direct feedback



争点は、下線部の最後、主節に後続する “... , requiring” の処理のようです。

(B) Attention restoration theory looks at the two main types of attention that humans employ: directed and undirected attention. Directed attention requires us to focus on a specific task and block any distractions that may interfere with it. For instance, when we are working on a math problem, or engrossed in reading a literary passage or in assembling or repairing an intricate mechanical object, our brains are totally dedicated to the task at hand, requiring our direct undivided attention. After we complete the task we often feel mentally fatigued or drained. Conversely, when we are outdoors, we may enjoy observing patterns or a sunset, clouds, flowers, leaves or a beautiful meadow, which call on our undirected attention.



1. Putting down my newspaper, I walked over to the window.
※ 見て分かるように、主節の主語は “I” であるから、分詞で表された内容を関係詞節のような読みで I に掛けて、「新聞を置いた私は」と解釈するのには無理がある。非制限用法的な読みをするなら、分詞は「原因」や「理由」と取らなければ意味が整合しない。
※ 川端康成の『美しい日本の私』、大江健三郎の『あいまいな日本の私』という形容・修飾は、日本語であっても極めて例外的なもののはず。そのつもりで以下の用例を吟味すること。
(以下、2, 4, 5の用例はMichael Swan のBasic English Usage (1985年)より。
2. I sat reading some old letters. (私は座って古い手紙を読んでいた)
※ 2. では、reading の意味上の主語に当たるものは、主節の “I” と同じで問題ない。「座る」行為と、「読む」行為のオーバーラップ。

3. I saw her standing there. (私は彼女がそこに立っているのを見た)
※ 3. では、stand の意味上の主語は、her で表されている「彼女」。<彼女がstandしている>という「映像」を捉えること。「立ち上がるところ」ではなく、「立っているところ」を見たという「動画」の -ing。いつ始めて、いつ終わるかは不問。

4. Not knowing what to do, I telephoned the police.(どうしていいか分からず、私は警察に電話した)
※ 4. では、主節に先行している (否定された) knowing の意味上の主語は主節の “I” である。

5. It rained all the time(,) completely ruining our holiday.
※ 5. では、 “ruin” の意味上の主語にあたるものは、 “it” ではなく、「雨が降り続いたこと」とでもなるはずであり、ruin は、その「結果」として生じることになる。「因果関係」と見なせば、「理由・原因」、時間差があるとはいえ「雨が降っている間は、期待外れの休日」となるわけなので、「同時並行」という読みも出来なくはない。
  ただ、そのどの解釈をする場合でも、雨が降ってくれなければ整合しない意味なのであるから、ruiningをitに対する形容詞的な修飾語として、独立した名詞句の限定表現を想定して、 (X) 「私たちの休日を台無しにした雨は…」と考えることには明らかに無理がある。


6. Most insects are able to survive with little water, making them an ideal alternative food for locations with severe water shortages. (2018年センター試験)


7. I would like to conclude my remarks, wishing that this Conference will have fruitful results, making for a safer world.
   (国連防災世界会議開会式 (2005/01/18; 阪神淡路大震災10周年に神戸で開催された) における天皇陛下のお言葉の締めくくりの一文。)
※ make for (≒contribute to) の意味上の主語は「会議」ではなく、「この会議によってもたらされることが望まれる実り多い結果」または「会議によって実りの多い結果がもたらされること」とでもいうような内容。

私の手元の入試問題データベースは、00年代までの長文素材が中心なのですが、その中から、主節に後続する ", requiring ..." が 3例見つかりました。出典がちょっと不明で申し訳ありませんが、以下にある程度の文脈で示します。


Digital technology also brings potential problems. There are threats to privacy: digital systems can gather and communicate large amounts of information about people, often without their knowledge. There are environmental issues: devices can become unusable quickly, requiring huge investments of energy and materials to replace them. There are also socioeconomic issues: richer people and richer societies will always have greater access to the new technologies on which we may all one day depend.


We are mesmerized by the exactness we perceive in the universe, and we seek to copy its grandness here on earth. History for us is a continuing exercise in engineering. The earth is like a giant hardware store, made up of all sorts of parts that need to be assembled together into a functioning system. Our job is never done. There are always new designs to consider and new jobs to be performed, all requiring the constant rearrangement of parts and the enlargement of processes. Progress then is “geared” toward the perfection of the machine.


For young Japanese today, the keitai (mobile phone) is a universal communication device, personal organizer, contact list, timepiece, and individually decorated amulet to the harmony of connectedness, the locus of the fragile web of personal relationships with a virtual community, requiring constant maintenance. Neglected keitai don’t die, of course, but to lose one’s keitai is to virtually lose one’s identity, to cease to exist within the mediated world.

1例目の A は明らかに、主節の内容を先行文脈として受けるもので、

, which requires ...



ただ、2例目、B. の不定詞の後置修飾がある名詞句

  • new designs to consider
  • new jobs to be performed


3例目のC. では、

individually decorated amulet to the harmony of connectedness, the locus of the fragile web of personal relationships with a virtual community

かなり長い同格の名詞句を受けているので、つながりが一読では直ぐにわからないものだと思います。老婆心ながら、「定期的メンテナンスが必要」なのは、a virtual community ではなく、「つながっていることから生まれる心の平静」「人間関係の壊れやすい網」なのでご注意を。

これらが文法書関連で詳しく扱われているか、未だ確認はしていませんが、主節に後続する , -ing の処理は文脈、主題に合わせて丁寧に行う必要あることを示唆している例だと思います。


when we are working on a math problem, or engrossed in reading a literary passage or in assembling or repairing an intricate mechanical object, our brains are totally dedicated to the task at hand, requiring our direct undivided attention.

  • 従属節である副詞節を導く when S+V の内容 → A
  • 主節の内容→ B
  • 後続する , requiring の内容→ C


A: 私たちがある数学の問題を解いている、または夢中になって文学作品を読んだり、複雑な機械仕掛けの組立や修理をしたりしている

B: 私たちの脳は完全に目の前の作業だけに専念している

C: そのことは私たちの直接的で一つに集中した注意を要求する


争点となっていると思われる requireの扱いですが、パラフレーズするとしたら、

  • call for = demand
  • deserve
  • involve = entail


require は当然のことながら他動詞なので、「その主語にあたるものが、誰・何に、何をどこに向けることを要求するのか」をそれこそ整理する必要があります。

もし、requiring 以下を、関係副詞の非制限用法でパラフレーズするとしたら、

  • , where we have to focus or unite our attention to the task at hand

のように、"Require who to direct what to what?" が表面にあらわれてきます。
これに対して、原文のように、分詞構文を使った場合には、その部分が表に出てこないため、特に「注意の向けられる先がどこなのか?」を読み手が求めるのは自然なことであり、 "the task at hand" を意味上の主語として捉える解釈が生まれる余地があるのだろうと思います。その読みをする場合には、恐らく、 require の部分は deserve のような意味で解釈しているのだろうと思います。

For instance, 以降の試(私)訳




Using our senses to touch, see or smell in natural settings doesn’t require a task-specific, problem-solving approach. Instead we can enjoy our experience in nature and be rejuvenated by taking in the sights and sounds at a relaxed pace. Undirected attention is easy to summon and maintain and leads to reduced stress and anxiety.

Edwards, Andrés R. 2019. Renewal (pp.42-43). New Society Publishers. Kindle 版.

本日のBGM: Attention Stockholm (Virna Lindt)

※2020年3月2日 6:32 追記
“a task-specific, problem-solving approach” の部分を読めば、解釈が分かれるのも宜なるかな、と思います。the task at hand を意味上の主語と解釈する読みは前者を採っているのでしょうし、私のように「ことがら」を抽出する読みは後者を採っているのでしょう。

一点補足すると、出題の下線部での ”direct“ に私は「分断しない」という訳語を当てていますが、これは、

  • immediate 「間に邪魔をするものの介入を許さない」

という、”block any distractions that may interfere with it“ の意味を集約させたものです。


下線部より後ろの、 “... , which call on ...” の関係代名詞の非制限用法が”..., requiring ...” とパラレルだという解釈は慎重に扱うべきだと思っています。平行だから同じ構造や論理とは限りませんから。

”, requiring...” と”, which call on ...” をパラレルに見るのはいいのですが、目的語が人ではなく不定詞を伴わない時点で、call on =employ という読みをするのが「自然」だと思いますが、or が気になるんですよね。

関係詞に続く動詞の形がcall ですから主語は先行文脈の中から複数扱いできるものを抽出することになります。では、単にここで列挙される「自然の光景」か?私は、ここでpatternsにorと続くところで、自分のことばのリズムと上手く合わなくて足踏みしました。

ここは、enjoy observing patterns に続くor での複数要素を繰り返す、複数回のenjoyingを意味上の主語としているのだろうというのが私の解釈です。下線部の処理以上に、「みんな、この ”enjoy observing patterns or ...” の or をどう処理してるんだろう?」という方が私にとっては興味関心が高かったのですが、その部分の解釈には、あまり注意は要求されなかったということなのでしょうか。


Renewal Through Nature with Andres R. Edwards

先程「enjoy observing patterns に続くor での複数要素を繰り返す、複数回のenjoyingを意味上の主語としている」と言ったことが少しは分かってもらえるかなと。



※ 百字要約:脳も身体であり、対象に対する高負荷の集中を要求されると、心身ともに疲弊、摩耗する。一方、ただ対象を浴びるように楽しむ、寛い意識の持ち方であれば、むしろその疲弊、摩耗した心身を修復したり充電したりすることになる。