大阪府が、公立高校の入試改革を強く打ち出し話題となっています。
私の住む地域に直接関わりはないのですが、英語教師として高校現場を見てきて29年、今回の「改革案」には「?」な部分が散見されましたので、備忘録代わりに書いておきます。
今回の大阪から発表された「サンプル」は「入試問題案」の一つで、「上中下」三段階を想定した英語の入試問題のうちの「上」にあたるもの。「天丼」や「うな重」で言えば「松竹梅」の「松」にあたるものです。「中」や「下」、「竹」や「梅」にあたる試験は、これから考えるのだそうです。
公的なサイトで貼られているリンクですので、リンク先も身元のきちんとしたところだと思いますので、こちらでも紹介しておきます。
「大阪府立高等学校の英語学力検査問題改革について」
http://www.pref.osaka.lg.jp/kotogakko/gakuji-g3/eng_sam.html#sample
ちなみに、大阪の「教育委員会」は、このようなメンバーで構成されています。
http://www.pref.osaka.lg.jp/kyoikusomu/kyouikuiinkai/profile.html
見て分かる通り、「教育委員長」は陰山英男氏、「教育長」は中原徹氏です。他意はありませんよ、ただ現在の事実を述べたまでです。
実務レベルの担当部局は、教育委員会の中にある「学事グループ」です。
大阪府教育委員会事務局教育振興室高等学校課
http://www.pref.osaka.lg.jp/kotogakko/
大阪府民で疑義・質問がある場合は、こちらの部局に直接するとよいのでは?
私は府民でもないし、大阪府で働くことはおそらくないのではないか、と思います。制度改革を受け入れるかどうか、受け入れる場合に、それがうまくいくように監視するのは府民の見識に委ねます。
ただ、英語教育に携わるものとしては、出題内容に関して「?」がいくつも浮かぶのです。
今回は、所謂「筆記」試験を取り上げます。
リスニング以外の出題はこちらです。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6221/00163108/writing_question.pdf
その解答(正答)。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6221/00163108/writing_answer.pdf
主題形式といい、構成といい、旧態然とした問題です。
新しいのは、「指示文も含め、全て英語で書かれている」というだけのことでしょうか?
私としては、自分の専門でもある「ライティング」「英作文」に該当する設問に必然的に興味関心が高まります。この出題では、最後の課題作文・条件作文が該当するでしょう。
In some high schools, students must wear their school uniforms. In other high schools, they can decide what they want to wear. Which of these two schools do you like better? In English write your opinion and reasons.
公立入試問題のご多分に洩れず、ディレクションの曖昧な出題です。
解答の語数や文数などの「量」の規定が全くなされていません。解答用紙の物理的制約を見て、判断せよ、ということなのでしょう。
出題者としての「大阪府当局 (というか学事グループか、そのグループが委託した教員、または教員チーム)」によって、想定された正答はつぎのような英文(?)です。
I like to wear a school uniform because I don’t have to worry about my clothes at home when I go to school every morning.
I can have more time to study in the morning and evening because I’m not thinking about my clothes.
And recently school uniforms have become very fashionable.
3文で52語です。採点・評価の基準といいますか、「ポイント」の但し書きにはこうあります。便宜上、私が番号を振りました。
1. 設問の指示に合った解答になっていること。
2. 自分の意見とその理由が書かれているか。
3. 理由が複数書かれているか。4. 自分の意見と理由を正確に伝える論理的な文章になっていること。
5. 意見と理由との間に矛盾はないか。
6. 構成を考え的確に書かれているか。7. まとまった分量で書かれていること。
8. 文法や語法、及び単語のつづりが正確であること。
先程の「解答例」を、この評価のポイントに照らし合わせると、
8 は、問題なし。
1-3 は、許容範囲、という気がします。「問題なし」とならないのは、1.ですね。 そして4-7.にも関連するので、最後までお読み下さい。
4-6 は、要再考ですね。ここは、中学生に求めるか否かも含めて、後述します。
さらに、
7. の「まとまった分量」とは何を表しているのか?語数?文の数?50語と100語を比べて、100語の方が語数が多い、とは言えるけれど、「分量がまとまっている」かどうかは何で測るの?
「一文、一文のつながりがあり、全ての文が主題に対して収束している40語」と「一文、一文のつながりが曖昧で、何が主題なのか、全てを読んだ後で、読み手が推測し補ってようやく、大まかな内容が理解できる100語」のどちらが「まとまった分量」なのでしょうか?
私の考えでは、間違いなく前者です。
詳しく見ていきましょう。
指示文を見て気になったのは、「校則で制服を着用する旨を英語で表す」場合に、一番普通の助動詞は will だと思っていましたが、ここでは mustを使っていますね。
この課題の一番の問題は、「ポイント」の4. で「自分の意見と理由を正確に伝える論理的な文章」を求めていながら、
Which of these two schools do you like better?
というように、「好き嫌い」の問いにしてしまったことです。「好き嫌い」というのは、「主観」のうちで、もっとも「理由」との相性が悪いお題の一つだと思っています。「好きなことに理由はいらない」ことが多いから。「論理性」と折り合いをつけることが難しい「お題」となってしまうことが多いのです。
改善案としては、せめて、この部分の英語を、
… would you like to choose?
… would you like to go to?
という自分が通うとしたら?というpersonal choiceにして、その選択に責任を持たせるように理由を書かせる、というくらいでしょうか。
「何をごちゃごちゃ『お題』に目くじら立てているんだよ!」と思う人がいるかも知れませんが、高校生のライティング指導を中心に四半世紀取り組み続け、多くの研究授業や実践報告を見てきて、一番感じるのは、
「お題」の設定に不備があるので、教師の望んだレベルでのproductが得られない。
ということなので、やはり、一番気にするところなのです。
模範解答なのか正答例なのか解答例なのか、「当局」の示した8つのポイントを全て満たしているとは思えない英語ではありますが、以下、見ていきます。
第一文。「トピックセンテンス」で欲張りすぎたためか、設問に充分には答えられていません。
I like to wear a school uniform because I don’t have to worry about my clothes at home when I go to school every morning.
「ポイント」の 1. は何だったでしょうか?「設問の指示に合った解答になっていること。」
では、お題は何を求めていたでしょう?「学校間の比較」だったはずです。どちらの学校がより好きなのか?という立場を明示できていません。いや、本当に。大丈夫でしょうか? この問いは、「制服と私服のどちらが好きですか?」というものではなかったはずです。もしそうなら、そう書くべきでした。ですから、お題の設定、そして、その英語での記述が生命線とも言えるのです。
一文の構成にも「?」です。いきなり、becauseで理由を含んだ文をトピックセンテンスとするのは、結構な「力業」になります。まずは、「お題」に対する、立場の明示。その後に、自分の立場の支持、と進むのが無難でしょう。そうすると、無理にbecauseでつないで一文にする必要もなくなります。
百歩譲って、そこに目をつぶるとしましょう。
では、このbecauseは理由となっているか?ということです。
なぜ、制服ではないと、毎朝、学校に何を着ていくか悩むのでしょうか?
高校生にこの手の「お題」で書かせると、次のような「理由」をよく目にします。
洋服代が嵩むから。
では、なぜそうなるの?ということを考えていない、または考えてはいるが、そこは「読み手も共有している」という思い込みを持っている、ケースが多いと感じます。
これは単純、
人の目を気にするから。
でしょう。そして、その「人」とは「他の生徒」であり、「気にする」のは、他の生徒との「差」または「同調」の「圧力」となるでしょう。「制服ではない」ということが「自由な選択」とはならずに、「制約」「縛り」となることを感じているからこそ、「制服」をより安心できる選択、ストレスのない選択とする、とも言えるのでしょう。
この辺りまで掘り下げて、ようやく「自己」が見えてくるように思います。
このように、「理由」を述べた後で、
それはなぜか?それは本当に理由になっているか?
と問いを深めることには大きな意味があります。
「読み手との共通認識」「前提」を確認することがないと、いくら「理由」を列挙しても、「論理的」とは受け取ってもらえません。だからこそ、私の授業では「好き嫌い」を問うことを避けるのです。
今風の「読解」の研究授業では、「発問」が流行とも言えるくらい、華やかなのに、なぜ、この「英語表現」での基礎基本が定着浸透しないのか、歯がゆく思います。
第2文は、自分の立場の何を支持しているのか不明です。第1文で立場を明示できていないのですから仕方ありません。
I can have more time to study in the morning and evening because I’m not thinking about my clothes.
「服に気を使う分の時間を勉強に回せる」と言いたかったのではないか、と好意的に推測しますが、それは何の「理由」となっているのでしょうか? “I’m not thinking about my clothes.” の部分は、第一文での、”I don’t have to worry about my clothes at home.” の使い回しですね。となると、これは、新たな理由とは言えないのでは?という疑問が生じます。やはり、立場を明示した上で、その支持を詳述するという「定石」を踏まえることが必要だったのではないでしょうか?
第3文には、because節がありませんね。これは、何かを支持しているのでしょうか?これがあることによって、全てがぶち壊しになっているようで、大変残念です。
And recently school uniforms have become very fashionable.
それほどファッショナブルではない制服だったらどうするのでしょうか?こう書いたのだから、そういう高校は嫌いなのでしょうね。
でも、「制服必着の高校」と「制服のない高校」のどちらがより好きか?という、最初の「お題」に対して、「とてもおしゃれな制服の高校」と「あまりおしゃれではない制服の高校」との選択を含めてしまっては、「お題」そのものの自己否定となってしまうでしょう。
では、なぜ、この「台無し」の一文が出てきたのか?「ポイント」の、
3.理由が複数書かれているか。
の制約です。なぜ、これが足枷になるのか?それは、そもそもの「お題」で、
In English write your opinion and reasons.
と “reasons” は複数で示されているからでしょう。
この「解答」を書いた人は、おそらく、私の推測ですが、「理由は3つ書いたぞ」と思っているのではないでしょうか?
でも、第1文に示された理由と第2文で示された理由は、実質一つとも言えるものでした。そして、第3文目の「理由」は、自分の示した「意見」の理由とは言えないものでした。
「お題」の設定に無理がなかったでしょうか?
好き嫌いで言えば、私は大嫌いですが、 ”5-paragraph essay” を求める人が、理由を複数書かせるのは、まだ理解できます。
しかしながら、この大阪の出題では、そもそも「構成」についての指示も、「分量」についての指示も皆無なのです。
中学生レベル (高校生であっても中級に至るまでは) 「意見表明とその支持」では、まずは、一つの理由付けをしっかりと書かせることに専念してはどうなんだろう、という思いを強く持っています。大幅な改善を求めるものです。
今回の「お題」のような「二者択一」による「意見の表明とその支持」は、ライティングの課題としては極めてポピュラーなものなのですが、「理由付け」は結構大変だということを指導者は理解しておくべきでしょう。
読み手との共通認識とギャップを踏まえた、自分の判断の基準となる価値観の詳述
つまり、
「高校生活の充実における服装の持つ意味とは?」
というような「単一のお題」に対する自分の意見の表明とその支持こそが求められている、という指導者の自覚が指導の改善につながります。
過去ログで言えば、
「気づくのはいつでも、過ぎた後だろう」
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140202
での、前半、「電子辞書 vs. 紙と活字の辞書」の比較を語るあたりをお読み下さい。
「クリティカルシンキング」という流行言葉に逃げ込まずに、地道に考え、考えさせる授業の先にしか、花は咲かないし、実はつかないように思います。
大阪の「サンプル」には、まだまだ言いたいことは沢山ありますが、今日はこの辺で。
本日のBGM: ないものねだり (高野寛)