いわゆる「発音記号」の話

教員に成り立てのころ、Univ. of Chicago Pressから出たばかりのPhonetic Symbol Guideを買った。ピンクといおうか薄い紫といおうか、冴えない色の表紙であった。IPA(International Phonetic Alphabet=国際音声字母)をもとにした音声記号が囲みで示され、その読み方と記号の解説がついているものである。つまり、国際音声字母それぞれの「名前」と「意味」が記述されている、と考えてもらえばよいだろう。このころはフォニクスを授業で導入していたが、「発音記号」を使わないことに対して今ひとつ自信が持てなかったこともあり、まずは、「発音記号」そのものをもっと勉強しようと思ったわけである。
その後、IPA(International Phonetic Association=国際音声学協会)の方で、修正・追加などがあり、この書も改訂版が出たが、その新版を実際に手に取ることがないまま、数年が過ぎていた。
一昨年、書店で奇妙な辞典を見つけた。タイトルが『世界音声記号辞典』(三省堂;2003年)となっている。もしや、と思って中を見ると、案の定、Phonetic Symbol Guide Second Editionの翻訳であった。

このガイドブックが面白いのは、なんといっても音声記号に「名前」がつけられていることだろう。(そのおもしろさは、翻訳というフィルターで倍増しているように思う。)
Bat/badでの母音を表すのに用いられる記号にはASH(アッシュ)という名前が、theでの子音を表す記号にはETH(エズ)という名前が付けられている。このETHはTHで調音点を、Eで有声音を表す工夫がよくわかるネーミングであるように思えるが、she, ashでの無声子音を表す記号には無声音であるのにESH(エッシュ)という名前が付けられ、thinkのnやthingのngの子音を表す記号にはENG(エング)という名前がつかられており、ネーミングには本当に苦労していることが素人目にも分かるのである。
教材や辞書で発音のカナ表記に目くじらを立てる人は多いが、いわゆる「発音記号」に対して、正しい知識をどれだけ持っているか、英語教師は自問してみるべきだろう。