"Don't you know I'm an animal?"

過去問演習嫌いの私が「センター試験」の素材文をこのところ連続で取り上げています。
これまでも、年度ごとに1月末とか、2月の初めにはセンター試験問題批評を書いてきましたが、ここにきて年度に関わらず「英文そのもの」を取り上げているのは、「センター試験の英語とは、一体英語の何を問うていた試験だったのか?」に関する考察を,センター試験がなくなる前の今のうちに、少しでも残しておきたいからです。
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ということで、2017年センター試験 第5問。
この問題は、過去ログでも簡単に触れていました(http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20170116)が、手書きノートの画像ファイルをこちらに貼って、再度解説を加えておきます。

この年の本試験は「朝起きたら猫になっていた」という文章でした。過去ログでも書いたようにSNSでは、「『君の名は。』の影響」などという声がチラホラありました。確かに、猫になったのは「もともと人だった私」ではあるのですが、「その元人間の私の中には猫が入っている」という確証はなく、登場人物(猫物?)同士が入れ替わっているとは断言できません。また、肝心の「猫」の素性は、この物語の中では一切扱われずじまいなのです。いったい、この猫はもともと何処にいたものなのか?そして、どこへ行くのか?を読みながら気にするだけ無駄なのです。ということで、ただでさえ「ナラティブ耐性」の弱い受験生には手強かっただろうと思います。

第一段落では、朝起きてからの行動と心理が描写されていきます。


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  • I felt very sharp, much sharper than usual.

では、「感覚がいつもよりも鋭敏になった」という「変化」を掴まえることが必須。この後、聴覚、嗅覚と続いて、身体感覚へと進んだところで、異変に気づく、というまとまりで次段落へ進みます。

「声」を発する描写で、猫になってしまった私は、「voiceを発する」のではなく、「soundが出てくる」と、voice という名詞を避けているところなどは、narrativeのスキルとして押さえておきたいものです。
身体描写の fur に関して、生きている動物に「毛皮」というのは私には抵抗がありますが、生徒はあまり気にしていないようです。辞書の定義をいくつか引いておきます。三つ目のCambridge Advanced の定義文が参考になるでしょうね。

  • the hairy coat of an animal especially when it is soft and thick (MW’s)
  • the hair covering the skin of certain animals. Fur grows on many mammals and usually consists of a short, soft, thick undercoat thinly covered by a longer, coarser outer coat. (World Book Dictionary)
  • the thick hair that covers the bodies of some animals, or the hair-covered skin(s) of animals, removed from their bodies (Cambridge Advanced)

“than usual (= いつもより)” とか “from downstairs (= 下の階から)” とか、前置詞と思しき語の後に、形容詞や副詞が来て全体で「どどいつ」となるものは、やはり慣れが必要だと思います。thanの場合はその後にS+Vの所謂「節」が来ることもあるので、省略されたものを補ったり、復元したりするのは骨が折れます。from の場合は、“from above (= 上から)” や “from within (= 中から)” など、頻度のそれなりに高い表現にそれ以前に出会っていない学習者であれば、高校卒業前に整理してあげてもいいかなとは思います。ただ出口までに残された時間はそれぞれ、それなりですから。

第2段落は、いきなり強調構文(itの導く「分裂文」)が続きますが、この効果は受験生に伝わっていますかね?


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第3文での

  • Everything was as usual except that SV ….

での except が何に対する「除外;例外」なのかを確認しておいた方がいいかもしれません。少し間をおいて明かされる、

  • I seemed to have changed into a different creature.

では、「意味上の時制のズレ」が表されています。 I seemedで、「私の推量」を表す部分の基準時制は過去形で、「変身」したのはそれよりも時の上流にあたるわけですから、to change と単純な原形ではなく、大関 (have) の助けを借りて、to have changed と「完了形の不定詞」になっています。もっとも、これ以前にこの項目を学習していないと、ここで熱く説明しても難しいでしょうね。

この第3文で、“creature” という語を選択したのには何か目論見があるのかな、と思いましたが少し後の、第6文の自問自答、

  • I wondered---would I have to spend the rest of my life as an animal?

では、 “animal” となっていて、「私が変身した動物は一体何なのか?」という読者側の疑問に対して、建前上は答えを宙ぶらりんで進めようということなのでしょうか?

でも、これは「センター試験」でよかったですよね?ここを私大入試や個別入試でよく見られる出題形式の「下線部和訳」で問われたときに、 “the rest of my life” のところを(?)「私の残りの人生」としてしまうと、面白さは激減してしまいますから。

この続きも、表現や構文そのもので難しいところは殆どないのですが、変身を悩んだり不安に思ったり忙しいなと思いきや、それらの感情がすぐ消えて散策を始めようという件は「カフカ」とは偉い違いだなと思っていると、

  • So, with a wave of my tail,

で情景描写・心理描写を添えているのですね。
「So (= それで) って、どれで?」「しっぽフリフリ、っていうのは何を彩りたい表現?」という具合に、感情と行動を結びつける因果関係が何も述べられなくてイインカイ!という不満を抑えてこの段落の最後まで進むと、

  • A cat’s mind is said to be changeable like that.

とあるわけです。ここで “A cat’s mind” が主語になった途端「むむっ?」となりますよね。いや、ここで初めて「猫」って明かしているのに、その猫の習性を前提とした、“changeable” という形容詞を持ってくるのはいかがなものかな、と。(実を言うと、初め私は、ここを “challengeable” って読んでいました。老眼鏡の度を新しくしないと…。)

“A mind that is easy to change like that is what you might expect to find in a cat.” みたいな流れで種明かしするものなんじゃないの?というのが私の感想です。いや、テストで読ませるなら、もう少し上手く書くけど。

第3段落は、「家庭内探索をする猫」の場面の移り変わりから始まるはずですから、時系列と言動、そしてその背景にある心理の対応関係を掴むことが大切、だというのが物語文での定石でしょう。


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特に接続詞の as は、「時」「理由」「状況説明」など、読み進めていって、名詞の数と動詞の相と形容詞・副詞の比較級、そして「どどいつ」との兼ね合いで意味が明確になると思ったほうがいいので、丁寧に扱いたいところです。私の手書きのメモの方を御覧ください。
ここでは場面の移動で,嗅覚に関わる比較級を積み重ねて、「猫の感覚(複数形)は人間のそれ(ら)よりも鋭い」と、猫 > 人という記述につなげていることに気付いて欲しいですね。

この段落では、「自分は猫になっていて、人間の私に気づく」描写が出てきました。
そして、その続きの第4段落にある「人間の私の描写」で、「猫背」であることが書かれます。

  • Bending my head down toward the phone
  • I was sitting with rounded shoulders and a curved back.

日本語の「猫背」に当たる姿勢や特徴を英語で描写する際に使われる「語」、といえば “stoop” が代表的でしょうが、動詞であれ、名詞であれ多くの高校生、受験生の守備範囲にはないでしょう。
これも辞書の定義をいくつか引いておきます。

COBUILD の定義では動詞で

If you stoop, you stand or walk with your shoulders bent forward.

とあり、用例で、

She was taller than he was and stooped slightly.

の1例のみ示しています。名詞としては、

Stoop is also a noun.
He was a tall, thin fellow with a slight stoop.

という用例をあげています。

MW’sでは、

to walk or stand with your head and shoulders bent forward

という定義の後に、

He tends to stoop as he walks.

という例をあげています。
でも、これでは、「前かがみ」「肩をすぼめる」という「動作」との違いがはっきりしません。

Cambridge Advanced では、

If someone stoops, their head and shoulders are always bent forwards and down:
He’s over six feet tall, but the way he stoops makes him look shorter.

とようやく実感、イメージの浮かぶ定義と用例を載せてくれています。ありがたいことです。ケンブリッジ飛鳥選手のように爽やかに優駿ですね。

ここでしつこく、姿勢の描写と英英辞典の定義にこだわってきたのは、日英語の違いを考えておく必要があると思ったからです。日本語では「猫背」という動物の比喩が使われていて、「猫の姿勢、仕草」からの連想が生かされていますが、英語表現そのものには一切「猫 (= cat)」はないことに留意したいと思います。できれば、指導者だけでなく、高校生にも分かって欲しいところです。
ここで、WBDのこの定義を見て下さい。

5. (Figurative.) to swoop like a hawk or other bird of prey.

「英語話者」の連想は、猫よりは猛禽類ということなのでしょう。

ということで、このような描写があるにせよ、「猫背でスマホ画面に没頭する人間の私」の中身が猫であることを裏付ける記述は一切ないので、やはり個人的には「人間と猫の入れ替わり説」は却下したいと思います。

次の第5段落では、「人間の私」の描写が続きます。出だしこそ、「猫になった私の人間時の記憶の振り返り」などが描かれますが、「人間の私」の描写は、全く魅力的な人物像ではないことに注意したいものです。


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でもその「面白みのないヤツ」感を得るためには、

  • , but it appeared that SV. での「人間の私の(猫になった私から見た)良くない印象」
  • Actually, S in my memory V. での「(今は猫である私の人間時代の)味の記憶の曖昧さ」
  • I couldn’t remember what V. での「(味だけじゃなく)食べたはずの品目の記憶の弱さ」

という個々の表現、文がきちんと読めることが不可欠です。

  • The human I was just sitting mindlessly putting in my mouth anything that was on the plate while handling the phone.

の一文では、「付帯状況」「同時並行」を、頭の中で描けるか、ということが問われています。間違っても、mindlessly のところを、「人間の魂が抜けて猫になった」というような解釈にはつなげないで下さい。比喩ですよ比喩。
COBUILDでは、この副詞 mindlesslyのもとになっている形容詞 mindlessに、

If you describe a person or group as mindless, you mean that they are stupid or do not think about what they are doing. [DISAPPROVAL]

と定義文を与えています。ここでの注記の名詞、disapproval のもとになっている disapprove (of) は、

If you disapprove of something or someone, you feel or show that you do not like them or do not approve of them.

という意味です。「嫌悪感」というキーワードは、ここで既に「におい」を放っているわけです。

最後は、In fact でスポットライトを当てて、「無表情」という描写で終わっています。えっ?approve of がわからない?そうですか。

1. If you approve of an action, event, or suggestion, you like it or are pleased about it.
2. If you approve of someone or something, you like and admire them.

ということです。
そういう「におい」に敏感になった上で、次の一文も読み直したいものです。

  • I was so focused on the text messages or games that I took little interest in what was happening around me.

「そんなに、って、どんなに?で後で種明かし」という so … that SVは分かっているとは思いますが、 “took little interest in …” のlittleは「ほとんどない (= very little; only a little)」ことを表すので、絶対に読み落としのないようにしたいものです。 

次の段落では、朝食をとっているダイニングルームでの母親とのやり取りが書かれていますが、よく読むと、母親から声をかけてもらうだけで、「人間の私」はことばを発していないことに気づきます。


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この展開をみると、筆者ややはり、「人間の姿をしているけれど、中身は猫」で進めたいということなのでしょうか?

物語文の定石、「感情の変化」と「その原因」を見ると、

  • A sign of frustration briefly appeared on my face, but it disappeared in an instant.「ムッとしたかと思いきや、すぐにその兆候は消えた」

とあります。「猫の気分は変わりやすい」ことを反映しているからでしょうか?

  • My face was again as expressionless as it had been before.

での形容詞expressionless (= 無表情) は、前段落での、 “my face had no expression on it at all” を言い換えたものであることは分かりますよね?安全弁というか、予告というか、ここでの “again (= また;再び)” が、限定詞としても使う anotherと同様に、先行文脈をしっかり辿り直させる、a tool for keeping it on (the right) truck のような働きをしていることも覚えておいて下さい。

そして、「人間の自分を猫の目を通して見て初めて客観視できたことによって生じた嫌悪感」が示されてこの段落は終わりです。

次の段落で、いよいよ「私と猫」の遭遇です。
ここを読み進めていく中での最大の驚きは、以前も指摘しましたが、 “There’s a cat in the dining room!” という「人間の私」のセリフです。

自分の家で飼っている「飼い猫」であれば、名前で呼ぶでしょう?「タマ」とか「ミケ」とか。因みに我が家は「クグロフ」「パンナコッタ」「マリ」「クロ」の4匹です。「タマ」は昨年亡くなりました。

この猫は「飼い猫」じゃないのに、ダイニングルームにいるんです。「どこから紛れ込んだ設定なのか?」と普通なら思うところですが、そもそも論として「紛れ込む」ことすら想定していないんですよ。だって、さっきの英文は、 “There’s a cat in the house.” じゃないんですから。
「家の中に知らない猫がいてもおかしくないけど、ダイニングにいたら驚くよね?」という家庭なんでしょうか?いくらなんでも…。
ということで、荒唐無稽なフィクションに付き合ってあげる読者、受験生側の度量の大きさも試されているわけです。

そして、次段落の逃走劇から大団円。


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それでもやはり最後の「夢オチ」には不満が残るでしょう。
第2段落の冒頭で、目が覚めたときにいた自分の部屋、自分のベッドの上、と強調構文を二回使ってまで、部屋の描写・記述をしていたのに、その自分の部屋の様子に何も触れることなく、「部屋の窓の外にジャンプ」してしまうって何なんでしょう?

逃げなきゃ?何処に逃げる?自分の部屋だ!あ、でも、ここは今「人間の私」の部屋なんだった。あーっ、どうしよう?んっ?窓が開いているじゃないか、私に朝起きたときに窓を開ける習慣なんてあったかな?まさかアイツが?いや、そんなことを考えるよりも、今は逃げるのが先、今の私が本当に猫なら、きっと身軽にぴょんぴょんぴょーんって…。

のような展開が、私の持つ「話型」ですね。


“The human I” とか、前半はさんざん伏線を張って、「入れ替わってるぅ〜?」などとSNSでは盛り上がるくらいの凝った描き方&書き方をしていたんですよ。
それが、“Bump!” という衝撃で目が覚める、お決まりの「夢オチ」です。

夢から覚めた件の描写も、過去ログで書いたように、「自分の手が毛むくじゃらじゃなくてホッとした」と書く前に「生きててよかった」とかじゃないですか?「あれ、窓から落ちたはずなのに、全然痛くないぞ…」「待てよ。開いた窓からオモテに飛び出たはずだよな…」などという感想がこぼれたり、「え、もとの私に戻っている、ということは、あの私が変身していた猫は一体?」と、猫に思いを馳せて、人間にもどった私が、まず窓の外を覗いて見るとかがあって、「そうか、夢だったんだ。でも、猫に感謝だな、だって…。」というような結び、pre-closing が欲しいところです。
「充電済みのスマホを手に取るために机に向かおうとして、思いとどまった」などという描写の前に、もうちょっとちゃんと設定や伏線を活かして書きましょうよ、と繰り返しておきます。

  • I stood up and, with a yawn, extended my arms above my head to stretch my back.

という描写がここにあることの意味をちょっと考えあぐねています。

第1段落での、

  • I stretched my arms in front of myself and raised my back; it felt so good.

とのコントラストを明確に打ち出して、「猫性;猫らしさ」との決別がなされている、と読むのが正解なのでしょうけれど、それじゃあ、夢から覚めるとともに消えてしまった猫とは入れ替われるはずがないわけで、「そもそも、あの猫はどこから来て、どこに行った設定なんだ?」ということになりませんか?

さあ、2年越しで、2017年の第5問の英文そのものを解説(&批評)してきたわけですが、巷の「センター試験過去問解説」ではどう扱われているのでしょうね?

「ナラティブマスター」を目指す私からすると、センター試験で「物語文」が復活し、今のところ、第5問で出続けていることは喜ばしいのですが、「ナラティブ」の指導も、私が使い続けている古いタイプのストーリーグラマーどころか、未だに「5W1H」をただ当てはめていく作業から脱しきれていないものが多いように思います。

入試過去問英文コーパスなどを作って、この第5問での使用頻度の高い語彙を調べる以前に、テクストとしてのつながりを生む、物語としてのまとまりを生む、もっとダイナミックで有機的な要因をこそ分析して欲しいものです。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Hand in hand (Elvis Costello)
※この曲はオリジナルアルバムでは、冒頭にジャケットの写真を貼った、This year's Modelに収録されています。