「初恋の味」

9月になってやっと涼しくなったかと思いきや、また暑い日が帰ってきました。
この夏は、あまりの猛暑に睡眠不足になることもしばしばあり、こんなものに頼って心身の健康、well-beingを確かなものにしよう、などと足掻いていました。

この製品は「ヤクルト1000」の対抗馬、という感じなのでしょうか?近所でお得な価格で販売されていたこともあって、随分消費したと思います。

私の世代だと、「カルピス」は

  • 初恋の味

などというキャッチコピーが懐かしく思い出されます。

www.calpis.info

もっとも、当時はビンで原液を買って水で薄めて飲むタイプでしたので、「水が少なければ濃い目」「水が多ければ薄目」の「初恋の味」ができ上がるわけで、人それぞれの「初恋」に対する思い入れの強さとはあまり関係なかったように思います。

さて、これまで「今日の気になる語法」のシリーズでは色々な語句/表現を取り上げてきましたが、今日はそのカテゴリーに入れても良いであろう「語義」の話し。

今日取り上げるのは、

  • engage

です。

最近は「エンゲージメント」というカタカナ語をそこかしこで見聞きするようになった印象です。
例えば、「エンゲージメント」というカタカナ語は、ソーシャルメディアの分析でも使われる用語です。


英語教育界隈でもタイトルに「エンゲージメント」をつけた和書が出ています。
「エンゲージメント」は英語で言えば名詞でengagement。
動詞engageからの派生ということでしょう。
私が持っている本だと、和書とはいえ英語版からの翻訳書になります。

外国語学習者エンゲージメント 主体的学びを引き出す英語授業
サラ・マーサー、ゾルタン・ドルニェイ・著
鈴木章能、和田玲・訳
アルク、2022年3月

この翻訳が出て、かれこれ2年半
原著である

  • Engaging Language Learning in Contemporary Classroom (Cambridge University Press)

が2020年に出ているので、そこからだと4年ほど。
その間にもいくつか新しいものが出ましたよね?

  • 流行っている?
  • 既に常識?

私が気になっているのは、その語義。

  • 今「流行りの(?) エンゲージメント」のもとになっているengageとは、いったいどういう行為・行動・活動を表すのか?

というものです。

率直に言って、エンゲージメントということばを

  • active
  • practical
  • holistic

という観点から眺めたとしても、また、下位概念に分類して、

  • 行動的
  • 認知的
  • 感情的
  • 社会的

と切り分けてその性質を精査したとしても、結局は

  • engage

という動詞の意味の把握からは逃れられないのでは、と思うわけです。

このブログの随分昔のエントリーで、当時流行っていた「気づき」に関して注文をつけたことがありました。

tmrowing.hatenablog.com

その2009年の秋に、私はこう書いていました。

今から5年後の英語教育界で

  • 「正しい」気づきと「適切な」気づき
  • 「宣言的」気づきと「手続き的」気づき

などを議論していないことを切に望む。

あれから5年どころか、早15年。
今、最先端の研究では、「気づき」の下位分類はどうなっていますかね?

  • 今大事なのはmotivationではなく、学習者engagementだ!
  • motivation研究隆盛の陰にあって、見過ごされていたengagementに光を!

と様々な実践や研究が行われるのは結構ですが、それこそ今から5年後には、

  • 時代は既にengagementの成立を目指すのではなく、学習者well-beingの実現なんですよ!

というようなことになっていたりしませんかね?

ということで、アカデミックな分野で使われるengagementという概念のもと(素;基;元;源)にもengageという動詞はある筈ですから、やはりengageという語の意味を考えておくことに、それこそ「意味」があるでしょう、という話しです。

比較的最近、私がtwitterでブックマークをつけた投稿にも、engageが使われていました。

#AILA2024 has been a wonderful event. I am sorry it's over and happy I could be part of it. Besides, I enjoyed delivering my keynote lecture and felt the audience were engaged with it. Thank you all for making this possible!

twitterにデフォルトで搭載のGoogle翻訳では、このツイートの英文も

#AILA2024素晴らしいイベントでした。終わってしまったのは残念ですが、参加できてよかったです。また、基調講演は楽しかったですし、聴衆も興味を持ってくれていると感じました。このような機会を作ってくださった皆様に感謝します。

となってしまい、deliveringの部分は不正確で、engaged withの部分も物足りなさを感じます。

同じ英文をDeepL翻訳すると

#AILA2024は素晴らしいイベントだった。終わってしまうのは残念だが、その一部になれたことをうれしく思う。それに、私は基調講演をするのを楽しみましたし、聴衆がそれに夢中になっているのを感じました。ありがとうございました!

となり、一部舌足らずな文末表現はあるものの、engaged withの部分はGoogle翻訳よりも適切だと思います。

そもそも、上掲書の「学習者エンゲージメント」の説明で、専門分野のハンドブックを引いている個所があります(p.10)。
そこでは

  • 教師や教室での学習機会との相互作用を通じた、努力を通じた学び

と説明されていますが、その先のp.12の

  • 「学習者エンゲージメント」とは何か

の項には、「学習者エンゲージメント」は人によって異なる意味を持つという記述があって、その背景説明として、

この意味のばらつきは、engageという語とその派生語(例:engagement, engaging)が、日常表現としても学術用語としても用いられているのが原因の一つであり、受け入れられる意味の範囲が広いという事実を物語っている。

と書かれているのですね。
私が冒頭で書いたengageの語義の把握、実感の重要性と重なります。

以下、いくつかのレファレンスから、engageの語義に関わる記述を引きます。

小西友七 編 『英語基本動詞辞典』(研究社、1980年)

何らかの形で「人をしばる」が原義で、特に「契約 [誓約] によってしばる」という含みがある。
しばるものが仕事であれば、「仕事にたずさわる」意味になり。言葉でしばれば「婚約する」「約束する」という意味に、さらに他人をしばれば「人を雇う」意味になる。また、抽象的に心をしばれば「人の注意[関心]をひく」、人の時間 [精力]をしばれば「(仕事が)人の時間[精力]をとる」の意となる。

という総論・概観に続いて、語義・構文の下位分類で具体的な用例を示して解説されています。

そのうち、

  • 8. S be engaged M S<人>がMに従事[没頭]している <Mは ‘in + O (仕事など)’ ; Oは名詞・動名詞>

の項が要注目。

小西氏が、この数年前に単行本で出していた『英語シノニムの語法』(研究社、1976年)では、2.9 engage inとengage on, etc. (pp.198-200)という節があり、「彼は新しいプロジェクトに従事している」という意味を表す、次の5つの表現を比較検討しています。

  • 1) He engages in a new project.
  • 2) He is engaged in a new project.
  • 3) He engages himself in a new project.
  • 4) He engages himself with a new project.
  • 5) He is engaged on a new project.

解説は以下の通り。

第1義的に、1)では動作、2)の受け身では状態を表すことは明らかである。しかしまた、1)は現在の習慣を示し、長期的な状態を述べる場合に用いられる。ここではその意味で比較されている。これに対し、2)の受け身の場合は、次例のように一時的に従事していることに用いられる場合が多い.(用例省略)。時には、2)は1)の意味に用いられることがあるが、1)は2)の意味に用いられない。(中略)
次に3)は多くの再帰代名詞がそうであるように、「努力して」それに従事している感じが伴う.(用例省略)。これに対し、withを使った4)はさらに「積極的に取組む」という意を含み、inの場合よりも意欲的なニュアンスがただよう.(用例省略)。
5)のonでは次項の「expert atとexpert in, etc.」でくわしく述べるように、特別の分野を暗示する。したがって専門的な研究や事柄などについて用いられるのが普通である.(用例省略)。

『英語基本語彙辞事典』(中教出版、1983年。p.181)は、「3000語の背景」という副題が示すように、基本語彙の語義・語法、語源・由来、実例や文化的背景などを詳述する「辞典」であり「事典」であることを目指したものですが、このengageに関しては、通り一遍の説明と用例提示で終わっています。

engage [ingédz]
vt. 1. [おもに受け身形で] 没頭させる [in]: He was engaged in the work all day. その仕事で彼は一日中忙しかった.
2. (時間・エネルギーなどを) とる: Gardening engaged all of his spare time last Sunday. 彼は先週の日曜日, ひまな時間を全部使って庭仕事をした.
3. 〔to 不定詞をともなって〕 〜することを約束する: He hasn't engaged (himself) to come and see me today. 彼はきょう私に会いにくると約束はしなかった。
4. 雇う: I engaged him as a guide. 彼をガイドとして雇った.
5. 〔通例,受け身形で] 婚約させる [to]: Betty is engaged to Tom. ベティはトムと婚約している。
vi. 従事する, おこなう [in]: We engaged in a long discussion. われわれは長いこと議論した.

『英語表現辞典』(第二版、研究社、1985年。p.372)の冒頭の概観の記述は、多分に小西本に影響されている印象。

engage
何らかの形で「人をしばる」が原義で、とくに「契約、誓約によってしばる」という含みがある。
(1)しばるものが仕事であれば、「仕事にたずさわる」意味になり(中略)。「しばるもの」すなわちこの場合従事する対象は、永続的な仕事や職業でも、一時的な行動 (conversation, reading, gameなど)でもよい(中略)。ただし、「〜に従事する」、「〜に従事している」の意味に、engageを用いるのは、ときに「もったいぶった」感じを与えるから注意を要する。

教育界隈でのengagementという用語の普及浸透は比較的近年だと思いますが、engageという動詞周りは、オンラインコーパスの援用で、その使用の実態の変化や趨勢を推測することは可能ではないかと思います。

分詞形容詞と形容詞のペアでの絞り込み検索を見てみます。
engaging and 形容詞
COCA


NOW


ペアを反転して、形容詞 and engaigingでの絞り込み。
COCA

NOW

続いて、受け身の過去分詞由来のengaged and 形容詞のペア。
COCA

NOW

ペアを反転して、形容詞 and engaged
COCA

NOW

いかがでしょうか?
engagingやangagedという語が、その相性のいい形容詞とともに、自分の頭の中の辞書に収録済みの実例と響き合っていますか?

次に、「学習者」の絡む、具体的な生息域で見てみましょう。
iWEBで、students be engaged and 形容詞

NOW

COCA

COCAがベンチマークにならないくらい、ヒット数が激減していますね。

指導者や授業、教材等が関与する状況を想定して検索。
keep 生徒 engaged and 形容詞
COCA

NOW

さあ、ここまで眺めてきてどうだったでしょうか?

普段から、英語表現の実例を丁寧に見ている人であれば、この程度の検索結果を眺めるだけでも、engage, engaging, engagedということばの輪郭線が鮮明になったり、そのことばの色・彩り・肌触りなどがより感じられるかもしれません。

冒頭で翻訳の和書を紹介しましたが、原著者の一人、故ゾルタン・ドルニェイ氏は、ELTの教師としての経験も豊富な人でした。
私が高校の検定教科書である「オーラルコミュニケーション」の著者をしていた頃の私のネタ本がこちらです。


Dornyei, Zoltan, Thurrel, Sarah
Conversation and dialogues in action
Prentice Hall International 1992

若い世代の教師や研究者には、氏は言語教育に関わるとはいえ、動機付けなどの「心理」系の研究者として著名だと思いますが、個人的には、やはり、このような「ことばとその使い方を教える指導者」としての豊富な経験があればこそ、後の研究成果があるのではないかと思っています。

今年になって「エンゲージメント」関連の概説書を読んで、よく分かった人も、分かったと自分では思っている人も、よく分からなかった人も、engageということばそのもの、そのテクストそのものとじっくりと向きあい、かかわり合い、掘り下げ、味わい、楽しんでみることをオススメします。

本日はこの辺で。

本日のBGM: 初恋に捧ぐ (初恋の嵐)

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