「素晴らしき世界」のために

リオデジャネイロ五輪も佳境。

日本代表のメダルの数に一喜一憂するのはメディアにまかせて、スポーツ人たる者、どの国の選手であれ、良いパフォーマンスに拍手を送り、勝利を祝い、健闘を讃えたいものです。
ネットでの記録動画配信やアプリで放送と同時に配信というこれまでの五輪では経験できなかった「見方」ができた大会でもありました。国に拘らず、全競技全試合オンデマンド視聴とかができる日も近いでしょうか。巨額の放映権料を考えれば、CMの広告収入に頼るより確実ではないかとも思います。
私の本業でもあるボート競技は、男女とも軽量級ダブルスカルという種目に出漕。女子が12位、男子が15位という結果に終わっています。日本で最も速いクルーが五輪に臨んでの結果ですから、真摯に受け止めつつ、選手、コーチングスタッフ、バックヤードのスタッフにお疲れさまでした、と言いたい気持ちです。
今大会で個人的に一番注目していたのは陸上の男子100mに出場した山縣亮太選手でした。前回のロンドン五輪から4年越しで自己ベスト更新。決勝進出はなりませんでしたが、インタビューでの受け答えも、自己分析・自己評価が的確で爽やか。「大人だな」という印象で、人間としての成長がパフォーマンスの安定を生む好例だと思いました。東京五輪(がもし予定通り開催されればの話ですが)まで続けてくれると嬉しいですね。


さて、
英語教育関連分野で、「小学校英語教育」とでもいうカテゴリーがあります。「児童英語」とか「早期英語」ではなく、「小学校英語」。そうです、公教育の中に正式に位置づけられた「英語教育」に関する一連の理論、実践と議論です。
このブログで私が主として発言しているのは、「小学校英語教育」の中でも「文字指導」、とりわけ「手書き文字の指導」に関してでしたが、最近のメディアを賑わす文科省、教育界の動きを見ていると、危惧が募ります。

絵に描いた餅はそれなりに美味しそうに見えるかも知れません。

小学校部会におけるこれまでの議論のとりまとめ(案)(2016年3月)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/074/siryo/attach/1368818.htm

2016年5月27日 教育課程部会小学校部会参考資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/074/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/13/1371955_14_3_1.pdf

小学校5年、6年の2学年分は「教科」化を目論んでいます(「教科化」は、ワーキンググループの叩き台がまとまって、ユーシキシャ会議からの提言、モンカ大臣に諮問とか答申するとかの途中であって、まだ何も正式には決まっていないというのが私の認識なんですけれど…)。しかも、それぞれ、週2時間に増やして年間70時間にする、というのです。当然、新たに35時間分を確保する必要があります。教えることは増えたのに、入れ物の容量を増やさなければ「中身は入らない」のが道理でしょう。
「外国語活動」を前倒しで入れることを目論んでいる3年生、4年生では、週1時間、年間35時間相当を新たに確保することになります。
ところが、「週28時間」という時間割の中に、増えた分が収まらないのです。
公教育での英語教育に関わって、英語力フィージビリティ調査、高大接続での外部試験など、大きなマーケットを見越している(というか現時点でかなり大きなマーケットとなっている)B社のサイトにこんな記事が載っていました。2016年4月13日にアップされています。(リンク切れの際はご容赦を)

2020年度からの小学校英語 増加分は朝や土曜日、夏・冬休みに!?
http://benesse.jp/kyouiku/201604/20160413-1.html

入れ物の容量は増えないので、すき間に入れられるように「モジュール化」を図るのだそうです。それって図るじゃなくて「諮る」じゃないの?と思いますよ。
その後、中学年での「読み聞かせ」教材案が文科省サイトで公開されるタイミングで、昨年の段階で既に出ていた高学年での「文字指導」教材も、新たに公開されたかのように揃ってアップされていました。

中学年
http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1370103.htm
http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/02/1370109_1_1.pdf

高学年
http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1355637.htm

このような「センモンカ」による、度重なる審議のまとめが、8月1日にリリースされました。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/siryo/1375316.htm

そのまとめの発表を受け手、文科省の担当責任者はこんなことを言っています。(8月12日付、『教育新聞』電子版より)

次期学習指導要領審議まとめ案 合田教育課程課長に聞く(2)
https://www.kyobun.co.jp/news/20160812_01/

そういった背景を踏まえ、「小学校英語の教科化」「新指導要領での時間割」に関連して、私の呟いたこのツイートが2日間で、200RT、150いいね、を超えました。

これまで小学校の先生が教科として教えてきたことで、新たになくなるものってどれ位あるの?下世話な話ですが、もし減らないのなら、英語を増やした分、給料が上がって当然だと思うんですよね。 人と予算と時間を考慮していない「教育課程」の改革や「指導要領」の改訂は、いつも現場にしわ寄せです。
https://twitter.com/tmrowing/status/764742781038305280

普段の英語教育関連の情報発信では届かないところへのリーチがあったということでしょう。
朝や帰りのHR前後、昼休みの前後とかのすき間、ニッチに「モジュール」を入れようにも、にっちもさっちもいかない現場が多いことを伺わせる反応・反響です。
新聞、TVなどの大(手)メディアでは、「平日5日間、1限から6限まで、といった物理的な時間を無視した暴論」という論調には全くなっていません。

  • 人・金・時間

の工面・調達は現場に丸投げでは上手くいくわけがありません。

物的・金銭的支援や人的加配のある研究指定校や地域の拠点校、特区にてとっくに専科教員対応をしているような学校ではない、一般の現場の声をもっと広く知らしめることが大事でしょう。
先日も、私の地元で「国際交流」というキーワードのつく催し物があったとローカルニュースが報じていたのですが、キーワードが「国際交流」なのに、中国の教育事情を視察してきた人の報告で「中国は小学校の1年生から英語を…」などということばが出て、それをフロアで聞いていた人がインタビューで、「やっぱり日本も小学校から英語を…」などと答えているところだけが切り取られているのを見るにつけ、「国際交流」が上手くいかない責任を「英語教育」に転嫁するなよ、「国際交流そのもの」を語れよ、と思います。
いったい、いつまで、「中国がががが…」、「韓国がががが…」、「フィンランドがががが…」、「ロシアがががが…」と国内の事情や実態を踏まえない、先進諸国のレポートをし続けるつもりなんだろうか、と思います。
中国に限って考えるとしても、彼の国の人口を日本の10倍と仮定してみましょう。学齢期の児童1学年であの広い国土の中に約1000万人いるわけです。仮に日本と同様に小学校が1年から6年まであるとすれば、小学生の総数は6000万人です。その6000万人に対して、どのように教科書や辞書を遍く行きわたらせているのか?教科書検定は?印刷製本はどうしているのか?ましてやICTや反転授業で使うタブレットなどはどのように調達・配布しているのか?教師養成は?全国的な英語力テストは?
私がぱっと思いつくだけでも、たくさんの「?」をクリアーしなければ、日本の土壌に移植などできません。
英語教育の文脈に引き寄せるにしても、東アジアでの比較とか「競争」をキレイさっぱりと忘れて、

・10年前はTOEFLのスコアでそれほど差のなかったイタリアと、この10年でなぜ、差がついたのか?
・中東のイランや、南米のチリなど、ELTやTESOLさらにはSLAの研究成果が、どのように国内の教育政策に活かされているのか?

みたいな目の付け所で調査した方が、現状を改善するヒントが得られるような気がしています。

「にっちもさっちも…」の話に戻ると、大阪では、モジュール用に作られたフォニクスのDVD教材を1年〜6年まで使う計画らしいですが、教えられる先生がいないので代わりにDVDを流せば解決する問題ではないでしょう。
開発に着手、というニュースリリースは2014年でした。

mpi松香フォニックス/大阪府と共同で英語学習パッケージの共同開発
http://ict-enews.net/2014/09/18mpi-j/

大阪府の公表が2016年4月。

大阪府公立小学校英語学習6カ年プログラム(Dream)
http://www.pref.osaka.lg.jp/shochugakko/dream/

この教材の開発にあたったMPIは教材として同じものを市販するそうです。大阪で上手くいけば、他の自治体でも採用を検討するだろうという「皮算用」ですね。このニュースは6月です。

内田洋行、小学校英語の「短時間学習」に対応したコンテンツ「小学校英語 SWITCH ON!」を提供開始〜教育のICT化に対応して教育用コンテンツ配信サービス「EduMall」で提供〜
http://www.uchida.co.jp/company/news/press/160617.html

いやー、この「内田洋行」っていうのが気になります。
学校買い取りのパッケージ版の単価が、1学年分で6万円。現在計画中の「教科化」で、3年生から使い始めるとしても、4学年分で1校当たり24万円。全国に公立の小学校は約2万校ありますから、その5%のシェアを取れば1000校。2億4千万の売り上げになる商品ですよ。そりゃ、盛り上がりますよね。将来、小学校1年生からになったら?シェアが増えたら?公教育で何か新しいことをやる時の「特需」があるのは分かるんですけどね。

直山木綿子 英語教育改革を語る。 〜3年間の外国語活動、その成果と課題を踏まえた改革です。
https://www.manabinoba.com/index.cfm/6,20218,12,html

直山木綿子さんって、文科省で「小学校英語教育」の中心にいる人ですから。その人の思いを熱く語っている、このサイト、どこがやっていると思いますか?
名前こそ、「学びの場.com」ですけれど、母体は「内田洋行 教育総合研究所」ですから。
ホントにこういうことで進めて、大丈夫なんですかね?

その一方で、「にっちもさっちも…」な現場は困惑し、対応に追われ、教員が疲弊していく、というマイナスのシナリオは誰も言わないんですよ。

英語教育に携わっているわけでもなく、小学校教育に携わっている訳でもない方のTwitterでの反応で、「(そんなに大変なら)とりあえず、まずは教員の抱えている事務仕事の負担を減らしては?」というようなものがありましたが、それは「教科化」とは独立並行して解決すべき問題で、おそらく具体的な施策が最後まで出てこないところではないかと思います。問題は中高でも同じですから。

そう言う部分で、教員の負担を軽減しようとは思わないのが日本の教育に関する世論なのでしょう。本当に学校教育に成果をあげて欲しいと思っているのだろうか、という気さえします。

まずは、きちんとした、正確な情報(一次資料の出典も含めて)を市民に届ける必要があります。知ってもらわないと始まりません。しかし、主要なメディアには、それが殆ど期待できない状況です。文科省筋から出てきた情報を垂れ流すだけですから。大手新聞の報道記者や論説委員などが、SNSで「今度の『記事・社説・コラム』は教育問題の核心に踏み込みました、皆さん考えて下さい」、というようなことをいうことがありますが、これも「ニュースになる」ネタしか扱いませんから。「高3英語力調査」とその結果の独り歩きに関して、何回新聞社にメールしたことか。

今回の私のツイートへの反応を見て、このような個人ブログでも、情報を出し続けることに意味があるとの思いを強くしました。

  • 小学校英語を教科化できる下準備は整っているのか?
  • 教えられる教員は確保できているのか?
  • 小学生にモジュールで教えて身につくのなら、中学校の英語もモジュールでいいのでは?
  • 教員がいないからといって「DVD」で大丈夫なのか?もし大丈夫なのであれば、中学校の英語もDVDでいいのではないのか?
  • 授業は細切れの「モジュール」をつなぎ合わせて何とかなるかも知れないが、評価はいつ、どのように行うのか?
  • 45分連続の一回の授業と、モジュールで短時間の帯で実施する授業では活動が異なるはずだけれども、その到達度の指標となるCan-doは別物として作るのか?もしその二つの物差しが別物だとすると、身についた「英語力」も異なることになるのか?

などなど、考えておくべきことは山ほどあります。しかも、もう何年も山のままです。

英語に限っての対応を考えても、専科で教える教員の資格で、英語という教科に関する「公的」と思えるものは「中学・高校の教員免許(英語)」しかないわけです。その他、民間でも何やら資格を作っていたりしますし、海外でのTEFL/TESOL系の学位が認められる自治体があるかもしれません。でも、上述のように、全国で公立小は約2万校あるんですよ。中高の英語の免許を持つ教員が専科で教える、となっても先生が足りないのは自明でしょう。

で、こういう状況や背景を、一般市民は本当に分かっていますかね?
例えば、

  • 中学校の先生は小学生を教えられるのか?しかも上手に?
  • もし専科で採用するとして、「専任」で採用できるだけの財源は各自治体にあるのか?

本当に、まずは知ること、知らしめることが大切です。

今年になって、こんなニュースを目にしました。

小学校教員のための中学校英語免許取得講習(京都外国語大学)
http://www.kufs.ac.jp/faculties/license/license2.html

小学校英語教科化に向けた専門性向上のための講習の開発・実施事業(大阪教育大学)
http://osaka-kyoiku.ac.jp/foreducator/renkei/menkyo_english28.html

事業に関する詳しいpdfはこちら。
http://osaka-kyoiku.ac.jp/_file/renkei/chiiki/menkyohou/eigo/leaf_eigo.pdf

その事業へのtrailerともいえるワークショップが近々行われます。

http://osaka-kyoiku.ac.jp/kaikakukyouka/psews.html
特別ワークショップの告知リーフレットpdfはこちら。
「教科化を前に こうして教える 小学校英語」
http://osaka-kyoiku.ac.jp/_file/kaikakukyouka/koudoka_center/psews.pdf

この大阪教育大学の告知では、次の文言が気になります。

2020(平成32)年より、小学校高学年において「外国語活動」が教科となります。大阪教育大学では、教科化を前に、「会話表現」「文字指導」「デジタル教材活用」などをテーマとした、指導に役立つテクニックを紹介するワークショップを開催します。
 「外国語活動」の指導に意欲のある方、不安のある方、また、小学校教員、中学校教員等の校種は問いません。さらに、大学生、大学院生の方もどなたでも参加可能です。

「『外国語活動』が教科となります」という部分、誰も突っ込まないんですかね?


「付け焼き刃」?
「腹に代える背」?
という印象です。なぜ、今、こんなことに躍起になっているのか?
現在の教員免許で「小学校」の「英語」というカテゴリーそのものが存在しないからです。小学校で、「総合的な学習の時間」をつかって、「英語」が取り扱われ始めたのが、2002年ですから、その頃から免許に関わる「法的制度」の整備の必要性は言われていました。必修として「外国語活動」が始まったのが2011年。そこから既に5年経っています。免許制度を改め「小学校」「英語」の教員を作ることは、英語の「教科化」と表裏一体ですから、なかなか上手くいかないことは分かっています。

そして、「小学生に英語を教えられる免許」に関わる教員免許制度の整備も新聞やTVでは、全く情報として出てこないわけですが、その一方で、過日の「フィージビリ ティテスト」の結果だけを見て、「高校3年生の英語力が『中3レベルも怪しい』のは、日本の英語教師が旧態然とした指導法や既得権に安住してダメダメだか ら」といった批判・非難も多数出て来ているわけです。「中学校の英語の教員免許をもった先生が3年間で中学生に英語力を身につけさせられず、そのまま上がった高校で、高校の英語の教員免許を持った先生が3年間さらに教えても、中学卒業段階の英語力を身につけさせられていない」のが本当だとすれば、「免許制度」そのものの見直し、ということに早晩なるでしょう。

でもそうなった時に「じゃあ、私は小中高で英語教師になろう」と思う人が(若者に限らず)どのくらいいるのか、とっても気掛かりです。

本日のBGM: What A Wonderful World (LIVE 1970, Reelin' In The Years Archives) / Louis Armstrong