越える前に考えよ

先日、書店で、

  • 『AERA English 増刊 TOEIC 1ヵ月集中!730点越え!』 (朝日新聞出版)

を立ち読みしていたのだが、その中の特集頁にある「文章」で、おいおい、というようなものを見つけてしまったので、レジに行き、買って帰宅。最近、話題になっている、TOEIC SWテストの出題を模した「お題」に対する、解答例の英語に関しての疑義と異議。

p. 44 からの第三特集。「TOEIC 730点を超えたら、スピーキングテスト&ライティングテストを受けるべし」として、TOEIC SWテストの攻略法なるものを練習問題と解答例をつけて説いている。
ここからの頁の価値を高めようというのか、カリスマ英語講師と称される「安河内哲也」氏の上半身の写真とプロフィール入りで、いかにも、彼がこの特集を書いているような印象を与えるのだが、さにあらず。良く読むと、物凄く小さな文字ではあるのだが、本文原稿のライターは「山本航」という人で、問題と解答の作成を担当したのは、Tony Cook, Ayako Yokogawa, Masako Uehara の3人であることがわかる。

私が気になったのは、ライティング・セクションで示されていた出題と解答例 (p.49)

出題

Recently there has been a rise in the number of workers employed on yearly contracts. Do you prefer to work on a yearly contract or to be a regular and permanent employee? Give reasons or examples to support your opinion.

解答例

I prefer to be a regular and permanent employee and there are a couple of reasons why.

The first reason why I prefer to be a regular and permanent employee is that I feel more secure in my work. I feel that I am a true member of the company. Five years ago, I worked on a one-year contract and although everyone was nice to me, I never really felt like I was a true member of the company. In addition, I always had to worry about whether or not my contract would be renewed at the end of the year. It was very stressful and I don’t want to experience that again.

The second reason is that I can plan my future better. I know that I will still be employed at the same company for many years to come. Of course, it is impossible to truly predict the future. However, being a regular and permanent employee gives me a feeling that I can plan for the future. Recently I got engaged. My fiancée and I are planning to get married sometime next year and we would like to have kids soon. So being able to plan for the future will be even more important.

The final reason is that it is easier for me to get a loan or mortgage. It is difficult for me to plan my finances if I am unsure whether or not I will have a job this time next year. Also, a bank is more likely to feel comfortable lending to me if they know that I have regular and permanent employee status.

In conclusion, there are three reasons why I prefer to be a regular and permanent employee. I feel more secure and a part of the company, I can plan my future better, and I am more likely to be able to borrow large sums of money from a bank.

今回、お題の是非までは問わない。
全体で約320語の文章。
まず立ち読みして気になったところは、第2段落冒頭で、第一段落で自分が書いた語句 (I prefer to be a regular and permanent employee) をそのまま冗長に繰り返している部分。第一段落は、お題へのレスポンスとして、立場を表明しているだけでも許容されるだろうが、この第2段落からは、理由付けが来なければならない、ということが「読み手」側の期待することだろう。
で、理由付けの段落の冒頭が、冗長。この冗長さは読み手に親切であるどころか、負担を強いる。この部分を日本語に直訳して繋げて見たら、稚拙で冗長な繰り返しに気がつくだろうと思うので、本当に残念。理由付け、というのはただ具体例を挙げることとは違うのだが、高校生を指導していると、この部分は本当になかなか理解してもらえない。例示のために、「事実」を用いるのは結構だが、I feel more secureでの “feel” という現在時制の表す意味と、本当に自分が書きたい意味とは同じなのだろうか?さらに、secureそのものの意味が本当にわかっているのか、読んでいるこちらが不安になる。 a secure jobという意味合いで使っているのだろうか?
心境を語っている部分のthe companyは、この人が今働いている会社のことなのか疑問がよぎる。直後に、Five years ago, と過去のエピソードに移動するので、現職と前職の対比なのか、と思って読み進めると、過去の話のままで段落が終わってしまう。この具体例は何を支持するためのものだったのか?この段落での「理由」はいったい何だったのか?一言で言うのが難しく感じる。securityそれともsense of affiliation? 最後に来て、In additionで「追加」されているのが、またsecurityとかsecure job の話しになっている。でも、それはその前に言っていたことなのだから、addされているといえるのか?同じことをグルグルと、堂々巡りのようだ。

第3段落でも、中盤で自分の体験をサポートに使うべく、Recently I got engaged. と書かれているが、「職」と「人生設計」との関わりについてのmore generalな話しがないまま、いきなり、個人の特殊なエピソードを用いるのは感心しない。「結婚する・しない」「子どもを持つ・持たない」という選択肢は自由に組み合わせることが出来る以上、やはり、「一般・全体から特殊・個別へ」という情報の流れを踏まえるべきだろうと思う。そう考えた時に、この第3段落の「人生設計」は、前段落の「安定・安心」があってこそ成り立つのだから、別の価値観を持ち出し、新たな理由付けをしたとは感じられない。

この第4段落は、主題にとって内容の首尾一貫性を欠くものであり、前段落の「人生設計」の下位分類に落とし込まないのであれば、むしろない方が好ましいと思う。「追加」のつなぎ語の曖昧な使用は、Also, でも見られる。ここでのAlso, の後に述べられているのは、その前の内容を裏返しただけのものなので、何も追加していることにはならないだろう。

最終段落の結論部分は、それまでの内容を「要約」したもの、と考えられるのだが、その出だしは、英語として意味が良く伝わらないのではないか。”there are …” は原則的に新情報を出すためのデバイスなのだから、それ以前に述べてきた事柄をまとめるのには不適切。さらに、述語動詞の事実・可能性の査定のレベルでいえば、feel, can plan, am more likely to be able to borrow となんともバランスの悪い締めくくり文に映る。そもそも、英語の文法・語法に則って考えた時に、 “I feel more secure and a part of the company” の並列部分の後半、 (I feel) a part of the companyがどのような意味を持つのかよくわからない。

気を取り直して頭の整理。
これは、いったいどのくらいの評価が得られる解答例なのでしょうか?
日本人の定型的な英語でも、この程度書けば、この程度の評価が得られますよ、という全体に於けるスケール、位置づけとともに示すことと、その際、どこが評価左右するポイントなのかを併せて示すことが必要だと思います。いくら雑誌の特集であっても、このレベルの英語なら10段階のいくつ、とか、ここは良いから生かして、でも、ここは致命傷ですよ、などの「添削」がないと、 読者は何も得るものがないと思うのです。ことばの教材を担当する作り手としての良心が感じられないことがとにかく残念です。
本当に数年前、東京で高校3年生を指導していた時のドラフトを見る思いです。現任校の生徒たちには普段から「目の前に適切に用いられた英語がある、というときに、それから何を学べるかは、その人の英語力を左右する」といっていますが、その前提は「適切に用いられている」ということですから、こういう例を投げっぱなしジャーマンのように放り出されても困るのですね。

TOEICの受験者が頭打ちになって、新たなテストへと引き込むことで新たなマーケット開拓の戦略でもあるのか、と訝しく思うくらい、TOEIC SWテストをいろいろなところで持ち上げる人たちがいることも気になります。
この編集部には、ここでの指摘と同様の指摘をして、内容に関する問い合わせをしておきました。回答があったら、またここでも紹介しようと思います。

「ライティング」に関連して、もう一件。
先日の某都知事の英語ツイートに関して「日本人は間違うことを気にしているから喋れない」という擁護派らしき意見の人がいたので考えていたことがあります。

  • では、人の目を気にせず、独り自分の部屋でリハーサルよろしく英語を口にする時は、淀みなく、間違いなく、通じる内容でちゃんと英語が話せているのだろうか?

確かに、間違いから逃れることは出来ないし、どのレベルでも必然でしょう。では、「間違いは必然だから間違い続けていい」、とばかりに、いつまでも同じ間違いを繰り返している人がいたとして、そのことに、いつ、どのように気がつくのか、そして、それはいつ修正されるのか。
大事なことは、本当は言いたかったけれどうまく言えなかったことばと、いつ、どのように出会うのか、ということ。そして、それには、答えを教えてもらって暗記したものを吐き出すだけでなく、自分よりも英語のよく出来る人とのやり取りや、ちょっと背伸びしてでも使おうという努力が必要ということ。
教師の役目はモデルを示したり、答えを教えたりすること(だけ)ではなく、階段を登るその前の段階で必要なことをしっかりと準備させ、慣れ親しませておくことと、ちょっと引き上げたり、尻を押したりといった介入のタイミングの見極めなんだと思っています。

英語の「ライティング」をもっとしっかりと、きちんと学ぶことが必要だと本気で思ってくれる指導者、学習者が増えることを願うばかりです。

本日のBGM: A Uinified Theory (God Help The Girl)

2012.01.10追記

高校生の作文にどのように助言を加えるか、の例としては、次のようなものが挙げられるでしょうか。

これは私が審査して、講評として書いたものですが、その前年度の講評と比べていただけると、私の意図はもう少しよくわかるのではないでしょうか?