「コトバから言葉へ移す悪い癖」

商業科2年は、本文で扱われている「文法項目」を二つ。
一つ目は、いわゆる「同等」比較で用いられる、形容詞の原級とasに関して。
まず、「原級」という用語は使っていません。

  • A is as 形容詞 as B. では、 「A ≧ B」 の関係
  • C is not as 形容詞as D. では、「C < D」の関係

という原理原則だけを板書し、あとは実例で。
この教え方は、別に「ドヤ顔」するようなことではなくて、80年代の終わり頃には既に、大学生や公立高校の教師でも知っている内容だったことを付け加えておきます。

に詳しく書いてありますので、是非そちらをご覧下さい。相変わらず、検索でやって来る人が後を絶たないのですが、マジメに読めば分かる人には分かるでしょう。

もう一つは、「過去完了」。
時制と呼ぶか、相と呼ぶかは、教師の好みですかね。私は「助動詞」の意味と働きに着目させるために、「番付表」というシステムで指導しているため、「大関の助動詞 haveの過去形、っていつのことを表すのか?どんなときに使うのか?」というアプローチを用いています。因みに、「現在完了」でのhaveは高1で指導済みですが、「番付表」が定着している生徒は多くありませんので、その復習から。
「達成感」だけでなく「喪失感」も扱えるのが、この<大関のhave+付き人の-ed/en形>の利点、というところは強調しています。
今日は、

  • 金子稔 『早覚え英作文』 (吾妻書房、1975年)

から、該当個所を抜粋して、例文を5つだけ取り上げ、日→英で意味と形を確認。

  • Aした時には、既にBしてしまっていた。

という日本語の記述であれば、どちらが時間の流れの「あとさき」かを確認し、今に近い方の過去に1、そこからさらに上流に遡る方に2、と数字を振る、というところから始めています。それが済んだら、該当する英文へ移行し、英文の中の「動詞」、「助動詞」を見つけて、「とじかっこ」をつける。「意味」を頼りに、どちらが1でどちらが2かを確認して、記号付け完了。で、範読を繰り返し聴かせて、左から右へ読ませます。
「これだけ細分化した手順で進めば、誰も躓かずに、誰でも分かって、出来るはず。」という私の思惑の「はず」を外すことに長けている面々もいますので、机間指導しながら、例文をひとつひとつ。beforeなどの接続詞によって、前後関係が明示されるために「過去完了を用いる必要のない例」との対比などは、後回しで、多分、今年度は扱えないのではないかと思いますが、優先順位がありますからね。
今回、最大のハードルは、

  • 「借りていた本を返しに行った」

という名詞句の限定表現で用いる関係詞節の中での「過去完了」です。
以下、抜粋した「日本文」のみ記します。

  • 会場についた時には、コンサートはもう始まっていた。
  • 前に数回あの人に会っていたのですぐにわかった。
  • ブラウン夫妻は2日前にイギリスに帰っていったという話を聞いた。
  • ホテルについた時にはすっかり暗くなっていた。
  • きのう図書館へ行って、借りていた本を返しました。

進学クラスの高1は、「モノローグ」での「ナラティブ」の振り返り。
こちらのクラスでは、いわゆる「進行形」の<関脇の助動詞 be + 付き人の –ing>を詳述。

  • 黒川泰男監修 早川勇著 『よくわかる新高校英文法』 (三友社出版、1982年)

から資料を提示しています。例えば、

  • The bus is stopping at the stop.
  • The old man is dying.
  • The school-year is coming to an end.
  • The house is falling down.
  • Someone is knocking at the door.

などが、おおまかに分類され、解説されています。衒学的な説明もなければ、ギミックもトリックも、思いつきも、こじつけもありません。至って真っ当な解説です。
この資料も、過去ログにありますので、是非。

この学参、どうして絶版のままなのでしょうかね。
ちなみに、指導にあたって、「基本的には進行形にしない動詞」という伝統的な分類を取る際には、実際に使われている "love" の進行形の用法をどのように扱うか、悩むことがあるかもしれません。ここでも基本は、「点を線に引き伸ばす」「はじめと終わりの設定」ということだとは思うのですが、辞書でも、MEDでは、

[never passive] mainly spoken to like or enjoy something very much
Lucy loves chocolate.
We went to Corfu last year and loved it.
I've been retired for a year now and I'm loving every minute of it.

という定義と用例は、3番目の語義として扱われているものであって、「目的語」は「モノ」であり、

  • 1 [never progressive] to be very strongly attracted to someone in an emotional and sexual way
  • 2 [never progressive] to care very much about someone, especially members of your family or close friends

という「人」を目的語として取る語義では、「進行形不可」という注記があることは2013年現在で、記しておく価値が有ると思います。

その後、私のクラスでは定番となっている、

  • Children are throwing snowballs at each other in the playground.

の絵を描く課題。四角化と番付表の有難味が分かる例文です。
ここまでを踏まえて次回は、エピソードを語る際の過去形と過去進行形との使い分けに、過去完了。
まあ、あまり欲張らずに、近畿から中国地方への旅を続けましょう。

進学クラス高2の「英語II」は、引き続きEvelynとの対話。
前時の最後に扱った、

  • happen to 原形

の語義について、日本語との対比で考える時間。前時は、「日本語でカタカナが定着するのは『名詞』か『形容詞』」という話しから、「ハプニング」に一歩踏み出してから、動詞の happenに戻る、というアプローチを取っていました。同様に、「予定していて顔を合わせるのは?」と問うて、「ミーティング」を引き出し、動詞のmeetへ。ここまで足場が均されれば、『前置詞のハンドブック』の用例とコラムも消化吸収が可能です。以下コラムから抜粋。1993年に作った資料で、現在改訂作業中ですので、記述の古さや、言語事実の不備などはご容赦を。

※LOB corpusによる頻度では、run into 11例、run across 5例、come across 16例であり、同意表現でも頻度にはかなりの差があることがわかる。『偶然会う』意味では、run into, see, happen to meetなどが標準的な表現である。特に、see (過去形のsaw) の頻度が高いことに注意。
※また、入試でしばしば出題される hit onは ideaなどに限って、「偶然・不意に見付ける」→『思い付く』という意味になるのであり安易な書き換え問題での出題は控えたい。米口語では (1) = discoverとなる場合と、(2) 『異性などに言い寄る・つきまとう』となる場合とがあるので、指導に当たっては、提示する文脈に気を付けたい。
[g] Sam hit on Clara and she became enraged.
※ run into では目的語に、old friendなど「旧知のもの」以外には、trouble; difficulty; doubtなどあまり好ましくないものが来るのに対して、come acrossでは好ましいものがくることが多いようだが、これはinto とacrossだけの差というよりは、comeのもつ「好ましい状態」への変化、も働いているためと見た方がよいであろう。
[h] I ran into an interesting problem the other day.

20年前の自分は至ってマジメだったと思うのですが、最後の※などでの考察は、あまりにナイーブというかご都合主義的ですね。来年度に向けて、使い勝手がよく、言語事実としてもより適切な記述となるよう鋭意改訂中です。
で、授業では何をしているかというと、

  • 「偶然」の対極概念は?

と問い、暫し黙考。「では、類義概念は?そこからひっくり返してみると?」と問うて、頭の体操。「ハプニング」の仲間になれるような他の「概念」は?と歩みを進めて、

  • 「アクシデント」「事故」

このあたりで括って見ても、

  • by accident, by chance

の語義を正しく掴まえるのに格好の機会。

「必然」「運命」などを経て「予定」「計画」まで陣地を拡大。

  • I had to 原形
  • I was doomed to 原形
  • I was designed to 原形
  • I was planned to 原形

と回ってみて、

  • I happened to 原形

の立ち位置の輪郭線をくっきりと。

「学級文庫」にある、子ども向け百科事典やQ&Asの本で、「音の伝達」「聴覚の仕組み」に関して、参考になる記述を抜き出し、白板へ転記しておく「宿題」の確認から。
語義へのフォーカスということで、

  • a kind of crackling sound

の辞書引き大会。
もとになっている動詞の “crackle” を引き出し、綴り字を確認し、語義へ。
英和辞典で「パチパチ」などといった擬音語に飛びつくことを戒めています。
ではどうするか?悩みどころ、迷いどころです。今日の頭の働かせ方は、 “Like what?” “Like when?”で考えるということ。「具体例」の助けを借りるわけです。『智慧3版』でも、

  • <たき火・イヤフォンなどが>

という注記がされていますが、このように、「〜がXXする (時の) ように」で、絞り込みをかけるわけです。

  • make a number of small cracking sounds, as when one walks on dry sticks or when dry sticks or logs burn (ISED)
  • to make a series of short, sharp noises: a crackling fire (Webster’s Essential Learner’s)
  • to make a lot of short, dry noises : A fire crackled in the hearth. (Cambridge Learner’s)
  • to make repeated short sounds like something burning in a fire: logs crackling on the fire (LDOCE)
  • to make continuous short sounds like the sound of wood burning: The radio began to crackle. (MED)

「shortでsharpでdryで単発ではなくて、繰り返されたり、持続したりする小さな音」という、「形容詞」を積み重ねることでは捉えきれない「実感」が、「暖炉で薪が燃えるような音」とか「乾いた棒を踏んだ時の音」というような「状況・場面」を提示されることで湧き上がってくることがあります。その部分をこそ大事に扱って授業をしています。いくら木が燃えるとは言っても、

  • めらめら

とか

  • ぼうぼう

では shortでsharpな感じはしないでしょう。
辞書を引いて、

  • ラジオが crackleし始めて、終いには聞こえなくなった。

などという用例があった時に、

  • ラジオが故障して聞こえなくなる前って「パチパチ」なんて音を立てるかな?

という実感を持てるか、

  • 日本語だったら、「爺爺爺爺」とか「座座座座」などという「音」に聞こえるのではないか?

という言語使用者としての矜持を忘れてほしくはありません。そうしないと、

  • If something crackles, it makes a series of short, harsh noises: The lightbulb suddenly crackled overhead, and for a moment I thought it was laughter. (BBC)

での「 “laughter” と一瞬聞き間違えるほどの、照明からの雑音」のイメージが持てないでしょうから。
「読み」に於ける「擬音語・擬態語」の扱いに関しては、最近だと、

  • 中原道喜 『翻訳の常識』 (聖文新社、2012年)

の 「Part 5 (pp. 141-191)」で実例を踏まえて詳しく扱われていますが、個人的に蒙を啓かれたのは何と言っても、

  • 高橋泰邦 『日本語を磨く翻訳術 翻訳上達の48章』 (バベルプレス、1982年)

で読んだ、「オノマトペ、へたに使えば迷医(やぶ)のサジ」でした。これは、私が高3の冬、G大受験直前に購入して読み耽っていた本の1項目。(当時私が読んでいたのはウグイス色のような表紙だったと記憶していますが旧版にあたります。今手元にあるのは新装版。教員になって自分が最初に作ったプリント教材が、この高橋氏に倣って高校生向けに拵えた『英文解釈・読解いろはがるた』だったくらい、影響を受けています。)
「意味の記述」は、「パラフレーズ」や「要約」だけではなかなか上手く行かないということを弁えてから、自分にできることを増やし、その出来ることの精度を高めていければ、他に言うことはありませんね。
言うは易く行うは難し。
卒業式関連で、授業が変則になっているので、一コマでの進度を欲張らずに、その授業で英語の肝を一つでもいいからしっかりと掴むように、「生き直す」ことを狙いとして、量的に「春期課外」に回せることは回そうと画策しています。
職員会議を終えて帰宅。
天気は下り坂でも、気持ちは上向きに。
晩酌も抜かりなく。
今夜は「本鮪」でのウォーム・アップ。
メインは生姜焼き。
ハウス栽培ながら、無農薬の「紫蘇の葉」を妻が手に入れてきたおかげで、良い香りを堪能できました。深謝。

今、寝る前に読み進めているのは、

  • 西江雅之 『新「ことば」の課外授業』 (白水社、2012年)

西江先生にはG大時代にもお世話になりました。
師の存在の大きさを噛みしめる満月の夜となりました。
生憎の土砂降りですけどね。
「中締め講義」以降の「意味」にこんがらかったまま、お休みなさい。

本日の晩酌: 呉春・特吟・大吟醸・赤磐雄町40%精米 (大阪府)
本日のBGM: 私の世界〜6弦ギターのうた〜 (井上鑑)