心焉に在らざれば視れども見えず

本日は告知から。

山岡大基先生より、ご恵贈いただきました。誠にありがとうございます。巻末では、過分な謝辞までいただき恐縮しております。話せば長くなるので詳細は省きますが、この書が世に出て本当に良かった。自力で活用できる高校生は限られるかもしれませんが、まずは指導者が読んで試してみましょう。まさに地道にマジメな臨床の知の結晶です。 (密林へのリンクはこのエントリー最後にもあります)


(MP3音声無料DLつき) 英語ライティングの原理原則――テストに強くなる、レポート・論文で評価される

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今日は、2018年センター試験批評の「その2」。
恐らく、この「センター批評」も今年で最後になるだろうから、例年以上に、「普段の授業」との接点を念頭に置いて論じてみたい。

第4問・A 所謂「図表・グラフ」問題。近年のこの問題を見るたびに思うのです、

  • 英語力の何を診る設問なのか?

そして、

  • 現行の学習指導要領に基づく教育課程で「英語表現」の教科書はどの程度「グラフ」や「表」を英語で説明するためのスキルを養えているだろうか?

と。

この第4問Aでは、グラフ (Figure 1.) の説明にある、

The percentages of the participants who placed high importance on color when purchasing six everyday products.

がきちんと読めることが大前提。

  • 関係代名詞whoは主格
  • place importance on A 「Aに重きを置く;Aを重視する」
  • when purchasing ≒ in purchasing 「購入に際して」

あたりが怪しいと厳しいですよね。
そして、このplace A on B が接触節となることで、後々の文では即座に反応できずに、話の展開を推測できなくなった受験生が少なかったことを願うばかりです。
私のクラスでも、既習の文から、接触節や関係詞節を作ることで名詞句を括り出す練習は、中学校素材から始めて高校素材でも折りに触れて行っているが、状況は余り明るいとは言えませんから。

棒グラフの「棒」のそれぞれを特定するのが、問2なのですが、この設問は、第3段落の、

A total of 36.4% of the participants placed importance on color for cellphones. This was the highest among the electronic products but only slightly more than half of that for bags, which appeared one rank above.

という2文が読めるか、を問うているに過ぎません。でも、ほとんどの高校生が、このレベルの英文がきちんと読めないわけですよ。「コミュニケーション英語」という科目では、グラフや表の読み方として、実数、少数、分数、比例・割合・パーセンテージ、増減、序列・序数をどの程度扱っているでしょうか?では、「英語表現」では「表現」するまえに、読んだり、聴いたりする活動が十分に保証されているでしょうか?

でも、よくよく考えてみてください。裏返してみれば、我々が日常で英文とグラフを見るときは、そこについている凡例で、どの棒が何を表しているか、既に見ていることが多いわけです。グラフ全体という非連続テキストの中の各々の棒という限定的な連続テキストとして。その上で、脳内(?)で言語化するなり、ことばを補うなりして、「読み」に移行するわけですから、むしろ、グラフは全部与えておいて、それを適切に言語化したものとして「英文を完成させる」ことこそ、英語力の試験として適切なのではないのか、という思いは消えません。

「言語テスティングの観点」といえば、「論理的な次の展開」を推測させる設問は「常套手段」です。ただ、問4の、

  • What topic is most likely to follow the last paragraph?

という問いは、昨年でも指摘しましたが、作問としては稚拙。

この設問では、最終段落に

Therefore, it is necessary to consider the importance consumers in other parts of the world place on color in their choices of products. The next part of this passage will examine this topic.

と書いてしまっているのだから。

にもかかわらず、多くの高校生は、このレベルの英文が一読了解とはならないわけです。上述した、place A on B が接触節になったのと、when purchasing として述べていた部分が、in their choices of に言い換えられただけなんですけど。
でもね、これって「センター」を「ヨンギノー」試験に置き換えたら、みんな出来るようになるんですよね、たぶん、きっと…。

B. の「料理教室の告知文」に関わる設問は、私は高校生に課すべき英語力の試験だとは認めていないので、例年同様取り上げません。来年、これ以上に配点が増えたら生徒は可哀想ですが、仕方ありません。

ということで、本日のセンター批評はここまで。次回は「タコ星人」を取り上げます。
嗚呼、そうか、今になって思いついたのですが、今年の第4問のBは「料理教室」ネタにするにしても、そのネタを「『明石焼』のレシピを伝授!」とでもしておけば第5問への伏線として面白かったんでしょうね。


さて、
呟きのタイムラインで気になったことがあったので、連投したのですが、こちらにも再録して終わりとします。

「お題とテクストタイプ」に関して。

センター試験が終わると、二次試験対策で「意見文」ばかり書かせる「進学校の指導」がそろそろ収まって欲しいと思うのですよ。「お題とテクスト」に関して、このエントリーだけでも相当多くの気付きがあるだろうと思います。
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20130423

それでも、「意見文」「論証文」の指導が必要になるなら、まずは指導者の方がこちらをどうぞ。
(MP3音声無料DLつき) 英語ライティングの原理原則――テストに強くなる、レポート・論文で評価される 山岡 大基
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相変わらずの「添削」に関する teacher's beliefs。

「お題」に対して学習者が書いた「英文」にFBを与えるのは主として教師の仕事。「添削は書く意欲を下げる」と言う教師は、「お題」設定の前段階からやり直した方がいい。それは「プロセスライティング」の流儀や作法以前の問題。そういうことを学べるのが『パラグラフ・ライティング指導入門』です。

「意見文」の指導が大好きな教師がいたら、こう尋ねてみるといいですよ。 50語であれ、80語であれ、100語であれ、その分量できちんとつながりとまとまりのある「英文」を、その課題以前に学習者が「読む」機会をどれだけ設けましたか? 同様の質問は「要約」の指導が大好きな英語教師にも是非。

あるお題で書かれた80語の意見文のお題を外して10ピース位用意して、それを全部読んだ上で、「お題」は何か?を考える。次に、その10の意見を賛成・反対・その他などに類型化し、自分の意見に一番近いものを選ぶ、等々、授業でライティングを続けている教師だからこそ書く前に出来ることが見えるもの。

本日のBGM: Colour Field / 青春はいちどだけ (Flipper's Guitar)

名目

久しぶりに風邪を引きました。
例年、この時期にはセンター試験の批評をブログにアップしているのですが、今年はこちらの表彰式に出席するために上京していて、その後風邪で体調を崩していたので、まとまった記述を残せていませんでした。

平成29年度文部科学大臣優秀教職員表彰
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/01/1400219.htm

往路は朝イチの便で飛ぶはずが、そろそろ「これから機内へとご案内…」の時間になってから、まさかの機体整備不良のアナウンスで欠航。仕方なく、2時間後の別会社の共同就航便へ振り替えて、搭乗し羽田へ。電車を乗り継ぎ、受付〆切時間ギリギリで会場へ。被表彰者の数が数だけに式次第、式自体がこれまた長く、講堂にずっといたので、乾燥で鼻&喉がやられてしまいました。表彰式の後は妻の実家にご挨拶に。翌朝の帰路の一便は、山口が濃霧で、条件付き飛行。福岡着陸か羽田に引き返すこともあるとのことで、同僚に連絡し、「万が一の場合は自習で」とお願いしてから搭乗。何とか、無事に山口に着陸して事なきを得たのはいいのですが、喉鼻の調子が劣悪で、その翌日からマスク着用の日々。この週末になって漸く回復の兆しが見えてきました。これだけの不調は、一昨年の全英連・山口大会の時期以来ですから、人間、「らしくない」ことをすると身体が正直に反応するということなんですかね?

ということで、地理のムーミンと、英語のタコ星人で話題沸騰の2018年センター試験、英語・筆記でざっくりと気になったところだけ掻い摘んでコメントを加えておきます。

巷では、筆記で「対話文」の空所補充完成がなくなった、という点を殊更取り上げているようでしたが、他の問題でもまだまだ「不必要に対話文が多い」とは思わないのが不思議ですね。


第1問は廃止すべき設問なので講評にも値しません。出題に定見なし。恐らく、総合点との相関も低いでしょう。問4の選択肢の中で、supermarket一つだけ語形成の背景が異なる気がします。原則として4音節以上の語で、副詞(一部形容詞)の強勢を問うこと自体が「?」だと思います。


第2問 Aは短文(1文から2文)での空所補充完成。語彙、語法、文法とも「瞬殺」のレベル。一番気になったのは、人物名ですね。

Jeff
Brenda
Nicole
Rafael
Melissa

こんなにたくさん必要ある?そして、どういう背景の人たち?特に深い意味はないの?じゃあ、「教師」「生徒」とか「生徒A」、「生徒B」とかで十分なんじゃないの?という部分になぜ誰も切り込まないんでしょうかね?

文法面でいうと、問6は丁寧に扱って欲しいところ。whatに後続する形となっている we thought は挿入ではなく、当事者の判断を表しているものなので。再度いいます。挿入じゃないんですよ!
問8から2枚抜きになっていますが、lookが直接目的語をとるケースはごく限られた意味ですから、この場合は錯乱肢としての効き目が薄いですよね。

She looked him in the eyes. (=to direct a look at)
He said nothing, but looked his disappointment. (=to express or suggest by looks)
He doesn't look his age. (= to appear equal to)


第2問Bは、対話文形式での整序完成。対話である必然性は?それぞれ日本語訳してみたら、整序完成した英文の意味内容で対話が終了になるとは考えにくいだろうに。ねえ?

問1
生徒:豪州からの留学生が着いたらどうする予定?
教師:初日の晩は、親睦をはかるために河原でバーベキューです。
そもそも、生徒はなぜ一人しかいないの?

問2
Bridget: あなたのバスケットボールは昨シーズンを振り返ってどうでしたか?
Toshi: 私はチームで二番目に多く得点をあげました。
Bridgetは、ほぼ女性で間違いないとは思うんですが、Toshi のこの答えを聞いてどう反応するのだろうか?契約更新時の査定で、女性オーナーとのインタビューの冒頭の場面?

問3
Evan: コンピューター買うの初めてなんだけど、どれ選んでいいんだか…。
Sam: 大丈夫。量販店には専門のスタッフが常駐していて、コンピュータ操作に不慣れな人向けに助言をしてくれるよ。
「エディオン」にするか「ヤマダ電機」にするか、それとも「アップルストア」にするか、でまた悩むのでは?もっとも、日本の学生なら、大学への進学が決まってから悩んでも間に合うと思うけど…。

整序完成とはいえ空所に当たる部分は完全に連続しているので、選択肢だけ見てもできてしまうのですが、多くの高校生は、この基本的な語順やコロケーション、表現そのものが身に付いていないために失点するのでしょうね。どうしましょうか?


第2問Cは対話文形式で、応答として適切な英文を完成するように、3つのパート(ブロック)の夫々で2択。選択肢は組み合わせどおりで8つあるのだけれど、どう考えても英語としてあり得ない語(句)の連続は排除されるから、最初のパートで4つに絞れたりします。この出題が始まってすぐに、「一刻も早く廃止して欲しい形式」と主張していたのですが、なんということでしょう、今年はこの出題のターンが増えました。いったい英語力の何を測っているんだろう?コミュケーションを支える文法力?

問1 の最初のパートで、直前で既に与えられている、that節中の主語に相当する語がitなので、人や擬人化できるものでなければ意味が整合しない、<plan to 原形>が能動で使われることはあり得ません。ここをwas planned to とすれば、英語になりますが、そうすると、選ぶのはA でもBでもよくなります。ということは、これは英語のテストになっていないということでしょう?ホントに、今年の追試はもう止められないので、来年の出題では是非とも廃止して下さい。お願いします。

対話形式なので肩書きや立場または名前が出てきます。

問1の "Shelly" といえば、画像検索でほぼこの人が出てきますね。

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=7xtbWuXYKMv_8gX2jZaIBg&q=Shelly&oq=Shelly&gs_l=psy-ab.3..0l8.331394.331919.0.332603.2.2.0.0.0.0.102.191.1j1.2.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.2.190....0.X56mgaoytv4

そして、相手のLisaで検索すると、こちらの方が!

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=PR1bWpnUCIyw8wW-sJmgCw&q=Lisa&oq=Lisa&gs_l=psy-ab.3..0l8.79440.82387.0.83224.10.10.0.0.0.0.128.888.5j4.10.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.9.888.0..0i4k1.71.792Fb-DP83I#imgrc=UqsEftCJ3v5ZoM …:

問2はTomohiro とCaseyの対話。 Tomohiroでは意外な検索結果が…。

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=9B5bWpPWLYeA8wX2lKLgAQ&q=Tomohiro&oq=Tomohiro&gs_l=psy-ab.3...0.0.0.4693.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0....0...1c..64.psy-ab..0.0.0....0.cIkI4p568Ao

Casey でようやく男女混交で出てきました。

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=ER9bWoOqEsj_8QW4_oqICA&q=Casey&oq=Casey&gs_l=psy-ab.3..0i4k1l4j0l4.123541.128897.0.130862.16.15.0.0.0.0.157.1312.9j4.14.0....0...1c.1j4.64.psy-ab..6.9.812.0...75.RN1Sx_N-FN4

問3では、ほとんどの高校生が発音できていないであろう、Hoang と 日本人の名前っぽい Naoの対話。 Hoang は男性?女性?

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=ix9bWsaxF8Hy8AWc77S4CQ&q=Hoang&oq=Hoang&gs_l=psy-ab.3..0l3j0i30k1l5.113489.118062.0.119372.10.10.0.0.0.0.132.870.8j1.10.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.9.869.0..0i4k1.76.2GVmGW4b3jg

そして、今回の検索で最も驚くべき結果が、Naoでした。

https://www.google.co.jp/search?biw=1200&bih=575&tbm=isch&sa=1&ei=AyBbWseEKsf78QXg_LfYAg&q=Nao&oq=Nao&gs_l=psy-ab.3..0i4k1l3j0l3j0i4k1l2.63166.64828.0.65355.8.8.0.0.0.0.94.626.7.8.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.7.625.0...74.rWWvMBiqw7g

インタビューや対談でもないのに対話文を読ませる出題って、いつごろからこんなに増えたんだろうか?私は、名前が読めない(音声化できない)ということでどれほど、思考や理解が阻害されるか、もっと気にして欲しいと思っています。言語テスティングの分野ではそういう研究はされているのだろうか?


第3問は、本来「読解」問題ではなく、「つながり」と「まとまり」を作る力があるのかを診る「ライティング」代替問題だというのが私の見立てです。その観点で言えば、今年は拍子抜けですかね。

Aの不要文選択の問2で「トマト」の話がありましたが、高校の授業でもこういう百科事典的定義(文)をもっと扱うべきだと思っています。以前の高2の授業ではこんなことをしていました。

http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20130423

このピーナッツのキャラクターが登場する事典は1977年刊の古書。

例によって絶版ですが、類書には事欠きません。例えば、こちら。




英語ネイティブの子供用図鑑・事典のようなボードブックだけれど、Q&A形式で、回答はフラップをめくることでgeneralからspecificへと記述が進む構成。このレベルの英語が話せて書けることをまずは目指してもらっています。

B. の「ディスカッションもどき」問題も凄いですよ。登場人物は過去最多の7名。これっきりで最後まで何も言わないマイケルのターンが異様に長く、134語の意見語り。それをピンポイントで8語で要約してくれる敏腕司会者ジェニファー、そしてその要約にマイケルは全くダメ出しをしないというお約束設定。

この「やりとり」の最後はジェニファーのターンで終わっているけど、最後の一文の語りに、ジェニファーという名前をつけて新たに起こすのは、何か表記上のルールがあるのだろうか?この間に「発言者一同、大いに頷く」というようなト書きがあるなら、別な発言者として示す意味もわかるのだけれど。ここはひとつながりの発話ではないの?

「もどき」に対する批判は2010年くらいから続けていましたけれど、2015年にこんな批判をしたら、2017年の本試験でついに登場人物が増え、リスニングにも「もどき」設問が入りました。センター試験も「改善」されてきているということですね。
よりよい設問、より良い試験。

http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20150118

無理に「ディスカッション」にしようとするから、登場人物の数やターンテイキング(の不自然さ)が問題になるわけで、最初から「もどき」を考えなければ、「やりとり」を見せるには、登場人物は二人で十分なんですよ。対話・対談、面接やインタビューです。2016 年の追試験みたいに。聴衆・参加者のたくさんいるはずのセミナーなのに、ひたすら二人で話しが進みますから。

以上、前半の第3問までをとりあえずアップしておきます。

本日のBGM: 名前をつけてやる(スピッツ)

2017年を振り返る5枚のアルバム

今日は、本業とも生業とも離れて、個人的趣味で。

心身ともに疲弊していた一昨年末から昨年の前半にかけては、あまり音楽を聴けていなかった(通過していたという感じでしょうか)のですが、春先から徐々に復調し、夏からは音楽とともに生き、生かされていた気がします。
例年よりは少ない枚数ですが、今後とも聴き続けるであろう個人的名盤を紹介。

  • Aimee Mann / Mental Illness


米国での発売は2016年ですが、邦盤は2017年なのでお許しを。春先にこれを聴いて救われた一枚。懺悔、そして赦しと癒し。’til Tuesday 時代からずっと聴いているAimeeの声なのですが、このアルバムではその「声」が歌詞よりも、メロディよりも重要なアルバムだろうと思います。年の瀬に、我が家で飼っていた猫の「タマ」が不慮の死を遂げたのですが、その喪失感をなかなか受け入れることができず、このアルバムを聴き続けていました。2017年を象徴する一枚と云えるでしょうか。

  • Lee & the Small Mountains / カーテンナイツ


世間は「源」に目が行っていたであろう時に私が聴いていたのは、リー・ファンデ率いるこちらのバンド。ポップでロックでソウルフルでキュート。バンド名がLee & the Small Mountainsと英語なのに、アルバム名はカタカナというのもツボ。
オープニングのTeleport City を聴いたときのワクワク感はBenzoを聴いた時以上かもしれません。レーベルがRose Recordsですから、曽我部さんのテイストに適っているのだとは思いますが、そんな予想や期待を超えていって欲しいアーチストです。若い世代がM4のPowerなどを聴いてどう感じるのかを知りたいですね。

  • 原田知世 / 音楽と私


デビュー35周年記念盤。アイドル時代からの曲をセルフカバーした、オールタイムベストとも言えるアルバムです。私は1992年のアルバムGarden以降の、アーチスト原田知世を評価していますが、今だからこそ歌えて輝く初期の楽曲(ダンデライオン、ときめきのアクシデント)もあり、愛聴盤になりました。全国ツアーは博多まで見に行ったのですが、天国にいちばん近い島で自分が泣くとは全く思っていませんでした。カタルシスと歓喜です。

  • Carnation / Suburban Baroque


何と云っても、矢部浩志さんのドラムが聴けるというところがこれまでの数枚との違い、と思って聴いていて、楽曲そのもの、歌(唄、詩)の持つ力というか、連れていってくれる世界が新たなステージに入ったな、という「これぞ名盤」というアルバム。サポートに松江潤、佐藤優介も参加。嫌いになれるわけがないじゃないですか。
地元の山口市で直枝さんのソロライブが実現し、Peanut Butter & Jellyを一番前でじっくり歌に浸れたのも忘れられない出来事でした。

  • 細野晴臣/ Vu Jà Dé(ヴジャデ)


これは、もうタイトルが全てを語っているアルバム。二枚組。年末にこれが届いていたのですが、「タマ」のこともあり、なかなか聴く気になれず、実際は年を越してから全編を通して聴いた次第。
「既によく知っていることがらを初めて体験するかのような新鮮な感覚」
Disc 1のベースは全て伊賀航さん。この空気感は音響ハウスでの録音も大きな要素なのだろうと思う。HOSONO HOUSEとともに無人島アルバムになるかなぁ…。

本日のBGM: 上記5枚のアルバム。

入り口と出口と

前回告知した、2月の広島大学で行われる「セミナー」ではお題とテクストというライティングの根本に立ち返ることを考えています。「テスト」を離れてライティング課題は成立するか、という問い直しでもあります。大学入試の出題に関しては拙ブログでしつこく取り上げ、指摘、批評、批判してきました。高校入試の出題も幾つかは取り上げています。

  • 「お題とテクスト」ってどういうこと?

と思う方が多いかもしれません。
例えば、こちらの千葉県の公立高校入試の出題。
http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/15/cba/cba1/cba-en/en_5.html
過去ログでは、ここで取り上げ批判していますので、もしセミナーに参加しようという方は、面倒でも目を通しておいてください。

Is silence golden?
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20150214

その前年の出題はこちら。
http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/14/cba/cba1/cba-en/en_5.html
拙ブログでは、 http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20140305 で取り上げています。 このエントリーは、Wait your turn というタイトルの英語表現の適否を気にして検索している人が多かったようですが、今では(でも?)適切な英語表現ですから。本題の方を是非お読みください。


埼玉県の2017年の出題がこちら。嗚呼…。
http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/17/stm/stm-en/en_14.html
Which do you like to do in your free time, stay at home or go out?
この文が英語の文法語法として自然かどうか今は不問としておくが、free time がいつ、どのくらいあるのかによって、答えは変わるだろうとは思わないらしい。
この前の設問がALTや留学生を交えた「休日の過ごし方の文化間比較」とでもいう対話文や読解問題なら、そことの関連で答えようもあるだろうけれど、「24時間の自由時間があったら?」「48時間では?」「一週間では?」と異なるお題を立てて、自分の最初の問を揺すぶって初めて、落とし所が見えるもの。
埼玉県の2016年はもっと悩ましい。 http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/16/stm/stm-en/en_12.html
問いは、 Which month do you like the best? しかも、その「理由」を書かなければならないらしい。 何が問題か、なかなか理解してもらえませんが、拙ブログのこのエントリーの最後の方と、「本日のBGM」を是非。

好きこそ、もののあはれ
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20141030

東京都は近年、高校入試の一連の設問の中で、ライティングをさせる形式。 2015年のこの出題での途中の「地図」の問題は、見ようによっては、神戸大の2016年の出題に似ている。 http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/15/tokyo/tko/tko-en/en_5.html
拙ブログでは次のエントリーで神戸大の出題を取り上げています(冒頭の写真と最後の本文)。

Scary Monsters (and Super Chickens)
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20160228

東京都の高校入試問題2015年の地図がこちら。
http://www.tokyo-np.co.jp/k-shiken/15/tokyo/tko/tko-en/en_6.html


大学入試のお題に話を戻すと、一橋大の2017年の3番も悩ましい。

Your friend always stays at home alone, watching television or playing games. She/he never goes outside to do anything or meet anyone, so you are worried about her/him. Write your friend a letter advising her/him about what she/he should do.

このお題を、埼玉県公立高校入試の Which do you like to do in your free time, stay at home or go out? と合わせ鏡で吟味するのも面白いけど、まずは、このような「シナリオベース」のお題の「もっともらしさ設定」の是非、適否を考えましょう。これは、何も日本のライティングテストだけの問題ではないから。
この年の一橋大は恒例の「三題から一題選択」の選択肢でお題設定。ただ、その選択肢で「誰に対して書く手紙なのか?」のバランスには「?」。

選択肢の1は三年おつきあいしている彼氏/彼女。2は自分の利用した航空会社の社長。3は引きこもり(?)の友人。フォーマル/インフォーマルの差がかなりある。
さらに、今問題視している3番の「友人」はいつからの友人で、いつから引きこもっているのか?letter というが、TVとゲームばかりやっている引きこもりの友人に郵便は読んでもらえるのか?e-mail にするのか?ゲームはスマホなのか?ネットには接続しているのか?「いつも家にいてTV見てゲームして、外出して何もせず人とも会わない」という状況を私はいったいどのよう奈手段で把握しているのか?などという疑問が続出する。

昨夏の大阪の英授研だったか、根岸雅史先生にもお尋ねした際に根岸さんは「嫌いじゃないですよ」と回答してくれたのだが、「もっともらしい状況設定を工夫する」ことが「現実に照らして矛盾だらけの状況設定」だったり、「嘘をごまかすためにさらなる嘘をつく」ことになっては本末転倒だろう。

この前年の一橋大の出題は(恐らく一部で話題となったであろう)全て、写真と絵が与えられた三択。しかもお題の指示文 (write ... about) を読む限り、「描写」や「物語」とは限らないので更に悩ましい。 拙ブログではこちらで詳述。

Witness
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20160305

ところで、この本に目を通したことがある英語教員ってどのくらいいますかね?

Beyond the Five-Paragraph Essay Kimberly Hill Campbell http://www.amazon.co.jp/dp/1571108521/ref=cm_sw_r_tw_dp_288Ctb1DJ51XH

刊行から5年以上経つのですが、大修館の『英語教育』でどなたかが書評で扱ったことがあったでしょうか?

「テクスト」という部分に関しても、相変わらず、5項目構成のテンプレートで「意見文」を書かせる指導が広く見られますが、これって、Five-paragraph essays 指導の歪んだ移入の「成果」だと思いますよ。Five-Paragraph Essay と言えば、聞こえはいいですけれど、巷で目にする中高生向けの指導って、5パラに相当する300語以上の分量を確保してないでしょ?60 語で理由二つ以上じゃ、「理由付け」や「論証」が深まるわけがないもの。
「主体的で深い思考」とかどこの世界の話?ってことですよ。
そう考えたら(限定条件ね)、2017 年の神戸大の最後の「お題」は要再考です。 拙ブログではここで取り上げています。

制服の胸のボタンを、下級生たちに…
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20170302

なぜ、60語程度の英文にそこまで求め(ら)るのかな?
Five-Paragraph Essayに関しては、上述の本に書いてあるこの問いかけが雄弁。

Love it or hate it, the five-paragraph essay is perhaps the most frequently taught form of writing in classrooms of yesterday and today. But have you ever actually seen five-paragraph essays outside of school walls? Have you ever found it in business writing, journalism, nonfiction, or any other genres that exist in the real world?

理由付けを複数想定しておくことは、反論に対応するためには確かに有益ですよ。
でも、字数制限で、60語とか80語とかの制約がある中では、スケルトンみたいに、理由を列挙してその後は何も言わないという無責任なことはしないで、最も強力な理由一つに絞って「言い切る」のが「説得」とか「論証」ということなのでは?
ということで、私は「(受験界隈でよく言われる)自由英作文」にあたっては、60 語〜80語とかまでしか採点する余裕がないなら、 貧弱なお題設定で「意見文」を書かせるのではなく、紋切り型でいいので、たとえば、「賛成」、「反対」、「どちらとも言えない」の3つの和文英訳を用意しておけば十分だと主張し続けているのです。

別に意見文じゃなくてもいいんですよ。英語力にも、ライティング力にもいろいろあるのだから。
予備校が余り重視していない「お茶の水女子大」では十年以上もうずっと日本語の文章を与えて、英語で「説明」を課す出題ですよ。潔し。2017 年は、この新聞の投書をもとにした出題でした。

女の気持ち:バイリンガル 千葉県印西市・川崎ちえ(主婦・66歳) - 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20160725/ddm/013/070/053000c

出題に当たって投書の第3段落を一部カットして改変しているけれど、趣旨は伝わるでしょう。設問は次の二つ。

設問1 筆者は初め、孫について何を疑問に思い、どのような心配をしていましたか。英語で説明しなさい。
設問2 筆者がこの先楽しみにしていることは何か、英語で説明しなさい。

これで十分では?技能統合を謳うなら東京外国語大学の英語のレクチャーの聴解を課して、要約と意見論述を求める出題に、主題を踏まえて情報の大きな欠落や不足なく英文が書けるか、を診たいのなら、お茶の水女子大の日本語→英語で説明という出題に学んでは?というのも、近年主張し続けていることです。

高大接続での「外部試験」で「ライティング」が注目されるのは、良いことなのかもしれませんが、今まで以上に、テスト対策の「ギミック」ばかりが蔓延するのは勘弁して欲しいですね。
英語教育は「ことば」の教育のはずですから。大掛かりなテストに依存しなくたって、教室で「学び」は成立するはずなんですよ。

本日のBGM: More Than I Can Say (細野晴臣)

the street hidden under the snow

新しい年、2018年を迎えました。
前回からずいぶんと更新が開きました。USキーボードになかなか慣れないのもありますが、多分に多忙のせいです。
12月初頭の修学旅行の引率のため、高2だけ試験が早く、試験の準備と並行して高1、高3の授業も行い、修学旅行中に行われる、高1、高3の分の試験も、修学旅行前に作らなければならず(毎回3学年6種類作成してますから)、引率後に代休とは名ばかりの採点天国と成績処理が待っていて、学期末の三者懇談と終業式という、怒濤の1ヶ月が終わろうかという段になって、私事で立て続けにバタバタとしていて、年末恒例の「日本ロウイング協会」の忘年会にも出席できず、原稿と格闘していました。
「命」というものをあらためて考えました。

2017年を振り返ると、心身ともに疲弊していた2016年の終盤から2017年初頭にかけての約3ヶ月をよく生き延びたと思います。
本業は低調ではありましたが、公式戦にも久々に参加することができ、来年度への布石は打てたかなと。コーチとしての目と腕は錆びつかせないように心がけています。

生業では、授業は遅々とした、緩慢でじれったい歩み。いつものことですが、今年の1年生にはいろいろと気付かされることがあります。ありがたいことです。
例年との最大の違いは、「小学校英語」との接点でしょうか。
7月に酒井志延先生からの依頼で、「文字指導」に関わるセミナーを担当したことを契機に、小学校英語の学会にも参加しました。ここでの新たな出会いは、私の「文字指導」に対するアプローチを大きく揺すぶり、現在の自分の取り組みに影響を与えています。
11月には、久々に「達人セミナー」で講座を持ちました。広島の胡子美由紀先生とのコラボでしたが、私は無理を言って「文字指導」をテーマとさせていただきました。種は蒔けたと思っています。
修学旅行では、私の担任する進学クラスの生徒には「大学等の進路希望実現に資する班別自主研修」を求めているのですが、そのうちの1つの班が「明海大学」の見学を希望していたので、大津由紀雄先生に打診したところ、大津先生自ら案内していただけるという得難い経験をさせていただきました。深謝。
現在、生業の英語教育関連で2018年の新たな動きとしては、以下の2つが分かっています。

2018年2月11日(日・祝)
平成29年度全国英語教育学会・小学校英語教育学会第3回英語教育セミナー
広島大学教育学部(東広島キャンパス)K104講義室(広島県東広島市)。
概要はこちらの公式サイトのセミナーのページで。
http://www.jasele.jp/seminar_2017_3/

プログラムはこちらのリンク先から。
(http://www.jasele.jp/wp-content/uploads/20180211JASELE_JES_Seminar.pdf)
小学校英語教育学会との共催ということで、基調講演と私以外のセミナーは「小学校英語」色が強いのですが、私のセミナーは主として「中学校・高等学校でのライティング指導」に関わるものになります。『パラグラフ・ライティング指導入門』(大修館書店)を既にお読みの方も、まだ読まれていない方も、このテーマ、分野に関心の強い方のご参加をお待ちしております。「まだ読んでいないし、読む気などサラサラない」という方は、セミナーに来られても(お互いに)面白くないでしょうから、ご遠慮いただくのが良いかと思います。
以下、転載。

セミナー②『体を表わし得る名とは?:ライティング課題における「お題」と「テクスト」を見直したい』

講師  松井孝志(山口県鴻城高等学校)
「あなたが一番好きな季節はいつですか?好きな理由を二つあげて英語で書きなさい。」というライティング課題の問題点は何でしょうか?このお題が「前提」としている「良い作文」「好ましい作文」の要件とは何でしょうか?この課題は和文英訳よりも優れているでしょうか?教科書や教材、高校&大学入試、所謂「外部試験」も横目で見つつ、「テクストタイプ」の考察も含め、「テクスト」そのものを見直すセミナーにしたいと思っています。

もう一つは、もっと先の夏のイベントです。
外国語教育メディア学会 (LET) の第58回全国大会のパネルディスカッションで登壇します。
中等教育現場を担う者は私だけという陣容ですが、現場代表としての最大公約数的な発言に終始しないように、さらには、「お前じゃなく、阿部公彦先生を呼べば良かったのに…」と言われないように、準備したいと思います。ただ、こういった「…しないように」というマイナスの目標ほど達成するのが難しいものもあまりないので、「その時通り」で、化学反応に期待します。

外国語教育メディア学会(LET)第58回全国大会
大会会場:千里ライフサイエンスセンター (大阪府豊中市)
日時:2018年8月7日(火)~9日(木)
大会テーマ:外国語教育における4技能評価の再考
<Reconsidering Four-skill Assessment of Foreign Language Proficiency>

8月7日
講演:石川慎一郎先生(神戸大学)
シンポジウム:続報をお待ちください

8月8日
講演:荘島宏二郎先生(大学入試センター)
講演:野口ジュディー先生(神戸学院大学名誉教授)

8月9日
パネルディスカッション:柳瀬陽介先生(広島大学)・亘理陽一先生(静岡大学)・寺沢拓敬先生(関西学院大学)・松井孝志先生(山口県鴻城高等学校)

公式サイトはこちら(建設中)
http://www.j-let.org/let2018/page_20171216120034

新春初投稿はこんなところで。

本日のBGM: Goose Snow Cone (Aimee Mann)

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しばらく更新できずにいましたが、ここ数年使っていたMBPが故障して自宅での作業が滞っていました。ターゲットモードでも認識できないので、データのサルベージができるかどうか地元の専門家への依頼になるでしょうね。

ここ数年はクラウドで「現在進行形」のモノを扱っていたので、生業の実務は職場の窓機で、教室&自宅ではiPadがあるのでそれほどの支障は生じていませんが、従来型のプロバイダーを通して送受信される「メール」環境を、新しく入手した旧型のMBP(変な物言いですが、ターゲットモードでFirewire接続できるホストとしての機種が必要だったので旧型なのです)へ移行するのに四苦八苦しました。プロバイダーはいまだにniftyを使っていて今どきpopじゃないPOPサーバー。メールの送受信ではSMTP 認証に一本化で、しかもIMAPは有料のオプション扱いなので、iCloudメールの送受信でトラブり、SMTP 認証でトラブりで、電話サポート。mac OSでの最新アプリには対応していないので、操作手順などはわからず。プロバイダー側でできることとしてブロックを解除してもらって、再設定。問題はなくなったはずが、認証方式の不具合でログインできず。「あとは林檎さんへ」ということでしたのでお礼を言って電話を切り、結局は自力で解決しましたとさ。

ここひと月は、本当に怒濤の日々、波乱万丈でした。
本業のロウイング(漕艇)では先週の新人戦。久しぶりに公式戦に出場できたことが大きいですかね。中国大会には進めませんでしたが、それでも一歩前進。後ろ向きで前に進んでいる競技ではありますけど。

プライベートでは、もっと大きなイベントもありました。10月初旬の博多での「原田知世様デビュー35周年記念ライブツアー」。妻と二人でお祝いに行ってきました。妻と二人で見るのは広島での朗読会 (with 伊藤ゴロー) の on-doc 以来。博多でホールのライブというのもpupa を見に来て以来です。広島の新しいホールも気にはなっていたのですが、妻と二人なのでアクセスも考慮し、第1希望:博多、第2希望:広島、第3希望:京都で申し込んで、見事第1希望でチケットを入手。4時開場、4時半開演というスケジュールなので、会場から徒歩で行けるお寿司屋さんを予約し、遅めの昼食を済ませ、近くの市場を覗いてから会場へ。かなり前の方の席で真ん中の通路からの2席。通路側を妻に。客層は私と同世代か、ちょい上位の男性が多いわけですので、前の人の頭があると見難いでしょうから、と思ったのですが、前の席の人もきっと通路側にちょっと顔をずらして見るんでしょうね。
私がアーチストとしてharatomo様を聴いているのは1992年の Garden以降なので、アイドル時代には見ていませんが、これまでに私が見たharatomo様のどのライブよりも表情が豊かでした。眼福。サイリウム振りながら泣きっ放しの私に妻は苦笑しながらも「男性が皆幸せそうな顔してたね」と。幾つになっても「時かけ」させてしまう笑顔に感謝。
今回のツアーもこの博多からは10月なので、「もし歌わなかったらどうしよう?」と思いながらも、しっかり「トリコロール」を配して出かけましたとさ。

ツアーもファイナルの東京が残っていますので、詳しいことはその後ででも。
2月には WOWOW での放送も決まったようです。

http://www.wowow.co.jp/music/tomoyo/

とにかく、35周年、おめでとうございます。

さて、
話は変わって生業の英語教育へ。
私はよく、教科書や学校採択教材、市販教材やテストの文章が「エイブン」レベルで書かれているのに、それを修正せず、その「エイブン」を元にして音読やら暗唱やらを課したりする授業や活動を批判しています。そこで学ぶ者は一体、いつ、つながりとまとまりの適切な英文と出会うのかを教えてほしいです。

その一方で、数少ない(?)教科書や教材で提示される「適切に書かれたつながりやまとまりを備えた良質の英文」なのに、その表面をなぞったような読みと理解の結果を「再話(リテリング)」と称して、お粗末な「エイブン」に変換し残す活動も、本当に再話と言えるのか、要再考だろうと思っています。

「訳読」を排したのは結構ですが、そのテクスト(ことば)を「本当に読めているのか?」を顧みることのない活動に意味・意義はありますか?「本当に読む価値のある英文なのか?」「消化吸収する価値のある英語表現なのか?」の吟味を経ずに、どんな「インプット」が得られると期待できるのでしょうか?

「模試のやりっ放しはダメ」などと言って、復習で何度も黙読や音読させたりする人は、この過去ログにある模試の第6問の「英文」を読んでみるといいですよ。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20171012

夏の英授研で見た授業研究で使われていた「教科書」の英語の扱いも以前取り上げましたが、あらためて「原典」を読んでみると、教科書のイントロで摘み食いしたようにまとめている「書き換え方」の問題でもあることがよくわかります。 そして、そちらの方が大きな問題かもしれません。

過去ログはこちら。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20170815

原典とされる “I am Malala” から 私がずっと疑問に思っている、「 “steps” とは一体どこにあるものなのか?」を確かめるために、長文を抜粋引用。

I Am Malala: The Girl Who Stood Up for Education and was Shot by the Taliban


I Am Malala: The Girl Who Stood Up for Education and was Shot by the Taliban
Malala Yousafzai & Christina Lamb. 2014. Weidenfeld & Nicolson

The day when everything changed was Tuesday, 9 0ctober 2012. It wasn't the best of days to start with, as it was the middle of school exams, though as a bookish girl I didn't mind them as much as some of my classmates.

That morning we arrived in the narrow mud lane off Haji Baba Road in our usual procession of brightly painted rickshaws sputtering diesel fumes, each one crammed with five or six girls. Since the time of the Taliban our school has had no sign and the ornamented brass door in a white wall across from the woodcutter's yard gives no hint of what lies beyond.

For us girls that doorway was like a magical entrance to our own special world. As we skipped through, we cast off our headscarves like winds puffing away clouds to make way for the sun then ran helter-skelter up the steps. At the top of the steps was an open courtyard with doors to all the classrooms. We dumped our backpacks in our rooms then gathered for morning assembly under the sky, our backs to the mountains as we stood to attention. One girl commanded, "Assaan bash!” or "Stand at ease!" and we clicked our heels and responded, “Allah." Then she said, "Hoo she yar!" or "Attention!" and we clicked our heels again.
"Allah."

The school was founded by my father before I was born, and on the wall above us KHUSHAL SCHOOL was painted proudly in red and white letters. We went to school six mornings a week, and as I was a fifteen-year-old in Year 9, my classes were spent chanting chemical equations or studying Urdu grammar, writing stories in English with morals like "Haste makes waste" or drawing diagrams of blood circulation---most of my classmates wanted to be doctors. It's hard to imagine that anyone would see that as a threat. Yet, outside the door to the school lay not only the noise and craziness of Mingora, the main city of Swat, but also those like the Taliban who think girls should not go to school.

That morning had begun like any other, though a little later than usual. It was exam time, so school started at nine instead of eight, which was good, as I don't like getting up and can sleep through the crows of the cocks and the prayer calls of the muezzin. First my famer would try to rouse me. “Time to get up, Jani Mun,” he would say. This means “soulmate" in Persian, and he always called me that at the start of the day. "A few more minutes, Aba, please,” I'd beg, then burrow deeper under the quilt. Then my mother would come. "Pisho," she would call. This means "cat" and is her name for me. At this point I'd realize the time and shout, "Bhabi, I'm late!” In our culture, every man is your "brother'' and every woman your “sister." That's how we think of each other. When my father first brought his wife to school, all the teachers referred to her as “my brother's wife," or bhabi. That's how it stayed from then on. We all call her bhabi now.

I slept in the long room at the front of our house, and the only furniture was a bed and a cabinet which I had bought with some of the money I had been given as an award for campaigning for peace in our valley and the right for girls to go to school. On some shelves were all the gold-colored plastic cups and trophies I had won for coming first in my class. Only a few times had I not come top---each time when I was beaten by my class rival Malka-e-Noor. I was determined it would not happen again.

The school was not far from my home and I used to walk, but since the start of last year I had been going with other girls by bus. It was a journey of just five minutes along the stinky stream, past the giant billboard for Dr. Humayun's Hair Transplant Institute where we joked that one of our bald male teachers must have gone when he suddenly started to sprout hair. I liked the bus because I didn't get as sweaty as when I walked, and I could chat with my friends and gossip with Usman All, the driver, who we called Bhai Jan, or "Brother." He made us all laugh with his crazy stories.

I had started taking the bus because my mother was scared of me walking on my own. We had been getting threats all year. Some were in the newspapers, some were notes or messages passed on by people. My mother was worried about me, but the Taliban had never come for a girl and I was more concerned they would target my father, as he was always speaking out against them. His close friend and fellow campaigner Zahid Khan had been shot in the face in August on his way to prayers and I knew everyone was telling my father, "Take care, you'll be next."

Our street could not be reached by car, so coming home I would get off the bus on the road below by the stream and go through a barred iron gate and up a flight of steps. I thought if anyone attacked me it would be on those steps. Like my father I've always been a daydreamer, and sometimes in lessons my mind would drift and I'd imagine that on the way home a terrorist might jump out and shoot me on those steps. I wondered what I would do. Maybe I'd take off my shoes and hit him, but then I'd think if I did that there would be no difference between me and a terrorist. It would be better to plead, “OK, shoot me, but first listen to me. What you are doing is wrong. I'm not against you personally, I Just want every girl to go to school."

I wasn't scared, but I had started making sure the gate was locked at night and asking God what happens when you die. I told my best friend Moniba everything - We'd lived on the same street when we were little and been friends since we were toddlers and we shared everything, Justin Bieber songs and Twilight movies, the best face-lightening creams. Her dream was to be a fashion designer although she knew her family would
never agree to it. So she told everyone she wanted to be a doctor. It’s hard for girls in our society to be anything other than teachers or doctors if they can work at all. I was different-I never hid my desire when I changed from wanting to be a doctor to wanting to be an inventor or a politician. Moniba always knew if something was wrong.-Don't wony,- I told her. The Taliban have never come for a small girl.”

When our bus was called, we ran down the steps. The other girls all covered their heads before emerging from the door and climbing up into the back. The bus was actually what we call a dyno, a white Toyota Town Ace truck with three parallel benches, one along either side and one in the middle. It was cramped with twenty girls and my teachers. I was sitting on the left between Moniba and a girl from the year below called Shazia Ramzan, holding our exam folders to our chests and our school bags under our feet.

After that it is all a bit hazy. I remember that inside the dyna was hot and sticky. The cooler days were late coming and only the faraway mountains of the Hindu Kush had a frosting of snow. The back where we sat had no windows, just thick plastic sheeting at the sides which napped and was too yellowed and dusty to see through. All we could see was a little stamp of open sky out of the back and glimpses of the sun, at that time of day a yellow orb floating in the dust that streamed over everything. I remember that the bus turned right off the main mad at the army checkpoint as always and rounded the corner past the deserted cricket ground. I don't remember any more.

こうして、読んでくるからこそ、彼女の「日常」生活が理解でき、ここでの引用の第3段落の記述・描写があるからこそ、"steps" の絵が描け、彼女たちの思いがわかるるのだと思います。さらに、このあとに続くことになる凄惨なテロの描写とのコントラストをくっきりさせるためにも、細かな風景描写、情景描写は必要不可欠なのだと思いますよ。
でも、ここまでで既に英文は約1400語。もう十分にレッスン一つ分の分量です。

結局、「テクスト」として何を読ませるのか、という根本が問われているのだという認識が作り手にも、授業者にもないことが問題かと。話題を振るだけのために、「手記」を使っているだけで、本文はといえば「…について」の文章だけを延々と読ませているわけです。それなのに、読後に「意見」を求めることには大いに問題があると思っています。

いつもの繰り返しになりますが、「読んでいるときくらい、読みに集中したほうがいい」ですよ。

本日のBGM: ときめきのアクシデント (原田知世)

文字指導における「筆記具」「補助具」の役割

私は英語の文字指導について、とりわけhandwritingに関して色々なところで発言をしていますが、とかく「文字指導オタク」のような、「特異な人」として受容されがちなことに常々疑問を持っています。
先頃公開された、小学校で教科化されることとなった「英語」の新教材での「文字」や「四線」などに注目が集まる中、私がかねてより主張している、Sassoon系のフォントに見られるような「Ball & Stickではない、真ん中のふっくらした文字」、4:5:4とか、5:9:6などの比率となる「真ん中の間隔が広い四線」を指導に取り入れたいという声も日に日に増しています。
ただ、私がフォントや四線以上に大事だと思っているのが、姿勢とグリップ(ペンホールド;筆記具の持ち方)です。欧文書体は、彫刻など「平板を削る;彫る」ことに始まり、平筆とペンを使うことで発達してきたとも言えるので、ペンの扱いはフォントや文字のプロポーションを決定的に左右するものだと思っていますので、機会ある限り、その重要性を指摘していくつもりです。
来月にも私が担当する「文字指導セミナー」がありますが、その際に、「筆記具」や「補助具」も含めて、実物を見せられるように、「とりあえずこのバッグを持っていけば…」という一式を整備中ですが、現時点での様子を写真に撮ったのでご紹介。
「文字指導」とりわけ、handwritingの指導に興味関心のある方、疑問点・不明な点がある方は、是非、セミナーへご参加下さい。

「英語教育の達人セミナー」
事前申込みは不要です。
・日時: 11月25日(土) 10:00~16:00(受付は9:30より)
・場所: 広島クリスタルプラザ 10階 会議室 <広島駅から、路面電車で約15分。>
<詳しくはhttps://www.hotpepper.jp/strJ000028197/参照。同じビルです。ちなみに
 「敦煌」がランチ会場です>
・参加費: 一般4,000円(大学生1,000円、大学院生3,000円)
・内 容:
10:00~12:00  講座1「アクティブに学ぶ生徒が育つ英語授業マネ   
ジメント」
胡子美由紀(広島県・広島市立井口中学校)
12:00~14:00  ランチ(せっかくなので皆で食べに行きましょう!各自実費)
14:00~16:00  講座2「ライティング指導の第一歩は文字指導から ~handwriting指導の基礎基本~」 
           松井孝志(山口県鴻城高等学校.)

以下、ファイル名のリンクをクリックすると画像が表示されます。ファイル名横の↓をクリックすると画像ファイルのダウンロードが始まります。だいたい平均1メガくらいです。
※開いた画像が大きすぎるような場合には、タッチパネルでの縮小の操作をするなど、対応願います。PC対応ブラウザでご覧の際には、一度開いた画像を更に右クリックして、「新しいタブで画像を開く」などの操作をすると全体が見られる大きさで開くことがあるようです。

1.文字指導バッグ概観1.jpeg 直
2.文字指導バッグ大きさ.jpeg 直
3.文字指導バッグ上から見るか….jpeg 直
4.三角軸水性ハンドライター1.jpg 直
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6.三角軸と丸軸_書き方鉛筆とハンドライター.jpeg 直
7.ペンスタンドを間仕切りに.jpeg 直
8.三角軸書き方鉛筆と丸軸ハンドライター2.jpg 直
9.グリップ加工万年筆1.jpg 直
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11.筆記補助具金魚1.jpg 直
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13.筆記補助具装着状態.jpg 直
14.鉛筆削り1.jpg 直
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17.ボードマーカー1.jpg 直
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21.マーカー消しのリフィルはそのままポーチへ.jpeg 直
22.お約束のBall&Stickネタ用ポーチ.jpeg 直
23. 鉛筆の芯は要注意.jpeg 直
24. 刺さる前に挿しておくバススポンジ.jpeg 直
25. バススポンジ厚み.jpeg 直
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27. ディスプレイ用足指パッド.jpeg 直
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46. Stabilo Easygraph vs Lyra Groove.jpeg 直
47. How easy Stabilo Easy Graphs are.jpeg 直
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本日のBGM: Peanut Butter & Jelly (Carnation)

心くねらせる甘いことば

実作を淡々と進めているうちに、中間試験の1週間前になり、作問祭りとなっています。
今回は前夜祭で盛り上がるパターンかな。個人的には、その他諸々のお祭りが続く1週間を過ごしていますが…。

高1は、「全国縦断リスニングテスト制覇の旅」企画で、北海道、青森を経て福島から石川へ。
私のリライトを読んだり聴いたりする時に何に気づくか、というところがこの活動の肝なわけですが、「つながり」と「まとまり」が何によって「担保」されているのかがわかるまでは、やはり「良質の英文」に触れ続け、それを生き直すことなのだろうと思います。

今風の教育ではとかく「気づきを促す」方向に教師の意識が向きがちですが、学習者の気づきは「それぞれ、それなり、そのうち」です。私がいつも引き合いに出す、某氏の歌の捩りじゃありませんが、

  • 大人たちはここで、「気づけ、気づけ」と言うが、オレはいやなのさ〜。

ということだってあるでしょうよ。

その一方で、「呟き」の方のタイムラインで目にしたあるやりとりを踏まえて、私はこう呟いていました。

文法書であれ、読書であれ「自分一人で気づく」ことを過信してはダメだと思います。近年、高校生の授業でやっている、辞書の用例からの抜き出し板書から。もし、これだけの「実例」に文法書や読書や実際の運用で触れるには、何をどれだけ読み、誰と英語でやりとりするか?ということになりますよね。
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ここで貼り付けた写真は、「白板のモノ」の例文です。

先でも中でも後でも、「文法」の整理には、親や教師、先輩など、自分よりその言語が分かっている人からのフィードバックで、自分の理解や産出の「訂正」「修正」「微調整」が欠かせません。それを自分でできるようになれば、「自立」「自律」ということになるのかもしれませんが、それは結構大変です。

これが私の振幅、「それぞれ、それなり」です。

高1の生徒も、「初めてのおつかい」ならぬ、「初めてのエイケン」を受けたりするわけですが、私だってリスニングテストの諸注意くらいは与えています。

第1部の「対話のターンを引き受けて、次にあなたは何というか?」という問題は、全体の配点こそ低いけれども、これこそがあなたの英語力を端的に表わす問題です。対話に乗っかって、その当事者として、選択肢を読む前に何を答えるか、何で応えるか、が自分の中からでてこないと。そのためには、「音声を保持&処理」できないとダメ。え?大変?いや、何のために、「対面リピート」やってるわけ?
第2部の「他人の対話を盗み聞きした揚げ句に、その理解を、別の誰かから問われる」などという活動を我々は日常ではしたことがない。テストで問えることの多くは現実のことばのやりとりとは異なる、『テストならでは』の状況設定。ただ、そこで出てくる「ことば」の世界よりも、より広い、豊かな現実を我々は生きているのだ、ということを忘れてはダメ。
第3部など、「モノローグ」でまとまった内容を聞き続けるという課題よりも、もっと長くて一方的な「時に、まとまっていない」話を学校では散々聞かされるものです。今やっている、「リスニング問題制覇の旅」のリライトはオリジナルより長くなって、時々200語を超えたりするけれど、それで「難しくて全然わからなくなった」とはならないのはなぜ?

高2の生徒にも、同様の注意は与えていますが、先日、その高2のある生徒が、日誌でこんな趣旨のことを書いていました(学級担任は、毎日、クラス全員の「日誌」をチェックするのですよ)。

今まで、授業でやってきたことを振り返ると、ちゃんと身につけていたら全然違うな、ということが改めてわかった。

ということで、その「気づき」の後から、あなたたちの「仕事」は始まるのですよ。そう「自分の仕事をちゃんとする」ことです。ロシア人を見習いましょう。

その高2は、「白板のモノ」も一段落。
現在は学級文庫の英語ネイティブ(子供用から大人用まで)用の複数の「図解」を横断的に眺め、その表現を吟味した上で、いいとこ取りの「四則演算」をしています。

今年も、

  • 「目の見えるしくみ」「耳の聞こえるしくみ」を150語程の英語で説明する。

という課題です。このブログの過去ログを見たり、先輩に聞いたりすれば、瞬殺ですけどね。

高3は、模試の解説に見切りをつけて、授業に戻りました。
よく「模試の受けっぱなしはダメ!」と言う先生がいますけれど、それだって、「復習する価値がある英文」であればこそですから。

先日の9月の「マーク模試」の、第3問の英文も微妙。

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極め付けは、第6問の「英文」。
これはもし、書き下ろしのオリジナル英文だとしたら、ライターに注文をつけたいレベルです。いや、書いているのが、日本人ライターだろうと、英語ネイティブであろうとですよ。

こういう「英文」が課されるから、皆、まともに一文ずつ読んでいって、つながりに乗って、まとまりを味わう、というところまで行かないんでしょうね。そりゃ「段落の最初の一文だけ」をつなぎ合わせて分かったことにしたがるのも、無理ありません。

今回、この模試の事前・事後の指導をする教師のうち、何人が、この第6問の「長文」を一文ずつ吟味しているでしょうか?

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センター本試験でも若干見られた例に倣ったのか、第一段落でテンコ盛りで全体像を示し、残りの段落で詳述するというような展開を狙っているのでしょうけれど、第4段落からグダグダ。第5でショボショボ。最終第6段落はそれ言って終わってたら論証文にする意味がないでしょ!というシロモノ。教師の方は、せめて、however と in addition が何回でてくるか、だけでなく、段落のどこにどのように出てくるか、だけでも読み直して欲しいと思います。イラッと来るひとが多いと思いますけど、生徒はこれを「テストだから」読まされているわけです。それで英語の学力の有無を問われるだけでも大変なことなのに、オマケに「復讐、いや復習をしっかりやって、音読しろ」などとはとてもとても言えません。
ライターは真面目に英文書きましょうよ、ね。

さて、先日お伝えしていた「文字指導セミナー」の続報です。

11月25日(土曜日)
広島クリスタルプラザ (広島市中区中町;広島電鉄「袋町」駅より徒歩3分)
「英語教育の達人セミナー」、通称「達セミ」で、講師をします。

タイトル:「ライティング指導の第一歩は文字指導から」

私の講座は午後から(14:00くらいから2時間でしょうか)
内容は「文字指導を振り返り、試して、考える」2時間です。
教則本や四線ワークシート、筆記用具・補助具など、現時点で私が授業で使っているもの、お見せできるものはまとめて持参します。できれば関連する私のブログ記事くらいは事前に読んでおいて欲しいのですが、まあ、そうでない方も含めて「その時通り」「その場通り」で対応します。
あっ、「達人セミナー」は、「山口県英語教育フォーラム」とは違って、「有料」ですのでご注意を。4千円くらいでしたっけ?後日詳細をお伝えします。

最近の「ヨンギノー(試験)」の喧騒(喧伝?)で、私はしばらくこの「達人セミナー」からは距離を置いて過ごしていましたが、今回は広島の胡子美由紀先生からのたっての依頼でしたので、テーマが「文字指導」でもよければ、ということでお引き受けしました。
あっ、当然の如く、午前の講座は胡子先生のご担当です。
ご都合のつく方、広島へのアクセスの良い方、有料講座になりますが参加をご検討ください。

haratomo様、デビュー35周年福岡公演の振り返りは、また日を改めて。

本日の心のBGM: くちなしの丘(35周年記念ツアー弾き語りバージョン)/ 原田知世

お読みなさい

週末で文化祭も終わり、担任としての次の大きな行事は「修学旅行」。
海外などではなく、新幹線で東京方面です。なぜ、よりによって大学で4年、教員で21年いた東京へ…。
個人的には、引率より期末試験の方が大変です。高2の修学旅行のために、2学期の期末試験が早まり、高1、高3は授業をしつつ、高2のテスト問題を作り、高2が修学旅行にいっている間に、高1、高3は期末試験なので、結局、修学旅行に行く前に、高1、高3ともに試験は作っておかなければならないというスケジュールですから。どの科目も一人で担当しているため、毎回、3学年で6種類作っているので。同業の方の苦労がよく分かります。

先週も行事前とは言え、授業はあったので、その高1の授業で驚いたことをば。
「まさか?」というよりは、「またか!」とか「まだか…」というのが正直な感想でした。

高1の2学期の授業では、近年「全国縦断公立高校入試リスニング問題制覇の旅!」という企画を続けていて、その一コマです。
入試オリジナル問題の素材文を使った「導入」のあと、素材文では、「スカスカ」でつながりやまとまりが希薄な部分を私が加筆修正した英文を聞かせたり、読ませたりしています。
で、その際に、「ここは比較級の出番」「効かせどころ」と、比較級のポイントを話した際の一部生徒の反応が気になりました。
そこで、ちょっと時間をとって、

  • 中学校の時に、学校の授業や、高校入試前とかに通った塾の先生に、こういうような図で、tall < taller < tallest と教わってきた人?


home_homer_homest.jpeg 直

と訊いたら、4分の1くらいの生徒が手を挙げたのです。これが私の「またか&まだか」。

分母(母集団)がこの三人と決まっているのなら、Aは shortestで、 C はtallest になる。
AとBの比較では比較級 taller が表すのは網かけ部分だけであって、taller自体に『背が高い』というプラスの評価の意味合いがあるのではない。
この場合はただ、『背の高さで勝っている』ことを表すだけ。

と念を押し、「入院患者が、ICUから一般病棟へ移されただけでも、比較したらよくなっているので、betterな状態への変化、意識不明だった状態から意識が戻った程度の回復でも、The patient got better. と言うところが、比較級のポイント」という、私の授業の定番でしめくくり。

「比較」という概念と英語での表現形式は、「入試」が絡むととかく「解法のテクニック」と一緒に語られることが多いのが不幸だなぁ、と常々思っていますが、過去ログのこのあたりをしっかりと読んでおいて欲しいと切に願います。
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20121028
で示したリンク先の、
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20080529
にはこんなにコンパクトに書いています。

総じて比較という「概念」は、数量に置き換えて考えれば
• i. ある数量よりも多い・大きい
• ii. ある数量と全く同じ
• iii. ある数量よりも少ない・小さい
の3通りに分類することと言えるだろう。そして、英語の「比較級」というものは、i. かiii.を論じるために存在する形式と言ってよかろう。そうであるならば、「比較級の概念」を否定するということは、i.でもiii.でもなく、ii.が残る、と考えるのが原理原則を単純に考えるということになりはしないか。

これが私の考える「適度な一般化」ということです。

この比較級の扱い(というか取扱のミス)は過去ログでも、とある教師向けの概説書を取り上げて指摘していましたが、その後、この過去ログで取り上げた書籍では修正されたのでしょうか?

blue
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20140714


さて、
呟きのtime line で四軒家忍先生が、「英語のo を下から書く人」に対する違和感を述べていたのですが、これ、教師でもやっている人いらっしゃいますね。何年か前に、地元の中学校の研究授業を見た際に、教師の板書でこれを見て、「ドキドキ」しました。

はじめにお断りしておきますが、欧文書体の手書きには唯一絶対の「筆順」「書き順」はないと考えて良いでしょう。ただ、個々の文字を書きやすい運筆は存在しますし、次の文字への連結 (= joins; joining) を考えた際により好ましい運筆は存在します。その意味では、「原理原則」はあると考えてもらった方がいいのです。

いつもいつもいつも、この方の引用ばかりで申し訳ないとは思いますが、日本ではこれほど英語教育に熱心なくせに、この方の本が殆ど読まれていないのですから、仕方ありません。

Rosemary Sassoon. 2006. Handwriting Problems in the Secondary School. Paul Chapman Publishing, London

Handwriting Problems in the Secondary School

Handwriting Problems in the Secondary School

ここでは、教育現場での長年の経験と、彼女の慧眼とに基づいた「問題」の認識とその分析、対処法がまとめられています。

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Sassoon PW2.jpeg 直

四つ目のファイルだけ、写真も見えるようにしておきましたが、未読の方は、どのページにも、「知っておくべきこと」が見つかることでしょう。
「(小文字の) d」の指摘などは私でも「目から鱗」でしたから。
文字の「類型」に関しては、日本の小学校英語関連では、いまだに「大文字」から教えて、「小文字」へと移行し、「なぜ小文字のほうが上手く書けないのか?」なんてことをぼやいていたりしますけど、もっと「真面目」に、英語L1の文字指導の知見(の蓄積)から学ぶべきだと思いますよ。

大御所のAlfred Fairbankしかり。A Handwriting Manual (1975年版) では、次のように類型化しています。

Straight downstrokes (hill)
Upstrokes and diagonal joins (nun)
Horizontal strokes and joins (ton)
Clockwise curves (bhkmnpr)
Counter-clockwise curves (acdeglqtu)
Ellipses (o)
Angles (vow)
Pushed strokes (adf のentryや fgjs のexit)
Serifs (inu のexit)

ここで、o の類型が、円ではなく、楕円になっているところがミソ。

もう少し近年では、Nelsonのシリーズを支えてきた、Peter Smithしかり。
Peter Smith. 1993. New Nelson Cursive Copymasters Teacher’s manual, Nelson では、

Family 1: a c d e g o p are based on the oval, starting at ‘1 o’clock’ and moving anticlockwise.
Family 2: b h k m n p r are based on the bridge pattern, which should not be too wide.
Family 3: f I j l t z are based on vertical and/or horizontal straight lines.
Family 4: u and y are based on diagonals, while s is a special case with reverse direction curves.

という類型です。Family 1 で、o だけではなく、acdegp のボディ部分(カウンターなどと呼ばれることもあります)が circle ではなくovalであることに注目してほしいと思います。
この教師用指導書には、教室内評価の項目として、Construction of letters に次の観点が明示されています。(p.17)

a) Are the letters made with the correct movements?
b) Are all the letters except f I j t x made without lifting pencil from paper?
c) Are downsrokes vertical and parallel or sloping slightly to the right?
d) Do a b c d e g o p q have oval rather than rounded bodies?
e) Are the letters correct in shape and proportion?

d)の項目は「評価」の対象でもあります。
e) が最後に来ていることは、日本の指導者・研究者にもう少し注目されてしかるべきでは?

ということで、「目利き」の目にもいろいろあるわけですが、上述のSassoon本に関しては、書名の Secondary School という用語がミスリーディングかと思えるほどに、handwritingの指導に関わる、全ての教師が読むべき価値のある本だと思います。

できれば、本日の表題を、以下のセリフに置き換え、更に、『銀河鉄道999』のメーテルや女優のオードリー・ヘップバーンさんの吹き替えで有名な声優の池田昌子さんの声に脳内変換してお読み下さい。

  • ていうか、読めよ!

本日のBGM: The Audrey Hepburn Complex (PIZZICATO V)

I'm a man.

※ジョー・ジャクソンのアルバムタイトルみたいな題を付けていますが、性差別的な意図は全くありませんので、誤解無きよう。

2学期は学校行事も多く、変則的な時間割になることが多いのですが、実作は淡々と。
高3では「模試」の解説もしています。
と言っても、「解法の伝授」ではありません。

大学入試センター試験で「グラフ・図表」問題、などといわれる出題形式がありますが、まずはそこから。
グラフ・表などを盛り込んだ出題形式であっても「英文」を読むことが基本なので、「英文」と「エイブン」の見極めは勿論、「数量表現」「比例表現」「倍数・分数」「割合・比率」などを確認しています。
ここは、現任校の以前のカリキュラムや、前任校などでは、「ライティング」の指導の流れで、「説明文」の必須の課題として「書かせて」いたものです。僅か数年、十数年前のことですが隔世の感があります。

私の手書きメモを貼っておきますので、↓アイコンをクリックして下さい。

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「ディスカッションもどき」問題では、選択肢を消して再読させ、自分で要約や言い換えをさせています。日本語でOKと言っていますが、5人に1人くらいは英語でチャレンジしています。(「もどき」という形容の背景は語ると長くなり、私のストレスも増しますので、過去ログをお読み下さい。)

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で、その後、選択肢を再読して、「真っ当な表現を選ぶ」というもの。結局「読解」問題というのは簡単ですが、英語力のある生徒ほど、選択肢で使われている英語表現、語法の「アラ」が気になるものです。で、「消去法」などが幅をきかせるのですね。

授業でコメントしたのは、「あくまでも『もどき』だから」ということと、「議論している個々の『固有名詞』の発音がわからないとイライラするから、『男子Aさん』、『女子Bさん』くらいでいいんじゃないの?」ということ。

これ、面白いのが、

司会者気取りのAoto (アオト?エイオウト?)の出すお題に、お調子者のOwenが2つアイデアを出したので、そのうちの1つ「専門スタッフ」を膨らませて、「専門オフィス」を欲しがるMia (ミア?ミーア?マイア?)の声は、自分で「専門スタッフがいればなぁ…」言っておきながら「事務所レベル」の話に広がりそうだと早々と切り捨てるOwenによってかき消されてしまう。そして、その後、Miaの発言機会は与えられず、最後に「総意」がまとまるはずの場面でも、Miaからは賛意が寄せられたかどうかわからないまま、この議論は終わっている。

という構成。
流石は「もどき」の出題を周到に分析して作られた模試だな、と思いますよ。

写真の手書きメモはLamy nexxで書いたもの。青インクはLamy のターコイズ。ニブはスタブの1.1mmに交換しています。

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模試の出題と解説で困るのが、「現代英語の語法に照らして、その出題形式で問うことに意味はあるか?」という設問。
今回の進研模試だと、これ。

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文法なのか、語法なのか、イディオムなのか、単なる語彙の知識プラスアルファを見たいのか、10題しか無いなかで欲張りすぎのようにも思います。受験対策では「第2問」などと呼ばれるカテゴリーのために膨大な練習問題を用意しているのでしょうね。

一番気になったのは、所謂「倒置」による、条件節相当の表現となるもの。「なぜ?」とその理屈や由来を問われても、専門家の間でも断定はできずに今日に至っているようなものですが、私は「疑問文由来」に与しています。それでも、この形式は formalな物言いなんだと思いますよ。文法所や辞書の「スピーチレベル」では、「格式体」とか「かたく」というような注記がつくところでしょう。

もっとも、「格式体」とか「かたく」というのは、何も「話し言葉では一切用いられない」ということを意味しません。「改まった場面で話す」ということは日常で多々ありますから。それでも、この程度のことで「倒置による条件節相当の表現」を使うかな、というところ。しかも、模試の解答解説には「スピーチレベル」の話は一切なし。

読解の文章中に出てくるのは普通のことなのでそこでの出題なら全く問題はないと思うのですが、これを「英文を完成する」という形式で問うことに意味があるか?ということです。

センター試験の第2問は見直しが求められてしかるべきであり、これでは「知識偏重」と言われても仕方ないでしょう。

もう一題は、出題の英文での、beyond description の使われ方に関する違和感。

確かにbeyond description とはよく使う表現だと思うのですが、その定型句の定義でさえ、description の関連語(つまりdescribe) は使わない工夫をするものでは?というのが私の語感であり実感です。

ケンブリッジのアプリ辞書から。ここでは、describe を使って定義しています。

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ODEアプリ版。

beyond description_ODE.jpeg 直

こうなるのが普通というのが私の感覚です。

beyond を使った定型表現の例。コウビルドの米語英英和から。
こういうことばの選択にこそ知性が現れるかと。

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第2問のBは整序作文。「並べ換え(替え)」問題。
なぜ、対話文にする必要があるのでしょう?
対話文にしたがために、ツッコミどころ満載。対話ってこれで終わっていいの?

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最近登場した第2問のCの方は、改善ではなく即刻廃止すべきだと思っています。

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対話文である必然もなく、組み合わせで、英語としてあり得ないものが選択肢になっているのです。
「8択」になるわけがない!
見にくいだけでなく、醜い問題。
こんな頭の使い方を「模試」として課されたり、さらにはその練習として課されていけば、言葉のセンスがどんどん劣化していくことでしょう。

という具合に「模試」を受験させる度に、その出題にストレスを感じます。以前は、その都度「模試」の出題を司る「編集長」にメールを出して照会していましたが、最近では徒労に終わることが分かっているので自分の授業の中で取り上げて注意を促しています。

例によって、授業に当たっての「教材研究」はたいてい手書きなのですが、最近、「文字指導」に関して「指導者の指導」での助言を求められることが多くなったこともあり、自分の「筆記用具」も万年筆のニブ(ペン先の金属部分)をスタブにすることにしました。欧文書体を身体で感じる「学び直し」ですかね。

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お陰様で、何かとストレスの多い、模試の解説のための準備でも、文字通り「文字を書くストレス」は激減しました。スタブ様々です。

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万年筆の胴軸の素材と形状、硬さ(柔らかさ)は指が胴軸に接する感触を左右するし、ホールド感はペンの長さと重さ、前後の重心配分バランスで随分変わります。そして、ペンそのものの重さと筆圧によって滑らかに動かし続けることができます。上手い下手はその後の話かな、と。

「小学校英語」に関連して、文科省からの新教材 “We can!” が話題となっているようですが、十数年、このブログなどで叫び続けてきたことも無駄ではなかったかな、という感想です。ただ、現場の指導者を指導する「有識者」や大学の先生方の「文字指導観」には「?」も多いので、まだまだ叫び続けないといけないと思っています。

今のところ、11月下旬に広島にて、「文字指導」関連でセミナー(ワークショップ?)を担当することが決まっています。有料で人数制限はあるかと思います。詳細が決まり次第、こちらでもアップします。

年明けの2月の某学会(私は会員ではないのですが)、では久々に生業の専門(自称)の「ライティング」でお話します。こちらは「文字指導」ではなく、中高現場での「ライティング」に特化したワークショップを担当する予定です。

本日はこの辺で。

本日のBGM: No Myth (Michael Penn)