毒を食らわば、くわばら、くわばら…。

  • 大学入試

そう、英語教育プロパーの話題から離れて、向き合うべき身の回りのこととしては、進学クラスの高3担任としての進路指導・受験指導がある。
私のクラスの生徒は、昨日今日と、地元の予備校主催の「センター試験ファイナル」へ。
いつも、学校では二日分のセンター模試を一日でやっているので、電池切れの心配はないとは思うのだが、二日に分けて実施と言うことでスタミナ配分がうまくいったかどうか。

本番まで正味二週間。
3学期は普通の授業はないので、一日10時間くらい勉強に使うと考えれば、140時間。英語にそのうち、1/5割いたとしても、28時間。12分で140セットもこなせる計算です。ただ、これはあくまでも机上の計算。今現在、4時間、5時間が使いこなせない者は、10時間与えられても、大沢誉志幸の歌のように途方に暮れるだけ。まずは、他教科の合間に、集中してやってしまえるセット数を毎日記録することから。

センター試験後の個別指導で英語が必要になる生徒は、割合としては実はあまり多くない。しかし、降水確率と同じことで、特別な対応が必要な者にしてみればその必要の度合いは100%なので、随分と前に買って一度読み始めてみたものの、内容に納得がいかずに放置してあった、とある学参というか問題集というか受験対策用の書籍の読み直し。時間を空けて読み返したら、良いところに気づくかも知れないと思ったので。随分評判とのことなのだが、先入観無しで、真っ新な気持ちで読み進め、出題の英文の痒いところを著者自身がどう読んでいるか、そしてその痒さにどう対処しているかを読む。付録のCDで内容や解法に関する解説が収録されているパートがあるのだが、英文を読むところの音声が聴くに堪えなくて、最後まで聴けず終い。残念至極。著者本人の英語力がこういうところで露呈してしまうところは怖いと思った。CDで解説をつけるのだったら、語学春秋社から本正弘氏が出しているもののレベルはクリアーしておくべきだろうと思う。
本文の解説のみで評価しても、内容理解に関わる語句の扱いでは全て日本語での「訳語の提示」となっていて、このレベルの文章を読み進める際に不可欠な「英語での定義」、「パラフレーズ」での展開などがないので、復習でこの教材を繰り返し読んでも英語力の深まりが期待しにくいと感じた。素材文はそれなりに難易度の高いものを集めたようなのでもったいないが、結局は問題集なのでそこまで期待するのが酷というものだろう。

先日、倫太郎さんとも、

  • リーディングの良い教材がないねぇ。

と話しをしていたのだが、結局、問題集ばかりで、本来の意味での「教科書」と呼べるものがなくなってしまったということとも関連しているのかも知れない。予め答えが設定された問題を解くことを outputと考えている人が増えているのだとすれば、啓蒙に失敗している英語教育プロパーの分野での英語教育学者たちの責任は大きい。

私としては、かねてよりの企画、

  • 『英語版・高ため三部作』

への協力者を募集していますので、我こそはという方、お便り待っています。特に、書き下ろしで英文を書ける方、英語ネイティブかどうかは不問ですので、是非ご協力お願いします。

問題集なら何でもダメなのかというとそんなことはない。
英作文の分野では、鬼塚先生の新刊も気になるところだが、

  • 山口紹・Tom Gill 『大学入試英作文総合問題集』 (研究社、1998年)

の解答解説が手に入ったので吟味。出版社サイトには載っておらず、残念ながら今では絶版かもしれない。干支も一回りする昔の英作文の問題集。著者は予備校の講師とのこと。副題は「整序問題から自由作文まで」。第1章から第4章まで基本的文法項目に沿って扱っているのだが、薄い教材の割にはツボはきちんと押さえようとしている。このバランス感覚の良さから推測すると、授業も手堅い講師なのでは。「英作文」と謳う教材なのであれば、最低限このレベルをクリアーして欲しいと切に願う。英語ネイティブが関わることで良くなる受験対策書の好例だとも感じた。老舗の良識というか、信頼というのはこういうことなのだと思う。
懐かしい東大の和文英訳の出題を例題としていたので、引いておく。
「私は新校舎に入ってみる気になれなかった。ひとつには、これはもう私の出た学校ではないというさびしさがあったためである。」

  • I didn’t feel like going into the new school building. For one thing, I had the sad feeling that this was no longer the school I had graduated from.

数量表現では、中央大の出題で、
「もし24人をでたらめに選んだ場合、同じ誕生日の人が、その中に2人以上いる確率はどのくらいになるとみますか」
というのがあった。東大の問題で扱った同格のthat節の知識と運用力を試せる良い課題構成だと思う。
慣用表現では、例題で、
「ひどく具合が悪い。医者に診てもらわないといけない。」
の誤答例として、

  • *I am very unwell. I can’t help seeing a doctor.

という「いくらなんでもそこまでひどい間違いはしないでしょ?」という英文を本冊にあげているのだが、当然、正解を示している別冊の解説では、cannot help –ingに関して適切かつコンパクトに整理してあり、安堵。英語ネイティブとの共著による解説の適切さは、たとえば、「動名詞と分詞」の項目で、

  • for +[動名詞] が主語の行為の目的を表すことはない。

とか、

  • … closing his eyes とするのは普通に読めば変である。closeは「目を閉じる」という動作だからclosingは「閉じている」という状態ではなく、「閉じつつある」というまばたきをする瞬間だけラジオを聴いていたことになる (ただし「閉じた後で」と読んでもらえれば不自然と思わない人もいるらしい)。

などといったちょっとしたところにも表れている。
自由英作文編は、扱う分量が少なく、解説もやや薄いのが気になるが、

  • 論理的一貫性
  • 事実の描写
  • ストーリーの創作
  • 議論の展開

という項目立てを見るだけで、ロジックとテクストタイプが分かっている著者が書いているな、という安心感がある。研究社と著者には近年の出題と差し替えて、是非とも改訂版をお願いしたい。

英作文に関しては巷に溢れるギミック満載の拙い英語教材を知るにつけ、多少古くても、手に入り、しかも分量もこなしきれる、捌ききれるものの方が安心できると思ってしまう。やはり生徒には、

  • 金子稔 『ルール48 英作文の解法』 (洛陽社)

と、

  • 柳瀬和明 『日本語から考える英語表現の技術』 (講談社 ブルーバックス)

を薦めておこうと思う。
自由英作文やエッセイに関しては、GWTの課題で充分に対応できるのだけれど、受講者の答案に含まれる英文の中から、頭出しチャンクとか、ターゲット文を抽出して、リストにできないものだろうかと思案している。『パラグラフ・ライティング指導入門』(大修館書店) では、生徒に書かせたドラフトをもとに、あるトピックで一貫したフレーズ、例文を集めてリストしたものを載せているが、あのリストのようなものを、GWTに取り入れて受講者のハンドブックとして活用してもらう、という目論見である。
おっと、いけない、いけない。ついうっかり、英語教育のことを考えてしまった。
新春は、自分の身の回りのことを見据えることからでしたね。

箱根駅伝は、東洋大の柏原選手に注目して見ていたが、他の選手との走りの違いにただただ圧倒された。「山の神」などという形容は茶番だろう。トラックでも速いというのだから、腸腰筋が強い、とかいうレベルではないことだけは確か。明治大の選手を坂道で抜き去る時に、まじまじと顔色を見ていったところに、この選手の強さの底にある、「毒」のようなものを感じた。この毒がある間は、取り巻きにちやほやされて潰れてしまうことはないのではないかと思う。

本日のBGM: Poison in the well (10,000 Maniacs)