教室に於ける人生の真実

先日のELEC協議会の研修会では、参考文献を自宅のダイニングテーブルの上に並べビデオに撮っておいたものを見せた。その中で国語教育での作文指導に関わる本として、『作文の教師』(倉澤栄吉)、『第三の書く』(青木幹勇)を紹介したのだが、その際、「国語教育の作文指導から学ぶことは多い。大村はまの著作だけでも読んでおくことで多くのことに気づくはず。」と自分で言っておいて、大村はまの本を一冊も紹介していなかった。ということで大村はまの『授業を創る』(国土社)を紹介。初版は1987年だが、いま読んでも心が震える内容である。第II章「よい単元の条件」の終わりの方に大村はまはこう書いている。

  • 単元を展開したときに、どこかに…やっぱり、人生の真実が見えたりすると思うのです。努力さえすればどういうことだってできる、などといわれても困るのです。いかなる努力も、しなかったと同じような結果になることが、世の中にはいくらでもあります。単元でも一生懸命やってもだめになってしまうことは、いくらでもあります。それが人生の真実でしょう。ですから私は、単元という、生活の中に足を下ろした学習には、そういう人間の悲しい真実、そういうものがどこかに息づいているような、つまり誰をも責めない、もうこれでやるよりしようがない、という、そういうものが良いのではないかと思うようになりました。(p.56)

教師はこの言葉を聞いて、ただ安心しているだけはいけない。大村はまが、普段からどれだけ個々の生徒・児童を観ているか、その授業のためにどれだけの準備をしているか、を併せて読み取って欲しいと思う。
他にも最終章に「単元学習」の成立の背景などが赤裸々に語られており、大村はま入門としても格好の書と言える。英語の作文でParagraph writingとかtopic sentenceなどをしっかり書かせる指導も大切なのだが、その前に「作文の教師」が心得ておかねばならないことに気づいて欲しい。
国語の作文教材からもう一つ、新しい本を紹介。横山浩之監修、大森修編『グレーゾーンの子どもに対応した作文ワーク』(明治図書)。執筆はTOSSのグループのようである。感動を誘うような活動は全く含まれていないが、視写指導と作文指導をどのように発展させ、つなげて、豊かにするか、というヒントが得られるだろう。Copyingの活動に対して、貧困なイメージしか浮かばないようなら一読の価値があると思う。
さらに、一冊。これは日本への留学生を対象とした作文の教材。加藤由紀子(著者代表)『留学生のための分野別語彙例文集』(凡人社)。国際社会、環境、経済、産業、仕事、家庭、教育、福祉、健康、伝統的文化、現代的文化、といったトピックに関連して、重要語彙が50音順に列挙されている。それぞれの語や熟語・コロケーションに、英語・中国語・韓国語の訳がついているので、この英語の訳を参考にするのもいいだろうし、重要例文としてあげられている日本語は、留学生の日常生活を想定しているので、和文英訳の課題としてとらえることで、現代を生きる高校生はどんなことが英語で言えるようになればいいのか、という目安を与えることもできるだろう。例文を少し紹介。

  • 英語が話せるだけで国際人とは言えない。各国の事情に通じ、さまざまな人を理解する柔軟性があって、はじめて国際人として通用する。
  • 国籍が異なっていても人間として理解し合える。
  • 自分と異なった考えを持っている人の意見を聞くことは大切なことだが、そうすることはなかなか難しいことでもある。
  • 人を非難することは簡単にできるが、自分を非難する声に耳を傾けるのは難しい。

などなど。各章の終わりには、小論文テーマとして課題が10くらいずつ与えられている。このテーマを英語のエッセイのプロンプトとして改編することが可能だろう。

  • 便利な都会の生活と、緑の多い自然の中での生活と、あなたならどちらを選びますか。またそれはどうしてですか。
  • 地球にやさしい暮らしとはどんな暮らしですか。またあなたはそのためにどんなことをすべきだと思いますか。

などなど。ややトリガーが甘いけれども、少々手を入れれば英語の授業でも十分使用可能である。
夏は研修会の天王山。いろいろな情報を手にすることができる。英語でのライティングの専門書を読み込む以外にも、いくらでも授業を豊かにするヒントは手に入る時代である。ただ、肝心なのは、情報に振り回されず、自分の生徒の顔を思い描き、自分が何を教えたいのかを明確にしておくことだろう。新たな手法を知り得た上で、その手法を採用しないことも立派な見識なのだから。