例文

英語の授業、英語の教材、辞書に「例文」は欠かせない。単文であれ、短文であれ、文章であれ、その例文には、授業者、著者の「教材観」「教育観」そして、「言語観」が現れている。
教材の例文にこだわった人として、まず思い浮かぶのが、『英文法解説』(金子書房)の江川泰一郎氏。その例文へのこだわりが『現代英語教育』(研究社出版)で明かされたことがあった。多くの英文法の教材が、一つの文に全てを盛り込もうとして、わかりにくかったり、不自然だったりするのだが、江川氏の例文は、文法事項を含む文は非常に平明な形で提示し、その文の前後に付け加えられた一文により、状況を浮かび上がらせることが多く、その秀逸さに驚かされることが多い。
The English Companion (吾妻書房)の連載で当時高校生の私にも馴染みのあった出来成訓氏が時折示す先哲の言葉は胸にしみたものだ。
"Genius consists not in doing uncommon things but in doing common things uncommonly well."(天才とは異常なことをする人のことではなくて、平凡なことを異常なほど立派にやる人のことだ)という神田乃武の言葉などは今でも覚えている。(この雑誌は、大学受験を意識した高校生向けのものだったと記憶しているが、振り返ってみると、教養的にも豊かな内容を含んでいた。)
実用的な英語力の向上に資する教材として歴史のあった『時事英語研究』(研究社出版)でも、最所フミ女史の連載などは、本当に何度も読み返した記憶がある。彼女の著作では、教養あるネイティブスピーカーの手になる英文を引いた用例と、説明のために便宜的に創作した英文とを明確に区別していた。(もっとも、そのことに気づいたのは教師になってからであったが)
『現代英語教育』も『The English Companion』も、そして『時事英語研究』も、今はみな廃刊となっている。文科省以下、こぞってコミュニケーション志向となった今、巷にはCDで音声のついた英語(学習)教材が溢れている。学習方法も、音読筆写やシャドウイングが花盛りのようである。平易で、卑近な内容を音声を通じて繰り返すことで覚えてしまうのが良い、というのだろうが、英文の内容を考えるとき、これらの「今風の」英語(学習)雑誌で英語を学んでいる人のうち、そこで出てきた英語の一節、一文を忘れられない、という人はどのくらいいるだろうか?