「中学英語」と簡単にいうけれど…。

tmrowing2015-08-30

高等学校では、中学校の広域採択とは異なり、各学校で1学期の終わりに、次年度の教科書採択がなされ(ることになってい)ます。

検定教科書は、なんだかんだ言っても、複数の腕利きの著者、編集者が関わり、目利きの教科書調査官のお墨付きを得て世に出る(ことになっている)ので、成績をつけるとすれば、「優」は少なくても、「良」に大体収まり、一部の教科書が残念ながら「可」ということになると思います。「不可」は検定を通りませんから。ただ、その先に、「市場」の評価が待っています。「採択部数」、そのカテゴリーでの「シェア」です。

私もかつて、29歳から39歳までの10年間、当時の『オーラルコミュニケーション』と『ライティング』の教科書の著者を務めました。自分なりにベストを尽くしつつ、「採択結果」という市場の評価を重く受け止め、さらなる研鑽に励んでいました。オーラルとライティングの教科書の「英文」は、対話、モノローグに限らず、描写文・定義文にしろ、説明文にしろ、「著者による書き下ろし」になるので、随分と鍛えられました。感謝しています。

各出版社とも、自社の教科書を選んでもらおうと営業攻勢を仕掛けるわけですが、その際に、教材見本として、検定教科書以外の『学校採択専用教材』をいただくことがあります。

学校採択専用教材となると、「検定教科書」とは異なり、「編集部編」とか「単著」となることが多く、玉石混交の度合いは「検定教科書」以上になります。玉は少なく、石が目立ってきて、石にもならないものがチラホラ見られる、というのが私の印象評価です。

今年、いただいた教材見本の中で、「石」どころか、あまりに酷い「英文もどき」(以下「エイブン」とでもしますか)を見たので、皆さんのご意見ご感想をお聞きしたいと思います。
私の目が節穴だったり、曇っていたりすることもあるでしょう。そのような場合には遠慮なく、諌言をよろしくお願いします。風通しの良い批評空間ができないと、この業界にも明るい未来は待っていないように思いますから。

『中学英語まるまる復習BOOK』(三省堂)
https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/kyouzai/h-english/jEng_marumaru.html

巷の英語教材には「中学英語」ということばが溢れていて注意が必要です。
中学校の検定教科書や、公立高校入試の分析に基づき、語彙や表現、構文を「データベース」化したり、「コーパス」を構築してから、「教材」の記述に移る、というような教材は良心的と言えるでしょう。でも、この教材は、そうはなっていないようです。

単語編の語彙選定基準や、文法編での解説にも首を傾げる記述が見られますが、少なくとも英語であれば、英語になっていれば、最低でもその英語の部分だけ丸暗記すれば何とかなりますので、被害はまだ少ないでしょう。

でも、この教材で長文編と題されたセクションの「エイブン」は、音源としてCDが付いていて、復習で音読を繰り返すことを想定しているようなので、問題が大きいと思い、取り上げる次第です。

出版社のwebサイトで、「長文編 Unit 1」が、サンプルとして公開されていますから、これを見ていくことにします。

お手数ですが、私の疑義・異議・コメントを読む前に、ご自身で通読なり、音読なりを試みることをお薦めします。

長文編 (PDF)
https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/kyouzai/h-english/sample/jeng_marumaru_samplecyoubun.pdf


では、見ていきましょう。

第1段落

Very young children often like to help their parents do housework. Many of them like being with their parents, so when the parents start something, their children want to help. But fewer parents expect their older children to say “I want to help you.” A study by a publishing company in the US has shown that the percentage of junior high school students who help with housework was 72% in 2009. At the age of 18, however, only 65% of students took part in housework.

第1文でのhelpの所謂「使役動詞」での語法は公立の中学校では恐らく扱われていないのではないかと思います。このテキスト本編に注はなく、解答解説の冊子で言及していました。その程度の「中学英語」の理解の度合いには目をつぶるとして、第1文と第2文のつながりがよく分かりません。
第1文は無冠詞・複数形・現在時制での一般論。「幼い子どもたちが親が家事をする手伝をしたくなる時がしばしばある」という事実・性向をoftenという副詞で緩和して示した文です。
第2文、Many of them のthem は前文を受けて、「そういう子どもたち」という文脈でしょうから、この文の主語は、「子どもたち」であると見做せます。

  • そういう子どもたちの多くは、「自分の」親と一緒にいるのが好きである、
  • だから、子どもたちは、自分の親の手伝いをしたくなる局面がしばしば生まれてくる。

もしこの部分が、

  • Children are born to like being with their parents. When they are at home with their parents and the parents start something, they want to do the same themselves. Then, the parents will be happy with their help.

という英文にでもなれば、第1文が生きてくるでしょう。でも、この本の第2文の中では、them, their parents, the parents, their children というように名詞の受け継ぎがスムーズに運ばないので、意味が適切につながらないように感じます。そもそも、start somethingの意味が曖昧であるために、helpの目的語の省略が生きるどころか、意味が不明となります。

第3文の But が何と何を対比しているのかがよく分かりません。
「期待する親の数(割合)の低下」を持ち出すには、その前に、「親の期待の度合い」が示されている必要があります。まさかこの英語表現で、「比較級 vs. 比較級」で反比例と読ませたいのではないと思うのですが。引用符を導く、say の直後に何も句読点がないのはご愛嬌でしょうか?

私が想定する「話の流れ」「話型」であれば、

  • As they grow older, however, fewer parents will expect the same old phrase from their kids. Fewer kids will say, “I want to help you.”

とでもなるところです。

第4文は、that 節以下で対比されるもののレベルが揃っていなのでわかりにくい印象です。

  • 米国での2009年の調査結果
  • 中学生
  • 18歳の学生

というキーワードから整合する意味とは?

米国で中学生というと、9年生までを指すと考えて良いのでしょうか?
そうすると、一般には3学年分で、12歳から15歳。では「18歳の学生」というのは?日本で言う「高校3年生」? それとも「大学1年生」?大学生なら、親元を離れることも多いので、高校生と考えるべきでしょうか。であれば、12歳と18歳で6年の年齢差、15歳と18歳なら3年の年齢差となります。

その上で、howeverで示される、72%と65%という数値を見てみます。
この7ポイントの差が、「大きな割合の低下」であると考える背景は何なのでしょうか?65%でも3分の2弱。これ以前に小学生の数値が出てきて、そこでは90%強とかいう情報が書いてあるのであれば、その差は歴然でしょうけれど、これでは「変化の度合い」を訴えることはできないでしょう。英語表現以前の問題かと思います。

ここが伏線となって、第4段落では、ある家庭の具体例が出てくるのでしょうけれど、そこでは、6歳から15歳までの4人の子どもたちの例を使っています。しかしながら、そこでの「15歳の子ども」は、「まだ中学生」?それとも「もう高校生」?という肝心な情報がありません。「書き手」としての説明責任というものが根本的に欠落しています。

第2段落です。

According to some experts, doing housework teaches children self-control. Making efforts and finishing tasks play an important part in succeeding at school and work. It’s a better policy to start teaching children early that housework is a shared family responsibility. The experts say, if parents can find a way to make housework fun, children will be glad to help them. Here’s an example. There are some interesting smartphone applications about housework. A lot of children who use them want to help around the house, and a lot of parents say they really work.

第1文で、「専門家によれば、家事をすることで子どもは自律心が身につく」というのですが、この第2段落の主題は一体何なのでしょうか?そして、第1段落とこの第2段落を通して読んだ時の、統一した主題とは何なのでしょうか?「家事と子ども」ですか?それは単なる「話題」に過ぎません。

前段落で、「子どもの家事離れ」に言及があったのだから、「その原因」とか「その抑止策」とか、「アメリカだけでなく、先進国ではほぼ同じ傾向ですよ」とか、はたまた「家事離れは、親離れでもあるので、自立の印だから、むしろ歓迎すべきこと」とか、そういう流れを作ることが「書き手」の仕事であり、お話がお話し足り得る「話型」となるのだと思います。

子どもが生来持つ “natural inclination” とでも言うべき「性向」「資質」に任せていてはダメだから、何か大人からの仕掛けを、という時に、 「“a shared family responsibility” だから、というreasoning」は説得力があるどころかむしろ逆効果、 それよりも「大きくなってからでも、楽しいならやり続けるものですよ」という「有識者」の助言がある、というような流れなら、理解可能なのですけれど。

第2文

  • Making efforts and finishing tasks play an important part in succeeding at school and work.

この1文が何のためにここに配置されているのかがわかりません。 “success at school and work” の at school が「学業」を表しているのでしょうから、(at) work はここでは、「仕事」ではなく、「仕事の成果;業績」とでもなるのでしょう。では、<無冠詞、限定詞無し、現在時制>という、通常は「一般論」を持ち出す時の表現形式を用いて書かれた、「努力して、課された責務を完遂すること」は、この文章の主題の何を、この段落のトピックの何を支持する例として出てきたのでしょう?「家事をすること (doing housework)」を言い換えたものでしょうか?もしそうなら、「子どもにとって家事は大掛かりな仕事であり、自分一人で成し遂げることは大変です」とでもいうような先行文脈が必要でしょう。
そして、「学業」との関わりは何を意図して書かれているのでしょう?

  • Some experts say that making efforts to finish tasks at home plays an important part in tackling new challenges at school.

とでも言うならまだわかります。
もっと不明なのが、

  • It’s a better policy to start teaching early that ….

の部分です。a policy とは、「家庭での子育ての方針」ということなのでしょう。気になるのは、比較級のbetterです。これは、何と何を比べているのでしょうか? ここで用いられている、 a shared responsibility という名詞句はほとんどの中学生(そして多くの高校1年生)には理解が難しいと思いますので、尚更心配になります。

  • 「早い時期(=子どもが幼い頃)から、家事は家族の一員であるには引き受けるべき責任分担だと教える」

ことと

  • 「子どもとは、もともと親がすることの手伝いをしたい生き物なのだから、家事手伝いもその生き物らしさに任せておく」

ことでしょうか?
では、ここまでの、「家事に関する早期ベキ論教育のススメ」とでもいうトピックが、この文章の第1段落とどうつながるのでしょうか?

次の第4文で、論理は破綻しているように感じます。

  • The experts say, if parents can find a way to make housework fun, children will be glad to help them. 「前述の専門家はこう言います。もし親が家事を楽しく思わせる工夫ができれば、子どもは喜んで親の手伝いをするでしょう」

というのですが、「早期べき論教育」はどこへ言ったのでしょう?一体何のための「ネタ」だったのでしょうか?

第3文からの展開が、例えば

  • Parents often say that each family member should have his or her task to do at home. But that type of reasoning can make the housework less interesting to their children. Seeing things from the children’s point of view would lead to a better result.

という内容の英文にでもなっていれば、話はつながりますけれど、となると、上述の a shared responsibility の話はどうなったのでしょうか?
ここで私が予想した「話型」では、出だしの一文は

  • It may sound good to tell them that each family member should have a shared responsibility in the housework.

という英語だったのですが、この語彙選択・構文選択では「中学英語」というには少々難しくて、教材には不適切だと思い、上のように言い換えました。それでもまだ難しいですけど

そして、その流れで出てくる、Here’s an example. は「その前に提示された筆者の主張の何を支持する例」なのでしょうか?

次に述べられているのは、「スマホのアプリ」の例です。そこでは、「アプリを使う子どもは家事を手伝いたがる」「多くの親が効き目バツグンと言う」というだけで、段落は終わってしまいます。この段落の主題は一体何だったのでしょう?

謎に包まれたまま第3段落です。

Now you may be wondering what the applications are like. They are like computer adventure games. Children select a character and start an adventure. The character must do various tasks from a list while traveling. The tasks have different point values. When a task is finished, the character wins and earns points. Some applications even give children digital coins which can be exchanged for rewards. After a while, they begin to enjoy helping their parents and it becomes one of their habits.

この第3段落が、私の先ほどの疑問に答えてくれるのかと思いきや、

  • Now you may be wondering what ….

と全く想定外の展開。筆者が、読者を気づかっていたのは、「アプリの内容」でした。
「いったいどんなアプリなんだろう?と思っているかもしれませんね」と、種明かしが続く模様です。以下、掻い摘んで和訳を。

「それらは、コンピュータ上の冒険ゲームです」
「登場人物が旅をする中で様々なタスクをしなければなりません」
「そのタスクに応じて得点が違います」
「タスクを終えればその登場人物の勝ちで、得点がもらえます」
「アプリの中には、デジタルのお金をくれるものもあり、そのデジタル硬貨をご褒美と交換できます」

とアプリの説明が延々と続きますが、一向に「子どもの家事手伝い」との関連性は出てきません。

段落の最後に、

「しばらくすると、子どもたちは親の手伝いを楽しむようになり、家事は習慣の一部になります」

というんですが、「冒険ゲームと個々の家事の内容がどのように結びつくのか」が全くわからないまま終わってしまいました。
結局、”various tasks” と書いたところで、variousという形容詞の説明責任を果たさなかったツケがここで倍返しになって現れているのだと思います。

結局、この段落で示された「子どもの家事離れ解決策」は「外発的動機付けに頼る」ということなのだろうと、「読者の側が相当に努力して初めて」理解が可能になる文章です。

打ち拉がれて第4段落へ。

A mother of four children, from age 6 to 15, started using one of the applications, and began to see various changes in her children. They were interested in the application from the start. The results have been surprising: “They clean up their rooms, wash dishes after meals, make their beds and water the flowers,” says the mother. “I thought whose children they are.” So, helping their mother is just like playing the game.

この第4段落の「家族の例」も、第2段落、第3段落が主題を支持しきれていない以上、思うように機能しないのではないでしょうか。

まずは、

  • … and began to see various changes in her children.

と「使用後の変化」を強調しているのに、

  • They were interested in the applications from the start.

では「はじめからノリノリ」と書いてあるあたりで、読み手は内容についていけないように思います。

ここでは折角、6歳から15歳という “children of various ages” の例が出せるのですから、年齢での差異、発達段階での変化など、筆者の主張を裏付ける材料に事欠かない、「美味しい」段落のはずなのです。

第一段落では、

  • 小さい頃は「手伝いたがり」なのに、年齢が上がると「手伝わなくなる」

ということを述べていたわけですから。

にも関わらず、この段落では、they と十把一絡げならぬ、四人ひとまとめの扱いで済ませてしまっているのが何とも残念です。

このお母さんのコメントが、

  • 6歳の子どもはもちろん、15歳の子どもでさえ、以前にも増して積極的に家事を手伝うようになり、習慣として定着しただけでなく、「僕は家族の一員だからね」とまで言い出すようになったんですよ。

とでもいうような内容で、画面の最後に「あくまでも個人の感想です」っていう文字が流れるようなイメージが、私の予想した「話型」でした。

さあ、まとめの最終段落、第5段落です。

Nobody likes to be ordered to do something by other people. Children are happy to be with their parents, but if they are always told to do housework, they cannot enjoy doing it and don’t want to help their parents. So if parents can find some ways in which their children want to help them, housework becomes a habit for children like brushing their teeth.

  • Nobody likes to be ordered to do something by others.

なぜ、これが第1文にあるのでしょうか?この文章のこれ以前に、「子どもが誰かに何かしろ、と命令されるエピソード」が出てきていたでしょうか?

  • Children are happy to be with their parents, but if they are always told to do housework, they cannot enjoy doing it and don’t want to help their parents.

この文の前半部分はまだいいでしょう。第1段落の “Many of them like being with their parents” の言い換えですから。でも、but 以下の、「いつも家事をしろと言われると…」という部分はどこに書いてあったのでしょうか?第2段落での、私の解説をもう一度お読み下さい。

そして最終文、

  • So if parents can find some ways in which their children want to help them, housework becomes a habit for children like brushing their teeth.

で、「歯磨き」を引き合いに出した意図・理由は何なのでしょうか?

  • 「歯磨き」はたいていの子どもが嫌がるけど、楽しいと思わせられれば、子どもは喜んで歯を磨くようになり、結果的にそれが習慣形成に寄与する。

とでもいう関連付けでしょうか?であれば、伏線を張っていてしかるべきだろうと思います。


このUnit 1だけでなく、Unit 2以降も気になるところが続出です。しかも、これらの「エイブン」にも全て、英語ネイティブの校閲が入っている(ことになっている)ということに少々驚いています。

今回全ての「エイブン」を自分で読み、自分でキーボードで打ってみて、

  • つながりとまとまり
  • 主題と題述
  • generalからspecificへ
  • 主観的形容の説明責任

といった「文章のお約束事」がことごとく満たされていないように感じました。

Unit 2以降の残り3つの「エイブン」についての私のコメントが知りたい方は、左のアンテナからプロフィール欄に入り、そこにあるメールアドレスまでお尋ね下さい。

「高校生や大学生が書いたエッセイなどの英文」であれば、フィードバックを経て、リバイズ、ということでいいのでしょうが、この水準で「教材」として多くの中学校や高校で使われるのかと思うと、不安、心配は募ります。

生徒がこの「エイブン」をくり返し読んで、音読して、暗誦までして、「英文のつながりとまとまり」とはこういうものなのだ、と思ってしまったらどうなるでしょうか?

そして、この教材を手に取る「英語教師」が、これを読んで「違和感」を覚えないとしたら?
さらには、このままの形で授業や課題で使うとしたら?

不安を通り越して、恐ろしくなります。

同じ「話題」を扱っても、語彙や構文をコントロールしなくていい、「大人の文章」を書く方が、比較的楽だといえるのかもしれません。以下、同じ話題で書かれた、WSJの記事(By Sue Shellenbarger. Updated July 16, 2013)へのリンクです。

Apps That Help Kids Like Chores
New chore apps use rewards and monsters to motivate them to do housework.
http://www.wsj.com/articles/SB10001424127887324507404578594162291640902

こうして読み比べてみると、読者に配慮し、語彙や構文の発達段階を押さえた上で「英文」を書くのは、大変なことがよく分かると思うのです。

それが「教材」や「テストの素材文」で、学習者の習熟度に配慮しなければならない「英文」なら尚更です。

最後は、いつもこのことばのくり返しになりますね。

  • 「より良い英語で、より良い教材」

本日のBGM: ためいきばかり (Sugar Babe)

※2016年2月25日追記:こちらの続編と併せてお読み下さい。
「だが、それはたいしたことじゃない?」
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150920