現代「ライティング」教科書事情

梅雨の中休みか、晴天。教室は冷房が効き過ぎで寒いくらい。職場で阿部サダヲ率いるグループ魂の作らしい「中村屋」の披露宴スピーチのアドレスをもらい、閲覧。笑いをこらえるのに必死だった。現代版スネークマンショーか?葬儀バージョンもあるらしいので期待しよう。
さて、平成20年度(以降)用の各社検定教科書が職場に届いたので目を通しているところ。
私の場合、現在の勤務校に「ライティング」というカリキュラムは存在しないのだが、作文の教師を標榜する以上「ライティング」の教科書には興味がある。某T社の教科書は改訂時に執筆者から私を排除し、保守的で穏当な路線を引いているようなのだが、今回、もっと保守的な改訂をしている出版社があってビックリした。
Mainstream Writing Course(増進堂)である。現行版のMainstreamという教科書は極めて良くできたライティングの教科書であったのだが、今回の改訂では現行版の特徴を支えていたと思われる鈴木寿一氏などが執筆者からはずれて、まったく違う教科書となってしまった。Part 1として「文法・構文をおさえる短文の作文練習」が20課新設された。また一つ「ライティング」の教科書が消えてしまった。現行版をお持ちの方は、音声教材も含めて保存しておくことをすすめます。
「短文での作文練習により文法をおさえる」というのだが、いったい文法の何をおさえるというのだろうか?
Lesson 20では「仮定法」が取り上げられている。練習問題は、

  • 1-1. If I ( ) her number, I could have called her. (know)
  • 2-1. Without the help, we (finished, have, not, would) the project.
  • 3-1. もしも世界大戦が起きたら、世界はどうなるのだろうか。(happen, world war)

などの短文での作文練習。Sentence level accuracyを養成するといいたいのかもしれないが、予め完成するべき英文が決まっている英文をいくら書いたところで、本来の意味でのsentence level accuracyは身に付かない。
いつまでたっても教師が答えを握っていて生徒が書くことの既に決まっている短文練習から、生徒が何を書いてくるか答えの予想が立ちにくく、教師が答えを掌握していないにもかかわらず、分量の多い「自由英作文」、「パラグラフライティング」へと一足飛びなのだ。そのような変数のコントロールさえしていないのに、「添削が大変だ」とか「評価方法がわからない」などという泣き言を言わない方がよい。
同じく20年度用の教科書でも、Polestar Writing Course (数研出版)では、次のような問題を1題ではあるが、課している。焼け石に水かも知れないが、ないよりはましである。Part 1 のLesson 4から(下線を空所に変えてある)。

  • 空所に入る内容を想像し、英語で表現しなさい。
  • If I had enough time and money, I would [ ].

Polestarは「パラグラフライティング」を前面に押し出した初版が、一番内容的にも充実していたのではないか(私も以前の勤務校でこの初版は採択していた)。現行版、そして改訂版ではPart 3まではパラグラフを書く練習問題がほとんどないのである。著者でもある橋内武氏は初版がでた当時に、『現代英語教育』でパラグラフライティングに関わる連載を持っており、英語教師にパラグラフライティングの印象を強く残しているのかもしれない。だとしたら幸運な教科書である。Polestarはタスクとしては良くできているので、語句を選んだり、並べ替えたりしてパラグラフを完成させる課題が済んだら、パラグラフ全文の音読や全文の筆写(copying)を一手間加えるだけでかなり定着度は増すだろうと思う。採用されている学校の先生は是非、この一手間を惜しまず頑張って欲しい。
同じ数研出版からは新刊でBig Dipper Writing Courseが出た。Part 1では「話すため、書くための文法を徹底的に学ばせます」というのがコンセプトとのこと。同じ文法シラバスを取り入れた教科書でもGenius English Writing(大修館)の方が英語が苦手な生徒でも、やってて面白いのではないかと思う。実際問題として、東大にも多くの生徒を合格させている東京にある女子校の某O中学・高校では、数年前に、中学3年でこのGenius English Writingを使って授業を成立させていたのだから、普通科なら高校2年や3年で充分消化できるのではないか?
英語教育界は「ライティング指導」というもの、さらには英語教師が大好きな「文法指導」というものをもう少し自分の手と頭を使って考え直した方が良い。正確に書けるようになってから大量に書かせるという手順にとらわれていたら、生徒は卒業してしまう。英語の文構造や構文を基準にしながら、無理矢理テーマ・トピックを統一して練習問題を作ったところで、「体系的」な文法指導は完成しないことになぜ気づかないのだろう。「目次的」なシラバスをいったん忘れることが必要だ。
現代の日本に、そして現代の世界に生きる人々は日本語ではどのような内容を表現するニーズがあるのかということを「日本語教育」の教科書や日本への留学生のための生活ハンドブックなどで用いられる用例・例文などを精査して整理してみてはどうか。この分野ではすでに、『留学生のための分野別語彙例文集』凡人社、という良いテキストがあることを再度指摘しておく。(過去ログ参照→http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061123


本日のBGM: Left Bank (Yukihiro Takahashi)