「現実の言語の使用場面」再考

2ヶ月ぶりの教室での授業。
高3ライティングは、夏休みの宿題だった「表現ノート」のシェアリングから始まった。

  1. まず、自分の一押しネタに☆印をつける。
  2. 筆記用具を持ち、席を立つ。7分間で、クラス中を回り、自分と同じトピック、記事を扱った生徒を見つけ出し、一言コメントをする作業。騒然とする。終了後、自席に戻る。
  3. 筆記具携帯で反時計回りにブロック内で1席ずれ、その席のノートを読み、7分間でコメントをつける。記事全文を読んでいる暇はないので、見出しや写真などを手がかりに、あとは各自が作成することになっている「サマリー」を読んで、「トピック語彙、英語的発想やコロケーションのグロサリー」「英文によるコメント」と進み、読後のコメントか質問を書いていく。この作業の時に、「もっとしっかりサマリー書いておけば良かった」とか「この人のサマリーしっかりしてるなぁ」とかを感じてもらうことも狙いの一つ。
  4. さらに1席ずれて、同様の作業を7分間。同じネタにコメントをつける場合には同じことは書いてはダメというルール。これで普段、机を並べている生徒同士のノートに目を通したことになる計算。
  5. 次は2席ずれて、同じ作業を7分間。今度は、普段机が離れていてシェアリングをしていない生徒のノートを見ることになるので、新鮮な目で評価できるといいなあ、という欲張りな手順。
  6. 最後は自分で「これは!」と思った生徒のノートにコメントしていく7分間。
  7. 自席に戻り、コメントに目を通す。再び騒然。読み手を意識した上で、微調整してノート提出。

というような流れで1時間ほぼ終わり。私は列の間をぐるぐる回って、合いの手を入れるだけ。
クラスには留学から戻ってきた生徒が一人増えていた。年度途中での復学の場合、普通は1学期の終わりに担任から指導があって、夏休み前に教科担任から課題の指示などを受けるようにするものだと思うんだけど、そういうところが徹底していないのがこの学校らしいところ。当該生徒には、2週間くらいで「表現ノート」作成するように指示。このクラスの次時は「英語俳句」の導入。実習生が見に来る模様。明日のもう一つのクラスは、今日と同じ作業。
高2は9月の歌1曲目。HEMは今年の2年生にもなかなか好意的に受け入れられたようだ。曲の感想を英語で書くタスクは依然として表現が貧困。2学期の目標の一つはパラフレーズと類語辞典の活用なので、なんとかしたいなぁ…。残りの時間で、「英詩と過ごす夏2006」の紹介シート記入。この作業を期間巡視していれば、どの生徒がどのくらい、この夏課題と取り組んでいたかがよくわかる。ビデオ収録は月曜日から、視聴覚室と小会議室を2週間全時間確保したのでまあ、なんとかなるでしょう。朗読法の指導は全くしていないが、既に音源を入手して練習してきている生徒もいるので、留意点だけでも確認、ということで、ビリー・コリンズの4つのアドバイスを週末読み、準備してくるように指示。月曜日は最初に、ポエトリー・リーディングのDVDでも見せておこうと思う。今週金曜日は実力テストで授業無し。中間テストまでの授業数がやけに少ない気がするのは私だけか?
研究室に『STEP英語情報』の7/8月号があったので、必要な部分のみをコピー。広島大学附属福山中・高等学校の英語教育が紹介されていて興味深く読んだ。
この号の特集「英検合格者の『英語学習・英語使用状況調査』の報告」に関して一件重要な指摘をしておきたい。
質問項目のうち、「生活や仕事での英語使用時間」に関しての協会側の分析から抜粋。この文言をどのように受け止めるか。

  • 4技能全般的にわたって実際の英語使用は「全くない」「5分以下」の占める割合が非常に多いのは日本における「英語の必要性の実態」を物語っているように思われる。つまり、多くの人が「英語は必要だ」と思いながらも実際に使う機会はさほど多くないということである。
  • 全級において実際の英語使用が少ない中で、5,4,3級の合格者の数字が案外多くなっている。初級学習者の実際の運用能力を考慮するとこれらの実態がどのようなものか捕らえにくい点があるが、1つ考えられることとして、学校や語学学校で多く取り入れられているタスクは従来の「机に向かって学習する」というイメージではないことや、外国人指導者とのやりとりなども含めて判断した可能性もある。

小さい頃、私の母は「子どもは勉強するのが仕事!」とよく言っていた。5-3級合格者の多くは中高生であろうから、当然「授業中に英語を使っているのは生活であり仕事での現実の使用場面」なのである。アンケート項目を見直す際には、この言語の使用場面をいわゆる「交渉型ビジネス」の範疇にとどめないで頂きたい。たとえば、プロの翻訳家が翻訳している時、その時間は英語使用の時間ではない、などと誰も言わないでしょう?