ことばの器、ひとの器

tmrowing2016-09-26

またまた久々の更新となりました。
この間のエポックといえば、何といっても、全英連で指導助言をお願いしている京都大学の田地野彰先生に授業を見ていただいたことでしょう。
これまでにも、あれこれ行ってきた「活動」をDVDで見ていただいてはいましたが、実際に教室でどのような「学び」が生じているのか、あるいは生じていないのかを見てもらうことの意味は大きいですね。
今回は、意味順のプロジェクトを田地野先生と一緒に進めている、豊橋技術科学大学の笹尾洋介先生も遥々山口まで来ていただきました。
文化祭の準備など、時間割の都合で、高1と高3の授業と土曜日課外を見ていただき、高1の(再)入門期にあたる、単文での「意味順」導入直後から、高校の出口に近づいたとはいえ、まだまだ中級の壁の厚い、高3での「つながりとまとまり」のある英文産出での、「あんなこと」「こんなこと」「そんなこと」まで。

今回の全英連で扱うメインは、高3の「つながりとまとまり」ということですが、そこに至る様々なアプローチ、ベースとなるものが高1の授業の中で種として撒かれていたり、畑の土として耕され続けたりしていますので、高1も見ていただいて本当に良かったと思っています。

詳しいことは、11月に山口に来ていただくとして、高1の授業日誌から。
「キング牧師」の話を読んだり、「チャンク切り出し可変」での対面リピートをしたりした後で、「意味順」のテキストと連動して、既習事項との対比を主として、所謂「不定詞」による名詞句の限定表現と、動詞want, tell, askの用法を整理している時に出た、生徒の疑問から二つ。

ひとつは、「こっちでは be なのに、どうしてここでは become なのか?」
もう一つは、「同じ『何か』なのに、こっちではsomething で、どうしてここではanythingなのか?」

どんな文(文章)での疑問か、分かりますか?
教師であれば、また教師でなくとも、既に一定の英語力を身につけた人には、「なぜそんな疑問を?」と思うような質問ですが、本人、当人はいたって真面目です。

何を見て、何に意識が注力され、何を見ていないか、何を見逃しているか。

野球での見逃し三振とは違って、学びにおける「見逃し」は、自分ではなかなか気づかないものです。

  • いや、だって、ここに気づきさえすれば簡単じゃない!

と言っても、そういったポイントをことごとく見逃し続けて、気づき損なって来て、今に至るわけですから。

見えていなかったその「何か」に気づかせる、可視化する仕組み、として「意味順」は可能性を秘めていると思いますよ。


一つ目の疑問に対して私が答えたのは、

be動詞は「です」以外にも、「ある・いる」という存在や、「なる」という変化を表わすこともできる。この変化での「なる」の仲間には、become, get, turn などがある。
I want to のあととか My dream is to のあとに続ける動詞(の原形)には、個人的には、becomeよりも beを使っている。

こんなグラフを見せなくても、まあ、分かってもらえたと思います。


be vs. become.png 直

補足したのは、次の例文。これは次回以降への伏線を張る目論み、欲目です。

Don’t forget to be here at 8:30 tomorrow. という文は、「いまここ」にいる人に向かっての指示。一旦解散し、帰宅してから、明日「再び」ここへ集合する、ということだから、ここでのbeは単なる「存在」ではなく、「移動」とか「到着」という意味を表わしている。

二つ目の疑問に対しては、まず、「助動詞の番付表」で「平幕」と読んでいる助動詞の do の働きを説明。そこから、

some は「思惑」で「枠」を設定するのに対して、anyは「ゼロでなければ何でもアリ」。この文の場合、not がanyを否定するから、「ゼロ以外は何でもアリ」を否定したら、「ゼロ以外は何もなし」つまり「ゼロ」ということ。

という展開。折角、生徒から疑問が出たのに、クラスに投げ返して皆で考えたりしないで、教師の一方的な解説です。全然、「アクティブラーニング」的なことはやりませんでした。だって、ここはメインのターゲットじゃないですから。「何に気づき損なっていたのか」に気づくために「何を見えるようにしてやるのか」ということです。

クラスに投げ返すのはそこから、

砂漠で遭難したことがある人?

お小遣いの値上げ額が1円で喜べる?

という質問を浴びせて、異なる場面で、自分の理解を試す機会を設けました。それでも、骨折り損のくたびれ儲け、で終わる生徒がいない保証はありません。そういうものですよ、授業って。

『意味順テキスト』のトレーニング問題の音読を経て、小学校での「英語」に関するアンケートをとって、次回への伏線を張り終了。


高3は、シラバス上はa descriptive paragraph [passage] ということで、定番の「福袋」課題と、そのためのアイデアジェネレーションの手法である、cubingへの習熟、が狙いです。
この前には DCT (discourse completion task) もいろいろやっていますが、今回は、グループ課題、ペア課題で和文英訳。

参考資料として、所謂「アニメオタク」が世界から買いに来る福袋のニュースとか、オンラインストアでの福袋の説明など、英文の記事を与え、そこから、使えそうな表現を拾い集めることを求めています。
とはいえ、直ぐにまとまった英文が完成するほど習熟度は高くありませんから、辞書の用例などをまとめてプリントアウトしています。

アプリ辞書で「物書堂」の辞書は、用例検索で、英文と和文のキーワードを同時に入れて絞り込めるので、ヒットした用例をスクリーンショットに撮ってプリントアウト。良い時代です。

当然の如く、私が授業を立案する際に想定した「英文」はあるわけですが、その想定のナナメ上に行く生徒(ペア)も出てきますから、頑張り甲斐はありますよね。

今回は、

  • Consumers choose and buy fukubukuro before they know what is in it.
  • They can tell their fortune for the year when they open it.

なんていう英文も出てきました。主語や人称代名詞は、前後のつながりとまとまりを眺めて修正していく必要がありますが、それもまた「意味順スロット」に入れることで「見えて」来ますから、四角化が身についていると、意味順が更に活きますよね。

田地野先生、笹尾先生と楽しく「反省会」も開いて、緊張と充実の授業参観の週末も終了。
今まで知らなかったあれやこれやの話もお聞きしましたが、何を聞いたかは「ナイショなのさ」。

田地野先生、笹尾先生、本当にありがとうございました。

今回、久しぶりに自分の授業を「生」で見てもらって、「良い授業」「良い実作」を積み重ねていくしかないな、という思いを強くしました。

生徒が自分の英語を創り育てる場が授業であり、そういう授業が成立するには、教師の「言語観」が重要な意味を持つと思います。「意味順」を授業に活かすには、まず教師の頭と心を柔軟にすることから。

笹尾先生には語彙研究の専門家の立場から、生徒にも学習上のアドバイスを頂いただけではなく、私の質問にも答えて頂けて本当に感謝しています。

田地野先生の「笹尾先生は覚え方の専門家、私は忘れ方の専門家」というジョークに皆笑っていましたが、「でも、人間の脳は、覚えた以上に忘れることはできない。うまくできてますよね。」という言葉には、癒しというか、赦しがあるなあ、と実感しました。

田地野先生は学問の探求には厳しいが、生徒の学びを見る目は優しい人なのだな、という思いもあらたに。人としての器に余裕があるからこそ、とも。

全英連まで、残りひと月半。私が一番楽しみにしていますかね。
縁がありましたら、山口でお会いしましょう。

本日のBGM: Can't Give You Anything (But My Love) / ムジカ・ピッコリーノ『Mr. グレープフルーツのブートラジオ』より