What will become of us?

tmrowing2015-03-05

3学期平常授業最終週を終え、土曜日には進学クラスの課外講座。日曜日には卒業式。翌月曜日から学年末試験。試験後にすぐ採点し、その夕方から寮の当番で宿直に引き継ぐ夜9時までの勤務という教師の鑑のような生活が続いておりました。

前期試験の発表までヤキモキする数日間ですが、なるようにしかなりませんから。
最近使っている「名言クラッシャー」がこんなことを言ってくれています。

受験英語にまつわる最も大きな悲劇は、受験英語さえ身に付かないことであり、最大の喜劇は、受験英語から過大な見返りを期待する事である。

次のなんかは、一寸ルーマン的な響きもありますよね。

真実を言えば、私たちはコミュニケーションスキルを持っているのではなく、私たちのあり方こそがコミュニケーションそのものなのです。

これは有識者会議の某氏に聞かせてあげたい。

人は、本当にグローバル化していれば、 かえってグローバル化の言葉など白々しくて言いたくなくなるものでございます。

こんな名言から、本日の話題へ。

過去問とは、その主人公が第一章で死んでしまう小説のようなものである。

2015年大学入試の「ライティング」問題に寸評を加えようと思います。
「解法講座」ではありませんので、お間違えなきよう。


最大の衝撃を受けたのが、一橋大学。
例年通りの「お題」が三題と思いきや、そのそれぞれの「テクストタイプが明確に違っている」のでした。
(問題は毎日新聞社サイトよりhttp://mainichi.jp/edu/daigakubetsu/pdf/hitotsubashi/english.pdf
大問の4になります。

Write 120 to 150 words of English on one of the topics below. Indicate the number of the topic you have chosen. Correctly indicate the number of words you have written at the end of the composition.
1. “An education changes your mirrors into windows.”Explain what this quote mans.
2. TV news programs and newspaper articles should only state the facts and avoid expressing political viewpoints. Explain why you agree or disagree with this opinion.
3. Write a description of this picture.

注目は何と言っても、3.のdescription。

ルノワールの『舟遊びをする人々 の昼食』がおそらくモノクロ(問題用紙の実物を見ていませんので)で印刷されているものと思われます。
(ウィキペディアでカラーの画像が見られます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pierre-Auguste_Renoir_-_Luncheon_of_the_Boating_Party_-_Google_Art_Project.jpg

Descriptionは東大の「一コマ漫画に不必要に多くの情報を詰め込む」出題にも見られますが、東大の方はむしろ「創作」というべきで、「描写・説明」が出来なくても逃げ道があるので与し易いものです。それに対して、一橋大の出題は、純粋にdescriptionを求めるもの。ライティング力における下位技能の捉え方で、一橋大の作問チームの方が「ライティング」というものに対する共通理解があるのだろうな、と言う気がします。

ただ、注文が一点。
最初からモノクロで描かれている「素描・デッサン」と異なり、色彩豊かな絵画や写真をモノクロで出力すると「素材感」が途端に失われるので、「それは一体何であるのか?」を説明するのは結構大変である、ということは頭の隅に入れておいたほうが良いでしょう。

私の実践でいうと、「お弁当プレゼン」はそれを逆手に取って、「ことばで表さないと伝わらない写真」をもとにタスク化したものです。冒頭の写真のカラー版がこちらです。

f:id:tmrowing:20210219030016j:plain

※追記:同じ写真をモノクロ処理したものがこちら。
これをプリントアウトしたものが写っているのがこの記事冒頭の写真です。

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一方、残念な意味で注目の出題は神戸大。
(問題はこちらから→ http://mainichi.jp/edu/daigakubetsu/pdf/kobe1/english.pdf

150字弱の「日本語の文章」が与えられ「下線部和文英訳」と、主題に絡めての「お題作文」です。
昨年絶賛した形式(過去ログ参照 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20140228)がいとも簡単に元に戻ってしまいました。
このまま、金沢大の出題と同じ運命を辿るのでしょうか?

今年の早稲田大(政治経済)英語の「自由英作文」は選挙権と年齢。

http://mainichi.jp/graph/edu/daigakubetsu/wasedaseikeienglish/010.html
問題文全文はこちらから→http://mainichi.jp/edu/daigakubetsu/pdf/waseda/seikei/english.pdf

このネタで「的中」って言われてもねぇ。この問題の解説をしようという方は、選挙権だけでなく、法的年齢全般をどう捉えるか、拙著『パラグラフ・ライティング指導入門』の pp. 182-188までを是非ともお読みください。
「大学入試のライティング問題」の解答例に関して、私の他にも疑義を唱えている人が増えてきたのは良い傾向だと思います。やっぱり風通しを良くしないと。ただ、種々の疑義に対して「大手予備校の公表する解答例」が「個人塾の先生の示す解答例」よりも優れているのが当然、というのは早計、拙速。まだまだ、「寄らば大樹」を盲信している人が多いようです。大きく太くてもダメなものもあれば、小さく細くても信頼の置けるものもあります。肝心なのはそれぞれの中身の吟味ですから。

ちなみに、この早稲田・政経の出題に対するS台の解答例は、「主観的形容のサポートが不十分」、「理由付けの部分にさらなる意見・主張を加えている」ということで、ちょっと英文ライティングの作法としてはいただけません。でもこれはまだ「よりマシ」な英文で、K塾の解答例として示されているものには愕然とします。

例えば、 “too immature” という主観的形容をした以上は、「なぜ未成熟だと言えるのか?」「『過ぎる』というその基準とは何?」という疑問に対しての答えにあたる、持論の支持・理由づけにあたる記述を書く責任が生じます。もし、その支持として「経済的に自立していない」とか「政治的判断力がない」と書いたとしましょう。では、「なぜ、経済的に自立していないと、選挙権をもてないほどに未成熟なのか?」という説明の責任が生じるわけです。100語程度の英文で、最期まで読んでも「なぜ経済的自立が選挙権の資格と言えるか?」の理由付けがないとしたら、読み手はどう思うでしょう?「理由付けになっていない」とはそういうことです。残念至極。

この「お題」で問われているのは、選挙権はどのような資格を満たす市民には与えて良いのか、与えられてしかるべきなのか?という価値判断なのです。他の「法的成人年齢」との比較考察も踏まえた上で、今回は現行法を変えるというのだから、引き下げの「メリット」「デメリット」を天秤にかけて考察するべきでしょう。

しかしながら、このようなお粗末な解答が出てくるということは、「お題」の設定に不備があるとも言えます。
10年近く言い続けていることの繰り返し。「命題に対する意見」を論じさせるなら見栄を張らないで、賛成・反対・保留と3つくらいの意見を日本語で書いて そのうちの一つを選んで和文英訳させるか、それぞれの序論は英文で与えて、本論での例示や理由付けを英語で書かせれば十分弁別できるでしょう。
I disagree with the statement that ... / This is because .../ It is true that ... However, ...とか頭出しチャンクは出題者側で書いておけばいいんです。「大事なことはそんなんじゃなーいい」。

大学によっての差、年度によっての差こそあるけれど、近年のライティング出題は工夫されてきています。問題は、「過去問対策」で拠り所とする「解答例」の 英語にあると思います。JACETでもどこでもいいから、有識者が各大学に正答例、若しくはルーブリックを公表するよう呼びかけてくださいな。

各予備校の英語の解答速報担当者、責任者の方へ。 自由英作文の解答例は、一度「日本語訳」をして、設問に対して、本当に答えているか、概要から詳細へ、一般から個別へと書かれているか、主観的形容のサポートは十分か、つながりとまとまりは満たされているか自問自答してください。お願いします。100語(100字じゃないですよ!)の英文なんだから、日本語訳をしてみて、本当に「お題」に答えているのか、まずは自分のところの「解答速報」をチェックしてみてください。「受験生の再現答案」であれば、よりマシなものと差し替えを!

「パラグラフ・ライティング」って多くの人が思っているより難しいですよ。
入試問題は他教科との合算で判定される学力検査なのだから、100語程度で「5パラグラフエッセイ」もどきを書かせるのではなく、理由づけは一つでいいからきちんと「論じさせる」ことを重視しては如何なものかと本気で思っています。
実際に書くことを求めている分量は所詮100語程度なのですから、紋切り型を脱するような「気の利いた」論述を求めているとも思えません。賛成、反対、保留の3パターンでの「和文英訳」にするか、完成すれば150−200語の英文になるような、序論と結論を英文で与え、本論を80−120語位で書かせればいいんですよ。

上位層と呼べるような優秀な生徒さんを相手にするなら、高校段階の出口では、同じお題でいいから、150語、300語、80語と3通り書かせるような指導 をお願いしたいもの。その過程で、どんな「資料」があれば持論の支持に貢献するかを考えるし、要約で英語の構文・語彙の洗練も図れる、というものです。

そう考えると、依然として受験期の自由英作文の「過去問対策」ばかりが巷では広まっていて、肝心の「ライティング指導」のシラバス論が共有されておらず、頼りにするにはあまりに貧弱で成熟していないということなのでしょう。そして4月からは「ライティング」という科目が高校から消えることに…。

各大学の出題も、解答例の非公表も今のまま放置して、ある年から急に「外部試験」を導入し、切り替えたとしても、「試験対策」としての作文の「指導」が変わらなければ、受験生の「ライティング力」の向上には寄与しないのではないかと心配になります。

その他の大学の、所謂「自由英作文」の出題に対するコメントは、また日を改めて。

さて、
SNSでのプロモーションというのも、企業によって様々です。
先日、研究社の編集部が呟いた英語表現が目に止まりました。
(https://twitter.com/Kenkyusha_PR/status/572318888223899648)

He is an oyster of a man. 彼は牡蠣みたいな寡黙な人だ。これは、山崎貞『新々英文解釈研究』でいちばん有名な例文です。当時、これを実際に使った外交官や商社マンが続出しましたが、ほとんど通じなかったという話です。

現代英語での頻度・重要度は脇に置くとして、a mountain of a wave や an angel of a girl、 a brute of a man など、<名詞1+of+名詞2>、で1が2の「比喩」として、結果的には形容詞のような意味を生じる用法がof の項に入っている辞書を持っていれば、類例の助けを借りられるので、それほど悩む表現ではないように思います。
でも、自分の持っている辞書にも、その項がなく、索引もない高校生用の学参レベルの「文法」の本しか持っていないとすると、調べようにも何をどう調べればいいのかがわからないとも思います。「文法訳読」批判で、「英文解釈」というものが、十把一絡げに酷評されるのをあれこれ見てきましたが、昔の「英文解釈の公式」というのは、辞書でも調べにくく、文法項目としてもまとめ難いような「ソレ」を取り出して整理してくれていたとも言えるのです。
上述のof の用法では、a man of great promise、a woman of enviable beautyなどその人に備わる資質・属性を表す(抽象)名詞が of の後に来るものがあり、先程の A of B と逆になっているように見えるので初学者は勿論、中級者でも理解と知識の整理が大変なのは確かです。

授業傍用の『前置詞のハンドブック』(私家版)では、of の項目の用例33文のうち、

同等→[比喩的に]→『〜のようなXX』(劇的・詩的な表現となる)
26. A mountain of a wave attacked the beach. 山のような波が浜辺を襲った
27. She is an angel of a woman to me. 彼女は僕にとって天使のような女性だ

という用例で、この表現を取り上げています。

「英語学」「英文法」的にはどのように扱われているのか、という解説としては、困った時のなんとやら、

  • 宮部菊男『格と人称』(研究社、1954年)

です。pp.63-64 の「同格属格」の項目に、次のような記述と用例があります。

(3) 同格の of-phrase
(a) 上述のように同格属格は ModEでは一般に用いられず、普通この関係は of-phrase、同格などで表現される。ここではそのof-phraseのみ例示する。
The city of Tokyo / the Isle of Wight / the land of Egypt / all of them / there were three or four of them / the three of us (我々3人)

(b) 同格のof-phraseによる特殊表現:ME後期以後フランス語の影響で次のような語法が発達している。
A beast of a journey (= a beastly journey) / a devil of a life (= a devilish life) / I’ve had a Hades of a time. P.G. Wodehouse, The Coming of Bill (えらい目にあった) / as daylight sank below the forget-me-not of stars---Blackmore, Lorna Doone (陽の光が勿忘草のような星の下に沈んでいったとき) / Phoebe Ann was thin and shapeless, a very umbrella of a woman. ---Dreiser, The Lost Phoebe (フィービ・アンはやせて、ぶかっこうで、正に、洋傘みたいな女であった)

不定冠詞の部分に関する疑問を解消するのは骨が折れますが、次のようなものと関連付けて折り合いをつけておくことも可能でしょう。

  • 一色マサ子 『修飾(上) 英語の語法 表現編第9巻』(研究社、1968年)

の、pp. 15-20 のうち、p.18にある、短い解説と用例です。

(2) 不定冠詞の場合
不定冠詞を用いる場合は前に原則的なことは記したが、あらまし次のような場合である。常に「数えられるもの」ということを念頭においているとよいであろう。
(中略)
(o) 程度を示すために、何かにたとえる場合の、たとえられる方の名詞
この場合は、代表の意味で a をつかう。

  • She is always as busy as a bee. (彼女は、常に蜂のように忙がしくしている )

『山貞本』の話に戻ると、“an oyster of a man” が通じなかった、というときの分かりにくさは、このof が理解し難いだけではなくて、oysterという語・実体が何を連想させるかという、文化の差ではないかとも思います。

英語圏である北米でも、例えば、内陸の中部諸州ではどのくらい食べられているでしょうか?

  • oyster は二枚貝で殻が固く閉ざされていて、開けて身を取り出すのが難しい。

というような「実感」がどのくらいあるのか、というのは考えておいて損はないと思います。

World Book Dictionary (1989年版)のoysterの項目には、

3. Informal. Figurative. A very reserved or uncommunicative person: Secret, and self-contained, and solitary as an oyster (Dickens)

と、ディケンズからの引用がされています。
『岩波英和辞典(新版)』(岩波書店、1958年)では、

〜 (of a man) (俗) 極めて無口な人
as close as an 〜 非常に無口で秘密を人にもらす心配のない

とあります。(p.636)
この『岩波英和』の二例目にある、oysterを使った慣用表現には、

  • as dumb as an oyster

という言い方もあります。
PCの観点でdumbという言葉自体を避けようという時代であることもあってか、close となることが多いような印象がありますが、その場合、secretive というような意味合いで使われることが多いのではないかと思います。私が授業でよく使う「反意語を援用した語義の理解」の手法で言えば、

  • 「口を割らない」

とでもいう意味合いであって、ただ単に「口数の少なさ」を表わすものとしての「無口」という意味とは少しズレてくるのかな、という気がします。

  • 乾亮一・小野茂共編『英語慣用句小辞典』(研究社、1971年)では、

as close [dumb] as an 〜 非常に口が堅い [だんまりやで] (cf. an 〜 of a man 非常に無口な人).

とだけあります。(p.320)

  • 井上義昌『英米故事伝説辞典(増補版)』(冨山房、1972年)

の p. 897には、

かきの貝殻(がら)はなかなかあけにくいことから、”非常に口が堅い”、”けっして秘密をもらさない” の意で “as close as an oyster” の成句があるが、英国Kent地方産のかきは良質のものとして広く知られ、良質のかきは貝殻がしっかりとしまっている (fast closed) ところから、 “全く秘密を守る、全く口が堅い” (absolutely secret) の意味で、” close as a Kentish oyster” の成句がある。

とありました。この "a Kentish oyster" の成句は私も実際の用例に出くわしたことはまだありません。

本日のBGM: Moulding of a fool (Paul Heaton & Jacqui Abbott)