大学入試「和文英訳」雑感

直前の受験生対象「英文ライティング」セミナーでは、京都大、大阪大、奈良女子大に代表される「和文英訳」は扱わなかったのですが、今春の前期試験で出題された「和文英訳」を見て、いろいろと思うところがあったので、二題だけ取り上げておきます。


東京大学 2020年
英語 2B

文章中の下線部のみを和文英訳する形式。
出典は、鶴見俊輔 『アメリカ哲学』ということなのですが、版も何も記されてはいません。
おそらく、もともとは英語で書かれていたものを後に日本語で再構築したものなのではないか、という印象はあります。
因みに、講談社学術文庫の増補版は1986年。私が教員一年目の時。

以下、出題の「和文」。この下線部を英訳せよ、というお題です。

生きてゆくにはまず、若干の自信を持たねばならぬ。
しかし自信ばかりで押し切っては、やがていつかは他人を害する立場に立つ。自分たちは、いつも自分たちの信念がある程度までまゆつばものだということを悟り、かくて初めて寛容の態度を養うことができる。
自信と疑問、独断主義と懐疑主義との二刀流によって、われわれは世界と渡り合うことにしたい。

英訳例 ※(  )内の記号はケンブリッジのWrite & Improveで設定したWorkbookでのCEFRのランク。

1 (A2中)
Self-confidence, if carried too far, can and will cause offense to your fellows. Instead of criticizing their weakness or awkwardness, keep a skeptical view even on what you believe is right. You will, then, learn to accept your own flaws as well as theirs’.

2 (B1下)
However, if you carry it too far, you will soon find yourself in a position where you offend your fellows. Only then can you develop an attitude of tolerance, realizing that your beliefs, as well as others, are always open to doubt to a certain extent.

※下線部の前後がキーワード処理のヒントになりますね。「他人」とは書かれていますが、その「他人」も「自分たち」「われわれ」として連なる存在として認識され、「世界」と対峙する、という論の展開なのだろうというのが私の解釈です。

下線部以外だと、鶴見ならではの、ひらがな表記の「われわれ」までを射程に入れてどう英語で処理するか?というのは結構悩ましいのですが、受験では下線部のみの解答を求められているので、解答例としてはまあ、許容範囲かなと。



京都大学・2020年
第3問 和文英訳形式

出典は特に示されていません。お分かりの方がいましたらご教示願います。

この素材文では、全く主語は表されていないのですが、一人称での「軽妙文」とでも言えばいいのでしょう。ただ、英文だけを読んで「つながり」と「まとまり」が分かるためには、「主題」にあたるものを想定して補う必要があると感じるのですが、「大学入試の和文英訳」はそこがブラックボックスで鬼門、下手をするとこちらが鬼籍に、ということになりかねませんので、やはり悩ましいですね。

以下、お題の「和文」です。

 お金のなかった学生時代にはやっとの思いで手に入れたレコードをすり切れるまで聴いたものだ。歌のタイトルや歌詞も全部憶えていた。それが今ではネットで買ったきり一度も聴いていないCDやダウンロード作品が山積みになっている。持っているのに気付かず、同じ作品をまた買ってしまうことさえある。モノがないからこそ大切にするというのはまさにその通りだと痛感せずにいられない。

英訳例 
※太字 & 下線の部分は、GeneralからSpecificへ、「つながり&まとまり」を整備するために敢えて補って訳出している部分です。

I have been a big fan of music. I was such a struggling student that I bought a single or an album with what little money I had saved and would listen to them repeatedly until they were worn out. That made me remember the title of each song and every single word in them.
Now I earn enough myself to buy a lot of pieces of music on the Internet. But I have never listened to many of them afterward, only piling up CDs or storing downloaded tunes. Sometimes I do not even realize I already have one until I buy the same title and bring it home.
I still love music a lot, but my love for what I have seems to have changed. I have learned this lesson the hard way---if you have less, you would appreciate it more.
(B2下)

以上、和文英訳二題雑感でした。

本日のBGM: さよならアメリカ(くるり)〜 さよならアメリカさよならニッポン(はっぴいえんど)