ODA?

2015年の大学入試センター試験、外国語(英語)の筆記試験、前回の第2問から第5問へのコメントに続いて、第6問を取り上げて、コメントを加えたいと思います。
初めは、「近隣の予備校で『なんたらチャレンジ』を受けてきた高2生に、真っ当な解説を聞くチャンスを与えたい」、と思ってまとめていたのですが、なんとインフルエンザ大流行で、学年閉鎖となり、今週の授業がなくなってしまったので、授業での解説以上に、しつこく 詳しく書きました。

昨年度の「継ぎ接ぎだらけの、不格好な」英文と比べると、ずいぶん「マシ」な英文での出題だな、というのが第一印象。

昨年度の「第6問」だけを取り上げたエントリーがこちら。比較してみて下さい。
「悲劇、それとも喜劇?」
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140206

タイトルが与えられているので、そこから主題を推測してみてもいいのですが、

  • 蜂取り、魚の数数え:シチズンサイエンス(=市民科学)の働きとは?

というタイトルだけでは何のことやら。やはり、本文を読まなければ始まりません。

第1段落

第1文と最終文をつなぐと、主題が分かる、などという乱暴な読みをしていても、

It’s a sunny afternoon here in Texas, and my wife Barbara is at the park again, counting and recording the number of eggs laid by monarch butterflies.

Nobody is paying Barbara, Antonio, or Emily for their efforts, but all three consider themselves lucky to be “citizen scientists.”

この2つをつなぎ合わせれば、主題への糸口くらいは掴めるでしょうか。物語文・ナラティブが影を潜めて久しいセンター試験の第6問ですが、今年は、この第1段落で少し「残り香」が漂いました。
筆者の素性は明かされませんが、

筆者の妻バーバラ=身近な人の典型例 → 昆虫の卵観察 → 公園に再び → プロ研究者とやりとり
筆者の友人アントニオ=身近な人その2→蛙観察→別な州、12箇所、年4回→研究者とのやりとり20年
筆者の姪エミリー=身近な人その3→同じ国の遠く離れた場所で蜂採集→その地元大学の生物学研究室へ報告、毎週

という具体的な記述から、情報を統合して、統一した主題を想定することができるか、というのは「読解力」の大きな要素です。

バーバラ、アントニオ、エミリーは「筆者の身近な人」であるだけでなく、citizens=市民の例となっていて、その市民とやりとりをしているのは皆、「専門の科学者」であることがわかります。なぜ、こんなまどろっこしい書き方で伏線を張っているのか、訝しく思うかもしれませんが、

科学的探求の「対象」が、自然の中での生物の生態であること。
異なる地域、しかも国の端から端と物理的に隔たりの大きな土地に及ぶ観察であること。
異なる生物の生態を、繰り返し、長期にわたって行っていること。

がここまでで既に示されているのです。そして、その観察を市民は、「無償にも関わらず喜んで行っている」と締めくくられています。

この第1段落最終文で引用符で囲まれた citizen scientists、そしてその元になる概念のcitizen science が一体何であるのか?という説明責任が生まれて、次段落以降ではこの文章が「説明文」や「その説明をもとにした、意見文」になることが予想されます。

第2段落

When volunteers participate as assistants in activities like these,

の部分で、前段落の内容としっかりとつながりを持って読み進めることが必要です。<volunteers = 無冠詞・複数形名詞><participate = 現在時制>ですから、「一般論」なのですが、ただ一般論を述べても先程の「説明責任」は果たせませんから、<like these = これらのような活動>の部分に、「専門の科学者と連携して市民が行う生態観察などの活動>という理解が求められるところです。そこがわかれば、この第一文は、citizen science の定義を述べている文であることがはっきりします。

a valuable research technique that invites the public to assist in gathering information

その次のsome of them のthem を明確化するのは手間ですが、「専門の科学者と連携してボランティアで情報を収集する一般市民」というような理解でいいでしょう。
volunteer = someone who offers to do something without being forced; someone who is not paid for the work that they do (MED)
voluntary = a voluntary action is done because you choose to do it, and not because you have to; voluntary work is done for no pay (MED)
という語義が掴めていれば、

…, but most are simply amateurs who enjoy spending time in nature. They also take pride in aiding scientists and indirectly helping to protect the environment.

の部分で、alsoが何に何を添加したものなのか、だけでなく、第1段落の最後、

…, but they consider themselves lucky to be “citizen scientists.”

に対応していることもわかるでしょう。
<否定があれば肯定を探せ=否定があれば、それに取って代わる肯定の情報でサポートがある>という原理原則を踏まえて、

The movement they are involved in is not a new one. In fact, its roots ….

の部分で、in factが「より正確な情報を導いて」くれますから、この後を読まなくても、「歴史は意外に古い」ということが推測可能です。第1段落でのアントニオの「かれこれ20年」という情報を捕捉し、内容を補足したというわけです。その流れで、Howeverによる対比がなされるわけですから、設問で、burgeon(ing) の語義を文脈から類推することが求められていますが、ここは「空所補充」だと思えば十分です。

「昔からあるにはある活動だけれども…」

の、「…」に来る情報・内容は「時間軸で言えば、むしろ今に近いあたりの話」を想定しておいて、

… more than ever

に着目することで、設問には対応可能です。何のために、第1段落で「筆者の身近な市民の典型例を3人」あげたのかを考え合わせれば、more popular, more common, widespread; better-known などといった「意味」がそこに入るでしょう。

第3段落
ここまで、主題が「シチズンサイエンス(=市民科学)」だったのに、この段落の冒頭は、professional scientists and other expertsの話で始まりました。しかも、”need to maintain the highest possible standards” と、「飛び切り高い資質を満たす必要がある」と書かれています。標準的な話型であれば、この後の展開は、主題へと収束していかなければなりませんから、この「専門家の資質・要件」との対比で、

citizen scientists はそのような高い資質を満たせるのか?
では、citizen scientists に求められる資質とは?

というような内容になるでしょう。予想通り、

Some might argue that citizen scientists cannot maintain the necessary attention…, or that amateurs will misunderstand … and make mistakes ….

と、「アラ探し」のような記述が続きました。ここを一言でまとめるのが、最終文。
「地の文で、『?』があれば、答えがテーマ」
ですから、

In other words, can citizen science be considered truly reliable?

の答えは、筆者が既に用意しています。ここで第3段落が終わりですから、用意した答えは、次段落で展開されるはずです。

第4段落
予想通り、冒頭文は、

Two recent studies show that it can.

時制は「現在形」ですから、事実としての記述ですが、事実なのは「可能だという研究成果がある」の方ですから気をつけて下さい。ここは前段落最後の質問に対する答えですから、
It (= citizen science) can be reliable. = You can rely on citizen scientists.
ということです。can はあくまでも「可能性の示唆」であって、しかも、その可否を取り扱う研究が一体これまでにいくつあるのかは明かされませんので、突っ込みどころではありますが、先へと進みましょう。
この段落の目的は、Citizen science can be reliable. = You can rely on citizen scientists. という「仮説」を支持することですから、そのための一般的な記述→個々の具体例という展開が予想されます。
2つあるうちのひとつは、volunteer knowledge and skills (=市民科学者の知識と技能)です。
citizen scienceの信頼性に疑義を唱える人は、

専門家 >市民科学者

で、そのギャップ、落差が大きいと思っているのでしょうから、それに対する反証は、限りなくイコールに近づけばいいということになるでしょう。ここでは、

almost all adult volunteers could perform the task and even third graders in elementary school had an 80% success rate

とありますから、「大人ならほぼ100%、小学3年生でも80%の精度で『可能』」というデータで支持しています。evenという語は、「ギャップ」にスポットライトを当てるときに用いられますから、そこに目が集まります。「子どもでもできる」、つまり「できる」ことを強く印象づけたいための 子供騙し 小道具ですね。

2つ目はmethods = 方法(論)の比較です。ここでも、仮説を「支持」するためには、限りなくイコールに近づけばいいわけですが、それはもう一つ目の研究成果で示しています。であれば、この2つ目の具体例の目的は、「勝るとも劣らない」ことを示すものになるのではないか、というのが予想される「話型」であり、このような「個々の記述をもとにして推測された統一文脈に照らしあわせて、次の個々の展開を予想する」のも「英作文眼」による「読み」の一つです。「より良い書き手はより良い読み手でもあり得る」のですから。

この段落の最後では、

Results like these suggest that research assisted by amateurs can be trusted when scientists organize it.

というまとめの文がありますが、動詞はあくまでも、”suggest” であり、事実でも明言でもない、ということは確認しておくべきでしょう。

第5段落
前段落で、「示唆」に過ぎなかったはずなのに、あたかも「お墨付きを得た」かのように、主題に戻り、「ドヤ顔」でcitizen science やcitizen scientists の話が「深まり・広がる」ことが予想されます。

The best citizen science projects are win-win situations.

“the best…projects” ですか。まるで、「運動部で3年間頑張った生徒でも名門大学に現役で合格できますよ」といって、一部の生徒の進学実績に過ぎないものを一般化し、宣伝しているみたいで気が引けますが、そう書いてあるのだからしかたありません。
「両者・双方にとって得がある」という時の「両者・双方」は大丈夫ですよね。専門の研究を進めたい科学者の側とボランティアで観察に協力する市民の側が求めるものをそれぞれ考えてみるといいでしょう。
On the one hand では、科学者側の、On the other hand では、市民の側の「利」が示されています。
“… than they would otherwise have” なんてところは、「仮定法」とかotherwise が好きな英語の先生が下線部訳とかで出題しそうな文ですね。
ここで気になるのは、the general public です。「一般大衆」は、citizen scientistsよりも「より広い概念」で、「より大きな母集団」になりますよね?

it gets people out into the natural world ….

の people は「citizen scientists予備軍としての一般市民」とでも解さないと、つながりとまとまりが作れませんから、ちょっと「読み手の負担」が大きいかな、という気がします。

Additionally = In addition は何に何を添加したものかわかりますか?これは、「市民側の利」の追加例です。あれ、今年のセンター試験のどこかの設問で、英文の中に、in addition って出てきましたよね?あれは適切な使われ方だったでしょうか…。
学年トップの生徒の学習法や成績を述べていたのに、まるで、その学校の生徒がみんなそうしているかのような空気で、この段落が終わってしまいました。さあ、その「優しさに包まれ」ながら締めくくりの段落へ。

第6段落
第一文、気づきましたね。主語が “I” ですよ。「愛だろ、愛…」という感じで、第一段落のテイストに戻ってきたわけです。筆者の「顔が見える」「主観」が出てくるところです。

I found it encouraging that ….

は、所謂「形式目的語」のit で、「とりあえず itを出しておいて、それは何かをthatの後で種明かし」です。そのくらいは誰でもわかるでしょうから、

the list of scientific studies using citizen scientists is quickly getting longer

がきちんと読めないとダメですね。ここは和訳だけではなくて、

  • the contribution by citizen scientists is quickly growing

というような読みができることが望ましいところではあります。
Encouraging ですから、「たかが市民科学、されど市民科学」で、そこに「光明」を見る思い、という感じでしょうか。ZARDの "encouraging voice" が聴こえてきませんか?
第二文、冒頭の “Still” は譲歩ですから、「『光明を見る思い』とはいえ、…」と、対照的な内容、つまり「希望の持てない未来」とか「明るさがまだ足りない」という内容が続くことになります。

we’re just beginning to realize the potential of citizen science

ですから、「まだ潜在的な可能性に気付き始めたばかりなのです」、ということ「まだ、夜は明け始めたばかりぜよ!」(福山雅治の声でお読み下さい)
ということで、「筆者の望む未来の実現」にとって必要な「課題」が述べられてこの文章は「めでたしめでたし」となります。

More scientists need to recognize how much volunteers can contribute to professional research.

と、ここでキーワードの “contribute” が出てきました。あ、contribution って本文に書いてあったんじゃなくて、私がパラフレーズしていたんでしたね。ここでのhow much の誤読は致命傷ですから、気をつけて、how manyではありませんよ。

Volunteers can contribute to professional research このくらいmuch.

というのがそのもとにあると考えて再読を。

締めの一文は、cruncher (= トドメの一撃) ともいいますが、”As I see it (= 私の考えでは)” とありますから、ここには筆者の意見が明示されている、と読まないとダメでしょう。
<it’s time for … to 原形>は、「今、そうなっていてしかるべきなのに、そうなっていないことを踏まえて」の指摘ですから、

it’s time for us to expand A to include B.

という構造を確認した上で内容を整理して下さい。

私がこの部分を最初に読んで思い浮かんだのは、優劣ということでrather than、「意味」で言えば、動詞でappreciateでした。

Rather than science as top-down knowledge, distributed from professional scientists to the general public, science as built bottom-up, by the growing contribution from citizens is to be appreciated.

というような読みをしていました。が、2回目に読んでみて、力点は「柔軟な視点」とか、”more options will be appreciated” というところで、「たかがcitizen science、されどcitizen science」、「科学者は象牙の塔に安住していてはイカンよ」という価値判断をしっかりと受け止めておけばいいのではないか、というところに落ち着きました。とはいえ、

You should be able to see science from the viewpoint of the general public, as well as from the traditional view that scientists are familiar and happy with.

というパラフレーズだと、「オプション追加」の部分はいいのですが、 “see science from the viewpoint of the general public” の部分が漠然とし過ぎですね。You が誰なのか、が決まらないのももどかしいですね。ここで考えておくべきことは、

筆者が「市民科学」に好意的なのはわかったのだけれど、筆者本人は、市民?科学者?

というスタンス。どうでしょう?私の頭に浮かんでいるのは、「専門の科学者の一員で、専門性を否定はしないが、市民科学に好意的で、期待を寄せている」という人物像です。

ちょっと疲れました。
ここまで説明して、問題を解く必要はありますか?
ある?わかりました、以下、絶賛「後出しジャンケン」です。

設問A
問1は、「(下請けとしての)市民ボランティアから専門家へ」という「下々から上へ」ですから、”report A to B” が適切でしょう。部下と上司の関係も report to で表しますよね。

問2は、先ほど解説したとおり、「プラス方向への変化」。しかも「無償」ですから、4は除外されますね。

問3は、「なぜ第3段落はスルー?」と考えれば、第4段落との抱合せで「可能性(=市民科学の信頼性)の強調」が主題ですから、「プラス」を強調しているものを選ぶ。2しかないでしょう。

問4は、筆者の主張 (= personal view) を選ぶので、「筆者はcitizen scienceに対して好意的」「でも、現状は、望ましいところまでは達していない」という立脚点と視点に照らせば、

Not enough scientists appreciate the advantages of citizen science.

が際立って見えるでしょう。Advantagesという語で「どちらに分があるか?」が示されていて、appreciateという動詞が効いているので「科学者の側の至らなさを質す」という筆者のスタンスがはっきり出ますね。

問5は、段落を特定せず、全体の主題・メッセージを一言でまとめるもの。選択肢を読んで即、1を選べますかね?生徒に聞いてみると、ここは ”society” という一語で結構悩んだようです。私の第5段落の気がかり、「citizen scientists予備軍としての一般大衆・一般市民」という記述の不正確さ

  • the general public

をどう扱うか、どう捌くか、がここで問われてしまいました。

「象牙の塔に安住はダメ」で、「市民科学の明るい未来にはまだ不十分」で、選択肢の2と4を消すのは大丈夫?”main message” は、全体 (= global) に関わるまとめなので、specificな情報だけが述べられている、 ”fish species” の3も除外。消去法で1が生き残り。ダメですか?

設問B
この設問が、「8択」じゃなくて良かったと思っています。

第2段落は「定義 (= definition)」でしたから、3.
第3段落は「疑義」でしたから、ここでは、concerns が一番近いでしょうか。1。
第4段落は「疑義への反証」ですから、evidenceで、2。
第5段落は、残り物には「福」で、meritsから判断して4、というのはいいのですが、ここに、”opinion” というタイトルをつけるのはいかがなものか、と思います。確かに、the best …で始まっていますから、「最上級には主張あり」。その「匂い」はするといえばするのですが、should、ought toなどの法助動詞や、need, necessaryなどの動詞・形容詞は使われておらず、goodなどの主観的形容、satisfactionなどの名詞から、その背景にある主観を読み取れ、ということでしょうか?

さあ、前回と今回と二回にわたって、授業で殆ど過去問演習を行わない、私のセンター試験に対するコメントを記しました。

受験生と作問チームに改めて敬意を払い、今日のエントリーを閉じたいと思います。

本日のBGM: 負けないで(ZARD)

※2015年1月22日追記: 広島の山岡大基先生が、今回のセンター試験の英語(筆記)の講評を書いておられます。
私のコメントと比較して読むのもまた一興かと。

「地道にマジメに英語教育」(2015.1.20付記事)
2015年度大学入試センター試験について
http://hb8.seikyou.ne.jp/home/amtrs/CT2015.html