「そうさ、君も僕も」

5月の観測史上最多の降雨量となりました。
なかなか落ち着いて寝ることが出来ません。
そんな試験一週間前。
試験の作問と進度との鬩ぎ合い。
今年から、普通科に加えて商業科の1年生も担当しているのですが、北校舎棟の階段で同僚から、「あれ、(進学クラスだけじゃなくて) こっちも担当してるの?」と驚かれました。普通科は去年も担当してたんですけどね。
大雨洪水警報を受け、部活動は中止で生徒は帰宅。
私自身は気象レーダーの映像を眺めて、雨足の一番弱まったところで帰宅。

twitter経由で、文科省の「外国語能力の向上に関する検討会」の会議録を読む。(http://bit.ly/lHgTdO)
「専門家」には本当に頑張って欲しいと思うのだが、文科省側の「局長」の現場理解は、自分のところに上がってきている「データ」や「文書」でなされているようだ。高校の英語教師の1日あたりの授業が、2,3時間、中学校の教師が1日3時間、という幸せな現場ばかりだといいのにな、と本気で思う。

今日は、教材研究の舞台裏を少し。
若い頃は、導入に命を賭けたり、表現活動に凝ってみたり、小道具を用意したりという教材研究にエネルギーを割いていたこともありましたが、最近では、言語材料にとことん向き合うこと、その教材言葉を生き直すきっかけを与えることに注力しています。
言語材料の吟味に関して、昨年度は「パラフレーズ」を主眼として、丸ごと置き換える、等価交換型と、まとめて置き換える要約型とを工夫してみましたが、今年は「語彙」というか「語義」というか、素材そのものに焦点を当てています。
多学年に跨る複数の教科書本文のテキストファイルをコンコーダンスソフトで処理できるようフォルダーを作っておくというのは既に数年前から行っていますが、今年は「人力」で頑張っています。今年度から頼りにしているのは、

  • 『学習英語辞典』 (令文社、1962年)

と、

  • Cambridge English Lexicon (1980年)

です。
前者は、過去ログでも取り上げましたが、日本で出版された古い学習用の辞書で、基本語の扱いが充実しており、ある語がどの品詞のどの意味で主に用いられるのかを分類整理して表記しています。その際に拠り所としたのは、M. West のGSL (General Service List of English Words, 1953年) やソーンダイクの教師用3万語リスト (1960年) で、当時としては、そして現在の学習用英和辞典と比しても画期的なものだったのではないかと思われます。しかも、語義の説明は双解、つまり英語による定義と日本語の訳語の二本立てになっています。英語の定義はかなりISEDと似ているようにも思いますが、地道に使い続けることで発見が増えてくれると期待しています。
後者は、GSLの改訂版を作ろうという野心で1970年から約10年の歳月をかけて、Roland Hindmarshが編んだもので、約4500語が収録されている、200ページ程度のワードリストです。GSLと同様、その単語の頻度・重要度だけではなく語義に応じた使用頻度をグレードで示しています。巻末のAppendixではごくごく基本的な句動詞もグレードを示してあり、重宝します。
実際の教材研究では、英語I の教科書レベルの語であっても、いちいち語義を調べ、両者でのグレードを比較し、取り扱いの軽重を考え、さらには、各種英英辞典や英和辞典を比較検討し、英英による定義がいいのか、訳語を示すのがいいのか、コロケーションなど共起制限と類例で支えるのか、などを考えていきます。英英での定義には、MEDやLDOCE、COBUILD、BBCに加えて、より簡単な語句でのパラフレーズを求めてISEDとThe General Basic English Dictionary (私の所有しているのは1960年版のリプリントで北星堂から出ている1987年の刷です) とを主に引き比べていますが、今年は、米系学習用英英ということで、Random House Webster’s Easy English Dictionary Beginner (2001年) と Merriam-Webster’s Essential Learner’s English Dictionary (2010年) の2冊を自宅の机上に、英系の学習用英英ということでChambers Universal Learners’ Dictionary (1987年) を職場の机上に用意しています。

なぜ、こんな教室での実際の言語使用の前の段階の準備・下ごしらえに時間をかけているのか、というと、

  • 生徒 (学習者) が英語を覚える際に、統計的な使用頻度や、学術的裏付けのある重要度の高い語彙から身につけてくれるわけではない。
  • 英語を英語で説明することにより必ずしも分かりやすくなるわけではなく、かえって混乱する類の語が基本語といわれる語に多く存在する。

という点を考慮しているから。
例えば、今、商業科の高1で「原爆ドーム」の話題を扱う第4課から新年度の授業を開始しているのだが、
主題のdome という語を英英辞典で調べてみても、

  • a large rounded roof; a round arched roof

という定義が得られるだけで、過去分詞が形容詞として用いられる-ed の用法に習熟していないと、その定義を活かすことが出来ない。そんなことよりは絵や写真を見た方が早いわけです。
動詞のkillでは、

  • to put … to death; to take the life of …

と定義されても、初学者には death やlifeという名詞の理解だけではなく、putやtakeという意味の幅の広い基本動詞の用法に習熟し、その理解を適切な文脈で行うのは難しいものです。
destroyという動詞も出てきます。この語を、

  • ruin; get … completely broken

と定義して、なるほど、と思えるのは既に中級者でしょう。
さらには、atomicのような形容詞。そして、その形容詞によって名詞が形容された、an atomic bomb。

  • a bomb in which atoms explode

という定義で高校生が腑に落ちると思える幸福な高校教師は稀だと思います。その他の種類のbombを引き合いに出すことで、英語という言葉だけで理解を支えることが、授業全体の目標・目的達成にとって本当に好ましいのか、その判断は教室にいる生徒と教師と、そして扱う教材により決まってくるのだと思っています。
下準備をしっかりしておいて、授業では何をやっているかと言えば、

  • dome; bomb

ではフォニクスの「マジックe」、

  • atomic; destroy

では強勢の位置とリズム、

  • kill; difference

では、第一強勢の母音を文字の-i-に引きずられずに、英語の音で掴まえること。などから始まります。そのためには、それぞれの英語を示してその定義や訳語を考えるというのでは不十分で、日本語→英語という手順で導入しています。
atomicでは「熱海」、killでは「希有」など、漢字表記を利用して音のイメージを作ることもしています。
英語の発音 (正確には「調音」でしょうか) には「舌先の強さ」が不可欠という私自身の信念から、

  • difference

の最後の子音は初学者でもきちんと舌先をつけるよう指導します。今日の授業では前時の復習で導入済みの基本語を列毎に日英再生してもらったのですが、思い出しながら英語を口にすると調音が崩れることが多いので、

  • mince

を辞書で引き、「ミンチ」「メンチ」というカタカナ語での日本語への定着例を提示し、音を掴まえることの重要性を説いて先に進みました。
教室から母語を排除しても誰も幸福にはなれないと思うわけです。(ワークシートの例はここにあります。AA1_L.4.pdf 直)
上述の『学習英語辞典』では、中学基本語は1421語、高校基本語は1638語、あわせて3059語。CELでは、Grade 1が598語、Grade 2 が617語、ここまでで1215語、Grade 3が992語、ここまでで2207語、Grade 4が1034語で、ここまでで3241語、その上のGrade 5が1229語、トータルで4970語が扱われています。授業を進めて行く中での定着の度合い、テストを課してその評価に基づく定着の度合いをしっかりと観察して、次の授業に活かしていこうと思っています。

本日のBGM: ガラス壜の中の船 (大滝詠一; "Complete Each Time" version)