逢坂パート2

英授研・全国大会振り返りその2。
二日目の「ビデオによる研究授業と協議」は、

増見 敦先生 (神戸大学付属中等教育学校)
21世紀型の英語教育を目指して---テーマ単元学習における「問い」の設定を核とした対話力の養成 (高2)

という長いタイトルのついた実践。
これまた、意欲的な授業でした。
神戸の高校で英語教育と言えば、真っ先に思い浮かべるのが、私が20代の頃、学校視察に行って、自分の大きな転機となった「葺合高校」。自分と同世代か、自分より上の世代の先生方が授業で普通に英語を使っているだけでなく、生徒が生き生き、のびのびと英語を話し、学校の中で英語がことばとして機能している様子に衝撃を受けたことを覚えています。
増見先生の前任校が、その葺合高校とのことでした。
神戸大附属は、高等部を開設して現在2年目、ということは高等部の一期生にあたる生徒たちの授業ということになります。習熟度の高い “advanced” なクラスでの取り組みを見ました。
大会資料から「本校の英語授業で今後も大切にしたいこと」を抜粋しておきます。このような背景を理解せずに授業を見て、それぞれの意見を交わしても得るところは少ないのです。

・英語を通じて、世の中が直面している様々な問題などについての知識を得るとともに、その背景となる原因や影響を自分で、また人と協同して分析できるスキル
・ 学習テーマから自分の「問い」を作成できるスキル
・ 自分の「問い」の答えを求めるためのリサーチスキル (Active Learners 育成)
・ 自分の言葉で表現し、相手と対話できるスキル
・ 相手の質問に答えることができるスキル

この大前提に基づき、「単元」の1つとして、

  • gender stereotypes

をクラスで扱っています。合計で約20時間の配当とのことでした。資料の「ねらい」の部分にはこうあります。

・ジェンダーに関して自分の設定した「問い」を整理し、発表することができる。
・ 自分の設定した「問い」の答えを導き出すために各自が用意した英文資料の内容を要約し、ペア、グループの仲間に伝えることができる。
・ 自分の「問い」と「リサーチ」の説明について相手から質問された内容に適切に答えることができる。
・ 相手の「問い」と「リサーチ」の説明を理解した上で、適切な設問をしながら、ある程度即興で対話を続けようとすることができる。
・ ジェンダーに関する情報を整理して発表することができる。

Advanced クラスは19名。単元学習ですから、扱う下位テーマは19。

一人が1つのテーマを掘り下げていくわけですが、その過程で、自分の進捗状況を「要約」レポートし、質問し合い (試合?) 、プレゼンする、というような活動が多くなります。最終的なプレゼンの準備をするので、「書く」ことも重要なスキルですが、prepared speechをそのまま再生するのではなく、自分で「要約」して伝え、「質問」を受けてさらに答える、という口頭でのやりとりが重視されています。

大きな授業の流れの中で、一番気になった部分のみを取り上げて、考えたことを記しておきます。
ビデオでは「場面5」とされたシーン。「リサーチインタラクションテスト」と名付けられた活動です。資料によると、次のような狙いで設定されています。

その場でくじによりペアが決められ、与えられた時間内で一方が自分のリサーチに関する進捗状況の要約 (メモなし) を行い、他方の聞き手は相手の発表に対して適切なコメント及び質問を行い効果的に議論を行う。

効果的な議論に向けて、聞き手に以下の事柄を周知させる。

  • 相手に質問する。
  • 相手の言っている部分で分からないところを聞き返す。
  • もっと詳しく述べてもらう。
  • 相手を助けたりする。
  • 全体を導いたりする。

意欲的な活動で、ここが授業の「肝」というか、「関所」のように感じました。
最後に「発表」を口頭でのクラス全体に対するreportingとしているシーンが写りましたが、この「対全体」の必然性があまり感じられません。ここでのreportingに教師がフィードバックを与えるだけでは、生徒間での「共有」が不十分だったように思います。独自教材ではあっても、同一のテーマで同一の素材を全員が学ぶようなレッスンなら、今回の流れでも「共有」は深まると思うのですが、増見先生の授業では、「19のそれぞれ微妙に重なりつつも異なるテーマ」というところが肝な訳ですから、

  • そのテーマは自分はよく知っていても、相手にとっては、話題が重なる程度で、キーワードから類推するにも、そのキーワードそのものの理解が深まっていかないことには、表面的なやりとりにしかならない可能性がある。

という危惧を感じました。
20時間を費やす単元であれば、ここは、相手を変えて何ラウンドかやったほうがいいと思った次第。
例えば、1st ラウンドでのQ&AsではパートナーからのQ(s) をもとに、1-2分の短時間で修正案を練る。相手を変えて2nd ラウンド開始で新たなQ & As (もし、同じところを質問されていれば、修正が不十分ということだから、語彙選択や論理展開などの見直しも必要)、を得て流暢さを高めるべく仕切り直し。これを時間の許す中で何ラウンドか繰り返し、積み重ねて、最後に、もう一度、1st ラウンドでQをした人を納得させるべく、reportingというような、「バスケットボールの試合におけるタイムアウト」のようなものを設定しながらのラウンド制にすれば、「言いたかったのに、うまく言えなかったところ」が、単に音声面の流暢の問題なのか、テーマ語彙の正しい理解に基づく語彙選択やそのコロケーションの問題なのか、それとも論理構成など「結束性」の問題なのか、「原因」の何かしらが、もっと表面化してくるように思いました。そこで、生徒が感じる「もどかしさの可視化」に役立てる教師の出番がくるのではなおいでしょうか。
過去ログでは、ずいぶん古いですが、是非、こちらのエントリーをお読み下さい。

質疑応答で私が、

  • 「テーマ語彙」のグロサリーなどは作成しているのですか?

と問うたのには、いま書いたような考えが背景がありました。この「場面5」に先立つ、「場面2」で、増見先生は

  • empower

という語をくどいほど丁寧に全体に投げかけていたのが強く印象に残っていたからです。テーマを真に「共有」するためには「語義の理解」が不可欠だと思っています。「19人の19のテーマ」という自由度の高め方を活かすには、どこかで何かをしっかりと「コントロール」しておくことが必要なのではないか、というのが実感です。授業の流れや、型、進め方はコントロールされていますから、

  • 定型質問 (open と closed、事実と推論、localとglobalなど) とその回答例
  • 論理展開を示す頭出しチャンク集

など、「テーマが変わっても汎用度の高い定型表現」というお膳立てがあってもいいように思います。

私が東京で最後に非常勤として務めていた高校の最初の年度では、帰国子女の多い (全体の1/3から1/2) クラスの担当をしていました。プレゼンテーションやディスカッション中心の授業で、一件滑らかで華々しく英語を口にしているようで、実は内容の乏しい表現で終わってしまうことも多いのをどうにかしたいと藻掻いていたのを思い出しました。
当時の私の実践の話を少しばかり。

当時はまだこのブログを始めていませんでしたので、上記過去ログには「振り返り」しかありません。当時の「カード」をスキャンしたものをDLできるよう貼り付けておきます。
表に頭出しチャンクなどの定型表現。裏には、それぞれのグループから出たドラフトを私が修正して、適宜頭出しチャンクに当てはめたものが印刷され、切り離すと、裏表で練習ができるようになっています。このようなカードをディスカッションの司会者の定型表現も含めて100枚ほど造りました。表面は共通。裏面は、テーマが変わるごとに差し替えていくわけです。

2004討議1-1.pdf 直
2004討議1-2.pdf 直
2004討議4-1.pdf 直
2004討議4-2.pdf 直
2004討議5-1.pdf 直
2004討議5-2.pdf 直
2004討議7-1.pdf 直
2004討議7-2.pdf 直

・発表をする生徒
・他の生徒
・教師
と三者のインタラクションを成立させるには、「キーワードの意味の共有」が不可欠です。
先程示した、「複数回ラウンドで仕切り直し」のやり方は、高2で、杉原千畝を扱った時に、グループでレッスン全体のサマリーを作る、という活動で使って上手く行ったやり方でした。
過去ログだと、このあたりに、試行錯誤の跡が見えます。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061122
一部抜粋。

高2はサマリーが出そろったので、その部分修正から。各グループリーダーを呼んで、修正箇所の指示。リーダーは各グループに戻ってメンバーに伝達・確認。ここから今日のトレーニングがスタート。

Part 1のサマリーをペアで対面リピーティング。二人ともスラスラ言えるようになることが目標。
各自いったん自分の席に戻り、read aloud → look up and say → write on the flip sideでサマリーを書いてある用紙の裏に、書き写す。制限時間を4分とし、1/4程度の生徒が完成していることを確認。多くの生徒が達成できていない、という事実に重みを持たせ、再度ペアでの音読・リピーティングを指示。ここで少し多めに時間を取る。その後、各自席につかせて同じ手順。
サマリーをスラスラ言え、書くことによって内容をしっかりと保持出来るようにしておいて、今度は別のグループのメンバーとペアを組んで、対面リピーティング。じゃんけんに勝った方が、自分のグループのサマリーを相手に読み上げる。サマリーの用紙はフレーズごとに改行センタリングしてプリントアウトされているので、自分のグループのサマリーでなくとも共通したキーワードを頼りに、英文を見ずにフレーズごとに聞いてはリピートしていく。終わったら、交代して同様にリピーティング。
双方のサマリーを読み終わったら、表現のチェック。自分のグループとどこがどのように違うのか?なぜ、その表現なのか?などを確認して、自分のグループに持ち帰れるようにメモを取る。
ホームグループで再結集。自分たち以外のサマリーで使われていた表現から自分たちのサマリーをより良いものにするヒントを持ち寄り、採択・却下を話し合い、修正する部分は修正する。
全員で最終サマリー英文を確認。

次回は、Part 2以降に進むので、自分のグループのサマリーはスラスラ言えるように家庭学習の指示。

というような流れでした。このような「しかけ」の中で、繰り返し、積み重ねるようなフィードバックを他の生徒から受け、アウトプットの仕切り直し、戦略練り直しの機会を設定することで、テーマに関する「問い」の「共有」と口頭でのfluencyの両方が確保できるのでは、と思っていました。同じ「素材」ですら、アウトプットを「共有」しつつ、質を高めるのは大変です。ましてや「単元学習」なら、もう一手間、二手間、かけてもいいのではないかと思います。

とはいえ、この私の授業も10年前の話しですね。ともすると、こういう授業を今私が教えているクラスでやりたくなってしまう自分がいます。目の前の生徒をしっかりと見るのは、本当に難しいものです…。

さて、
今日取り上げた、増見先生の授業研究・協議の際の質疑応答でのドキッとした一瞬。
質問に立ち、

  • それって、結局「クリル」ですよね?学校としてはどうなのかな?英語科に押しつけられても…。

と問い質すような口調で言った方がいました。高校での指導経験も豊富な大学の先生のようですが、よっぽど「英語科に押しつけられて」嫌なことがあったのでしょうか?
私がドキッとしたのは「クリル」の強勢の位置でした。大変自信たっぷりな声で、「ク」の部分にアクセントを置いていました。英語では “CLIL” です。まだ、日本の英語教育の中でこの用語が十分に根付いたとは思えないのですが、drillが「『ド』リル」、thrillが「『ス』リル」となるのですから、CLILを「『ク』リル」といって、どこかおかしい?と言われればそれまでなのですけれど、やはり「語」としたいのであれば、英語の強勢の位置を残して、「ク『リ』ル」程度には音声化するべきではないのかな、と思ったのでした。その場合、”CLIL” の語頭は、側面開放ですから、って英語教師に発音の話しは釈迦に説法ですね。

このブログでの "CLIL" の初出は、

この引用符付きの時から、私は基本的にこの教授法にこの用語を貼ることには懐疑的です。「呟き」と違って字数制限のないブログ記事では一貫して英語表記のまま言及しているはずです。
CLILに言及している過去ログは

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120305
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120614
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120617
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20130426

ですね。英語表記の際にも、引用符を付けている場合があります。

プログラムは前後しますが、1日目のシンポジウムでは、東京外国語大学の根岸雅史先生による

  • "can-do"

についての発表がありました。
このブログでは、随分前から国内外の"can-do"的な取り組みについて情報を提供し、私の考えも併せて示してきました。過去ログでよく読まれているエントリーは

ですが、私としては、

のコメント欄を読んで欲しいと思います。おおよそ8年前のやりとりです。

  • 不易流行

そんなことばを反芻しています。

本日のBGM: ワルクナイ ヨワクナイ (TOMOVSKY)