紆余曲折、あるいはメビウスの帯

明日の出張の準備と、終業式を留守にしたので、進路関係書類の整理で出校。
時折雷で、昨日以上の大雨。道路が海の日だった。
昼食を外で済ませる。
ネットで注文していて、職場にようやく届いていた、巷で大評判の

  • 靜哲人 『英語授業の心・技・体』 (研究社)

を小一時間で読了。
『…大技・小技』から10年経つのだなぁ。その間、日本の英語教育というか英語教室がちっとも改善されていないのでは?という不安が浮き彫りになったというのが実感。前半の発音指導の部分は、過去のDVD教材『Englishあいうえお』を読んでいない人には新鮮かも知れないが、靜ファンというか、靜オタクというか、怖い者見たさというか、怖い者知らずというか、20代から40代まで、現場教師として大きな影響を受け、靜先生を尊敬することでは人後に落ちない妙な自信のある私からしてみると、まだこれだけ言い続けないと先へ進めないのか、と思うような内容であった。
p.4で取り上げられている「S君」のエピソードには仰天した。

  • 靜先生に出会うまで、私の発音を指摘してくださった方はおらず、高校入試も大学入試も、大学院の入試でさえ、私の英語力に「OK」のサインを出しました。

このS君なる人は、「テスト」には興味があるが、「授業」には興味が無かったのだろうか。ここでは、一言も「授業」や「指導」という言葉は出てこないのだ。このS君を教えてきた中高の先生だって、授業中に、重要な発音指導をしていたかも知れないのである。が、しかし、この人は「テスト」を自分の英語学習の肝に据えてきたために、その記憶がスッポリ抜け落ちているのではないかと訝しく思うのである。なぜなら、靜先生の指導手順では、生徒は「テスト前にやればいいや」という方略 (にもならない方略) が全く通用しないからであり、授業中も一瞬たりとも気を抜けない授業を展開する教師に初めて出会ったということなのかも知れない。
多くの中高の教師は、もっと「マシ」な音声指導を授業でしていると強く信ずるのだが、この第1章、第2章の反響が大きい、ということはとりもなおさず、「オーラル・コミュニケーション」や「実践的コミュニケーション能力」という過去10年、英語教育界が掲げてきたバナーが、まったく実りに繋がっていないということになるだろう。先ほど、「日本の英語教育というか英語教室がちっとも改善されていないのでは?という不安が浮き彫りになった」というのはそういう意味である。
本書で、音声指導以上に、私が最も重要な提言と感じているのは、第4章、とりわけ「英語チャンクの再生」 (pp.129-145) である。(私のブログの過去のエントリーでは、http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061230 で「チャンクの切り出し方」として、 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20050624では、「スラッシュにまたがる名詞句の限定表現」として言及しているので、ご参考までに。)
「指定漸増チャンクの英英リピート」にはワークシートのサンプルもでているので、中学校、高校再入門の学習者に対する日々の指導で是非とも取り入れて欲しいと思う。スラッシュごとの読解指導や音読指導を改善するためにも一日も早い導入・普及が望まれる。

本書は公立中学校の英語教師、中堅以上の高校英語教師には「目から鱗」だったり、英語教師としての矜持や自負を喚起されることだろうが、「進学校」といわれる高校や中高一貫校の英語教師、さらには大学系列や附属校であっても進学校以上の英語力を養成している私立高校の英語教師の心を揺すぶることができるだろうか?元筑駒の久保野先生や開成の青柳先生、渋幕の阿部先生、塾校の宮崎先生など本物の英語教師から本音の意見を聞いてみたい気がする。

小学校英語活動の喧噪とは裏腹に、いや、不安だからこそなのか、「英語ノート」の活用法など、付け焼き刃のような指導法やテクニックを伝授する講習会・研修会が花盛り。縋りたくなる藁なのか?しかして、いったいその指導を支える「理念」とか「哲学」はあるのか?という思いから、書店で他教科の書棚を覗き、1冊購入し帰宅。

  • 杉山吉茂『初等科数学科教育学序説』 (東洋館出版社、2008年)

講義筆記ならではの敷居の低さに手に取ったのだが、中身は深い。

  • ですから、計算の手続きや、計算の仕方などをいくら丁寧に教えてあっても、また、それがよくできるようになっていたとしても、分数のわり算を考えるのに役立つものにはなりません。そういう手続きや計算の仕方を伝授してもらっただけの子どもは、「分数のわり算の計算の仕方について考えてみましょう」と言われても考えられません。/ 分数のわり算を考えるために何を教えておかなければいけないか、それを知っているのが専門家です。計算の仕方を教えているだけでは、分数のわり算の答えを出したり、計算の仕方を作り出せるようにはなりません。

これは、pp.15 - 18 で問われる「わり算について知っていることをできるだけたくさん列挙せよ。」と言う問いでの講義から。
他教科と比べて、「英語教育」って底が浅くないんですかね?

HARCOの新譜 “Tobiuo Piano” はカバー (セルフ含む) も数曲。松任谷正隆の『夜の旅人』を取り上げるセンスや佳し。この人にはPICOをいつかやって欲しいんだけどなぁ。今夜はライブ版を聴いて寝ることにします。好い夢に辿り着けますように。

本日のBGM: カーブミラー / 10th Anniversary Live at Shibuya O-East (HARCO)