このGWの間に、「音韻論」関係の文献を読み直す予定だったのですが、あるリスニング教材の精査に、思いの外時間を取られてしまい、連休後半に突入です。
その教材とは、
- 『センター対策リスニング30分』 (啓林館)
です。
「英語教育再生プロジェクト」で取り上げられた『問題集』の続刊であるこの本から長文スクリプトを1つだけ取り上げて、書評してみました。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20130503)
私の書評を読んで、首肯できない部分がある方もいることでしょう。それでも、流石に、
- この問題集はリスニング教材なのだから、スクリプトの英文を読むことで、その不自然さを論い、重箱の隅を突くような批判を加えたり中傷するのは、その人の徳のなさを表すものです。
というような人はいないだろうと思います。ただ、とかく、批判を嫌う空気のある業界ですから、「リスニング教材の根幹でもある、『音声面の指導』」という観点から、この教材を精査しておくことも必要不可欠かと思い今回、新たに記事にしてみました。
朗読が2回繰り返されるので、CDは計4枚にも及びます。気合いの入れ方が伝わります。ナレーターの名前、プロフィールなどはテキスト、CDのラベルを見る限りは、不明でした。
解説を一読して、まず、最初に気になったのは、さかんに取り上げられる –ingの処理です。
音声のポイント」という項目で、「meetingは語尾のg音が弱く発音されるか、もしくは脱落して『ミーティン』と聞こえる」と聞き取りのアドバイスがなされていました。同様の記述は、going、planningなど、-ingが出てくる度に見られます。これらの語の最後の音は /g/ なのでしょうか?
また、この著者は積極的に、「カナ発音表記」を使っていることも気になりました。英語教育プロパーの世界にも、「カナ発音表記」をする方がいます。『エースクラウン英和辞典』 (三省堂) のように、高校初学年用の学習英和でも、カナ表記が上手く使われているものも出てきました。しかしながら、この「問題集」の解説を読む限りでは、靜哲人先生や、島岡丘先生が、長年かけて作ってこられたような、ストレスやリズムが再現できるような表記とは異なり、正しい音を知らなければ英語音を作り出せないものが多いので、かえって混乱するのではないかと危惧します。
- ファーストボール (第2回、第4問B)
- ラナロン (第6回、第2問、問8)
- アライボン (第8回、第2問、問8)
それぞれ、
- first of all
- run along
- arrive on
です。
別に、音声学の専門家ではなくとも、「音」を自分の耳と頭と口でしっかりと捉えられていれば、説明は「妥当」なものになると思うのです。なぜなら、付属のCDで「英語ネイティブの音声」があるのですから。
以下、気のついたところから。
第2回、第3問Bの「対話」で繰り返し出てくる tunnel。解説では
- 「タネル」のように聞こえる。
とあるのですが、付属のCDを聞く限りでは、強いてカナ表記すれば「タヌゥ」、漢字なら「田野」が近いでしょう。 flannel という語が、カタカナで「フラノ」と定着したように、英語の単語の語尾の -elが「エル」に、聞こえることは稀だと思います。
同様に、語尾の -alが「アル」に聞こえることは稀でしょう。
第6回の、第4問Bに digitalという語が出てきます。
- what they call “digital lemonade”
の部分を指して、
- digital の発音は「ディジタゥ」のようになる。
とありますが、女性ナレーターの音声を聞く限りでは、「ディジトゥ」が「近似値」だと感じます。
第6回、第2問、問10
- By the way, how was your trip to Kyoto?
では、
- tripは[tr]が摩擦音を伴って、「チ」の響きを持ち、「チュリッp」のように聞こえる。
というのですが、この男性ナレーターの音声では、確かに「トリ」という、母音が間に聞こえることはありませんが、ごく普通の tr音で、「チュ」とは聞こえませんでした。ここに注意させるよりは、
- How many times have you been there?
での、 -n-と –th-の結びつきの部分の方が取り上げる価値が高いかと思います。
同じく第6回、第2問、問12
- What would you do if you were him?
解説は、
- would you は「ウッジュー」のように聞こえる。
というのですが、この男性ナレーターは、ゆっくりと発音し、would とyouは同化を起こしていませんでした。
第7回、第1問、問1
shouldという助動詞を取り上げ、
- shouldは義務や助言を表す場合には強勢を受けず…という発音になる。
と母音部分に、弱音表記がされていました。CDの男性ナレーターの音声を聞くと、やや短めではありますが、きちんと発音されているように思います。それよりも、「義務や助言を表す場合」以外で、強音というか普通の母音で読まれるのは、shouldがどういう「意味」や「働き」の時なのでしょうか?解説の言わんとすることがよく分かりませんでした。
第7回、第1問、問4
- I’ll pick it up later today.
では、
- pick it up は「ピキタッp」とつなげて読まれる。
と解説されていますが、実際の女性ナレーターの音声では、itは後続のupへと移行する際に、「有声化した t」というよりも、「弾音」となっているように聞こえます。強いてこの音を日本語のカナで表せば「ラ行音」でしょうか。「ペキラ」と言って最後にしっかりと唇を閉じるような音になります。
同じく第7回の、第3問Bでは、
- I don’t want to talk about it.
の部分で、
- about it はつなげて読まれ、さらにaboutのtが「ラ行」の響きを持つので、「アバウリッt」のように聞こえる。
と「音変化」の解説をしているのに、なぜ、先程の “pick it up” では「音変化」を取り上げなかったのでしょうか? itが前の語と繋がる時には音変化するけれど、itと後ろの音では音変化しない、などと思っているわけではないでしょう。
著者は、同じく第7回、第4問Aの問22では、
- Which is better for the environment: hybrid cars or electric vehicles?
の部分で、
- betterはtが「ラ行」の響きを持ち、「ベラ」のように聞こえる。
と語中に生じる「音変化」の解説をしているので、なおさら不思議です。
そうそう、第4回の第2問、問12で、
- Unfortunately, I have little knowledge about it.
が出てきた時の解説、
- littleは[t]の音が消えて、「リルゥ」のように聞こえる。
という[t]音の扱いが気になっていたのでした。まさか、このlittleの発音で、「ル」のように聞こえるのが、音節主音の /l/ だと思っているわけではないと信じたいのですが。
著者は、上述のように「音変化」に、かなりの焦点を当てて解説されているようなのですが、看過できない「音変化」の解説も見られます。
「Which team は『ウィッチーm』のように聞こえる」という解説には「?」が浮かびます。
第3回、第2問、問8
- Which team do you think will win the championship?
の部分です。
旧版で今はもう市場に出ていない『グランドセンチュリー英和』での、「リスニングの極意」のコラムで、この手の「音変化しそうでしない注意すべき語と語の繋がり」を指摘していた私としては、気になって、CDで該当の質問文を聞いてみました。
強いてかな表記をすれば、「ウィッ(チ) ティーム」とでもなるような、男性ナレーターが /t/ 音をしっかり、はっきりと発音するのが聞こえました。決して「チ」音ではありません。
次の解説は、明らかに誤りです。
第2回、第3問、問16
- It's quite rare to see it so clearly.
の部分で、
- see it は「シリッt」のように聞こえる。
というのですが、「リ」はどの音変化なのでしょうか?
音声学の専門の知識はそれほど詳しくなくてもいいので、収録された音声を自分の耳でしっかりと聞き、聞こえた音を「正しく」解説して欲しいモノだと心から願います。
著者は、「読んでためになる」メッセージで、「どうしてリスニングができないのか」という問いに対して、こう答えています。(本冊、p.16)
カラオケで上手く歌うためには歌手のモノマネをして歌うといいのですが、それと同じで流れてくる音声をモノマネして話す習慣を身につけることです。「文頭のhやthは消える」とか「母音にはさまれたtはl音になる (waterなど)」のような理論も大事ですが、それより読んだり聞いたりした素材はCDを繰り返して聞いて、モノマネをしようとすることです。
正確を期すために、そのまま引用しましたが、(X)「母音にはさまれたtはl音になる (waterなど)」というのは英語の音声事実の記述としては、明らかに間違っていると思いますので、この教材を使っている方は気をつけて下さい。この環境で生じる英語の「音」は、「日本語のラ行音」に近い音ではありますが、完全に同じというわけではありません。また、英語の/l/ 音は、一般に日本語の子音には存在しない音で、「側面開放」の音になります。「理論」というよりも、「事実」を知ることが大切なのだと思います。
詳しくは、竹林滋『英語音声学入門』 (大修館書店) の、「有声のtと弾音とラ行」を扱った部分をお読み下さい。
4.2.3.2と4.2.3.3 (pp. 76-77)
4.7.1.3から4.7.1.5 (pp. 101-102)
私も、『東大特講リスニング』 (ベネッセコーポレーション) の製作に関わっていますし、自校入試のリスニングテストのスクリプト執筆もしています。当然、音声の収録をしなければ、教材として、入試として使えませんから、英語ネイティブによるスタジオ収録となります。しかしながら、山口にいて英語教師をしている私が、スタジオでの音声収録にいつも立ち合うことができるわけではありません。その場合は、すぐに、携帯電話やメールなどで、スタジオの録音担当者、ナレーターとのやりとりができるようにしてきました。ナレーターの英語ネイティブから、収録時に疑義がもたらされ修正する部分もあれば、こちらの意図を説明し、原文のまま収録してもらうこともあります。
音声指導、リスニング指導は、実際の「音」の「実体」を取り上げて、あれこれ解説しないことには、始まりません。ただ、そのような制約があるからこそ、原稿執筆の段階、音声収録の段階、と「英文」、「英語表現」をチェックするチャンスも増えるわけです。
繰り返すのはいつもこの言葉。
- よりよい英語で、より良い教材。
本日のBGM: 一回休み
2013年6月7日 追記:
この日のエントリーで取り上げた教材を、実際に教室で使われている(いた)方からの情報をお待ちしております。