「ライティング」の授業で養う英語力とは?

去る1月のFTC (Fresh/Refresh Teachers’ Club) の打ち上げの席で『入試必携英作文』(数研出版)の精査を編集部の方から頼まれていたのだが、その後私の山口への異動があり、肝心の編集部の方にも異動があったりして、コメントを送らずじまいのうちに製品は世に出回っていたのだった。このブログにも、過去ログからこの本について言及した記事をたどってやってくる人がコンスタントにいるので、この問題集を採択しようか気になっている人がいるのだろう。私に何かを頼むような人は、このブログを見ているだろうから、以下、個人的見解を。
基本的に学校採択用の問題集である。編集のチーフは私も一緒に仕事をしたことがあるT氏がやっているようなので、制作スタッフはしっかりしていると見てよいかと思う。著者はドラゴン桜のモデルでおなじみ竹岡広信氏と洛南高教諭の岡田委子氏。
全体的に、項目の立て方、収録する問題の質、改題の工夫、個々の表現への解説の詳しさなど、「和文英訳」の入試問題集としてはよくできていると思われる。和文に関して、ヒントとなる「場面設定・状況設定」をはっきりさせている点は、類書と大きく異なる本書の特徴であり、英作文の指導経験の少ない教員には充分アピールするだろう。
個人的評価では、ここで扱われるのは、3,4通り別解があるとしたところで既に答えが決まっている短文の英文を再生させる出題であり、「解答英文ディクテーション」や「解説先渡し」で代用可能な範囲である。
生徒が自学自習の利かない「“いわゆる”自由英作文」の出題こそ、真価が問われる、と思って読んでいたのだが、解答と解説さらには、全体の構成に難点がある。また、竹岡氏が、中経出版から出している2冊巻のうち、『英作文が面白いほど書ける本・原則編』でさえカバーしている、もっと長文の和文英訳は収録されていないので、これ一冊で、和文英訳御三家レベルの出題には対応できないし、東大・一橋・外語大・お茶大などの骨太のライティング出題にも対応できないのはもどかしいところ。結局、受験生は、Z会出版の『自由英作文のトレーニング』を使うか、大矢本(語学春秋社 or/& 桐原)を使うかというお受験モード行動パターンをとることが予想される。

ということで、『入試必携』のうち、<13課・比較>を取り上げる。『面白いほど……原則編』では、p. 176から始まる、Lecture 7の内容と、少しだけ被っている。(出版社も異なるので、対応はしていませんよ。念のため。)
・ 人の話を聞くことは、本を読むことより大切です。
・ イギリスより日本の方が物価が高い。
・ トムは昔より年配の人のことを考えている。
・ 読むことは書くことほどつらくない。
などのモデル文に当たる英文を解説後、和文英訳へ。最終的にテーマに関する賛否を問うような大きな課題へと移行する。この「比較」の項目の最後で取り上げられるのは、次の滋賀大学の出題。出題は2001年であるはずだが、出題年は記されていない。
・ 「大都市で暮らすより小さな町で暮らすほうがより快適だ」という意見に対するあなたの意見を50語前後の英語で述べなさい。
この問題集では、解答へのアプローチとして

  1. まず「快適である」か「快適でない」か、自分の考えを述べる。
  2. 1. と考える理由をきちんと示すこと。

というストラテジーを経て、添削例を3つ、コンサルタントの解答例を1つ示しているが、襷は勿論帯にも短い。
解答例2では、改善案として

  • 論理の一貫性(文と文との結束)を持たせること

という見出しが与えられているのだが、これは coherenceとcohesionという観点を未整理のまま提示している点で極めてmisleadingである。このコメントで示されている具体的な改善案は「論点を一つに絞ること」でしかないので、「一貫性」とか「結束」とか、わざわざ「タテ糸」を強調する言葉を示す必要はないだろう。ここは見出しの付け方の問題なので著者の問題と言うよりは編集サイドの問題ではないか。
むしろそれ以上に難点があるのは解答例の3と、その解答に対するフィードバックとしての改善案の解説であろう。以下引用する。
解答例3

  • In my opinion, living in the country is better than living in a city. If you live in the country, you realize how quiet life is. In a city, noises are always around you. However, in the country, you spend a lot of time without noises and feel more comfortable. (50 語)

改善案

  • but, howeverの用法に注意する。主張は、「小さな町のほうがよい」だから、もし<譲歩, however, 主張>の形を用いるならば、譲歩のところには小さな町の欠点を述べるか、都会の利点を述べるかのどちらかとなる。「都会は至るところに騒音がある」というのは、いずれにも当てはまらない。よってここではHoweverではなく、In contrast/ In comparison / On the other handなどの対比を示す副詞を用いること。

というのだが、この解答例の英文に関して言えば、下線部を On the other handに直しただけでは、英語として適切な文とはならないことをこそ指摘しなければならない。ここで必要なのは、「何をもって快適な暮らしというのか?」という個人の価値判断を提供することである。いってみれば、

  • What would be the most comfortable life for you?

という質問に答えているのと同じことなのだ、という解釈からスタートするべきなのだ。その上で、「快適さ」の定義を示せればベスト。この問題集の解答例の「騒音」「喧噪」という設定を活かしながら、私が普段の授業で生徒に要求するとすれば、以下のような英文になるだろうか。

  • I agree with this opinion. Living in the country brings you far less noise than living in a city and so the country life will be more comfortable . In a city, noises are always around you. In the country, however, you spend a lot of time without noises and feel more at ease. (53 語)
  • I am of the same opinion as the author. A quiet environment is a must for a comfortable life. So, living in the country is more comfortable than living in the city. Unlike the city-life, calm and quiet surroundings in the country make you feel more relaxed (47 語)

コンサルタント(英語母語話者)の解答、として示されているのは次の英文

  • I totally disagree. Living in a big city has advantages, particularly for shopping. First, you can easily find convenience stores. Second, you have a lot of choices of products since there are hundreds of shops. For this reason, I am against the opinion that small towns are more comfortable. (49 語)

このコンサルタントの解答は、編集サイドが、設問のpromptを正確に伝えきれなかったことによる不備ではないか。この解答で主題となっているのは、残念ながら「快適さ」comfortablenessではなく、「利便性」convenienceである。個々の英文に英語としてのミスがないのは当然だが、母語話者の書く自然な英語であっても、解答に要求される要素を満たしていない答案をありがたがる必然性はない。母語話者のコメントが必要で有効だったのは、むしろこの問題集の前半の和文英訳の部分なのではないか?日本語の「ニュアンス」にこだわり、英語らしさが失われたり、論理の飛躍があって英語として不適切だったりする問題に対して、バッサリと大ナタを振るった部分がどこなのかが、とても気になった。「和文和訳」での思考のプロセスをこそ、母語話者コンサルタントとのやりとりで示せなかったものだろうか?
<比較>の項目での最終課題が、「“いわゆる”自由英作文」問題となるので、この項目の前半で散々練習した比較の表現の出番はほとんどないのである。論理というタテ糸を課すことで、より適切かつ効果的な個々の表現というヨコ糸を紡ぐことを可能にするのが、この手の出題が「高校ライティング」に対してできる大きな貢献である。この問題集では、解答以外に「詳解」という冊子もあるのだが、そこでもこの最後の問題の解説は舌足らずである。たとえば、高校生が最も苦労するtopic sentenceの英語に関して、結論部でのrestatementに関してはほとんど何も解説がないのである。
問題集全体の構成としては、この手のまとまった分量で、論理と構成と表現を問われる問題は後半にまとめてしまって扱う問題数を増やし、適宜、前半で扱った複数の文法項目へ参照させる方が余程効果的な指導ができるのではないだろうか。
とはいえ「ライティング」といいつつ、ヨコ糸もタテ糸も虻蜂取らずな指導をしがちな進学校を中心に採択のニーズはかなりあると思われる。改訂の際には構成に大ナタを振るって、再編成を望みたい。

本日のBGM: Love Anyway (Mike Scott)

追記: 和文英訳の入試問題に於ける問題点に関しては、過去ログ(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060102)を参照されたし。