自業自得な和文英訳

先日、和文英訳御三家などでの和文英訳出題にも効用があることを指摘した。「コミュニケーション派」からも「実用派」からも批判を受けがちな和文英訳だが、問題なのは出題形式ではなくて出題内容であるということを実例を挙げて示しておきたい。こういう出題では和文英訳が批判されても仕方がない、という好ましくない例である。

<発想そのものが非論理的なもの>
1.「日本の国土の3分の2は森林であり、日本は世界でも有数の森林の多い国である」(一橋大)
※ 一橋大は今では、課題作文しか課していないので、当てはまらないが参考までに。この問題では、「世界でも有数の森林の多い国」という部分が曖昧である。主題は、森林の実数ではなく、森林のカバー率であるから、前半と後半の整合性が問われる。以下の解答例は不適切であることを認識しているかどうかが肝要である。

  • (?) More than two thirds of Japan is covered with forests and Japan is one of the countries that have the largest number of forests.

2.「この辞書は日本ではイギリスの約2倍の値段がします。ですから、イギリスに行くと、私はできるだけ多くの本を買うことにしています」(神戸松蔭女学院大)
※これも前半と後半で整合性のないもの。「この辞書」と「本」を入れ替えればまだましだが、なぜ、特定の辞書が高価だから、本をまとめ買いするのかは全く理解不能。当然、以下の解答例では不可。

  • (?) This dictionary is about twice as expensive in Japan as in England. This is why I always buy as many books as possible whenever I go to England.

3.「現在ではやせるという夢は、先進国では国民的関心事である。」(駒沢大)
※これも「夢」と「関心事」でバランスがとれない例。以下の英文では意味不明である。

  • (?) Nowadays the dream of losing weight is a nationwide concern in advanced countries.

4.「世の中には言っていいことと言わなくてもいいことがある。時には本音を言わないことも思いやりである。」(青学大)
※「言っていいこと」とパラレルになる内容としては「言って良くないこと;言わない方がいいこと」であって、「不必要」ではないだろう。以下の例の、shouldn'tの部分を、don't have toとかmay notにしてしまえば意味不明である。

  • In this world, there are things you may say and things you shouldn't say. It is sometimes considerate not to confess your real intention.

5.「そのために様々な書物を読みできるだけ多くの人々と出会い議論することが有効と思われます。大学はそうしたことができる場所であり、またする場所なのです。ですから、みなさんが自由に発言し行動する権利を持ちますが、と同時にそれだけの義務をも有することになります」(埼玉大)
※「できる場所」とパラレルなのは「してもよい場所」「するべき場所」など助動詞的な表現のはず。続く文を読めば「権利」と「義務」の対比であることが書かれている。

  • I think it useful for you to read various kinds of books and to meet as many people as possible and discuss everything with them. Universities are where you can and should do such things. So you have a right to speak and act freely, but at the same time it also means that you have a duty to that extent.

<不必要な形容・不十分な形容>
6.「教育ほど大切なものはないと思う。どのような教育を受けるかによって人の人生が決定されると入っても決して過言ではない」(愛知教育大)
※最上級相当表現の出題は広く見られるようだが、比較や否定など使わずとも、断定・断言すれば済むことが多い。「決して過言ではない」というのも、同じ理屈。以下の例では、2番目の方がメッセージが伝わるだろう。

  • a) I think that nothing is more important than education. It is not too much to say that one's life is determined by how one is educated.
  • b) I believe that education is important. You can say that how you are educated determines the rest of your life.

7.「私たちは入手する情報が多ければ多いほど、より不安ではなくなる。しかしひどく偏ったニュース番組ほど危険なものはない」(東京都立大(現・首都大学東京))
※ ここでも「〜ほどXXなものはない」が用いられている。このニュース番組が特定の番組を意図されたものか訝しいが、「より不安ではなくなる」という日本語は不自然である。以下の例では、than anything elseという比較の対象が、「情報ソースに関して」とか「メディアでは」などという限定がないと必要以上に大きなテーマを述べることになってしまう。

  • (?) As you get more information, you feel less uneasy. But news programs that are biased are more dangerous than anything else.

8. 「21世紀にはインターネットで国境がなくなるだろう。」(國學院大)
※ これが比喩であるということは分かるだろう。では、何の国境がなくなるのか?というのは難しい。結局のところ、日本文で何を表しているのか、という主題が曖昧ということである。以下の英文では、何を言いたいのかよくわからない、という意味では原文の日本文と対応していると言えるのかもしれない。

  • (?) The spread of the Internet will most probably eliminate the borders of the world in the 21st century.

9.「意味が通じる限り、英語の発音の善し悪しを気にしないアメリカ人が多いのは驚きです」(新潟大)
※ これは授業で扱っても、どこが不十分なのか気が付かない生徒が多かった。これは「英語を母語としない人とアメリカ人との会話」という前提が示されていないことが問題である。 a)よりはb)の方が、隠れた前提を反映している。

  • a) I'm surprised by how many Americans are unconcerned with how well others pronounce English as long as the meaning gets through.
  • b) It is amazing how many Americans don't care about the pronunciation so long as your English is understandable.

10.『旅は道連れ』とよく言われるが、人生の旅においては一人旅を好むものもいる。」(専修大)
※これは、「人生の旅」において「一人旅を好む」と言う部分が「独身でいることを好む」という意味であるとどれだけの受験生が理解できたか、はなはだ疑問である。次のように訳したところで、何を主題として伝えたいのかは依然として不明である。

  • (?) It's commonly said in Japan that good company makes the road shorter, but some people prefer to go by themselves even on the journey of life.

11.「これだけ多くの日本人が米国を訪れ、住み、働いているのに、日米間の誤解は少しも減らない」(京都府立大)
※ これも生徒はほとんど気が付かずに英訳を始めてしまう例。「日米間の誤解」というのだが、ここで誤解しているのは「アメリカにいるアメリカ人」であり、「彼らは依然として誤解している」ということを伝えたいわけだから、和文の段階でそのように書くべきである。

  • (?) Even though so many Japanese visit the U.S. or live and work there, the misunderstanding between Americans and Japanese doesn't get smaller.