だが、それはたいしたことじゃない?

過去ログ

「中学英語」と簡単にいうけれど…。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150830

で中学英語を謳う教材の「エイブン」に疑義・異議を呈したのですが、その後の反応が微妙でしたので、第二弾をば。

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長文読解編で4本ある「エイブン」のうち第二課にあたります。
以下、私の最初の読後感を尊重して、追記なしでこちらに再録します。


へこたれずに、Unit 2 を見てみます。通読できるようなら、まず一回読んでみてください。

Unit 2本文.pdf 直

 この英文、もはや英文と呼ぶことも憚られるような「もどき」は、Unit1 の比ではないくらいに酷いと思います。

第1段落

If you are not good at math and science, you may be wondering why you have to study them. To enter your favorite high school or university? That may be important, but there is more significance to studying those subjects.

価値観の転換、揺さぶり、というような展開を匂わせるオープニング。第1文は、否定の文脈なので、普通は、and ではなくmath or science となるのではないだろうか。 受験がらみでは、「譲歩」で括られる、may A→ but B での「焦点化」。肝心のBがよく分からずに、この段落は終わるので、種明かしは次段落ということだろう。とはいえ、there is more A to B が「中学英語」の範囲で学ぶ表現、という認識は私にはない。

  • You are studying math and science for something more important than that.

くらいで十分だろうと思う。

第2段落

As you know, a lot of inventions have been made all over the world. Some of them are nonsense, but there are some useful and vital inventions to those in need. Here’s an example. You may have a bike. It has pedals, wheels, a seat and a rack above the back wheel, doesn’t it? But does your bike have water filters? Have you ever gone to rivers with your bike to get some fresh water?

As you know は「決まり文句」で覚えさせるのだろうか。それにしても、第一段落で提示された主題(の懸案への答え)は何だったのだろうか?
「進学より重要な何か」とは何か?という疑問を残しつつ、この段落に進んできたわけであるが、その答えは提示されず、「発明」の話が唐突に出てきた。数学や理科を学ぶのは、「発明のため?」「発明家になるため?」ということが主題なのか?であれば、それを繋ぐための「ことば」を書かねばなるまい。それがないまま、Here’s an example. というのだが、これは「何をサポートする具体例」を導くものなのか?そして、その具体例によって支持したい「主題」とは?

  • some useful and vital inventions to those in need 困っている人たちにとって有益で不可欠な発明

というのだろうか? この場合の<形容詞1 and 形容詞2>の「語義」の足し算・交わりは大丈夫だろうか?

  • useful = helping to do or achieve something; something that is useful makes it easier for you to do something
  • vital = extremely important; needed by your body in order to keep living; extremely important and you will have serious problems if you do not have it or do it

vital は実質「最上級」格の形容詞だから、vitalを使うなら、これ一語でよかったのでは?もっとも、この語が「中学英語」とはちょっと思えないが。もし、このレベルの語でも中学段階で習得すべきというのなら、

  • invaluable = extremely useful
  • indispensable = so useful and important that you cannot do something without them

の方が「発明品」にふさわしいだろうという感じ。
描写の表現で、「自転車のパーツ」を列挙するのに、漠然とした複数形 (pedals; wheels)を使っている部分には違和感があるが、そこには目をつぶるとして、「水」の形容で、fresh water は、文脈によっては、「淡水;真水」で使われるので、ここには「新鮮な;汚れていない」などの注なり、解説があってしかるべきだろうと思ったのだが、別冊の『解説』を見てびっくり、このfreshは、「新鮮な水」ではなく、「真水」つまり「淡水」の意味で使っているのである。
ここで出てくるriversって「河川」ですよね?川の水を「浄水器」で、「濾過する」なり「浄化する」なり、ということを述べている文脈なのでは?
ということで、自転車に関する問いかけで第2段落は終わってしまうわけだが、結局のところ、この文章を貫く「主題」は何だったのか?
第1段落からの懸案であった、「進学以上に重要な意味を持つ数学や理科を学ぶ目的」とは?
これらが謎のまま次の段落へ。

第3段落

A few years ago, a Japanese engineer designed a bike to make clean water. A lot of earthquakes hit Japan every year. When a big earthquake happens like the one in 2011, we often don’t have what we need to live. We may have to live without electricity and fresh water to drink for a while. At such a time, this bike is useful. The bike has water filters on the rack. You only have to go to nearby rivers or ponds. You don’t have to make electricity. All you have to do is to pedal this bike. Then dirty water comes up to the bike from a hose, it goes through the filters and becomes clean and fresh. After you pedal the bike for an hour, you will be able to make fresh water for about 100 people. A lot of cities and towns in Japan have already gotten new bikes with filters for emergencies.

そして、主題が曖昧なまま、新たな段落で示されるのは、また別の「エピソード」。
「発明つながり」?主題とつなげようにも、主題が曖昧だから、前段落の「自転車浄水器」の「話題」や「語句」とのつながりしか生まれない。
どうやら「第1文と第2文がつながらない」、ということがこのライターには分かっていないようだ。
第1文での「浄水自転車を設計した」という「過去の事実・一事例」と、「日本では毎年多くの地震が起こる」という「一般的な事実」とのつながりは?そして、この教材を喜んで使う現場教員の多くが、問題の所在に気が付かずに読み進めてしまうのではないかと危惧する。At such a time, this bike is useful.が出てくるまで、引っ張っていけるだけの「テーマ性」が示されていただろうか?

おそらく a bike designed to make clean water 「きれいな水をつくるために作られた自転車」の話で、前段落が、よりgeneralな情報で、この段落の「日本人エンジニア」による発明がよりspecificな情報とでも考えているのだろう。そこはいいとして、では、その「発明品」は主題とどう関連付けられるのか?

個々の表現で気になるのは、clean water。fresh water と clean waterとは同じ?河川はそもそも淡水だから、浄化でclean (enough)というのは納得。

次の、whatも気になった。

  • When a big earthquake, like the one in 2011, happens, we often don’t have what we need to live.

の方が流れはいいだろうと思うが、what we need to live が中学英語という認識が私にはない。
necessities of life 「生活必需品」ということだとは思うが、関係代名詞としてのwhat は中学では扱われないだろう。この本でさえ、「文法編」の関係代名詞のところでは全く扱われていない。そして、この「長文編」の解説でも全く何も言及がない。文脈から類推すれば知らなくてもいい知識、とでも思っているのだろうか?

  • The bike has water filters on the rack.

ここで必要な情報は、on the rackではなく、この自転車が、「something clean to drink for survival を作り出す発明(品)」であるとでもいうようなものだろうと思う。
The bike has water filters to make the river water clean and good to drink.
とでもいうような情報になるだろうか。(もっとも今私が書いた、この<形容詞 to 原形>の多くは中学では未習だと思われるが)

さらに気になったのは、次の

  • You only have to go to nearby rivers or ponds. You don’t have to make electricity. All you have to do is to pedal this bike.

の連続する3文では何を述べているのか、ということ。

<You only have to 原形A><You don’t have to 原形B><All you have to do is to 原形C>
「Aするだけでいい」「Bする必要はない」はいいだろう。でも「すべきことの全ては、Cすること」
となった時に、A=Cでなければ、限定にならないだろう。ところが、この「お話」では、
A= 近くの川や池に行くこと  ≠ C = この自転車のペダルを踏むこと
となっているのだ。「だけ」っていうのは何を限定しているのか?

もう、勘弁してもらっていいですか?ちょっと、これ以上読み進めるのはツライです。ダメ?最後まで責任をもって読めと。ハイ、頑張ります。

第4段落

You may think that these bikes are not used if big earthquakes don’t happen, but you’re wrong. There are a lot of people who have water problems, especially in Asia and Africa. It is difficult for them to get fresh water, so a lot of babies and children fall ill and die. Recently, the engineer sent his bike to a poor country in Asia. The people made a lot of fresh water to drink with the bike, so a lot of lives were saved. They were very glad to have this present from a faraway country. Since then, the bike has been used in many parts of the world.

前段落を受け継ぐlink として、第1文が使われているであろうことはわかるが、この第4段落のトピックは一体何なのだろうか?そして、この文章を貫く「主題」とは?
その主題に乗っかって進んできたからこそ、「譲歩」のYou may think that A. But B. での交通整理が意味を持つのではないのか?

  • You may think that these bikes are not used if big earthquakes don’t happen, but you’re wrong. There are a lot of people who have water problems, especially in Asia and Africa. It is difficult for them to get fresh water, so a lot of babies and children fall ill and die.

ここまで来ると本当に残念だが、このライターは、この第1文と第2文、第2文と第3文がつながっていないということがわからないようだ。
第1文 「大地震が起こらなければ、これらの自転車は使われないと考えているかもしれないが、その考えは間違いだ」
を受けての次の文に求められる情報は、「では、大地震以外のどのような場面・機会に、なぜ、どのように『これらの自転車』が使われるのか」ということであろう。

実際の第2文は「水問題を抱える人々が、とりわけアジア、アフリカにたくさんいる」であり、その第2文を受けての第3文が、「彼らが真水(新鮮な水?)を手に入れることは難しいので、多くの赤ん坊や子どもたちが病気になり死んでいる」
ここまでで「自分の考えがどう間違いだったのか?」を、読み手の方が慮ってツジツマを合わせなければならない。

  • Recently, the engineer sent his bike to a poor country in Asia.「最近、そのエンジニアは自分の自転車をアジアの貧しいとある国に送った」

とある。送った自転車は一台で、しかも彼の私物なのか?もしそうだと解釈して、「その国で多くの命がその一台で救われた」「遠方からの贈り物を本当に喜んだ」という事実を踏まえて、その次の文を読むと、

  • Since then, the bike has been used in many parts of the world.

「その自転車」とは?彼の私物の自転車が、次々といろいろな国に転送された?まさか?そうしたら「浄水自転車」を失った国では、「浄水」できないではないか?
ここはどう考えても、bikes of his own designとか、bikes he designed とか明記するか、文脈から “his” bikes などとして、

  • 普通に考えたら、所有ではないことはわかるだろうところに、「所有格」を使っているのだから、どういう意味かは推測できますよね?そう、「制作」とか「設計」になりますよね?

と、読み手側に考えてもらう小道具が必要だろう。
百歩譲って、そうであったとしても、「私の考えがなぜ間違いだったのか?」という説得力のある材料は、依然として提示されないのである。
「アジア、アフリカの多くの地域では、日本の非常時と同様に、水を手に入れることが困難である」、つまり「日本の水の非常事態」=「アジア・アフリカの水の常態」とでもいう情報がどこかでまとめられないと、この段落内でさえ束ねきれないと思われる。

第5段落

If you are interested in math and science and continue to study them, you may become such a great engineer or a scientist. And your efforts may lead to useful inventions. Often, new inventions not only make our life convenient, but also they have great power to save a lot of people’s lives.

そして、このライターお得意の、最後に取ってつけたように、冒頭の話題に戻り、力づくでまとめに入る段落。
第1文で、「もし、数学や理科に興味があり、勉強し続ければ、凄いエンジニアや科学者になれるかもしれない」というのだが、主題を支持する材料で、mayを使われても、この助動詞は主観的な可能性であるから、常に

  • may or may not

と表裏一体であり、説得力を持たせることは難しい。(だから、「譲歩」の際に重宝され多様されるのですよね?)

そもそも、「浄水自転車を設計した日本人エンジニア」が中高生の頃に、「なんで私は数学や理科を勉強しないといけないんだ?」と悩んでいた、というエピソードは出ていただろうか?
また、エンジニア以外の、「科学者」の例は出てきただろうか?
この段落は、主題をまとめるための何の貢献もしていないのである。

第2文

  • And your efforts may lead to useful inventions.「そしてあなたの努力が有益な発明を生むかもしれない」

ここでもmayを使っているので、「生むかもしれないし、生まないかもしれない」という意味になる。
これでは、「勉強したくない」「努力したくない」派には何の説得力も持たないだろう。

第3文、そして文章の締めくくり。

  • Often, new inventions not only make our life convenient, but also they have great power to save a lot of people’s lives.

主題は一体何だったのだろうか?こんな終わり方だったら、「数学や理科」の話などせず、「発明が我々一人ひとりにとって持つ意味付け」の話を首尾一貫して展開してくれればよかったのでは?
ふーっ。本当に疲れました。

教材に求められる「英文」のクオリティを満たしているか、一休みした後に、もう一度初めから通読してみてほしいと思います。

ことばの発達、文章の発達って可視化するのが難しいと思うのですが、「英語教材市場」では、いろんな人が、軽々に 口々に「中学英語」を語り、説き、解いているように感じています。でも、玉石混交どころか、不揃いの石だらけの「エイブン」が多すぎはしないでしょうか?
「英文」を書くということは、その「英文」を少なくとも自分は読んでいるわけです。本当に「読めて」いるのでしょうか?「書き」、そしてその裏返し、前提、足場としての「読み」、という2技能でさえこれだけ超えなければならないハードルがあるということにもう少し自覚的であって欲しいものです。「話し」を入れれば3技能。その、自分が話せる、書けるレベルでしか、それができる深さでしか実際の読みは機能しないものではないか、という「畏れ」を忘れてはいけません。

「インプット理論」「FonF」「TBLT」とか「4技能」「アクティブラーニング」「反転授業」とか、イマドキ、今風の英語教育では喧しく色々言うけれど「教材」の「エイブン」がこのような状況では何を言っても絵に描いた餅となってしまいます。絵が楽しめる人はそれでもいいんでしょうけど、それでは「英語の学び」は発動しない、機能しないという思いが強いのです。

機能不全のままの「キョウザイ」を、そうならないように「救済」するときに、やっぱり頼りになるのは「専門家」だと思うのですよ。著者の英語力、言語感覚はもちろんですが、編集側にも「目利き・腕利き」がいるはずでしょう。
著者にも編集者にも荷が重いのなら、やはり監修などで「専門家」の目を通しておくことが、市場に出る「教材」には求められると思うのです。教室が野放し、野放図でいいわけでありませんけれど。

ということで、「目利き・腕利き」のご紹介。

英語のライティング(その前提としてのリーディング)を指導する人は、こちらの本は読んでおいて損はないと思いますよ。
少なくとも私にとっては、自分のライティングシラバス構築で一大転機となる本でした。例によって絶版かもしれませんけれど…。

子どもの文章―書くこと考えること (シリーズ人間の発達) 内田 伸子(1990年)

子どもの文章―書くこと考えること (シリーズ人間の発達)

子どもの文章―書くこと考えること (シリーズ人間の発達)

比較的やさしい英語で書かれているので、こちらの二冊も「英文ライティング」の発達段階をつかむには有益だと思います。私にとってはバイブル的存在です。

The Learning-to-write Process in Elementary Classrooms (1997年) Suzanne Bratcher

The Learning-to-write Process in Elementary Classrooms

The Learning-to-write Process in Elementary Classrooms

Evaluating Children's Writing: A Handbook of Grading Choices for Classroom Teachers (2003年)

Evaluating Children's Writing: A Handbook of Grading Choices for Classroom Teachers

Evaluating Children's Writing: A Handbook of Grading Choices for Classroom Teachers

次の本は洋書で『子育て本』の類ですが、発達段階に見合った「ことばの見本市」ともいえる名著だと思います。旧版からかれこれ十数年絶賛しています。
先日、「呟き」で投稿してから数時間で、このカテゴリーのベストセラーランキングの1位になっていました。

Questions Children Ask

Questions Children Ask

流石は「専門家」だなぁ、と思える内容だと思います。
「やさしい」とか「むずかしい」とか、「わかりやすい」とか、ことばの発達を語るだけでも一筋縄ではいかないのです。
まして「教材」をや。

  • より良い英語でより良い教材

いつもこのことばを書いてしめくくっていますが、今日は別のことばで。

  • ひとりは誰でもなく、また十万人 (ルイジ・ピランデルロ)

本日のBGM: One Man's England (Paul Heaton & Jacqui Abbott)