私が使う英語・避ける英語

高校1年の教材研究の途中で古い本を引っ張り出して、ある英語の語法について考えていた。
あんな本や、こんな本。

昔とは言わず、近年の大学入試での英語の出題でも、

  • a. But for your help, I could never have finished the job.
  • b. If you (hadn’t helped), I could never have finished the job.

という、ほぼ同意となるような連立完成の空所補充問題は見られるようです。

  • 「あなたの支援がなかったなら、私は絶対にこの仕事を終わらせられなかった。」

というような意味合いになるもの。
このa. の表現の肝は、for以下にくる名詞の存在意義・価値を高く評価し、それを裏返しで伝えることにあるのだが、教室での指導の際に、その辺りを強調されたことのない学習者、生徒さんが多い模様。

私は、自分の授業では、この「…の存在がないとしたら」という意味での but for +名詞句は取り立てて重点を置いて扱っていない。
いや、表現系を主眼とした授業なので。
同じような意味を表せる代替の表現で、より高頻度で間違い難いものに重点を置いて教えている、というのが実情。
とはいえ、この設問であれば、but forを読んで意味が分かる人が、より一般的な表現で言い換えられるか、を見ていると考えれば、まあ、ギリギリ許容範囲の出題とは言えるのだろう。

古くは、先の写真にも写っている、出版社アルクの雑誌『アクティブ・イングリッシュ』のサポートで、編まれた

  • 田中茂範 『ネイティブ100人に受験英語の使用実態を徹底調査 データに見る現代英語表現・構文の使い方』(1990年、アルク)
  • 田中茂範 『青春の汗がいま輝く 会話に生かす受験英語』(1990年、アルク)

がこの表現も含めた、所謂仮定法の「…がなければ」に関する英語表現をとりあげ調査している。

そのときの調査で用いられた用例に便宜上番号を振っておく。

1. But for your support, the campaign would have been bankrupt.
(あなたの援助がなければ、選挙運動は大失敗だったことでしょう)

に加えて、関連表現として

2. If it weren’t for weekends, I’d go insane.
(もしウィークエンドがなかったら、気が変になっちゃう)
3. If it had not been for the agent, she wouldn’t have gotten the contract.
(もしあのエージェントがなかったら、彼女は契約にこぎつけることはできなかっただろう)

の3つをたたき台に、ちょっと話しをしたい。

先の田中本では、英語ネイティブのインフォーマントの回答をもとに分析がなされているのだが、その観点は、

ビジネスレターでの使用度(%)
くだけた会話での使用度(%)
改まった会話での使用度(%)

でスピーチレベルを比較、

改まり度(0〜5)
自然さ度(0〜5)

でフォーマリティを比較している。

その数値から、私の方で一覧にしてみると、次のようになる。

but for はビジネスレターや、改まった会話では使われないわけではないが、かなり改まった表現であり、インフォーマルな会話では殆ど使われず、自然さも低くなっている。
今から30年ちょっと前の、英語使用者の実感の一例を示したものとして興味深いが、いかんせん古い。

  • 30年で一世代、言葉は変わるよ。

という人も多いことでしょう。
ということで、比較的新しいものは、というと、

  • 佐久間 治 『ネイティブが使う英語・避ける英語』(研究社、2013年)

がある。

この本では、

  • 「あなたの助けがなかったら、私は失敗していただろう」

を取り上げ、

  • Without your help, I would have failed.
  • If it had not been for your help, I would have failed.
  • But for your help, I would have failed.

といった英語表現に関して、使用域等を英語ネイティブ十数人(うち米語話者1人)に尋ねているだけでなく、Google Books のNgram Viewerを使って経年の推移も見ている。
その相対的頻度は上から順に、10 : 3 : 1 で示されている。
but for の語感に関して、英インフォーマントの反応では

  • archaic(廃用)とまでは言わないがhigh style(格調高い文体)
  • formal and high register (フォーマルでレベルが高い)

が紹介されている。

佐久間の分析には、

But for … に比べると、Without …は汎用度が高く、頻度が格段に高くなる。If it had not been for は意味と時制(過去)を明示するのに適している。頻度は標準だが、倒置形の Had it not been for …とすると、 high styleになって、再び頻度は落ちる。(pp.47-48)

とある。

この佐久間の最後の指摘にある、倒置形の頻度について、以下のCOCA系の検索結果とすり合わせて欲しい。
既に、私がnoteで公開している、「あらためて時制と法を考える」のマガジン

note.com

でも、オンラインコーパスでざっくり検索した結果を示しているが、ここでは、もう少し詳しく、見てみようと思う。

佐久間の尋ねた英語ネイティブには米語話者が少なかったので、まずCOCAを見てみる。



均衡コーパスのCOCAで、明らかに全体のヒット数に差が見て取れるが、佐久間のコメントとは裏腹に、どの使用域でも、倒置形の had it not been for の方が5〜6倍多いことに注意したい。さらに、倒置のうち、文頭に来る例を見てみると、全体の6分の1くらいのヒット数で、話し言葉では桁が違っていることに注意したい。


次に世界20エリアでの最新のデータが得られる、報道メディアのNOWコーパスで。こちらはケタ違い。均衡コーパスではないので、経年でヒット数が増えていることの意味は、一次ソースも含めて検証が必要だが、その年代区分での基本形と倒置形両者の比較は可能。


次に、所謂「仮定法過去」で用いられる、if it were not for …とwere it not for … の比較をCOCAで。こちらでも、ブログ、話し言葉から、小説、報道、アカデミックな文脈まで、全ての使用域で倒置形の方が2倍近く高頻度となっているだけでなく、全体のヒット数が、仮定法過去完了had it not been for よりも多いことに注目。
ここでも、文頭で用いられるのは、全体の6分の1程度で、話し言葉ではケタ違いであることがわかる。



仮定法の条件節でのifの省略&倒置は「フォーマルな文体」と認識されているように思う。
日本の某英語学者にはボロクソに言われていた、M. Swanの「実用書」(Practical English Usage第4版、2016年) でも、

Section 22
244.5 leaving out if: formal inversion structures – Had I realized …

として、were / had / shouldの例を示している。 (p.244)

このような記述に基づいて、接続詞ifの省略と倒置の全てを「あらたまった表現・文体」と捉えてしまうと、先程のコーパスから得られたデータで、倒置の方が全ての使用域で段違いに頻度が高いことの説明がつかないのではないかと思う。

日本の英語教室や英語教材での指導や学習を振り返ると、

  • 条件節を導く if を使って、仮定法過去の if it were not for を学ぶ
  • 条件節を導くifを使って、仮定法過去完了の if it had not been for を学ぶ
  • 接続詞の省略&倒置の仮定法過去 were it not forを学ぶ
  • 接続詞の省略&倒置の仮定法過去完了 had it not been for を学ぶ
  • 節を用いずに、前置詞句での表現を学ぶ
  • ほぼ同意での相互の書き換えを学ぶ

という手順は、習得・習熟の発達段階や、使用頻度の実態から考えても再考の余地が大いにあることが分ってもらえるのでは?

因に、MW‘sのAdvanced の学習用辞書では、次のように、if not for が見出し語(句)として項立てされていて、その中で、if it were not forとif it had not been for の用例がひとつずつ示されている。彼我の差を感じるところ。


多分にノイズも拾うけれども、Ngram Viewerで経年の推移を見ておこう。

教師の思い込みで学習者、生徒を苦しめていないか、振り返り、内省が必要なところかと。
過度の単純化を戒め、一つ一つの表現の生息域を感じつつ学ぶこと、教えることが大切、といつもの同じ話しをして、本日も終了。

本日のBGM: きみがきみでよかった (Mamalaid Rag)