アイデア・ジェネレーション

第2週終了。高2の授業は、Lesson 1 の乙武さんの話が山場へ。Part 1の語彙のレビュー。Part2&3をまとめて、段落並べ替え整序をして、内容理解のQ&Asまで。和訳先渡し授業「的」な活動を取り入れ、進度アップを図ってみた。1課全体の本文の読みが5時間で終わる計算。まだ遅いかな。でも、Child of mineの歌1曲を毎時間に近く繰り返しやってるからね。他の先生の話を漏れ聞くに、生徒は「難しくて、進み方が速い」という受け止め方をしている模様。「Except とexcept for の違い、使い分けは現時点では気にするな、ネイティブでも怪しいんだから。それよりも、きちんとした文章で出てきたら、その都度使われ方が確認出来る心の準備をしておけ」って教えてるだけなんだけどなあ…。新出語句の導入を先にやってあげないからか?オーラルイントロダクション(インタラクション)をやりたいのか?語彙はとにかく、新出語句必ずしも既習得語彙ならず、ということで活動しながらその都度、気になれば確認するし、気にならなければ、とりあえず無視するのが精神衛生上よし、と考えてみたらどうだろうか?復習での英英辞典的定義から本文中の該当語句を探し出すword searchは今回2年生には初導入。そのうち、定義パターン習熟エクササイズもやるから大丈夫です、きっと、たぶん…。
高3ライティングは、とにかく、受験モードから離れて、writing community 作りから始めているので、細かくタスクをやってはシェアリング。自分の書いたものを他の人に読まれることに対する抵抗を早くなくすことが重要なのです。今のところ英語での情報処理というよりは、英語の素材をもとに、方法論を学んでいる段階か。10年くらい前に自分でよく言っていた、「英語で考えるのは大変、英語的に考えよう」という地点にスパイラルに戻ってきた感じ。以前よりは高みにいるとは信じたいものだ。
近年、「マッピング」という手法は中高の英語教育現場にも普及(流行?)しだしているが、私は一貫して「アイデア・ジェネレーション&デベロップメント」という上位概念で呼んでいる。クラスタリングの手法だけをとって、semantic mappingをことさら強調するのは、ことライティングに限っていえばあまり効果はない。
リーディングやリスニングで、ある完成されたテクストからsemantic mapを作っていく作業は、mapを完成させた後、「正解のテクスト」との比較検証ができるので指導もしやすいし、生徒の達成感も強い。ライティングの指導ではもう一手間かける必要がある。スピーチ指導などで「何を書いて良いのか分からない」生徒に、いわゆる「マッピング」をさせて、とにかくたくさんアイデアを出させる、というような段階では確かに有効といえるだろう。しかし、いくらマップをきれいに作り上げても、その後の「セレクション(=selection)」の作業が適切になされなければ、結局その作文は「何を主題としているのかわからない、ただ話題つながりの情報の羅列」となる。高校生相手であれば、必ず「セレクションの観点・規準」をあわせて指導することが不可欠である。そのためには、良いパラグラフを構成する英文をたくさん消化吸収する必要がある(「消化吸収」っていうのはinput & intakeのことですか?とか訊かないでね。「消化吸収」は「消化吸収」です)。いきおい現在の中学校、高校の検定教科書だけでは不十分であろう。適切な事前指導を端折って表現活動を欲張りすぎると必ず失敗する。
次の段階としては、「story messageの向上につながる、表現の型を学び、マネをして書くこと」と「テーマ、トピックに関するキーワードをコロケーションの形で整理すること」。
閑話休題。昨日の理事会での議題でもあるのだが、今年の研究大会の「ビデオによる授業研究」の授業者が決まっていないのだそうだ。
第一候補の方の都合がつかないと、私に矛先が回ってくるようだ。おいおい、同友会の高校部門はいよいよ人材不足か?もし私がやるなら3年前くらいのタイミングだったな、と思う。今、そんなパフォーマンス的な授業をやりたいとは全く思わないし、ビデオによる授業研究というコンセプトそのものに疑問を持っているから。授業者に関していえば、もっとambitiousな人がいるんじゃないのかなあ。「高校のライティングの授業。生徒によるプレゼン無し。50分間、生徒はピアフィードバックからリバイズと黙々と英語を書き続けて、教師は日本語や英語を使って指示を与えたり、書く手助けをする以外は、黙っている」という研究授業を見たい人がどのくらいいるだろうか?コメント待ってます。