volition

ボランティア活動をアピールすることが何よりも嫌いな私ではありますが、まずは何をおいても、この告知から。
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/press/200907/013595.html
先日の大雨による被害に関わる義「援」金の受付です。被害にあったのは、山口県だけではないのですが、状況をご理解頂き、ご協力頂ける方はお願い致します。

以下、本日のエントリー。
以前、ある都道府県の英語の先生方と話す機会があったのだが、その時に気になる物言いがあった。

  • 英語ばっかりできてもねぇ。他ができないから、国公立大に行けないじゃない。

英語ができることがどれほど偉いのか?と問われても返答に困るのだが、「国公立大」に合格することが何か崇高な目標として捉えられていることに、物凄く違和感を覚えた。英語ができる (ようになった) のなら、そのことを喜べばいいだけのことじゃないか。私の勤務校も含め多くの高校の公式サイトで、進路実績と称して、「国公立大学」中には、「旧帝大」、さらには「旧帝大プラス東工大と一橋大」への合格者数というような物差しでその学校の教育成果を計っている。大学名だけではなく、「医学部医学科」の進路実績を謳うところも多い。いつも思うのだが、これはその生徒の学習や努力の成果なのであって、数値目標として設定するようなものでは決してない。「旧帝大」、とりわけ東大などを経て官僚になる者、医学部を経て医療現場へと進む者を多く輩出するのが進学校の矜持であり、存在意義とするのも価値観の一つであろうと思うので、そのことだけをとりあげてその価値観を批判はしない。ただ個人的に嫌いなだけだ。

「英語ばっかりじゃねぇ…」と似たような発言は、私自身が英語に特化した教育課程を持つ高校に勤務していたときに、職員会議で同僚の口から出たことがある。

  • そんなに英語ばっかりやって偏った人間になったらどうするのか?

英語教師って偏った人間って見られているんだなぁ、という肩身の狭い思いになった。偏見、というのは偏った見方ということなのだろうが、でも何をもって偏っていると判断するのかは難しい。

  • 英語に力を入れる。

学校としてその施策を選択すること自体の是非を問うことにも確かに意味はあろうと思う。しかしながら、そのような学校に勤務している教員として、まず気にしなければいけないことがあるとしたら、

  1. 「英語に特化した教育課程」を持っていながら、生徒にそれに見合った英語力をつけられていない。
  2. 「生徒の英語力」をつけるために費やされる人的・物的労力によって、それ以外の教育的効果が不当に損なわれる。

ということではないかと思う。
1. の場合には「授業」という物差しに限って単純で乱暴に考えても、

  • 教育課程 (カリキュラム・シラバス・教材) が生徒の実情に合っていない。
  • 教員の指導法が生徒の実情に合っていない。

という可能性があり、「教育課程」や「教師」の側からの歩み寄りと「生徒」の側の成長との相互作用によってギャップの克服は成されることになっているのだから、その検証をしてみることが先決だろう。
かつて、リチャードが私に言った「効果的であることを求める前に、適切か否かを問え」ということだ。

10月に神戸で開かれる、とあるシンポジウムで登壇者の一人としてお話しさせて頂くことになった。
11月には地元で「山口県英語教育フォーラム」を開催する。
そして、おそらく12月に、東京での研究会というか講習会で講師をすることになると思う。
何かを期待されて人が集まるのだろうとは思うのだが、どんな講師や登壇者の言葉も金科玉条と思ってはいけない。
カリキュラムも、シラバスも、教材も、そして教授法も「唯一絶対」というものは存在しない。ただありがたいと真似をしたり、技を盗んだり、慢心したりするのではなく、「語学教育・語学学習」の原理原則を踏まえた上で、目の前の学習者、生徒に指導法や教材を合わせたり、生徒の方をそのレベルまで鍛えたりするだけのことだろう。全ては「考えるヒント」 (inspired by 小林秀雄) である。

私の高校の同期にNという男がいる。私の最も尊敬する人間の一人である。彼は優秀な内科医で地域医療に携わりながら、研究を続け、コンスタントにアクセプトされる論文を書いている。そして、現役のアスリートでもある。そのNが積年の苦慮の果てに先日辞表を書いたことを知った。

官僚や医師を目指す優秀な資質を備えた人間が、進学校からは毎年のように輩出されているのだろう。では、有名大学で学び、巣立ったその優秀な人達はどこに行ったのだろうか?それほど優秀な人材がいながら、何故、行政は機能せず、地方では慢性的な医師不足にさらされているのか、そして何故、地域医療に貢献し続けてきたNは辞めなければならなかったのか。Nからのメールを読んで歯痒い思いで一杯である。

本日のBGM: きみを気にしてる (柳原陽一郎)