WBD

野球ネタでもボクシングネタでもありません。The World Book Dictionaryの略。
今の若い世代には馴染みが無くて当然だとは思っていたが、最近になってK先生や、普段お世話になっている編集者の方もよく知らないということだったのでちょっと紹介。
百科事典で有名なThe World Bookが出していた(学習用)英語辞書。ソーンダイク&バーンハートの流れを汲む学習者への配慮の行き届いた辞書である。元々は百科事典を補う位置づけで作られたということで、大判のハードカバーでしかも2冊刊。 (簡単な解説はこちらを→ http://en.wikipedia.org/wiki/World_Book_Dictionary)

特徴は

  • typeface(フォントの種類と大きさ)、スペーシングといった、読みやすさへの配慮
  • 子どもから大人まで使える簡潔な語義の定義とわかりやすい用例

私が教員になりたての頃に、ジャパンタイムズ主幹の村田聖明氏が薦めていたのを覚えている。私の持っている版は数年前に元同僚のY先生に譲っていただいたもの。当時は職員室の私の隣にY先生の机があり、私の側に一番近い本立てにこの2冊を置かせてもらっていた。20代から30代にかけて、教材研究やテスト作り、教科書のTMの執筆など、本当によく使わせていただいた思い出深い辞書である。LDCEのような統制語彙で書かれているとは見えないのに非常に簡潔にして明快な定義で、(苦手で嫌いだった)オーラルイントロダクションの準備に限らず、大学入試の長文読解で語彙を説明するときなどに本当に重宝した。LDCE, OALD, COBUILD, Random Houseあれこれといろいろ引き比べて、ふとWBDを見ると、「そうかぁ〜!」という記述に出会う、そんな日々だった。若い頃の自分の「英語世界を支えてくれた本」に違いない。
もっとも、それだけ教材研究に時間をかけられた時代でもあったのだ。Y先生の机上はかなり整然としていたが、私の机と言えば、ワープロ(当時はこれでした)が置けるB4分のスペースがあるくらいで、プリントの山、本の山。とにかく、少しでも良い英語、練られた英語を生徒に提供しようという意欲を形にする時間とエネルギーがあった。週に一度の研修日には書店を巡る余裕もあった。もっとも薄給の懐はさらに寒くなって家に帰るのだが…。
教案を一本書き終え、書店へと足を伸ばす。
『ユリイカ』9月号(青土社)の特集が「理想の教科書」。
石原千秋と斎藤美奈子の対談、谷川俊太郎のインタビューと、あざとい企画ばかりが目につく。
特集の最後を飾るアンケート項目は、

  1. あなたにとってもっとも印象に残っている「教科書」と、その理由をお聞かせ下さい
  2. 教科書に採録したらよいと思われるテキストに、どんなものがありますか
  3. あなたが教科書を作るとしたら、何についての教科書をつくりたいですか

というもの。回答者には柴田元幸、新田啓子、富士川義之など英語(英文学)関係の人も含まれていた。
そんな中、紅野謙介の「『ゆとり』が本当に必要なのは教員である」に唸る。単なる教員弁護の論だと思っているとあしもとをすくわれる。

  • いま、自分たちの目の前の生活がどのような物質的な条件に支えられ、ひととひととの関係はどのようになっているかを考え、その錯綜と解決困難さに向き合うべきである。「言葉の力」とは、互いの思いを伝え、的確に指針を示す能力とはかぎらない。言葉に盛り込めることがある一方で、言葉に盛り込めないことがあることを知り、矛盾や複雑さを抱え込みながら、そのもどかしさをたどたどしく言葉にしていく能力でもあるのだ。(同書、p.135)

あまりに無邪気に「コミュニケーション」を叫ぶ人の耳に届かないであろう言葉がここにある。
(紅野氏のブログはこちら→http://homepage.mac.com/konokensuke/iblog/index.html)
本日の散財:

  • 小島信夫『私の作家評伝 I,II&III』(新潮選書)著者サイン本ということより、三冊まとまっていたのでつい…。
  • 木島始『日本語のなかの日本』(晶文社)巻末の「補筆ノート」という部分がいいのですね。
  • 木島始『Ten Tales』(透土社)英文です。物語です。短いです。

追記:WBDは現在はオンライン辞書としてfreeで使用できるようです。
http://www.worldbook.com/wb/dict?lu=a&cl=3