「英語教育再生プロジェクト」の精緻な分析・批評を読んで、「英文の繋がりと纏まり」を改めて考えていました。
「センター対策リスニング」の問題集の書評は、合計で5回に及んでいます。(※2014年6月9日追記:現在では全ての記事が削除されています。)
http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/357601667.html
http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/357745279.html
http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/357768148.html
http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/357881421.html
http://eigokyoikusaisei.seesaa.net/article/358039144.html
とりあげられた『問題集』のスクリプトに関して、また、materials writerとして心得ておかねばならない事柄に関して、「英語教育再生プロジェクト」の評者の主張・指摘に明らかに理があるだろうと思います。著者、出版社は誠意ある回答、そして適切な対応が望まれるのではないでしょうか?
取り上げられた『問題集』には、『続刊』があったことを思いだし、職場にあった見本本のスクリプトを読んでみました。
- 『Listening Box センター対策リスニング 30分』 (編著者 木村達哉、発行所 新興出版社啓林館、2013年3月1日発行)
この『続刊』の英文校閲は、既刊とは異なり、
- James Jarrett Hult
- Derek Ray Eberl
のお二人となっています。
全8回あるテストの内、「第6回」の、第4問Bのモノローグを取り上げます。
「英語教育再生プロジェクト」での書評者の姿勢に倣い、私も、まずは、スクリプトのみを読み、その読みの中で気づいた点を、資料にあたって、また自分の言語直感に基づいて、考察したいと思います。
まず、「恣意的な指摘」とか「あら探し」とか「揚げ足取り」などといった誤解を避けるためにも、「書評」に先だって、スクリプト全文を引用します。まずは、皆さんがこの英文を通読していただければと思います。
Luke was a young boy just like any other. Every chance he had, he would skateboard or ride his bike with his brother, Cian.
However, while on vacation with his family, Luke woke up feeling strange. He lost his appetite and complained about a pain in his leg. Luke’s parents took him to a hospital. After x-rays and a blood test, the doctor had some very bad news.
Luke had a kind of blood cancer that can be very deadly. According to the doctor, it would take three years to treat Luke’s cancer. At first, Luke and his family were shocked. They feared for Luke’s life.
Luke went into treatment immediately. Though it was very challenging and painful, Luke decided to do something positive. With the help of their parents, Luke and Cian made a charity for other children with the same disease. It was called “Luke’s Lemons.”
Luke and Cian wanted to raise money by selling lemonade. But they decided to use the Internet. Since lemonade is difficult to sell on the Internet, they began to sell what they call “digital lemonade.”
Thanks to “Luke’s Lemons,” Luke and Cian have raised thousands of dollars for cancer research.
ワードの文字カウントでは198 wordsでした。
まず、第一段落での「話題の提示」から、第2段落へ「主題」が展開していくところ。伝統的な物語文法 (story grammar) であれば、initiating eventが読者に伝わる部分を読んでいきましょう。
Luke was a young boy just like any other. Every chance he had, he would skateboard or ride his bike with his brother, Cian.
ここでは、”Every chance he had, he would ….” の接続詞的というか free relative的というか、 いかにも略式で口語体の every chance の語法が気になります。北米の英語を身につけたライターなのでしょうか。every timeは既に接続詞として定着し正用法ですし、every placeもかなり広く用いられているように感じますが、every chanceは、どの程度、日本の高校生に馴染みがあるでしょうか?
三省堂のWisdomでは、
- I’ll work on it every chance I get. 私は機会あるたびにそれに取り組んでいきます。
という用例を載せていますので、正用法ではあるのでしょう。
では、この部分を読んで、または、聴いて、まず理解する内容とは何でしょうか?
第1文でLuke was just an ordinary young boy. とでもいうような情報を受け止めるとしましょう。続く、第2文では、その男の子が、「凡庸」「平均的」であることの裏付けとして、「スケートボード」と「自転車」の例が出されていますが、この「具体例」が、何を支持するためのものなのかがよく分かりません。「戸外での遊び」の例として挙げられているものなのでしょうか。「活発さ」とか「快活さ」の例証なのであれば、もう少し共通点を見いだしやすい個々の具体例が追加されるか、よりgeneralな話題の提示から、よりspecificな個別の事例へという情報の流れが欲しいところです。「兄弟」が出てきている部分も、どのような意味を持つのか、ここではまだ分かりません。性別が「男」であることに意味があるのかも知れません。
However, while on vacation with his family, Luke woke up feeling strange. He lost his appetite and complained about a pain in his leg. Luke’s parents took him to a hospital. After x-rays and a blood test, the doctor had some very bad news.
この、”However” で、迷子になりました。何と何の対比・対照、譲歩を示すために、howeverが用いられたのかが、よくわかりません。
なぜ、唐突に「家族との休暇」の話しに飛躍したのかが謎です。「家族との休暇 = 非日常」だとすれば、その前文は、「日常の一コマ」とでもなるのでしょうが、
- Luke woke up feeling strange.
は、その前文の「日常の一コマ」の、どのような内容と対比されるべきなのでしょう?strangeの反意語・対義語を考えると、
- familiar, common, ordinary, typical, usual
などが思いつきます。
確かに、先程私がパラフレーズしたように、”Luke was just an ordinary young boy.” ということですから、ordinary とstrangeは対照的な意味を持ってはいます。しかしながら、ここで “however” が示すような「対比・対照・譲歩」を表すには、この二つの段落の間には何かが大きく欠落していると思います。 「どこにでもいる活発で戸外で遊ぶことが好きな少年」が、普段しないような家族旅行になんか行くものだから、目を覚ましたら具合が悪くなった、ということなのでしょうか。
英文ライターは、 “Luke woke up feeling strange.” での、「strangeさ」を、ここではすぐに明かさず、聞いていくうちに分かるように書いているのだ、というのかもしれませんが、問題は、後ろへの繋がりではなく、その前との繋がりにあるのだと思います。語彙選択として、私なら、”feel(ing) strange” ではなく、”feel(ing) unwell” または、もっと別の、”something was wrong with him”などといった表現を思い浮かべるだろうと思います。”feel strange” を、「気分」や「違和感」ではなく、「体調」に、つまり「身体・肉体の調子;具合」に使うのかな?というのが私の語感です。そういう英語ネイティブもいるのでしょうか。ここで、strangeという語の選択が適切なのは、
- 「食欲不振」と「足の痛み」という、普通は結びつきそうもない二つの症状の因果関係
とでもいうようなことに言及するからではないかと思うのですが、その説明は全くないので、 それこそ、”sounds strange” です。
次に気になったのは、”took him to a hospital” の部分です。休暇中、つまり、ホームドクターではない医者にかかるという部分が、いかにもあっさりと描かれている部分です。「救急 (= ER) 」で血液検査を受けるにも、保険の扱いや、費用など結構逡巡するのではないかと思いました。この物語の舞台は北米ではないのかもしれませんが。
そして、診断結果がわかるのが、次の段落。
Luke had a kind of blood cancer that can be very deadly. According to the doctor, it would take three years to treat Luke’s cancer. At first, Luke and his family were shocked. They feared for Luke’s life.
日本の受験生向けの聞き取りテスト対策、ということで、 “leukemia (=白血病)” という語を敢えて避けたのでしょうか。余談ですが、ガンの診断のための検査については、こちらのサイトなどで確認できます。
Stanford のCancer Institute
http://cancer.stanford.edu/information/cancerDiagnosis/
leukemiaについては、こちらの頁。
http://www.lpch.org/DiseaseHealthInfo/HealthLibrary/oncology/leukemia.html
この段落の、文の繋がりがよく分かりません。動詞にcureではなく、treatを選択しているところが気になりました。treatが「治療」だけでなく、「完治・治癒」まで含意するには、
- the treatment for his leukemia will take three years to complete
などとでもなるのかな、という気がしましたが、そこは、英語ネイティブによって語感・表現は様々なのでしょう。
大きな違和感の根元は、 “At first” にあります。
続く内容が、宙ぶらりんな感じです。この部分では at firstが誤用でないとするならば、談話上必要不可欠な後続内容である、”later” での変化、”at last” でのどんでん返し、などが「オリジナルの英文」では存在していたのに、このスクリプトでは省略されてしまったということなのでしょうか。
例えば、情報の流れを、
- 医師から「血液のガン」の告知→初めは、物凄いショックを受け、自暴自棄→医師から、適切な治療を施せば3年で完治の見込みありとの情報→気を持ち直し、完治の可能性に賭け、治療を即断・実行
とでもすれば、at firstの効き目もあろうかと思うのですが、何分、「説明」が足りないので、聞き手が相当に情報を推測しないと「話しが見え」てきません。
They feared for Luke’s life. の “fear for” に関しては、このブログの過去ログでも扱っています (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120911) が、この前置詞 for の使い方は高校生には馴染みが薄いのではないかと思います。
次の段落は、もし、適切に用いられていた “at first” の磁場が及ぶのだとすれば、
- 具体的な治療の過程が描かれる。そして、家族の心理も “shocked” な状態から、良い方向へと大きく変化していく。
というような内容になると、読者は予想しているはずです。
Luke went into treatment immediately. Though it was very challenging and painful, Luke decided to do something positive. With the help of their parents, Luke and Cian made a charity for other children with the same disease. It was called “Luke’s Lemons.”
第1文で、「即、治療開始」まではいいでしょう。でも、第2文は、第一文との繋がりが分からないだけでなく、この文章全体において、何に貢献する情報なのかが分かりません。
“it (= his treatment) was challenging and painful” と、”(he) decided to do something positive” との間に、どんな対照性があるのでしょうか。Lukeが決断したのに、「家族の協力」で、「兄弟のCian」と一緒に、チャリティを立ち上げた、という部分、そして、「同病の他の子ども達の為にチャリティを立ち上げる」ということが、どのように、challengingでpainfulな治療を乗り切ることに繋がるのかが不明です。結局、なぜ、”something positive” な行動を起こすことが必要だったのか、そして、その行動は、「誰に対して、何に対して」 positiveな作用をもたらすのか、の説明がなされていないまま、段落が終わっていることが気になります。“survive the following three years of treatment” などという、無粋な表現を避けるとしても、「治療にかかる3年間」を乗り切るための、「生き甲斐」とでも言うような何かとして、「他者との関わり」を選択していることが、伝わるような記述が望まれるところです。
次の段落は、当然、前段落最後の “Luke’s Lemons” の説明がなされるところでしょう。なぜ、lemon(s) なのか?あまりにも唐突ですから。Why did they name their charity “Luke’s Lemons”? の答えを予想していると、
Luke and Cian wanted to raise money by selling lemonade. But they decided to use the Internet. Since lemonade is difficult to sell on the Internet, they began to sell what they call “digital lemonade.”
と、何も説明されないまま、段落が終わった感じがします。「レモネードを売りたかった」というのですが、一体なぜ、lemonadeを売りたかったのでしょうか?彼の一家は、レモン農家なのでしょうか?そして、普通のlemonadeではなく、”digital lemonade” というのはいったい何なのでしょうか?聞き手・読み手が「バーチャル飲み物」とでもいうようなものを漠然とイメージして、「わかった」ことにするのでしょうか?
さらに、次の段落で、”digital lemonade” と普通のlemonadeの違いが種明かしされるのか、と思って続きを見ると、
Thanks to “Luke’s Lemons,” Luke and Cian have raised thousands of dollars for cancer research.
と、文章そのものが「終わって」しまうのです。締めくくりの文として、全く機能していません。
200語を越えないように、という配慮で、急転直下、話しを纏めたのでしょうか?でも、残念ながら、これでは、この「話し」「物語」は、何も「纏まって」はいません。
「そのチャリティーで集めたthousands of dollarsが研究調査にどう活かされ、同病の世界中の子どもたちの治療に役立ったのか?」「兄弟で立ち上げたチャリティーが、そのようにsomething positiveな成果をあげたことで、3年続くと言われたLuke自身の血液のガンの治療はどうなったのか?」、そして「Lukeは、また以前のようなordinaryな少年として、usualな日常を取り戻したのか?」など、何も語られていないに等しいのに…。
仕方なく、1つ前の段落に戻って、読み直すと、段落の第2文の出だしが、Butでの対照です。ここがよく分かりません。
- Luke and Cian wanted to raise money by selling lemonade. But they decided to use the Internet.
このライターは、このスクリプトだけでも、however, thoughやこのbutなど、「逆接・対照・譲歩」の論理展開に、極めて独特な感性を持っているようです。私が高校3年生で「ライティング」を教えている生徒が、このような英語を書いてきたとしたら、普通は、「あなたは英語の論理と表現が分かっていませんね」と言って、書き直しを指示するだろうと思います。
論理展開以上に気になったのは、時制です。この段落で、
- Since lemonade is difficult to sell on the Internet,
という因果関係を示す、副詞節中の述語動詞だけが、現在形なのです。なぜ、ここだけ一般論なのか?一般論ですよと、移行する目印もなく、個別の話しに戻りますよ、という目印もないのです。CDで英語ネイティブの朗読も聞いてみましたが、やはり、現在形で読まれています。「ただ、前後の補足説明の言葉が足りなかっただけで、全体の内容理解、主題の把握には、影響はない」という人もいるでしょう。しかしながら、この部分は、この「問題集」では、設問に該当しているのです。
- 問25 Why did Luke and Cian began to sell “digital lemonade” instead of lemonade?
選択肢では、やはり「現在形」で言い換えているのでしょうか?
1. Because they couldn’t make lemonade themselves.
2. Because they thought digital lemonade was effective against cancer.
3. Because lemonade wasn’t suitable for being sold through the Internet.
4. Because lemonade was more expensive than digital lemonade.
正解も錯乱肢も全て、過去形で書かれています。
唖然とします。
設問で問うているのは、本当に内容理解だったのでしょうか?
一体、この設問に答えられた「受験生」は、この文章の内容や主題を本当に理解、把握したと言えるのでしょうか?
この問題集の本冊では、この第6回の問題演習を終えた直後の頁に、著者が「英作文が得意になるためのトレーニング方法」という「読んでためになる」メッセージを記しています。 (p. 16)
英作文が得意な人とは英語のプロでさえもあまりいません。僕もそうです。自分で英語を作ってネイティブに出すと赤ペンで添削されて戻ってきます。でもそのネイティブが添削したものを別のネイティブに添削させると、またあちこちに赤ペンが入ります。世界中でこれだけ英語が多様化すると何が正しいのかという議論は不毛になります。もちろん冠詞の有無や種類、数、呼応、時制などは重要ですが、何より大事なことは「相手に伝わる英語かどうか」です。
申し訳ありませんが、今回取り上げた「スクリプト」が、相手に伝わる「英語の文章」だとは思えません。そして、今回取り上げたスクリプトが、教材として、テストとして聞いたり読んだりするのに、相応しい英語だとは思いたくありません。確かに、近年world EnglishesとかEnglish languagesとか、ownershipとかといった言葉を耳にしますが、英語がいくら「多様化」したとしても、「英語になっている」ことが前提であることには変わりありません。
今回の「スクリプト」に、原典があるのか、詳しくは詮索しませんでした。なぜなら、このLukeもLuke’s Lemonsも実在するからです。
- Luke’s Lemons http://www.lukeslemons.org/index.html
リンク先のサイトを覗くと、そこには更に、”The Story” という頁へのリンクがあります。そこで綴られる「物語」を読んで感動した自分の気持ちを大事にしたいと思います。
四半世紀以上の間、高校生を主として教えてきて、
- あなたが英文を読んでいて、「えー、この文、ちょっとおかしくない?ここは、論理が繋がらないでしょ?」と思った場合に、その99%は、自分の読み誤り、読み落とし。つまり「誤読」です。「まてよ、ひょっとして…」と、仕切り直しして、自分の読みを再検討できる引き出し、戻れる足場があるかどうか、が骨太の読解力です。
というようなことをよく言ってきました。自分の学習者としての経験も踏まえた、本心でした。
少し考えを改める時期に来ているのかもしれません。
それでも繰り返すのは、いつもこのことば。
- より良い英語で、より良い教材。
本日のBGM: Wise Up (Aimee Mann)
2013年6月7日追記:
この日のエントリーで取り上げた教材を、実際に教室で使われている(いた)方からの情報をお待ちしております。
映画『マグノリア』の主題歌にもなった、この "Wise Up" ですが、歌詞はこちらのサイトなどで、是非お読みの上、再度、上記動画を楽しんでいただければと思います。さらに、その後、改めて、この日のエントリーのタイトルも含め、通してお読みいただけると幸せます。
http://www.stlyrics.com/lyrics/magnolia/wiseup.htm
2014年4月14日追記:
上記エントリーでリンクを貼っている『英語教育再生プロジェクト』の全ての記事が現在は削除されているため、リンク先に飛んでも、論評を読むことはできなくなっています。先方のご都合のようですので、悪しからず、ご了承下さい。