「むやみに家を出ないで」

3月以降、「コロナ禍」での日常を生きているわけですが、その間に、一つ、WEB媒体での仕事が公開されました。

こちらからどうぞ。

OLEXブログ
英語のオシゴトと私
第13回―松井孝志
「甲子園」と「タンバリン」
http://olex.obunsha.co.jp/blog/2020/04/03/1795/

細井先生、河村先生と受け継がれたバトンを私が受け取りました。次に誰に渡されるのかが分かるのは2か月後くらいですかね?
Stay Safe!

私自身、新年度は新たな環境で「英語教育」と関わっていくわけですが、首都圏では学校教室での対面授業が成立しない環境に置かれていますので、教師も生徒も、「遠隔授業」という物理的にも、精神的心理的(頭と心の両面)にも、負荷のかかる状況で進める場合には、無理をしないことが大切だと思っています。

こちらに北星学園大学の松浦年男先生 (twitterでは「まつーらとしお=@yearman : https://twitter.com/yearman?s=20」でおなじみですね) の作ってくれたnoteの記事があります。参考にしましょう。

「オンライン授業をがんばりすぎないように」
note.com

こちらには、「アリシマ」先生のブログ記事があります。流石はアリシマ先生。細やかな配慮が記されています。こちらも、「無理せず」に、時間的に余裕のあるうちに、少しずつ整理、整備していくのがよろしいかと。

Arishima.info
「オンライン授業に移行するときの覚書」
arishima.hatenadiary.jp

私が最近せっせとやっているのは、「ことばの採集」です。
ひょんなことから、こちらの「表現集」に書き込みを始めました。
@nofrills (https://twitter.com/nofrills?s=20) さんを中心にプロの翻訳家の方たちが表現集を構築してくれています。

(仮)パンデミックに関する英語表現集
2020年の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) のパンデミックについての英語圏の報道記事やTwitterの投稿などから、翻訳に役立つ表現を蓄積していくことが、当Wikiの目的です。
english-vocab-covid-19.memo.wiki

これまで、私が「ライティング」の授業で、「書くために読む」ということを説いてきたことと、通底するような感触があり、微々たるものではありますが、いくつか書き込ませてもらっています。

先日までは、 “flatten the curve” と “bend the curve” の生息域の把握に、いささか時間を取られましたが、その甲斐あって自分の中でしっかりと整理ができたと感じています。

そして、昨日から、少し悩んでいるのが、「疲労困憊の;出し切ってぐったりの」などという意味で用いられる “drained” と共起する副詞の語義です。

辞書的な定義を見れば、そもそもが「液体が流れ出てなくなった(状態)」を表す語ですから、形容詞としてのエントリーがあるものでは、

very tired : exhausted (MW’s)
very tired and without energy (OALD)
feeling as though you have no mental or physical energy left (MED)

のように、動詞のエントリーにぶら下げるものでは、

deprive of strength or vitality (ODE)
If something drains you, it leaves you feeling physically and emotionally exhausted. (COBUILD)

の中に、-ed/en形での用例が示されています。

では、私が一体何に悩んでいるのか、といえば、こういう実例での副詞の並列の処理なのです。
日本語では一般に「心身」「身も心も」という「二分」「二項」での物言いが多く、英語でも、"physically and mentally" とだけすることが多いように思っていたので、この「コロナ禍」だからなのか、「三つ」畳みかけるような声を耳にする機会が増えたように感じています。

以下、主として市井の一般人のツイートから拾っています。

I have never in my life felt so physically, emotionally, and mentally drained. I am running on about 2% and am swamped in homework that I cannot even get myself to start.

I am physically, emotionally, and mentally drained. I’m sorry if I haven’t been as positive or more myself in our interactions lately. I’m trying, but I’m exhausted and I think it’s showing.

Mentally, emotionally, and physically drained

Our frontliners are physically, mentally, and emotionally drained. They serve with no complaints.


Philippine Red Cross Rizal Chapter Pasig-Pateros Branch, Shaw Blvd Barangay Kapitolyo, Pasig (2020)

この副詞との共起で何を悩むのか?
それは、mentallyと emotionally の棲み分けです。
この語を単に、「精神的」「情緒的」と訳して何かが腑に落ちるか?頭の中の映像はクリアーになるか?違和感なくしっくりとくるのか?ということです。
最近、とかく話題の「精度の高い自動翻訳」の結果を見てみましょう。

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「精度の高い」自動翻訳

疑問には殆ど答えてくれませんね。
Ngram viewer で俯瞰してみましょう。

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Ngram viewer 単体

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Ngram and 順番

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Ngram physically との共起

大まかな「趨勢」というようなものはわかりますが「語義」はわかりません。

例によって、COCA系のオンラインコーパスでの検索が効果的か否か、見てみました。

COCAでdrained と共起する副詞の頻度を見てみます。

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COCA概要

COCAでのand での頻度がこちら。

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COCAでのandでの順番

次に、ニュースメディアでの実際の使われ方を反映するNOWコーパスで見てみましょう。
頻度分布。

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NOW頻度

では、「意味の棲み分け」はどうなっているかが分かるか?というとそれはこのような検索結果からだけでは無理なのですね。

副詞→形容詞→名詞というような形で、キーワードのエッセンス、肝とでもいうところまで掘り進めないとだめでしょう。

そして、ここでの「キーワード」とは何か?
ズバリ、

  • body, mind and spirit

です。

body がphysicallyに
mindがmentallyに
spiritがemotionallyに

それぞれ対応していると考えれば、なぜ3つなのか、が窺い知れるのではないでしょうか?
私が序盤で、「腑に落ちるか?頭の中の映像はクリアーになるか?違和感なく…」と疑問を投げかけていた伏線もなんとか回収できましたね。

英英辞典から、その匂いが感じられる用例を。

  • healing for body, mind and spirit (OALD)
  • a harmonious balance of mind, body, and spirit.(COBUILD 9th)

COBUILDの旧版では、

  • the need for wholeness and harmony in mind, body and spirit (COBUILD)

という用例があるのですが、その訳文は、
「心、身体、精神の完全性と調和の必要性」とあり、「心」と「精神」の識別は判然としません。

先ほども見てみた「精度タカシ」での三位一体の訳例。

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精度タカシ三位一体

この訳では識別の役に立ちませんね。

COCAでの「三位一体」の用例。

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COCA三位一体用例

NOWでの「三位一体」の用例。

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NOW三位一体用例

この

  • mind と mental の対応
  • spirit と emotional の対応

辺りのことは、
中村保男『日英類義語表現辞典』(研究社、1998年)で詳しく扱われています。
ここまで「こころ」の扱いが詳しいことには唸るしかないです。先達の慧眼と偉業に感謝です。

このブログでも、

類友
tmrowing.hatenablog.com

でこの中村(1998) を少しだけ取り上げています。気になったときに、調べて書いておいてよかったです。


ということで、COVID-19関連の記事を読む、そのニュースに反応する市井の人々の声に耳を傾けるにも、日常飛び交う「ことば」をしっかりと掴み、観察することが大切ですよ、という話でした。

Stay Calm.
Stay Home.

本日のBGM: ストーリーの先に (Glim Spanky)