって今まで自分の会話で使ったことある?
※因みに、国語辞典の大辞泉(三省堂)では「疲れが吹っ飛ぶ」という用例が「吹っ飛ぶ」の項にあるのだが、この「吹っ飛ぶ」の定義が「すっかり消えてなくなること」となっている。え? 消えてなく なるのは「疲労」ではなく「疲労感」の方ですよね? であれば、この問題文でも「疲労感がなくなる」 という「感覚」「気持ち」の表現を活用することもできますね。

3.授業での扱い:誤りの添削だけではなく、語彙選択や語義そのものの注意点や再考すべきポイントなども指摘し、代替案などを提示。以下は抜粋。
※英語の定義を確認しておく
tiredness = the feeling that you would like to sleep or rest
fatigue = a feeling of being extremely tired, usually because of hard work or exercise
exhaustion = the state of being very tired

4.先輩たちの汗と涙…:同じ問題で前年度までのストックがある時は、そこから見繕って蔵出し。
A. Words have *1. a mysterious power. However tired you are, if *2. someone says “thank you” to you, you *3. feel relaxed.
※1. power は通例不可算。形容詞がつくと可算扱いすることがある。複数形は極めて稀。 2. someone は文脈からは「当人に近しい、状況を把握している人」であると思われるが、その細かい説明をしようとすると流れを止めないのが大変。かといって say にはSVOOの動詞型はないので、(X) you are said +ことば は不可。 3. relaxed よりは feel refreshed の方がベター。

B. Words have *1. mysterious power. However tired you feel, *2. what you are only told words of appreciation let you refresh.
※1. 解答例Aのコメント1参照。 2. ここは文構造が破綻。無生物主語を活かすためには、名詞化と動詞の選択。A makes you feel refreshed の動詞型で文の骨格を作る。→ Aの部分を名詞句の限定表現に→words of thanks [appreciation] (from someone who knows you well) など。

※この2例を見て分かるように、「ありがとう」のことばは、どこで、いつ、誰から言われるのか、がこの文の解像度の高さに関わってくる。そこを考えると、そもそもなぜ「疲れているのか?」という根本に気づくことができる。

5.オンラインコーパス等の検索結果を示して、頻度やコロケーションの提示。


6.(必要に応じてDeepL訳やChatGPT訳の検討→)テキスト著者提供解答例の提示と解説。
この解答例や別解も必要に応じて修正します。
※「誰が誰に対して、どこでいつ、どのような目的や意図、理由でその文を言っているのか?」
を検討し、一読了解できるよう、General からSpecificへ、一番の主題/焦点にくるまでに、接続詞S+Vで、時制や助動詞の「山や谷」を増やさない、ということを常に説いています。
※この問題文のDeepL訳は以下の通りで、第2文があまりに稚拙だったので使わなかった。
Words have a mysterious power. No matter how tired you are, just a simple 'thank you' can blow away your fatigue.

7.関連表現の用例を辞書から抜粋&簡単に解説
※Unitごとや問題ごとにキーワードで「物書堂」のアプリ辞書のブックマークをフォルダー化しておくことが多い。
※実際の授業では、フォルダー内の用例を授業の狙いに併せて並べ替え、スクショを撮っておいて、それを拡大してプロジェクターやモニターに投影することが多い。

8. 試訳とその解説
Words can work [perform / do / make] miracles. In and out of your workplace, with a few words of thanks (from someone), you will be rewarded for all your efforts and feel revitalized for tomorrow.

和訳:言葉は奇跡を起こす。職場の中でも外でも、(誰かからの)ちょっとした感謝の言葉があれば、これまでの努力が全て報われ、 明日への活力が湧いてくる。

※どのようなプロセスを経て、この試訳の英文を産出したかを補足。必要に応じて、さらに重要表現に関して、オンラインコーパスなどの検索結果(動詞+miraclesなど)を見せる。



総括票にはいつも通り、「来年度この授業を受けるであろう後輩への親身のアドバイスとメッセージ」という項目での自由記述欄があるのですが、そこから抜粋。

  • 世に溢れている問題集の解答解説よりも、確実に先生のプリントが1番いい教材だと思います。
  • 授業中に「補足」として提示される例文や、使用頻度を表すグラフが最も重要。辞書にもなかなか持っていない用例を採取でき、ぐっとイメージが掴めるようになる。
  • 先生の授業は教材やプリント1枚1枚に貴重な学びや新たな発見があるため、一瞬たりとも気を抜けません。貴重で質の高い教材を活かすも殺すも自分自身だと思います。先生のtwitter(注:ママ)など、活用できるものは全て駆使して、本当に良い英語に触れ続けるべきだと感じました。
  • 自分の中で特に大きな価値があったのは、年代別・地域別で使う言葉や、その使い方にどのような違いがあるのかを説明してくれる点や、例として複数の辞書を参照したりすること。
  • 解答例の英文も大事だけれど、その下っかわにある解説が秀逸なプリントなので、下っかわを熟読した方が、きっと良いと思います。
  • プリントの「補足」は大事。プリントはテストが終わっても捨てないで取っておこう。
  • 最初はとても大変だと思うけど、そこをどうにかがんばれば、見えてくる英語の世界が本当に変わるよ!応援してます、がんばれ!!

ありがとうございます。みなさんが、期末試験で実力を出し切れることを願っております。

本日はこの辺で。

本日のBGM:カサナルキセキ (KAN + 秦 基博)