commencement

今日は現任校の卒業式。
担任として卒業生を送りだすのはこの学校で3回目。
今回は進学クラスの担任として入学から持ち上がりで卒業まで。現時点でまだ国公立の前期試験の結果がわからないので、最終進路のまだ決定していない者もおりますが、節目は節目です。

  • 卒業おめでとうございます。


そして、このたび、私も「卒業」します。
大学新卒で都立高校の教諭を振り出しに33年間、主として高校の英語教員をしてきましたが、この3月末でそのキャリアにピリオドを打つことになりました。まだ高2,高1の学年末テストと評価などがありますし、現職の在籍は3月中は続きますので、仕事は責任を持って全うしますが、そこで一区切りです。


既に、一部の方には伝えていましたが、4月からは組田幸一郎氏の主宰・経営する「Sアカデミー」の専任として中学生から高卒生までを対象に英語を教えることになります。その意味では、まだ「英語教育」には関わり続けるとも言えますが、「本業」とずっと称してきた Rowing(ボート競技)のコーチングは休業です。もともと、英語教師としてではなく、Rowingの指導者として山口に来ましたのでやはり色々な思いが込み上げてきます。2011年の山口国体のボート競技の指導者として、2007年に県に招かれたものの、県立高校の教諭や教育委員会づきの職員としては採用されず、県内の私立高校も競技人口の少ないボートという競技で新たに部活動を興そうなどとは思ってくれず、どこもかしこも食指を動かすことのない中、現任校の学校法人の当時のO理事長の「そいつ、面白そうじゃないか。ウチでやろう!」という鶴の一声で、ボート部をつくってもらえることになり、採用され着任し12年が経ちました。

英語教育以上に、「教職」「公教育」への拘りは持っているつもりでしたが、昨今の「改革」の波、とでもいうのでしょうか、学校現場を市場として「民間」が参入し、現場が疲弊していくような実感が募ってくるなか、「教職」に就く「公教育の教師」という自分の姿と,自分の英語教師としての輪郭線との間にズレが生じて来て、自分の「あり方」を考えあぐねていました。昨年の8月初頭に、鈴木大裕さんのツイートで記事が紹介され、あるベテラン教員の言葉が引かれていたのを覚えている方はいるでしょうか?

  • 私が教職を去るのではない。「教師」というしごとが私を去っていったのだ。『クレスコ』4月号から

https://twitter.com/daiyusuzuki/status/1025160476823441408

このことばはその時に自分が感じていた「虚しさ」のようなものを代弁してくれたような気がしていましたが、同時にまた、「私自身が求める『教師というしごと』」(こんなにカッコつけなくても、とも思いますが)を続ける「最適解」がどこかにあるはずだとも思っていました。その「解」として、組田さんからのオファーを受ける決断をしたわけです。

先月の「東大シンポ」の講演の冒頭では、万感を込めて教職から離れる旨の挨拶をさせていただいていました。直に「シンポジウム」の報告書も公式サイトでアップされるでしょうから、そちらでご確認いただければと思います。


本業のRowing (ボート競技)の指導では挫折と失敗の繰り返しの日々でしたが、県内のボート関係者には本当にお世話になりました。ありがとうございます。悔しいレースの方が多いのですが、自校選手だけでなく、成年チームの優秀な選手にも恵まれ、良いレースができたことも良い思い出です。

生業の英語教育では「山口県英語教育フォーラム」を8回開催し、お招きした講師の方たちとの交流もでき、参加された方たち、少数ではありますが、県内外からここに集い、「確実に種が蒔かれたな」という方たちの存在も実感できましたし、同僚も含め、地元の先生が何人もフォーラムの運営をサポートしてくれましたので、まあ、結果オーライ、「プラマイプラスです!」ではないでしょうか。

自慢のフォーラム講師陣と各回のタイトルを今一度振り返っておきましょう。

第1回(2008年)英語授業維新はここから
• 松井孝志
• 阿野幸一
• 久保野雅史
• 田尻悟郎


第2回(2009年)現場教師の声に「力」を!Power to the people who teach English
• 今井康人
• 永末温子
• 久保野りえ


第3回(2010年)今こそ、豊かな「ことば」の生きる教室を求めて 〜 ことばへの気づき、学びへの気づき
• 柳瀬和明
• 大津由紀雄
• 加藤京子


第4回(2011年)『英語教師の視点と立脚点---「教育」「読む」「つくる」の立つ場所とそこから見えてくるもの』
• 組田幸一郎
• 佐藤綾子
• 萩原一郎


第5回(2012年)「英語教育改革」その前に…。
• 長沼君主
• 山岡憲史
• 奥住桂


第6回(2013年)教室の英語は今…。
• 高橋愛
• 山岡大基
• 植野伸子


第7回 (2014年) 英語教育、「見直したい」も見直したい。
• 松井孝志
• 田地野彰
• 胡子美由紀


第8回(2015年;最終回) 英語教育を語る視座を揺すぶる
• 松井孝志
• 寺沢拓敬
• 亘理陽一

講師を引き受けてくれた皆さん、本当にありがとうございました。私自身の心が折れそうな時に、どれだけ救われたことか。タイトルに込めた思いも、参加者の胸のうちで、それぞれ、それなり、そのうちに芽吹き、花開くことでしょう。

4月以降の私の具体的な仕事内容は、Sアカデミーからの情報発信の方が詳しく、確かだと思いますので、そちらをご覧下さい。

Sアカデミー
http://www.s-academy.net/

Sアカデミー先輩の先生方、宜しくお願いします。新年度の受講生の皆さん、Sアカデミーでお会いできることを楽しみにしています。


このブログも、2004年から足掛け15年。15歳といえば、日本では義務教育を卒業するくらいの年齢です。

2007年の「大いなる船出」に際して、私はこう書いていました。

英語教育の明日は一人一人の英語教師の手に委ねられています。一人が不安なら、団結するもよし。ただ、手をつなぐためにはそれまで握っていた何かを放さなければならないものです。

  • 鍵はいつも、掌にある。握りしめている間は使えない。

tmrowing.hatenablog.com

本当に、鍵はいつも「かたちをかえてそこにある」ものなのでしょう。

コメント欄は開放していますので、卒業する私への「はなむけ」のことばでも投げかけてやって下されば幸せます。

本日のBGM: グッドバイから始めよう(佐野元春)

Spellbound

手島良先生より、新刊の『これからの英語の文字指導 書きやすく 読みやすく』(研究社、2019年)を送っていただきました。
ありがとうございます。
books.kenkyusha.co.jp

私は今でこそ、ライティング指導を専門とすると自称し、「ライティング指導の第一歩は文字指導から」と唱え続けていますが、そもそも、私が文字指導に興味関心を持ったのは、若林俊輔先生の薫陶によるものです。教壇に立って数年が経ち、1990年代の「基礎英語」のテキストでSassoonフォントを目にしたときの衝撃は今でも忘れません。その仕掛け人こそ、手島良先生でした。それ以来、文字指導で手島先生が拓き、均してきた道を、その背を追いかけるように駆けてきた後輩の一人として、今、日本の児童、生徒に必要な文字学習の教材が、このような豊富な経験と深い見識に裏打ちされた日本の第一人者によって書かれ、市販されることを言祝ぎます。著者の手島先生、研究社の編集者の方々のご尽力に改めて感謝の意を表したいと思います。

以前、手島先生からは、この本に結実することになる草稿も読ませていただいていましたし、その草稿に対しては個人的に意見も伝えさせていただいておりました。研究社から世に問われる多くの書籍と同様に、この本も不易流行、次世代にも読み継がれ、受け継がれる書になると思いますので、現段階での拙速な評価は慎みたいと思い、手島先生にも、その旨はお伝えしてはおりましたが、一般書店でも発売されたと思いきや、早、密林での在庫切れとの情報を知り、急遽、ブログで取り上げることにしました。

発売即在庫切れ、というのは、恐らく、「小学校での英語の『教科化』」を間近に控え、相当数の教育関係者が「文字指導」に不安を持っていることの現れでもあると思うのです。多くの方の目に触れ、手に取られることと思いますが、この書が単なる「マニュアル」として消化されることがないように、第1章と第2章に関してのみ、私が「文字指導をする方たちに、よく読んで、考えてほしい」あれやこれやを、ここに記して置こうと思います。

まず、伝えたいのは、この書は、小学校・中学校・高等学校で、児童生徒の指導をする英語教師だけでなく、その教師の指導に当たる立場の、各自治体の教育委員会の指導主事や大学で教員養成に携わる大学の先生方にも読んでいただきたいということです。

次に、「教師・指導者自身が手書きをすること」の意義です。
私も、過去2年で2回、「教育関係者対象の文字指導」のセミナー、ワークショップを行いました。
これから教壇に立つ方も、既に教歴の長い方も、実際に新たな枠組み・体系に則って「手書き文字を体現する」機会は、そう多くありません。この手島先生の新刊は、豊富で体系的かつ具体的なワークシートが付随(要ダウンロード)することで、児童・生徒の練習だけでなく、その前に、それと並行して、教師・指導者自身が、手書き文字の「現代体」では、どのような文字・字形・書体・運筆を成すのかを体現できる、という意味でも貴重な一冊といえるでしょう。

以下、第1章で気をつけたいことから。
「第1節 まずは書体を比較すると」の最後の「コラム」(p.10)で指摘されるように、「活字体」「ブロック体」「筆記体」といった、旧来(従前)の日本の英語教室で耳にする用語の問題点を認識し、「英語の手書き文字」を語る、リテラシーを日本の英語教育の世界に確立することが重要です。
Ball & Stick 体と呼ばれる字形の源流とその教育的な観点での問題については、手島先生が参考文献に示した Briemのサイトの資料 Handwriting Repairを御覧ください。

sites.google.com


p.9にある「手書き文字の分類表」は、手島先生が既にセミナーやご自身のブログなど発表されているものですが、あらためてその分類の精緻さに驚かされることでしょう。ここでの「運筆」「筆法」に関しては、第2章をカバーした上で、再度戻って確かめることをお勧めします。

「第2節 英語の文字に対して生徒が抱く疑問」には22の質問がリストされています。
詳細は実際にお読みいただきたいと思いますが、

文字を書く方向
文字数
大文字と小文字
文字の幅・高さ・位置
字形
筆順
文字の名前と読み方

など、教師が気にしておかなければならない観点を浮き彫りにしてくれますので、ここは軽く流したり、読み飛ばしたりせずに、ひとつひとつ確認してもらうことを望みます。ここで「?」を共有しておくことで、このあとの第2章以降で、より深い「気付き」が得られることと思います。

「第3節 文字指導のCAN-DO リスト」では、まず、pp. 17-19の文字の弁別的特徴を読み、実際にそのペアを書いてみることをお勧めします。
ここから先の「指導例」には、目安としての時間がついたものが多いのですが、指導者側が実際に自分で書いてみることがこの「目安」を体感するのに必須かと。
第1章の最後には「コラム」があり「学習指導要領」への注文(とりわけ「筆記体」の認識を改めること)もなされています。

「第2章 文字を教える」
は、手島先生の専門性と経験知の結実と言えるでしょう。「臨床の知」ということばは陳腐な用語となりつつありますが、入門期の学習者(及び再入門の学習者)指導に関わってきた手島先生の「目利き」に唸らされます。「心ここに在らざれば視れども見えず」ですね。

一点、「大文字が先か、小文字が先か」という指導の手順では、私自身は「小文字から」という方針ですので、手島先生との私信でも、この部分でのやり取りがありましたが、「大文字が先」という手島先生の意図・狙いに関しては、

  • できる限り早く小文字の指導に入るという条件付きで

という但し書きをよく読んでいただきたいと思います。小学校英語関連での「伝達講習」などで、既に文字指導が行われていると思いますが、テキストがその順番だから、ではなく、その背景にある理念・哲学に十分に注意・配慮して指導に当たって欲しいところです。

この第2章の中で、とりわけ注意を喚起したいのは、p. 48の「文字練習のさせ方」での、グループでの「縦」書き練習と、「分散」練習です。
私も、常々、「分割縦書き」の重要性を訴えていますが、

  • 1つの文字を繰り返し書かせることをしない
  • 一度に右端まで埋めさせない

というところは「現場」に浸透して欲しいと思っています。
「そのこころは?」と思われた方、異論のある方は是非、ご自身の目でお確かめください。

「大文字の指導」の「第3節」での私からの注文・要望は1点。
p. 52で、「大文字の文字の幅による分類」があり、字高(文字の背の高さ)との比較があるのですが、

MWの肩幅と歩幅、Mの谷とWの山
Qのしっぽの位置と向き
BEFPR(S)の一階と二階、肩幅と歩幅

についての補足、コメントがもう少し欲しかったと思います。この点に関しては、過去ログ
tmrowing.hatenablog.com

をお読みくだされば、私の意図はわかろうかと。

「第4節」から、小文字の指導に移りますが、ここでの文字の分類整理は、「第5節」で、実際に(教師・生徒ともに)書くことを体験してから、もう一度戻って確かめることが重要かと思います。

この分類では「筆法」に焦点が当てられているところが、従前の「市販ペンマンシップ教材」との相違点でしょう。文字を書く際のstrokeで、共通する動きを持つ文字を分類整理して練習しますので、開始点のドットと矢印のついたガイドラインに十分に注意させて指導することが望まれます。

motor skillsの習得が重要な観点なのですが、「通ってきた道を戻る」運筆に関して、日本語の「かな」との比較対照など、もう少し言及があっても良かったように思います。
過去ログの
tmrowing.hatenablog.com
に関連資料が見つかると思います。


「フォント」に関しては、Sassoon とBriem Handwriting とを取り上げていますが、なぜこの2つなのか、ということは、pp. 74-78までの「現代体の字形の整え方」で明らかにされています。ここは私も読んでいて震えました。第一人者が第一人者たる所以だと思います。

「第7節 大文字と小文字の練習」
では、字高と位置の習熟のために、四線、一線、二線と補助線の「効かせどころ」に配慮した指導例が示されています。味わいたいところです。
私は、4:5:4とか5:9:6の四線を活用し、徐々にそこからの自立を促すようにワークシートを工夫して使っていますが、手島先生の指導では、できるだけ早く「四線」を使わなくても安定して字高・位置・字形が整うようにシラバスが構築されているところに注目して欲しいと思います。

第2章の最後には、「コラム」で、「左利き」への対応、「ペンの握り」が取り上げられています。
「ペンの握り」に関しては、『小学校で英語を教えるためのミニマム・エッセンシャルズ 小学校外国語科内容論』(酒井他編、2017年、三省堂)に収録のコラム(「コラム3 鉛筆の望ましい持ち方」小林比出代)の方が詳しいと思いますが、左利きの学習者への配慮、指導方法だけではなく、彼らの「困り感」を右利きの指導者が追体験する具体的な手順も記してあるところが手島先生ならではだな、と感心しました。
「筆記具・補助具」に関しては、このブログにも特集した記事がありますので、参考にしてください。
tmrowing.hatenablog.com


以上、駆け足で第2章まで言及しました。第3章以降も含めた詳しい評価は、また追って書きたいと思います。

繰り返しになりますが、英語教育関係者必携・必読の書です。
焦らず、丁寧に繰り返し、じっくりと消化吸収すべき、という点では、以前、同じ研究社から出た、

大名力『英語の文字・綴り・発音のしくみ』(研究社、2014年)
books.kenkyusha.co.jp

にも共通するところがあるかと思います。

やはり、このような、専門性が高く、読めば読むほど、噛めば噛むほど味わいの深まる本が、研究社からの英語教育関連書の真骨頂なのでしょう。

英語学習者として、英語教育に携わる者として、このような本に育てられ、鍛えられてきたことに改めて感謝します。

タイトルの「これからの…」ということばに込めた先輩の思いを噛み締め、本書を熟読玩味します。

本日はこの辺で。

本日のBGM:Something in common (Dawes)
f:id:tmrowing:20190221133039j:plain

「みんな牙を隠し 大人のふりをする」

行ってきました,東大へ。言ってきました、東大で。

2019/02/10
東京大学高大接続研究開発センター主催シンポジウム
「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって(2)
https://www.ct.u-tokyo.ac.jp/news/20190110-symposium2019/

登壇者のうち私だけ遠方なので、土曜日のうちに上京する予定でいたのですが、三連休の初日と三日目に雪予報で、飛行機が飛ぶかが本当に冷や冷やで。
南風原朝和先生に、万が一のことを予め伝えていたのですが、先生は流石に大人(たいじん)です。「大丈夫だと思いますよ」との返事。本当に大丈夫でした。
着陸態勢になって雪雲に突っ込んだところで相当に揺れましたけど。

まずは、「シンポジウム」に穴を開けずに済んだことに安堵しました。

今回、南風原先生にお声掛けいただき、

石井 洋二郎 
南風原 朝和 
大塚 雄作 
荘島 宏二郎 
亘理 陽一 
笹 のぶえ
(敬称略)

という登壇者の中にいれていただくという貴重な機会を与えていただいたことにあらためて御礼申し上げます。皆さんの講演から、刺激を受け、多くを学ばせていただきました。
会場にお越しいただいた方たち、スタッフの皆さんにも感謝いたします。

既に,シンポジウムの当該頁に,当日の発表スライドもpdfでアップされていますので、会場でお聴きいただいた方も、申し込みたかったけれど既に満席で受けつけされなかった方も、前日の雪で上京が適わなかった方も、申し込むつもりはなかったけど面白いらしいと耳にして興味を持った方も、興味があるくせに悪態をついていたような方も、是非、こちらの資料にお目通しいただいて、考察・議論を深めて下さいますよう、お願いします。
昨年の「第一回」の流れを見ますと、このあと、3月から4月くらいに「報告書」がリリースされて、当日のやり取りも含めて再現され、シンポジウムの成果をあらためて世に問うことになるようです。

センター主催シンポジウム「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって(2)」を開催《講演資料を掲載》

https://www.ct.u-tokyo.ac.jp/news/20190210-symposium2019-report/

当日の実況や感想、ご意見などは、こちらの「まとめ」に詳しいかと。○先生、ありがとうございました。

東京大学高大接続研究開発センター主催のシンポジウム「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって(2)」2019年2月10日
2月10日行われた標記シンポについて、ツイートを速報的にひとまとめにしました。少しずつ修正していく所存です。

https://togetter.com/li/1318020

ということで、SNSでもそれなりに反応,反響はあったように思います。期待に沿わない内容、展開、結末など、それぞれの視座、立場で思うところはあるでしょうが、私自身の講演(?)の補足も含めて、「報告書」がリリースされるまでは、このブログでもあまり多くを語りませんので、ご理解いただきますよう。
既に、SNSで呟いていたことだけ、こちらで再録しておきます。

Takashi Matsui on Twitter: "(承前)疑問点や懸念に対してほぼ無回答で時が過ぎ、政策実施期限が迫っている今、「理」を説くだけでは世の中は動かないように感じているからです。「NPO法人・森は海の恋人」の畠山重篤氏の「世の中を変えるには詩人が必要だ」という一節を反芻していました。詩人も叫べ、という批判は甘受します。"

個人的に、メール等でお尋ねいただけば回答はいたしますが、その場合も、直ぐに回答できるものと、報告書のリリースを待って、というものがあるのかな、という理解です。

ただ、一点、それぞれの先生からの講演のあと、質疑応答・討論の段階で、石井洋二郎先生から、「TOMOYO問題」が取り上げられ、会場が笑いに包まれるという場面についての補足を。
会場の400余名の面前で「信仰」の告白をするというのは、なかなかない体験でしたが、石井先生のこの御著書の項目を見るに、「名前」で突っ込みが入るのは必然だったかと思います。念願のサインもいただきまして、本当にありがとうございました。
こちらでご確認下さいますよう。

本日のBGM: 2月の雲(原田知世/作詞:高橋久美子、作曲:伊藤ゴロー)

追記:当日私が胸ポケットに付けていた、"center hero" の缶バッジは荘島先生に差し上げました。
f:id:tmrowing:20190216165727j:plain

"Make a little space to make a better place"

2019年になって最初の更新です。
最後にならないことを願います。
前回のエントリーで、コメント欄を開放し、温かいお言葉、励ましやねぎらいの言葉をいくつかいただきました。ありがとうございます。
ここに転載させていただき、重ねてお礼を申し上げます。

ヒャダイン さん
来年は、松井先生自らが、いい教材をバンバン出版なさってください。無理なら、PDFという形などで、シェアしていただけるとありがたいです。

axlight さん
いつも拝読しております,某県の高校で英語を教えている者です。先生のダイアリーの存在を知って以来10年弱,更新されるたびに必ず読んでまいりました。先生の指導観・英語観・教材観は私にとっていつも,迷ったときの道標であり,心の支えです。今回のコメント欄開放を,この感謝の気持ちをお伝えするまたとない機会と思い,投稿いたしました。

yama.hiro さん
先日はありがとうございました。先生のブログからは学生時代から勉強させてもらっています。本当に惜しみなく、いつも共有してくださることに感謝しています。

mitetさん
このブログのおかげで、どれだけ勉強させてもらったか。このブログのおかげで、どれだけ励まされたか。「はてなダイアリー」の更新が終わってしまうというのは、何とも寂しい限りです。「はてなブログ」の方で更新を続けて下さることを切に願っています。

Kamisaka Hiroshi さん
松井先生、本当に長い間、お疲れ様でした。と言って、旺盛な好奇心と探究心をお持ちの先生ですから、舞台を変えて、またご活躍を続けて行かれるのでしょう。今後も楽しみにしています。
いろいろなテーマで競い合うように書きまくっていた時期が懐かしいです。あれから色々なことがあり、教科書会社の人間は大っぴらに他社教材を批判できなくなったりしたわけですが、そういったことを出版社が自主的に決めたことが情けなくて、私もあの業界を去りました。
でも、いつかそのうち、サラリーマンを辞めてもよくなったら、何かしたいと思います。が、その前に一杯やりましょう!

bettybotterさん
松井先生、7年くらいブログポストを読ませていただいていました。最近読み返してみて、つい最近自分が思いついた気がしたことも、実は先生のブログで既に触れられている話題だったことも多くて影響の大きさに驚いています。自分にとって、英語はファッションでもおまけでもなく、身体の一部です。同じように、私の英語教育実践において、先生から学んでいることは、取り替え可能な部品ではなく、本体のOSです。
P.S. ELECの研修会で私が書いたコメントを載せてくださったのがとても嬉しく思い出深いです。

みなさん、本当に今までお読みいただき、ありがとうございます。愛着のある「はてなダイアリー」は間もなく終了します。こちらの「はてなブログ」の方の記事は一応は残ります。ただ、過去ログの「リンク」は見えていても、リンクは切れているため、その先の「ファイル」はありませんので、悪しからず。新たに、私の方でリンクを張り直すということはいたしません。

さて、
近況の報告というよりは、イベントのお知らせです。
昨年の2月10日 東大でのシンポジウムが大きな話題となりましたが、その第二弾が今年の同日に行われます。
なんと、私もシンポジストの一人として参加します。
詳しくは、以下特設ページを御覧ください。
ここで告知しておいて申し訳ないのですが、既にメイン会場の約400人、サブ会場の約100人とも申し込み予約済みで、現在は受付を締め切っております。昨年度の社会的な反響の大きさを受け、皆さんの興味関心の高さ、問題意識の高さを実感しております。

https://www.ct.u-tokyo.ac.jp/news/20190110-symposium2019/
センター主催シンポジウム「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって(2)」
日時2019年2月10日(日)13:30~17:30
会場 東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター・B2 伊藤謝恩ホール

プログラム
開会の挨拶

  • 石井 洋二郎 東京大学理事・副学長

講演
南風原 朝和 東京大学高大接続研究開発センター長

  • 英語入試改革の現状と論点

大塚 雄作 京都大学名誉教授/大学入試センター名誉教授

  • 大学入試センター試験はどのように作成・実施されてきたか

荘島 宏二郎 大学入試センター研究開発部准教授

  • センター試験「英語」はどのような試験だったか

松井 孝志 山口県鴻城高等学校教諭

  • 高等学校から見たセンター試験と民間試験の「英語」について

亘理 陽一 静岡大学教育学部准教授

  • 高等学校による英語運用能力のアセスメントについて

笹 のぶえ 東京都立三田高等学校長/全国高等学校長協会長

  • これからの大学入学者選抜に望むこと

討論

  • 講演者全員・石井 洋二郎

司会

  • 南風原 朝和

今回は「センター試験」に、しかも私の役割は「英語」という部分にスポットライトを当てることになりますので、昨年まで書いてきたセンター試験批評も今年はお預けです。今年は「リスニングテスト」第1問がほぼ全ての話題を攫っていった観がありますが、他にも考えておくべきことは多々あります。
当日、東大にお越しいただけない方々には、シンポジウム後にあらたな気付きがあれば、そこから何か書きたいとは思っていますので、後日また覗いて見て下さい。


今年度は高3の進学クラス担任なので、こんなことを書いている現在も、「センター試験」の自己採点に基づくデータリサーチ関係で大童なんです。
本日はこの辺で。

本日のBGM: Heal The World (Paul Heaton & Jacqui Abbott

弁別と分別と

先月の30日以降、一度も更新できないまま、年の瀬、大晦日を迎えました。

まずは業務連絡から。

2014-2016年程度の更新はしたかったのですが、年内に「はてな」の方から、「ダイアリー」を終了するというアナウンスがあり、このブログの在り方も考えあぐねているうちに、40 に満たない更新数となりました。現在は、「はてなダイアリー」と「はてなブログ」に画像以外は同じ情報を入れて更新していますが、既に「はてなダイアリーでのファイルアップロード」ができなくなりましたので年明けからは「はてなブログ」のみの更新になるかと思います。現在、「ダイアリー」の方にブックマークなどをされている方は、「ブログ」の方への変更をお願いします。また、2019年の1月中旬以降は現在読むことのできるファイルも全てダウンロードができなくなりますので、読みたい記事がある方はお早めに。
そういう私自身がまだ全ファイルのバックアップが終わっていない状況です。データファイルの移行・移植どころか、この足掛け15年の英語教育関連の情報が失われる可能性もありますので、宜しくお願いします。

生業の実作では、2学期終了後は、冬期課外講座が28日まで。
高3生は、「センター試験」に向けた情報の整理でした。

センター試験の筆記って、全国平均点は120点前後なのですが、最頻値は150-160辺りにあると思うので、100点に満たない人たちが毎年大量に存在するわけです。
過去問を使って解答をしてみて、60点〜80点の人を100点を越えるようにするのって、結構大変なんですよ。
そういう生徒は、読解だけを取り出してみても、語彙、文法、つながりとまとまりや論理構成のあちこちに穴があります。「まずは語彙から」とか「まずは文法を」といった「積み上げ」型の学習を上手くこなしてこれなかったからこそ、それだけの穴を残して今に至るわけですから、ただ「基礎に戻れ」とか「できる問題に集中」といってもあまりご利益はありません。
にもかかわらず、類題とか予想問題とかを使って(作って?買って?)、「その問題はやったことがある」という、再現性を高めるかのような作業が「センター試験対策」になりがちです。

最近見たある対策教材では、高得点者グループとその下に位置するグループでの小問ごとの正答率を示していたのですが、高得点者グループは全体で9割以上の得点率、その下でさえ全体で8割以上の正答率となっているので、受験者全体の英語学力の実態解明には殆ど役に立ちません。
大学入試センターが作成する「本試験・追試験」と比べた場合に、業者の模試にしろ、問題集にしろ、その構成や形式、分量では似せられても、問題の質という点では、せいぜいが劣化コピーですので、その結果に一喜一憂する必要はありません。模試に何か利点があるとすれば、全受験者のデータ処理後に、大問、小問ごとのクロス集計が見られる、と言うことくらいだと思うのですが、小問での正答率と誤答率、さらには選択肢ごとの選択率などは、個別に見ないとわかりません。センター試験の本試験のあとには、業者におんぶに抱っこで「データリサーチ」を行い、前年度に比べて各教科科目、文型、理系、全体での平均点の上下などがいち早く「公表」されます。これに基づいて、個々の生徒の個別試験での強み(弱み?)を勘案して、出願の最終決定をする、というのが、一般的な流れでしょうか。

ここでの焦点は、出願に当たっての合格可能性のようなものですから、その回の出題で、英語の学力の上下、優劣(?)を弁別できた問題とそうではない問題は何だったのか、にはあまり関心が払われません。その回の出題の何が好ましくて、何が好ましくなかったか、例えば、古典的な分類に従って、全体の総得点で上位の者、中位の者、下位の者、と分けた場合に、個々の設問はそれぞれを弁別できていたか、選択肢中のその錯乱肢は弁別に機能していたか、などなど、せっかく同世代の50万人が受ける「国民的試験」であるにも関わらず、そのデータが、受験生本人の英語学力の診断にも、次にその試験を受けることになるであろう学習者への学習の指針・指標にも活かされていないのは残念です。

これって、大学入試センターが責任を持って、統計処理して発表すべき情報なのではないでしょうか?受験生当人に1ヶ月でフィードバックするのは無理としても、翌年度の早い段階で、情報を公表できれば、どのレベルにいる学習者であれ、「今の自分にはできなければならない問題」だったのか、そうではないのかがわかると思うのです。

現時点で、何か、出題・問題そのものへの関心が高まるとすれば、それまでになかった「新形式」の出題があったときと、「出題ミス」が疑われるときくらいでしょうか。ミスはできればない方が良いし、もしあったとしたら、早急に対処するべきです。しかしながら、出題ミスとまでは言い切れなくとも、これまで見てきて「好ましくない出題」、「改善が求められる出題」というのは確実に存在します。

もうすぐなくなるといわれている「センター試験」作問チームのモーティべーションが高いまま持続してくれることと、これまでDNCが蓄積してきたこの国の若者の英語学力に関する膨大なデータが、英語教育の改善に役立てられることを強く願っています。


以上、本年最後の更新となりました。
新年以降、「ダイアリー」終了後、どうなるかはまだ未定です。ダイアリー終了とともに、この「ブログ」自体もとじるかも知れません。
ということで、これまでのご愛顧に感謝して、コメント欄を開放しますので、ミ○とク○の区別のつく、分別のある方からの、このブログに関するご感想などを受け付けます。コメントは承認後、年明けの更新で反映させたいと思います。コメントの承認・不承認は私が決めますので、反映されなかった場合は、悪しからず。

それでは、良いお年を。

本日のBGM: I Gatta Praise (Paul Heaton & Jacqui Abbott)

Reflection

2018年11月21日をもって、「はてなダイアリー」でのファイルアップロードが終了しました。
「はてなブログ」での画像アップロードも試してみましたが,解像度が低く抑えられてしまうので、そのままでは細かい書き込みは読むことができません。暫定的に、dropboxでダウンロード可能な画像ファイルのリンクを示すことで対応しています。

ということで、随分長いこと、高3の読解の仕上げに使ってきた津田塾大学の1996年の出題を今年も取り上げたので、こちらでその授業準備の手書きノートを公開。

ダウンロード/拡大してご覧下さい。

出題英文と解説、オリジナルの短編小説は、こちらの過去ログからどうぞ。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160119

Grandma's Lovely Looking Glass, A Mirror to the Past
By Jonnie Carter Bassaro
Christian Science Monitor, August 18, 1995
http://www.csmonitor.com/1995/0818/18161.html

※2018年11月21日追記:リンク先のCSM版では、冒頭のThe になるはずの語が、Heと読めるような、大文字のHで始まっているので、ご注意下さい。 "The moving men" で始まる文章です。


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本日のBGM: 銀河絵日記(原田知世)

それが彼らのやり方

先日のエントリーにも書いた某模試の出題に関して、責任者と電話で話をすることができました。いやー、まさかMさんが責任者に抜擢されたとは。驚きです。
「センター試験」の筆記・第2問に相当する出題での疑義と、リスニングの第1問に相当する出題での対話の不整合に関しては、こちらの意図は充分理解してもらったと思います。「文書」での回答は難しそうでしたが、残りの出題も精査して後、私の方から再度連絡をし、それを受けて山口まで説明に来てもらうという流れになりました。
Mさんからも「模試の出題はもう,世に出たものである以上、批判的であれそれを取り上げて先生が批評することは、こちらには止めることはできません」ということは仰っていただいたので、今後,公の場で、「DNCの作成するセンター試験とその対策模試の英語の比較」などという話ができるかも知れません。お楽しみに。

さて、そのDNCが作った18年追試の第6問。比較的長文で論説文に近いものを読ませて、設問に答えるという出題です。

例によって、手書きノートの写しを貼っておきます。

語義・定義
類語
統語、意味の上での並列の処理
論理展開
表現の言い換え・置き換え

などを書いています。
市販の過去問題集で、この18年追試を扱っているのはS台の青本シリーズにあるものだけかと思いますので、追試まで含めて過去問対策をしている方におかれましては是非熟読の上、万全を期していただければと思います。高1、高2生は、ひとつずつ丁寧に読んでわからないところを,自分の教わっている信頼のおける先生に尋ねるとよいでしょう。その時に、ここからダウンロードしたものをプリントアウトして持っていくと、疑問点をはっきりさせるのに役立つかと思います。

第1段落

18_sp_6_1.jpg 直

第1文:visit 現在形、第2文:use現在形、第3文:助動詞can+applyで可能性の示唆になっているところが、alsoで添加されているので、ここはその前の事実・断言とは論理のレベルが一段下がるような心積もりが読み手に必要なところ。そして、それを受ける第4文もcan+give なのだけれど、ここで主題に関してかなり大事なことを述べていて、可能性の示唆だったにもかかわらず、この段落を締めくくる,次の第5文でThis makes …と、現在形に戻り、尤もらしいことを述べた感がアップする仕掛けとなっている。最後の、more valuable での「価値観」は、あくまでも、「文芸・芸術作品の愛好者にとっての作品ゆかりの場所巡礼」の価値であることに注意。
語義の理解,文構造の把握では、やはり第4文の、A (=名詞) of 名詞 (=B)、C (=名詞)+in D (=動名詞) の処理だろうと思います。「体言の中の用言」を抽出する練習は、高校段階のどこかで集中的にやった方がいいと思います。杉山忠一先生の英文法の本では、名詞の「態」の扱いも含めて丁寧に書かれていましたよね。


第2段落

18_sp_6_2.jpg 直

第1段落の more valuable を踏まえて、その詳述、裏付けとなる記述を求めて、この第2段落以降を読むわけですが、第1文で、 it can be rewarding と早くもサインが見つかりました。親切な著者ですね。

even if は although とまでは言い切れないときの安全策でも使われる「譲歩」の接続詞ですが、evenというのは、書き手と読み手の間のギャップをわざわざ明示しておいて、そこに橋を渡す、というような言葉遣いですので、ここは絶対に読んでおいてもらわないといけない情報・内容なはずなのです。ということで、

  • The knowledge they have of the area enables them to bring the scene back to life.

という記述から、何が読み取れたか、の確認には本来時間をかけるべきところ。高1、高2の人はうーんと唸っておいて下さい。
多くの高校生は、the knowledge they have of the area を後置修飾の名詞句(所謂「接触節」)として初見(初聞?)で認識するのに苦労していると思います。A of B でBのA で、 the knowledge of the area とすればわかるのであれば、この手の<名詞1+名詞2+動詞句+足跡>との良い出会いを重ねることだと思います。類例には、 the earliest memory I have of my childhood (私が自分の幼少期で覚えている一番古い記憶)などがあります。
ここでのknowledge という名詞(=体言)の中にknow という動詞(=用言)を見いだせれば、 their knowledge of the areaとしても分かる筈です。では、何故,この型を選んだのか?時制に注意の上再読して下さい。

bring to life は「活気づける;生き生きとさせる」ということ。それに、back がついて「もとに戻す」のですから、「昔は生き生きしていた場所だけれども、今目の前にあるのは、活気のない、生気のない場所なのだ」という理解が望ましいでしょう。授業では、日本語のカタカナ語でもおなじみの「リバイバル」から、reviveという動詞を参考に示していました。
授業をしていて悩むのは、そこだけではありません。その次の They can の並列で、動詞としてのpicture と imagineは同じことを違う動詞を使って表現しているだけなのか、それとも、味付けがそれぞれ異なるのか、というようなところです。ここは、手書きノートに英英辞典の定義を引きましたので、そちらを読み比べて下さい。

下線部の語義を問う問題としても重要な、

  • When visitors use their minds to transform such XXX scene into rich and full visions, they are engaging in a pleasurable and creative process.

では、A transform B into C での、transform (=変える;変容させる) という動詞の意味を手がかりに先程の「場面」の理解を補正します。「変容させる」のですから、当然、この下線部のdesolateという語の意味は、rich やfull とはかけ離れた,似ても似つかないものではないか、というのが「文脈からの類推」でしょう。では、「ある場面が richであるイメージ」とはどういうものか?「ある場面がfullであるイメージ」、とはどういうものか?という縛りをかけた上で、richやfullの語義をひっくり返して見ると、poorとかemptyに味付けされた部分が少し見えてくるのでは?

11月19日追記:
ここでは、rich の方が扱いに悩むかも知れません。例によって絶版ですが、私が高校生の頃に市場にはあったはずの、杉山忠一『英類語の考え方』(三省堂、1977年)には、次のような解説があります。

rich はきわめて一般的な語で,意味の幅も広く,通常の必要・欲求などを満足させるために必要な数量よりも、もっと多くの数量を所有していることをいう。

  • There are several rich men in this group. (このグループには金持ちが数人いる)

のように人間について単純に用いれば,金銭・資産を有する人を意味する。しかし、rich in friends(友人のたくさんある)、rich in experience(経験の豊富な)のように、richを修飾する語句があれば,財産の多いという意味以外でいくらでも用いられる。

簡潔で的確な語り、そしてin friendsの可算名詞の無冠詞複数一般論の持つ例とin experienceで不可算で抽象度の高い名詞で一般化するという例の二つだけを示しておくという絶妙な用例の選択ですね。流石は杉山先生、と唸るしかありません。


第3段落

18_sp_6_3jpg.jpg 直

この段落も、「体言→用言」の処理が問われる箇所がありますが、それ以上に、名詞句の後置修飾が長く、並列になっているところを丁寧に読めるか、が鍵でしょう。popular because of the famous poets who のあとの、列挙 A, B, and C の部分で、Bの名詞句 the scenes from the spots on which we can still stand todayを上手くまとめた上で、列挙の後置修飾全体を poetsという名詞に集約できるか。学習する価値のある部分でしょう。

英国湖水地方と日本の景勝地の共通点を示唆する also が使われています。何と何がどのようなレベルで揃うのか、横並びになるのか、を考えると、

  • 日本の景勝地のいくつか:popular
  • 英国の湖水地方:famous

となりますから、この筆者の、popularとfamousは横並びできるかのように使われているような印象を受けます。
ここでは、praisedという動詞をしっかりと覚えておきましょう。LDOCEの定義をノートの写しに転記していますが、 to say that you admire and approve of sb/sthということです。

この段落の最後では、「作者への共感とその共感ゆえに生まれる作品の深い理解」が書かれています。授業ではキーワードとして、empathyを示しています。

  • helps them understand the feelings of the poets more closely

の比較級 more closelyの理解は容易でしょうが、関係代名詞の比制限的用法に続く、

  • , which deepens their understandings of the poems

の deepenのように、その動詞自体に変化・比較級を含む動詞には充分注意させたいものです。

11月19日追記:
praiseという語については、上記解説や手書きノートでも言及し、解説を施していますが、第2段落の追記で示した杉山先生の『英類語の考え方』には,admire とpraise を取り上げた次のような解説があります。少々長いですが全文を引用します。

admireは、あるものをすばらしいとか、立派だと感じることで、普通はそのものに対して純粋な愛情をいだいたり、熱烈な喜びをもってそれを高く評価することを伴う。

  • I admire his courage. (私は彼の勇気に感嘆する)
  • I admire him, but I never say anything to him. (私は彼を立派だと思っているが彼には何も言わない)

そのほかに、もっと軽く、単に魅力を感じるという程度の意味で用いることもある。
praise は,立派だと思う気持ちや尊敬の念を熱心な態度で表明することである。つまり、admire ならば内心思うだけの場合もあるが、praise といえば、そのadmireする気持ちを表現することなる。

  • They praised him for bravery.(彼らは彼の勇敢さをたたえた)

しかし、目上の者が目下のもの(原文ママ)をpraiseする,という場合もある。そのときは、よりすぐれた経験・知識に基づいて、よいと判断する気持ちが含まれる。また、祈り・讃歌などによって,人が神などをpraiseするというような用法もある。

杉山先生には、称賛の唸りを発するのみです。


第4段落

18_sp_6_4.jpg 直

ここでの「愛好者が訪ねる作品ゆかりの地」は、第1文で明記されているように、

  • 作中の登場人物が暮らしたり活躍したりした場所

です。私の授業でいう「ワニ」(= 動名詞)の腸内環境の整理が不十分だと、この第1文を一読了解で通過できません。名詞placesの後置修飾での時制は過去形であることに注意を払える余裕が欲しいところです。
高1、高2の人は、手書きノートの記号付けを良く読んで下さい。ここが分からないと、第2文の For example, が何を例証しようとする具体例なのか、ピンとこないまま終わってしまいかねません。さらに、この第1文で、enjoyという動詞が使われていることは本来重要なのですが、この筆者の言葉の選択には癖もありますので,また後で触れようと思います。

シャーロック・ホームズは今どきの高校生には「常識」ではないでしょうから、あくまでも「かつて書かれたフィクションの一例」として読み、a residence labeled as the home of the fictional detective, Sherlock Holmes の後置修飾と名詞句の同格を押さえておきます。
イントロどどいつが、at the time だけであれば、「当時」と読んで大丈夫な人も、the time に後置修飾が続くことで、主節に入る前に意味の理解に時間をとられすぎてしまうことがあるでしょう。この文でもし、at the time を接続詞when に置き換えてあったら分かるか、と自問自答して下さい。当然、小説はフィクションですから、「執筆当時は作中人物の居住地なるものなど現実には存在していなかった」という理解ができるはずです。
そして、この段落一番の問題、いや、本来問題でも何でもないところなのですが、ここがセンター試験では設問としてスポットライトを当てられている箇所で、しかも、選択肢では本文の表現を言い換えているので、「問題視」しているわけです。

  • due to his popularity

では、「誰の人気が原因で」とあるのでしょう。そう、フィクションの主人公であるシャーロック・ホームズですね。名詞popularityの語義の理解は充分でしょうか?形容詞popularに一度引き寄せておかなくて大丈夫?

  • popular = enjoyed or liked by a lot of people

ということですから、「好悪」のうち「好」の感情によって支えられたり、「喜怒哀楽」のうち、「喜」とか「楽」という感情を伴って受け入れられたりしていることを感じ取って欲しいのです。冒頭のenjoy という動詞との呼応です。
動詞assignの語法はそのうちなんとかなるだろうと思いますが、この動詞は giveとかprovideと意味の上では仲間なのだ、という感覚はいつごろ育まれるのでしょうか?やはり、どこかで教わるか、調べるか、ということかと思います。

  • By placing themselves directly where the stories took place,

の「イントロどどいつ(=敢えて文頭で示す副詞句)」は私の授業でも多くの生徒が苦労していました。手段を表す by –ing「…することによって」の「ワニ」(=動名詞)の腸内環境にある、whereは副詞節を導くのですが、これは類例をどこかで学んで知っているから、そうだとわかるところでしょう。私の授業では「診断テスト100」を1学期にやっていますが、その25番の解説にあります。とはいえ、副詞節を導くwhenとは異なり、これまでに出会っている回数が圧倒的に少ないと思いますので,「明示的な学習は重要なんだ」と自分に言い聞かせておいて下さい。あ,教える側の教師も、です。

ここでは、腸内環境のさらに副詞節中の時制は took placeと過去形であることは確認したでしょうか?冒頭の一文で、lived and had adventures が過去形だったことの確認が生きるところです。なぜって、その第1文のメインの時制はenjoy と現在形、今扱っている文での、メインの時制は visitors are influenced と現在形である、ということがはっきりと分かっていれば、誤読、語訳は未然に防げるでしょうから。動詞influenceの語義には変化 (=change) が感じられますから、andでの並列は単なるペアではなく、因果関係を含むものと解釈して、手書きノートでは、一段右にずらして、

  • and that alters their interpretations of what they have read

の部分を書いています。thatの指す内容(=ことがら)と、what they have readでの現在完了形の実感を伴った理解には重要な処理だというのが私の考えです。

理由・原因を表す前置詞句は、「イントロどどいつ」で使われることが多いので、まずは「知ること」から。


第5段落

18_sp_6_5jpg.jpg 直

冒頭の visits to the homes or studiosのところは、モノというよりコトと捉えた方がいいでしょう。 Visiting the homes or studios という読みを踏まえた上での名詞化です。私は,手書きする際に、この冒頭部分を最初は visitorsと書いていて、助動詞のcanを見てもその誤記に気付かず、第6段落の始めの一文で気付いたので、読み間違いは怖い、ということと、老眼は悲しい、ということを痛感しています。
この段落では、冒頭の一文から、最終文までcan+原形ですので、「ないことはない」ということであって、事実や断言ではない、という心積もりが大事です。
名詞homes は「実家;生家」で問題はあまりないとは思いますが、名詞のstudiosの理解は「スタジオジブリ」に感謝ですね。私の世代だと「書斎」とか「工房」とか「アトリエ」とかいうところです。私の授業では、家以外で、小説家はどこで作品を書くのかという例で、「鎌倉文士」の例をあげましたが、「かまくらぶんし」といっても「現在分詞とか分詞構文の『ぶんし』じゃないからね」という老婆心でのコメントは歓迎されませんでした。ここはやはり、秋風先生とオフィス・ティンカーベルの例を出すべきでしたかね。
動詞appreciateの語義・定義は手書きノートを参照されたし。名詞化されても,もう大丈夫ですよね?


第6段落

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「さあ、いよいよ最終段落!」というのは、読んでいるからわかることであって、聞き取りでは苦労します。「復習の際には、そんなことも考えておいてね」と授業では伝えていますが…。

第5段落の構造,構成と一見似てはいますが大きな違いは何でしょう?
そう、冒頭の一文の時制ですね。ここが現在形です。主題を提示して、その後の例証では、can+原形が使われていますが、最終文でまた現在形に戻って、文章全体の締めくくりです。
その「締めくくり感」を予感させるのが、冒頭の一文でnew insightsの後置修飾部分で用いられている comprehensionという名詞と最終文でもちいられている appreciationという名詞だというのが、私の読みです。

例証部分のSometimes とAt other timesで対比された構成を踏まえて、These experiences are という現在形でのまとめにつなげられることができたでしょうか?

ここでの、people can apply their … and enrich … の部分は、 by applying their …, people can enrich …と書かれていてもおかしくないところです。「その共通性を掴めば、個々の語義の把握はより深まるでしょう」というのと、「その共通性を掴むことによって、個々の語義の把握はより深まるでしょう」というのがほぼ同義であるのと同じです。

動詞enrichは例によって、それ自体に比較級の意味を含む動詞ですが、その次の文の、

  • different and deeper understandings

でdeeperの比較級とペアになっている、differentという形容詞も、実質比較級に相当するものですので、そのつもりで読むとそう思えてくるでしょう。differentの語法で差を示す際に前置詞でfrom以外に、thanを用いる人は多いのですが、その心理を掴むのにも有効でしょう。

最終文は、下線部和訳させてみると、高校英語の総決算、みたいな問いになるかと思います。所有格のpeople’s appreciation の部分には充分な注意を払えるでしょうが、both「両方」という一見簡単な語が、「何と何の両方」と受けているのか?その捉え方が腕の見せ所かと。名詞と動詞をどう処理して、和訳したかの検討が可能なように、手書きのノートでは、AからGまで丸記号を付けています。赤字の補足を熟読されたし。


設問A前半

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設問A後半

18_sp_6QA2.jpg 直


設問B

18_sp_6QB.jpg 直

例年比でいえば、かなりきちんと書かれた文章ではありますが、主題への切り込み方は浅く、あまり内容は深まらずに終わった印象です。
「作品ゆかりの地を訪ねる意義・価値」をどの観点・側面から分析しているのか、ということで、第2段落から第5段落まで、冒頭で出された新たな「訪ね場所」のgeneral な記述→その「訪ね場所」での訪問者=作品愛好者のspecific な行動、思索は?と読み進め、そこから「統一した主題」を引きだしまとめる、ということを地道にくりかえすことで、本文理解と設問Aへの対応は可能でしょう。
ただ、設問Aの3はダメだと思いますね。他の選択肢があまりにもダメすぎるので正解は一つしかないわけですが、とはいえ英語の語義として、popularity ≠ fame でしょうから。 私の手書きノートでは、この選択肢には前後に計4つの?がついています。

設問Bは「段落要旨」を問う出題である、というようなことがまことしやかに言われているようなのですが、第1段落と第6段落には、導入序論と結論としか書かれておらず、内容に関わる記述(=主題を把握するヒント)が一切記されていないので、最終的に完成した表を見ても、全体をまとめる役には立たないように思いますし、出題として本当に適切なものなのかな、と思っています。

例えばですよ、

第1段落  話題の導入:主題の提示
第2段落  主題を例証する:その1
第3段落  主題を例証する:その2

第6段落  結論:第2〜第5段落を踏まえ、主題の再主張

というような表を完成させる設問が果たして学力を問う試験で成立するか、ということです。

このセンター追試のように、第2〜第5段落の要旨を端的に示す言葉で問うのであれば、全ての段落に言葉が記されていないと不整合ではないのか、と思います。まあ、こういうことを英語教育業界では誰も気にしていないみたいなんですけど。

ということで、私のホームグラウンドといいますか、「英語教育の明日はどっちだ!」発祥の地である「はてなダイアリー」のファイルのアップロードの期限が11月21日なので、先にファイルを貼り付けてしまいます。
前回の、18年追試第5問のように、数日後にでも、また覗きに来てもらえれば、各段落,設問に解説が加筆されているかも知れませんし、そのままかも知れません。英語の助動詞で言えば、mayかmight で書かれるモダリティです。悪しからず。

本日のBGM: My Hometown (浜田省吾)

※11月18日追記:本文各段落の簡単な解説を加筆し、第5段落の画像を誤記訂正前のものから、訂正後のものに差し替えました。

like magic

業務連絡:2018年11月21日をもちまして、はてなダイアリーの「ファイルアップロード」が停止します。新たな記事が更新されても、そこにはファイルはアップされません。その後、ダイアリー自体の終了のタイミングで、「ダウンロード」もできなくなります。ダウンロードは2018年、年内を目安に行っておいて下さい。大小総計で1100以上のファイルがあるので、私自身、まだダウンロードは完了していません。

本業は開店休業ですが、生業では「これでもか」というくらいに、「センター試験」過去問素材英文を料理しています。

そんなことをしている間に、全国展開をしている某業者と某予備校の共催する、センター試験を模した試験が行われたのですが、この作問が腹立たしいくらいに酷かったので、現在、問い合わせをしているところです。もし、先方より、責任ある回答が来ましたら、こちらでも報告しようと思います。

さて、本題の「センター試験」。
市販の「過去問題集」では、2018年の追試を扱っているモノが少ないので、今週は第3問、第5問を授業で取り上げました。週明けに第6問行けるかな、というところ。

ここでは、第5問を取り上げようと思いますが、高1,高2を教えている方におかれましては、まずは第3問の「不要文選択」のパラグラフをしっかりと読む指導をされることを切に願います。

私の手書きノートの写しを貼っておきますので、ダウンロードなり拡大するなりしてお読み下さい。
設問に関してはファイルへのリンクだけです。
指導の大半は「語義の適切な(できれば正確な)理解」です。要所要所で、日本語に直す(訳す)ことも求めています。設問でも、問題の幹の部分だけでなく、選択肢で用いられた語義も丁寧に扱うようにしています。

第1段落


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物語文での基準時制が「現在形」で始まった、ということをしっかりと押さえておくこと。
そこから、大関=完了形が出てきたら、「時の流れの上流から現在へと至る余波」ということなので、「回想・エピソード」の匂いを感じ取ること。
語句、表現としては、 admit のもつ渋々感、他動詞デフォルトのseatの語法、new ≒ strange あたりは感じられることが望ましいですが、それよりも、機内の座席・位置関係を絵に描けることのほうが大事。
「70歳代前半の落ち着いた着こなし上手の男性」のイメージは?と、同僚の女性に尋ねると「舘ひろしさん!」だったので、授業でのここ以降の男性のセリフに相当する解説は〇〇○ルーペのコマーシャルを模して行っておきました。


第2段落


18_sp_5_2.jpg 直

この段落では、私の授業で「ワニ使い動詞」と呼ぶ、名詞節を目的語にとる動詞、伝達文が多く出てきます。直接話法では稚拙と言うか、子供の絵日記みたいな印象を与えかねないので、ここぞというセリフに直接話法を充てがうのが、物語における「普通」でしょう。ただ、日本の高校生の多くは、人称代名詞の実感も薄く、時制がおぼつかないので、「誰が誰に何を言ったのか」レベルで理解が不十分なことが多い、ということは指導者はわきまえておくべきでしょう。ここでは、that節の並列・ペアでの and の処理など、基本を押さえておくのに格好の素材が出てきますし、that節の中に形式主語や形式目的語の不定詞句が来たりしますので、ケアは必要かと。
設問には全く関係ありませんが、ESA (= Emotional Support Animal) に見られる語形成のパターンというか、成り立ちは、誰かに教わらないとわからない人が多いのではないかと思います。
そうそう、aloneを「ひとりで;ひとりだけで」と思っている人が結構多いので、「余人を交えずに」という日本語を示して考えさせています。私の世代なら、ボズ・スギャッグズのあの曲で一発なんですけどね。
形容詞 busy と crowded の並列・ペアは結構な悩みどころ。busyは知っているつもりなので、辞書を引く高校生は多くないでしょうけど、やはり確かめると、理解は深まりますよ。ここで「忙しい」は絶対ないし、空港の建物の中を走る車って、荷物や人を運ぶカート位しかないから。full of activityっていう定義は流石ですね。


第3段落


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ここもワニ(=名詞節)の的確な理解が求められます。
山は He had clear and fond memories of how S+V .... の部分でしょうか。ここが状態というよりは動作・行為だと感じられるには、have fond memories という表現が守備範囲に入っていることが望まれますが、そういう高校生って多数派ですかね?
最終文の But this time he would take .... の would がちゃんとわかったか、って結構大事だと思います。基準時制は過去形ですから。


第4段落


18_sp_5_4.jpg 直

ここぞというところでのセリフが出てくる段落ですね。「○○○ルーペ、だぁ~いすき!」のような能天気さは感じられない機内の様子がイメージできていることを期待します。
この後半で出てくる、少女とlapと犬と舘ひろしが絵に描けないと、最初の座席の場面での理解がまずかったということになりますので、高1、高2生でここを「勉強させられている」人は、気をつけてくださいね。
I'll take care of you! は誰が誰に言っているセリフか、は絶対に間違えてはダメ。in her arms は読めているでしょうか?いくら小型犬でも「手乗り犬」は普通ではないですから。形容詞 brave は実感を伴った理解をしたいところ。


第5段落


18_sp_5_5.jpg 直

読んでいる場合には、この段落で締めくくりだ、とわかるから楽だけど、聞き取りの際は「そろそろ終わりに近づきますよというアナウンス代わりの気配」を感じないといけないので、緊張が続きますよね。機内アナウンスみたいに pre-closingのコールとかを流してくれるとみんな間違えないのに。
語句、表現のレベルでは、名詞として使う normalの典型例には習熟しておいたほうがいいでしょう。
基準時制が過去形のところでの過去完了をきちんと読めているか。達成・成果・ドヤ!がデフォルトですが、ここでは、Yukiちゃんは、ドヤ顔してませんね。Just by being herself ですから。でも、ここも、Be yourself. などという表現が守備範囲に入っている高校生はどのくらいいるのかしら?


設問前半 (1-3)

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ここでは、「耐える;持ちこたえる」の関連語彙の定義を示しています。
tolerate; bear; endure; stand; withstand; put up with; live with
あたりまでは私が高3のときでも覚えていましたが、今の高校生はどうでしょうか?
目的語に人を取れるものは意外に少ないので要注意。


設問後半 (4&5)

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ここでは、「落ち着く;落ち着かせる」で、物理→心理へ、という語彙の整理。
settle down と calm down とsoothe のうち、前者2つは覚えてね、と教えています。


近年の第5問で出題された、「ネコ」とか「タコ」の英文に比べれば、標準的な話型の文章でしょう。来春もこの流れでお願いしたいところですが、どうなりますか。

日を改めて、細かな解説を加えるかもしれませんので、また ましたので、是非、覗きに来て下さい。

本日のBGM: CUE (YMO / Neue Tanz)

Spy with your little eye

気がつけば11月。神は現れるか。
高3では「センター試験過去問英文素材解説」を継続しています。

「物語文」などと称される近年の第5問は、適切な対価を払って、優秀なライターにコンペさせるべし。1本100万円を原稿料として払ってもいいんじゃない?

という話しを授業でしました。
「第5問の書き下ろしで百万円って、それじゃ、同じ読解なのに、第4問担当の私の作成料とあまりにも違いすぎる!」などと反発を招くこと必至でしょうが、「ナラティブ」って、時事文や解説文とは異なり、母語であれ英語であれ、読み手(解き手)が内容スキーマを既に持つことで有利になる,という要因が少なくなり、結果として「読み進めないと分からない。読み終わってもわからないこともある」という素材ですから。どこかから良さげなピースを拾ってきて加工するという第4問みたいなつくり方はできないわけです。
センター試験受験料は3教科で1万8千円。3で割れば6千円。英語は最大の受験者がいるので55万人×6千円の受験料収入の配分の問題かと。

2017年の追試で出題された第5問の素材文(とそれに付随する設問)はもう読まれたでしょうか?本試験に比べて,メディアでの取り上げられ方が少ないのは分かる気がしますが、「受験界隈」の人たちでも、「本当に英文読んでるのかしら?」というような解説や考察(?)を目にしたりするので、授業では「読解素材」として一文ずつ読み、つながりとまとまり、さらには英文としての適否なども解説しています。とはいっても、一番時間をかけるのは「語義の理解」です。

  • というのはどういうことか?

英文を読んで日本語に訳す(ここでは便宜上「和訳」と呼んでおきます)、という行為を十把一絡げにして否定したり、却下したり、忌避したり、恨んだり、呪ったりした揚げ句、内容理解を確かめる手法が、和訳に劣るのでは?という指摘をここ十数年ずっとしてきていますが、今回の出題でも同様の感想を持ちました。
公教育での英語教育でも、とりわけ高校現場、しかもここ十数年の高校現場は、「テクスト(そこで用いられていることば)」こそを,教材・学習材としてきちんと扱う、扱い直す時期にいるのだと繰り返し指摘しておきます。


今回は、逐一解説は施しませんので、手書きのコピーをお読み下さい。画像ファイルは↓アイコンをクリックするとダウンロードできます。最初の3つの段落のみ、開いたものも貼り付けておきます。語義の扱いなども、どのようにしているのか、画像を拡大して見てもらえればと思います。

第1段落


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第2段落


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第3段落


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第4段落

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第5段落

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第6段落

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設問前半

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設問後半

17sp_5_QB.jpg 直

主人公としての書き手の性別が分からないまま読み進める設定の筈ですが、私のクラスの生徒のすべてが、書き手は男性,つまり父だと思って読んでいて、回想で出てくるbrotherというのも「兄弟」としか思わず、姉弟や兄妹の可能性は想定していませんでした。まあ、多くの日本の学習者はそういうものでしょう。

ただ、途中でのゲーム、I Spy With My Little Eye の説明無しで分かる受験生はどのくらいいたのでしょうか?車中にあるものは限られているので、車窓から「外が見える」ではなく、「外を見る」という主体的・積極的かつピンポイントな行為が大事なはずですが、自動車の走る速度であれば、見た時には既にその見たものは後方へと飛んでいってしまうのですから、「何を見てのお題なのか?」で正解を得るのは難しいのではないかと危惧しました。
設問への対応では,設問・選択肢で若干気になる語句がありますが、回想モードがどこまで続くのかきちんと読み進めていれば分かりますね。ただ、なまじ、最後に親となった主人公が,自分の子供たちへの願いで締めくくるがために、設問の5にある the result of the family trips の 複数形 trips を読み落とすとゲームオーバーになってしまいそうです。

4箇所ほど、「対策教材」の和訳で気になった部分があったので、それは手書きとは別に、こちらにも再録しておきます。当然、授業では、これらを吟味し講評を加え、私が適切だと思うものを指摘するか、またはそれに取って代わるものを提供しています。
教材や市販本でどのように「解説や和訳」が施されているか、追試での比較はソースが限られますが、吟味の観点はというと、

  • 1枚目は関係代名詞thatの先行詞
  • 2枚目はweが誰のことか、とimportantの語義
  • 3枚目はfamily tiesに関わる日英語表現の相違
  • 4枚目はnever had much money とa valueの後置修飾の処理

としています。

2017 追試第5問.pdf 直

「和訳」「翻訳」と考え始めると、確かに日本語表現の適否、巧拙を論じるのは難しいですが、これを見る限り、翻訳論に踏み込むまでもなく、最後の had a value ... の部分で某過去問レビューは受験生以下(?)の誤訳をしています。そして、誰もチェックしないまま市販されているようです。溜息…。

3枚目での吟味の観点で「family tiesに関わる日英語表現の相違」ということを書きましたが、日本(人(この言い方も難しいですがここでは深入りしません))の兄弟や親子で「(お互いを)愛し合う」という表現はそれほど広く用いられる表現ではないのではないか?という指摘を授業ではしています。

loveに対応する日本語表現に関連して、admiration (admire) に関しても、「(自分の親に)敬服する;敬服の念をもつ」とか「(自分の親を)敬愛する」というのは、少なくとも私の語感とはズレます、という話をしています。ということで、admiration / respect / approvalと関連語彙を調べています。そうして初めて、設問で問われているのは、本文のどの部分の理解ができていることを前提としているのか、が分かるだろうと思うのです。

設問に目を通し、該当箇所を本文に探し、その後で選択肢の方を読む、などといった「センター対策」という名ばかりの英語の学習法が広まっている一方で、その拠り所自体が痩せ細ってはいませんか?
ということで、こちらのエントリーも是非。一読とは言わず、熟読を。

「細部に宿る神」
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20160117

この第5問を授業で扱っている間の週末に、英授研の関西支部、秋季研究大会に参加してきましたが、高校段階の英語の授業がまあ,大変なことになっていて,いたたまれない思いでいっぱいでした。「読み」がデフォルトの教材を使うのであれば、その英文をまず教師が読み、吟味精査した上で、生徒の読みとのすり合わせを行うべきだろうと思うのです。

  • そのまま読んでも絶対面白くないから、構成を大胆に書き換える。

とか、

  • 全然別の設定での活動に移し替えて英語で意見を交換する。

とか、「もともとのテクスト」の何がよくないのか、どうすればよくなるのか、を共有しないでどうするのでしょうか。
生徒同士の意見交換にしたところで、生徒から口頭で発せられる英語を逐一教師が直しているだけで、当の直された生徒本人は、その「フィードバック」をどう処理したのかは全く分からないまま,英語が教室に活発に飛び交い、そのあと虚ろに漂い、霧散していくような印象が残る授業でした。
それでも司会者は、「こんな風に英語を使う先生を目指したい」というような意味のコメントを加えていて、「ああ、ここはもう私が来るべき、いるべきところではないな」という思いを強くして会場をあとにしました。

「テクストの軽視」は深刻な病ですよ。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Don’t Look Now (Elvis Costello & the Imposters)

"Don't you know I'm an animal?"

過去問演習嫌いの私が「センター試験」の素材文をこのところ連続で取り上げています。
これまでも、年度ごとに1月末とか、2月の初めにはセンター試験問題批評を書いてきましたが、ここにきて年度に関わらず「英文そのもの」を取り上げているのは、「センター試験の英語とは、一体英語の何を問うていた試験だったのか?」に関する考察を,センター試験がなくなる前の今のうちに、少しでも残しておきたいからです。
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ということで、2017年センター試験 第5問。
この問題は、過去ログでも簡単に触れていました(http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20170116)が、手書きノートの画像ファイルをこちらに貼って、再度解説を加えておきます。

この年の本試験は「朝起きたら猫になっていた」という文章でした。過去ログでも書いたようにSNSでは、「『君の名は。』の影響」などという声がチラホラありました。確かに、猫になったのは「もともと人だった私」ではあるのですが、「その元人間の私の中には猫が入っている」という確証はなく、登場人物(猫物?)同士が入れ替わっているとは断言できません。また、肝心の「猫」の素性は、この物語の中では一切扱われずじまいなのです。いったい、この猫はもともと何処にいたものなのか?そして、どこへ行くのか?を読みながら気にするだけ無駄なのです。ということで、ただでさえ「ナラティブ耐性」の弱い受験生には手強かっただろうと思います。

第一段落では、朝起きてからの行動と心理が描写されていきます。


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  • I felt very sharp, much sharper than usual.

では、「感覚がいつもよりも鋭敏になった」という「変化」を掴まえることが必須。この後、聴覚、嗅覚と続いて、身体感覚へと進んだところで、異変に気づく、というまとまりで次段落へ進みます。

「声」を発する描写で、猫になってしまった私は、「voiceを発する」のではなく、「soundが出てくる」と、voice という名詞を避けているところなどは、narrativeのスキルとして押さえておきたいものです。
身体描写の fur に関して、生きている動物に「毛皮」というのは私には抵抗がありますが、生徒はあまり気にしていないようです。辞書の定義をいくつか引いておきます。三つ目のCambridge Advanced の定義文が参考になるでしょうね。

  • the hairy coat of an animal especially when it is soft and thick (MW’s)
  • the hair covering the skin of certain animals. Fur grows on many mammals and usually consists of a short, soft, thick undercoat thinly covered by a longer, coarser outer coat. (World Book Dictionary)
  • the thick hair that covers the bodies of some animals, or the hair-covered skin(s) of animals, removed from their bodies (Cambridge Advanced)

“than usual (= いつもより)” とか “from downstairs (= 下の階から)” とか、前置詞と思しき語の後に、形容詞や副詞が来て全体で「どどいつ」となるものは、やはり慣れが必要だと思います。thanの場合はその後にS+Vの所謂「節」が来ることもあるので、省略されたものを補ったり、復元したりするのは骨が折れます。from の場合は、“from above (= 上から)” や “from within (= 中から)” など、頻度のそれなりに高い表現にそれ以前に出会っていない学習者であれば、高校卒業前に整理してあげてもいいかなとは思います。ただ出口までに残された時間はそれぞれ、それなりですから。

第2段落は、いきなり強調構文(itの導く「分裂文」)が続きますが、この効果は受験生に伝わっていますかね?


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第3文での

  • Everything was as usual except that SV ….

での except が何に対する「除外;例外」なのかを確認しておいた方がいいかもしれません。少し間をおいて明かされる、

  • I seemed to have changed into a different creature.

では、「意味上の時制のズレ」が表されています。 I seemedで、「私の推量」を表す部分の基準時制は過去形で、「変身」したのはそれよりも時の上流にあたるわけですから、to change と単純な原形ではなく、大関 (have) の助けを借りて、to have changed と「完了形の不定詞」になっています。もっとも、これ以前にこの項目を学習していないと、ここで熱く説明しても難しいでしょうね。

この第3文で、“creature” という語を選択したのには何か目論見があるのかな、と思いましたが少し後の、第6文の自問自答、

  • I wondered---would I have to spend the rest of my life as an animal?

では、 “animal” となっていて、「私が変身した動物は一体何なのか?」という読者側の疑問に対して、建前上は答えを宙ぶらりんで進めようということなのでしょうか?

でも、これは「センター試験」でよかったですよね?ここを私大入試や個別入試でよく見られる出題形式の「下線部和訳」で問われたときに、 “the rest of my life” のところを(?)「私の残りの人生」としてしまうと、面白さは激減してしまいますから。

この続きも、表現や構文そのもので難しいところは殆どないのですが、変身を悩んだり不安に思ったり忙しいなと思いきや、それらの感情がすぐ消えて散策を始めようという件は「カフカ」とは偉い違いだなと思っていると、

  • So, with a wave of my tail,

で情景描写・心理描写を添えているのですね。
「So (= それで) って、どれで?」「しっぽフリフリ、っていうのは何を彩りたい表現?」という具合に、感情と行動を結びつける因果関係が何も述べられなくてイインカイ!という不満を抑えてこの段落の最後まで進むと、

  • A cat’s mind is said to be changeable like that.

とあるわけです。ここで “A cat’s mind” が主語になった途端「むむっ?」となりますよね。いや、ここで初めて「猫」って明かしているのに、その猫の習性を前提とした、“changeable” という形容詞を持ってくるのはいかがなものかな、と。(実を言うと、初め私は、ここを “challengeable” って読んでいました。老眼鏡の度を新しくしないと…。)

“A mind that is easy to change like that is what you might expect to find in a cat.” みたいな流れで種明かしするものなんじゃないの?というのが私の感想です。いや、テストで読ませるなら、もう少し上手く書くけど。

第3段落は、「家庭内探索をする猫」の場面の移り変わりから始まるはずですから、時系列と言動、そしてその背景にある心理の対応関係を掴むことが大切、だというのが物語文での定石でしょう。


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特に接続詞の as は、「時」「理由」「状況説明」など、読み進めていって、名詞の数と動詞の相と形容詞・副詞の比較級、そして「どどいつ」との兼ね合いで意味が明確になると思ったほうがいいので、丁寧に扱いたいところです。私の手書きのメモの方を御覧ください。
ここでは場面の移動で,嗅覚に関わる比較級を積み重ねて、「猫の感覚(複数形)は人間のそれ(ら)よりも鋭い」と、猫 > 人という記述につなげていることに気付いて欲しいですね。

この段落では、「自分は猫になっていて、人間の私に気づく」描写が出てきました。
そして、その続きの第4段落にある「人間の私の描写」で、「猫背」であることが書かれます。

  • Bending my head down toward the phone
  • I was sitting with rounded shoulders and a curved back.

日本語の「猫背」に当たる姿勢や特徴を英語で描写する際に使われる「語」、といえば “stoop” が代表的でしょうが、動詞であれ、名詞であれ多くの高校生、受験生の守備範囲にはないでしょう。
これも辞書の定義をいくつか引いておきます。

COBUILD の定義では動詞で

If you stoop, you stand or walk with your shoulders bent forward.

とあり、用例で、

She was taller than he was and stooped slightly.

の1例のみ示しています。名詞としては、

Stoop is also a noun.
He was a tall, thin fellow with a slight stoop.

という用例をあげています。

MW’sでは、

to walk or stand with your head and shoulders bent forward

という定義の後に、

He tends to stoop as he walks.

という例をあげています。
でも、これでは、「前かがみ」「肩をすぼめる」という「動作」との違いがはっきりしません。

Cambridge Advanced では、

If someone stoops, their head and shoulders are always bent forwards and down:
He’s over six feet tall, but the way he stoops makes him look shorter.

とようやく実感、イメージの浮かぶ定義と用例を載せてくれています。ありがたいことです。ケンブリッジ飛鳥選手のように爽やかに優駿ですね。

ここでしつこく、姿勢の描写と英英辞典の定義にこだわってきたのは、日英語の違いを考えておく必要があると思ったからです。日本語では「猫背」という動物の比喩が使われていて、「猫の姿勢、仕草」からの連想が生かされていますが、英語表現そのものには一切「猫 (= cat)」はないことに留意したいと思います。できれば、指導者だけでなく、高校生にも分かって欲しいところです。
ここで、WBDのこの定義を見て下さい。

5. (Figurative.) to swoop like a hawk or other bird of prey.

「英語話者」の連想は、猫よりは猛禽類ということなのでしょう。

ということで、このような描写があるにせよ、「猫背でスマホ画面に没頭する人間の私」の中身が猫であることを裏付ける記述は一切ないので、やはり個人的には「人間と猫の入れ替わり説」は却下したいと思います。

次の第5段落では、「人間の私」の描写が続きます。出だしこそ、「猫になった私の人間時の記憶の振り返り」などが描かれますが、「人間の私」の描写は、全く魅力的な人物像ではないことに注意したいものです。


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でもその「面白みのないヤツ」感を得るためには、

  • , but it appeared that SV. での「人間の私の(猫になった私から見た)良くない印象」
  • Actually, S in my memory V. での「(今は猫である私の人間時代の)味の記憶の曖昧さ」
  • I couldn’t remember what V. での「(味だけじゃなく)食べたはずの品目の記憶の弱さ」

という個々の表現、文がきちんと読めることが不可欠です。

  • The human I was just sitting mindlessly putting in my mouth anything that was on the plate while handling the phone.

の一文では、「付帯状況」「同時並行」を、頭の中で描けるか、ということが問われています。間違っても、mindlessly のところを、「人間の魂が抜けて猫になった」というような解釈にはつなげないで下さい。比喩ですよ比喩。
COBUILDでは、この副詞 mindlesslyのもとになっている形容詞 mindlessに、

If you describe a person or group as mindless, you mean that they are stupid or do not think about what they are doing. [DISAPPROVAL]

と定義文を与えています。ここでの注記の名詞、disapproval のもとになっている disapprove (of) は、

If you disapprove of something or someone, you feel or show that you do not like them or do not approve of them.

という意味です。「嫌悪感」というキーワードは、ここで既に「におい」を放っているわけです。

最後は、In fact でスポットライトを当てて、「無表情」という描写で終わっています。えっ?approve of がわからない?そうですか。

1. If you approve of an action, event, or suggestion, you like it or are pleased about it.
2. If you approve of someone or something, you like and admire them.

ということです。
そういう「におい」に敏感になった上で、次の一文も読み直したいものです。

  • I was so focused on the text messages or games that I took little interest in what was happening around me.

「そんなに、って、どんなに?で後で種明かし」という so … that SVは分かっているとは思いますが、 “took little interest in …” のlittleは「ほとんどない (= very little; only a little)」ことを表すので、絶対に読み落としのないようにしたいものです。 

次の段落では、朝食をとっているダイニングルームでの母親とのやり取りが書かれていますが、よく読むと、母親から声をかけてもらうだけで、「人間の私」はことばを発していないことに気づきます。


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この展開をみると、筆者ややはり、「人間の姿をしているけれど、中身は猫」で進めたいということなのでしょうか?

物語文の定石、「感情の変化」と「その原因」を見ると、

  • A sign of frustration briefly appeared on my face, but it disappeared in an instant.「ムッとしたかと思いきや、すぐにその兆候は消えた」

とあります。「猫の気分は変わりやすい」ことを反映しているからでしょうか?

  • My face was again as expressionless as it had been before.

での形容詞expressionless (= 無表情) は、前段落での、 “my face had no expression on it at all” を言い換えたものであることは分かりますよね?安全弁というか、予告というか、ここでの “again (= また;再び)” が、限定詞としても使う anotherと同様に、先行文脈をしっかり辿り直させる、a tool for keeping it on (the right) truck のような働きをしていることも覚えておいて下さい。

そして、「人間の自分を猫の目を通して見て初めて客観視できたことによって生じた嫌悪感」が示されてこの段落は終わりです。

次の段落で、いよいよ「私と猫」の遭遇です。
ここを読み進めていく中での最大の驚きは、以前も指摘しましたが、 “There’s a cat in the dining room!” という「人間の私」のセリフです。

自分の家で飼っている「飼い猫」であれば、名前で呼ぶでしょう?「タマ」とか「ミケ」とか。因みに我が家は「クグロフ」「パンナコッタ」「マリ」「クロ」の4匹です。「タマ」は昨年亡くなりました。

この猫は「飼い猫」じゃないのに、ダイニングルームにいるんです。「どこから紛れ込んだ設定なのか?」と普通なら思うところですが、そもそも論として「紛れ込む」ことすら想定していないんですよ。だって、さっきの英文は、 “There’s a cat in the house.” じゃないんですから。
「家の中に知らない猫がいてもおかしくないけど、ダイニングにいたら驚くよね?」という家庭なんでしょうか?いくらなんでも…。
ということで、荒唐無稽なフィクションに付き合ってあげる読者、受験生側の度量の大きさも試されているわけです。

そして、次段落の逃走劇から大団円。


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それでもやはり最後の「夢オチ」には不満が残るでしょう。
第2段落の冒頭で、目が覚めたときにいた自分の部屋、自分のベッドの上、と強調構文を二回使ってまで、部屋の描写・記述をしていたのに、その自分の部屋の様子に何も触れることなく、「部屋の窓の外にジャンプ」してしまうって何なんでしょう?

逃げなきゃ?何処に逃げる?自分の部屋だ!あ、でも、ここは今「人間の私」の部屋なんだった。あーっ、どうしよう?んっ?窓が開いているじゃないか、私に朝起きたときに窓を開ける習慣なんてあったかな?まさかアイツが?いや、そんなことを考えるよりも、今は逃げるのが先、今の私が本当に猫なら、きっと身軽にぴょんぴょんぴょーんって…。

のような展開が、私の持つ「話型」ですね。


“The human I” とか、前半はさんざん伏線を張って、「入れ替わってるぅ〜?」などとSNSでは盛り上がるくらいの凝った描き方&書き方をしていたんですよ。
それが、“Bump!” という衝撃で目が覚める、お決まりの「夢オチ」です。

夢から覚めた件の描写も、過去ログで書いたように、「自分の手が毛むくじゃらじゃなくてホッとした」と書く前に「生きててよかった」とかじゃないですか?「あれ、窓から落ちたはずなのに、全然痛くないぞ…」「待てよ。開いた窓からオモテに飛び出たはずだよな…」などという感想がこぼれたり、「え、もとの私に戻っている、ということは、あの私が変身していた猫は一体?」と、猫に思いを馳せて、人間にもどった私が、まず窓の外を覗いて見るとかがあって、「そうか、夢だったんだ。でも、猫に感謝だな、だって…。」というような結び、pre-closing が欲しいところです。
「充電済みのスマホを手に取るために机に向かおうとして、思いとどまった」などという描写の前に、もうちょっとちゃんと設定や伏線を活かして書きましょうよ、と繰り返しておきます。

  • I stood up and, with a yawn, extended my arms above my head to stretch my back.

という描写がここにあることの意味をちょっと考えあぐねています。

第1段落での、

  • I stretched my arms in front of myself and raised my back; it felt so good.

とのコントラストを明確に打ち出して、「猫性;猫らしさ」との決別がなされている、と読むのが正解なのでしょうけれど、それじゃあ、夢から覚めるとともに消えてしまった猫とは入れ替われるはずがないわけで、「そもそも、あの猫はどこから来て、どこに行った設定なんだ?」ということになりませんか?

さあ、2年越しで、2017年の第5問の英文そのものを解説(&批評)してきたわけですが、巷の「センター試験過去問解説」ではどう扱われているのでしょうね?

「ナラティブマスター」を目指す私からすると、センター試験で「物語文」が復活し、今のところ、第5問で出続けていることは喜ばしいのですが、「ナラティブ」の指導も、私が使い続けている古いタイプのストーリーグラマーどころか、未だに「5W1H」をただ当てはめていく作業から脱しきれていないものが多いように思います。

入試過去問英文コーパスなどを作って、この第5問での使用頻度の高い語彙を調べる以前に、テクストとしてのつながりを生む、物語としてのまとまりを生む、もっとダイナミックで有機的な要因をこそ分析して欲しいものです。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Hand in hand (Elvis Costello)
※この曲はオリジナルアルバムでは、冒頭にジャケットの写真を貼った、This year's Modelに収録されています。