本当に大切なことなら、それを「ことば」に

国公立大学の後期試験(英語)から気になった問題を取り上げる第二段。
前期試験も合わせると「ライティング」のテスト作成や解答では何に留意しておくことが望ましいか、というチェックリストとしても使えると思いますので、よろしくご活用願います。

Scary Monsters (and Super Chickens)
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160228

”And I don’t know where to quit”
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160301

Witness
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160305

窮象台を転がす
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160306

すみませんですむなら…。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160313

そして、この記事も問題の在り処を考えるには格好の材料かと。

まだまだ改善されない「ライティング」解答例公表と過去問対策
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20160224

私立大の特徴的な出題での特筆は「慶応義塾大学・経済学部」の技能統合型でしょうから、昨年度の問題を取り上げたこのエントリーを。

「そう 行かなくちゃ」
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150309

さあ、それでは、今日の一題。
大阪大学の外国語学部の問題を見てみましょう。

個人的には母校と長らく友好関係にあった「大阪外語」のイメージがまだまだ強いのですが、「大阪外語」時代も含めて、このブログでこの学部の入試問題、しかも「お題作文」を取り上げるのは、初めてかも知れません。

大問のII が特徴的な「お題作文」になっています。設問は2つ。

II 下記の設問に答えなさい。
(設問)
(1) 国内外のよく知られているおとぎ話,昔話,童話のなかからーつを選び,そのあらすじを150語程度の英文にまとめなさい。(語数を末尾のかっこ内に記入すること。但しピリオドやコンマは語数に含めません。)

(2) あなたは (1) で選んだ話を,子供に読ませたいと思いますか? 読ませたい,あるいは読ませたくないと思う理由を100語程度の英文で書きなさい。(語数を末尾のかっこ内に記入すること。但しピリオドやコンマは語数に含めません。

(1) ではnarrative な、(2) では argumentative な作文が求められていることは容易にわかるでしょう。

ここで気になるのは、「日本語の指示での『形容』『限定』」です。

(1) 「国内外のよく知られている」と書いてあります。「国内外でよく知られている」ではないのです。その時の、「知っている」のは一体誰なのか?が曖昧。国内なら「日本の人に」なのか、国外なら「その国の人に」なのか、それとも、もっと大らかに、気前よく「あなたがよく知っている」とほぼ同義と見做して書いていいのか?心配になります。もし、解答の条件として「あらすじを書くことを求めているので、絶対にその話のタイトルを書いてはならない。そのあらすじを読んで、タイトルが思いつけば合格である。」などという採点基準なら面白いんですけどね。

そこがクリアできたら、あとは「Story Grammar の6つの観点」などを活用して、つながりとまとまりを確保して切り抜けましょう。「ナラティブ」への対応での、体系的な指導法って、巷の「英語本」や「学参」では意外に明示されていないんですよね。詳しい指導手順は、『パラグラ・フライティング指導入門』か、今は閉講となった通信講座 “GTEC Writing Training” のテキストをご覧下さい。

ここでは、解答例の代わりに、「ナラティブ」のお手本として、プロの筆による「寓話」を。過去ログでも紹介していましたね。
良い英文のインプットには、音読と視写が効果的なのですが、いかんせん単調ですよね。そこで、完全復元を求めるDictoglossの活用がお薦めです。

Aesop’s Fables, North-South Books, 2006

A Hare was always boasting about his speed and making fun of a Tortoise because he was so slow. One day the Tortoise challenged the Hare to a race. “You may laugh at me,” he said, “ but I know that I could beat you if we ran a race.” The Hare was greatly amused at the idea of racing with a Tortoise, and so accepted the challenge. A course was set, and although the two started off together, the Hare quickly outran the Tortoise. He was so far ahead, in fact, that he decided to just lie down and take a nap. But the Hare overslept, and when he dashed to the finish line, there was the Tortoise. He had been plodding steadily forward all along, and had already won.
(131 words)

寓話ですから、普通は最後に “Slow and steady wins the race.” などといった moral が添えられて、「チャンチャン」という終わりなのでしょうけれど、ここでは「あらすじ」ですから。

(2) で手こずる人もいるかも知れません。
指示で気をつけるところは、もちろん「あなたが選んだ話」であって、「あなたが書いた話」ではありません。

気になる物言いは、

(2) 「子供に読ませたいと思いますか?」での、「子供」とは誰のことか?これは、実は (1) と密接に関連するはずのところです。「自分に子供が産まれたら、その子供に」ということなのか?一般論で「(古今東西の)子供」ということなのか?

一般論で書くとして、もし「読ませたい」という「肯定的・積極的」な立場を選ぶとすると、どのような「理由」が想定できるでしょうか?

  • 「語り」という文化の継承・伝承
  • 価値観や行動の規範、倫理の共有・育成

などといった、「おとぎ話」の存在意義・機能・目的などを何か選んで記述することになるだろうと思います。100語あれば、まあなんとか書けるかな、というところでしょう。

このブログの過去ログであれば、

書き言葉を手に入れる遙か以前から、人類は何故に、忘れてはいけないことを「歌」や「物語」に託して後世に伝えてきたのか、その伝統を今一度思い返すことが大切だと思います。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120905

我々人類は言語を手にして、他の動物から差異化を果たした。その我々は書きことばを手に入れる遙か以前から、物語ってきたことを忘れてはいけない。というよりは、我々は時が経とうとも忘れてはいけないことを、物語ることで伝承してきたという歴史を生きてきたと言えるのだから。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120715

などといった物言いが援用できるかと思います。

私が難しいと思ったのは、「『自分の子供』に読ませたい」という時の支持。
個人の体験や嗜好をもとに「理由づけ」するのは結構大変です。「私が好きな話を子供にも好きになって欲しい」というような理由付けを許容するか否か?

個人からもう少し拡げて「一般性」「普遍性」を求めた場合には、上述の「存在意義・機能・目的」のどれかを取り入れて、自分の子供にも、それらの「社会的価値」を理解して欲しい、とでもいうことになるでしょう。

では、反対に「読ませたくない」という「否定的・批判的・消極的」な立場に立つとしたら、どのような理由付けになるでしょうか?

「古(くさい)いから」というのは論外でしょう。「伝統的価値観の刷り込みや押し付けになるから」というのは一見良さげですが、そうすると、「伝統的価値を刷り込むのはなぜいけないのか?」を次に説明する必要が出てきますから、「封建的で個人の自由が制限されている」とか「社会における性的役割のステレオタイプが強すぎる」とか「人物設定が偏見を助長する」などという部分を丁寧に書くことになります。結構大変です。


『政治的に正しいグリム童話』などの類いが話題になって久しいのですが、何が問題なのかを、英語で語るとなると、そういった英文をどれだけ読んでいるかが前提となるでしょう。

次の資料は、南アフリカ共和国の “Film and Publication Board” が出している「映画視聴の年齢基準 (ratings) の分類」に関するガイドラインです。
(http://www.fpb.org.za/classifications/classification-guidelines/305-classification-guidelines/file)

Wikiから、南アフリカのRatingsの概要を転載しておきます。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Motion_picture_rating_system#South_Africa)

In South Africa film are classified by the Film and Publication Board.[81] All broadcasters, cinemas and distributors of DVD/video and computer games must comply with the following:
• A: Suitable for all.
• PG: Parental Guidance
• 7–9PG: Not suitable for children under the age of 7. Children aged 7–9 years old may not be admitted unless accompanied by an adult.
• 10: Not suitable for children under the age of 10.
• 10–12PG: Not suitable for children under the age of 10. Children aged 10–12 years old may not be admitted unless accompanied by an adult.
• 13: Not suitable for children under the age of 13.
• 16: Not suitable for persons under the age of 16.
• 18: Not suitable for persons under the age of 18.
• X18: No One Under 18 Admitted; restricted to licensed adult premises.
• XX: Must not be distributed or exhibited in public.

このような分類のもととなる「ガイドライン」を出している訳です。その記述の中から、「子供」への影響が懸念される「概念・用語」を私が思いつくまま選んでみました。自分の語彙の守備範囲のどの辺にいる語句でしょうか?

"abuse" means to treat in a wrong, harmful or improper way or to misuse;

"cultural insensitivity" means insensitive, offensive, demeaning, derogatory, disrespectful or irreverent expressions about any cultural tradition but does not amount to the advocacy of hatred based on race or ethnicity and that constitutes incitement to cause harm;

"explicit sexual conduct" means graphic and detailed visual presentations or descriptions of any conduct contemplated in the definition of "sexual conduct";

"extreme violence" means exceptionally intense, graphic or prolonged scenes of violence;

"horror" means the use of frightening elements to scare or unsettle the audience;

"menace" means an intention to inflict harm, a source of danger or threat and the act of threatening and arousing fear; "menacing" has the same meaning;

"moral harm" means desensitising to the effects of violence, degrading empathy, encouraging a dehumanised view of others, suppressing pro-social attitudes, encouraging anti-social attitudes, reinforcing unhealthy fantasies, or eroding a sense of moral responsibility, retarding social and moral development in children, distorting a child's sense of right and wrong and limiting a child's capacity for compassion;

"prejudice" means a pre-conceived judgment or an adverse opinion or leaning formed without just grounds or before sufficient knowledge is gained or which is based on group stereotypes;

"stereotype" means a set of inaccurate, simplistic generalizations about a group that allows others to categorize them and treat them accordingly;

"violence" means any physical, psychological or verbal abuse whether self-inflicted, interpersonal or collective, including gender-based violence.

いいことを思いついたとしても、それを英語で論じるには、適切な英語のインプットが必要不可欠ですから、まだまだ相当な道のりを進まねばなりませんね。坂の上にまだまだ坂が続いているという感じです。現時点で、これらの表現が頭の中にストックされていて、使いこなせる高校生は少数派でしょう。読解問題として資料を与えておいて、それに基づいて書かせればいいのになぁ、と思います。

同ガイドラインの、 “1. PURPOSE OF GUIDELINES” の中には、こんな記述が出てきます。参考にして下さい。

To protect children from exposure to potentially disturbing or harmful materials and from premature exposure to adult experiences, as well as to provide such information as will allow adult South Africans to make informed viewing, gaming and reading choices, both for themselves and for children in their care.

"cultural insensitivity" に関しては、ハリウッド映画での人種のステレオタイプなどもかねてより指摘されていましたね。

1983年にDavid BowieがMTVにおける「人種」の扱いを指摘し(非難し)たインタビューの動画とスクリプトがこちらにあります。ここで Bowie は相手には「見えていない大切なこと」をことばにして、問題点を指摘している事が見て取れます。

動画
https://www.youtube.com/watch?v=XZGiVzIr8Qg

スクリプト
http://www.latimes.com/entertainment/music/posts/la-et-ms-david-bowie-mtv-interview-race-racism-transcript-20160112-story.html


「お題作文」への解答ということであれば、「差別的な表現」「残酷な描写」「性的にあからさまな描写」「今日の基準に照らしてモラルに反する行動」などが描かれていることを主張するのが穏当な道筋ですが、その場合には、 (1) のあらすじで、どこまでその「不穏当な描写」を盛り込めるか、腕の見せ所です。
伝統的寓話であっても、最近のものは「穏当」な記述に書き換えられているものも多いので、自分が知っているバージョンが多数派・主流派なのか、という部分も心配になるところです。

例えば、次の「お話」は、日本で「よく知られている寓話」のバージョンとはちょっと違うオチになっています。
(http://www.bbc.co.uk/learning/schoolradio/subjects/english/aesops_fables/1-8/frogs_ox)

A young frog sees an ox by the pond. Excited, he calls for his mother to come and see the ‘monster’. The mother frog, who is very fat, does not believe that any creature in the pond can be bigger than she is, but agrees to come and see it.

Being so fat, she is unable to move very far without breathing heavily. This extra air makes her blow up like a beach ball. Still not wanting to admit that any creature in the pond could be bigger than her, she asks the young frog whether the monster is as big as this. When she hears that it is still bigger, she sucks in more and more air, until flying off like a balloon does when you let go of it.
(131 words)


個人的には、良質のナラティブを書くのは難しい、ということが今以上に認識されて、指導が改善されれば嬉しいので、こういう出題が継続し、精選され、良い問題が残っていって欲しいとは思います。

でも、大阪大学の後期試験って、今年が最後なんですよね。残念です。


本日のBGM: Starman (David Bowie)