2016年度大学入試センター試験の初日が終わり、英語の試験も終わりました。
理数科目の先取りを除けば、「新課程」で学んだ生徒が受験する最初の本格的な「センター試験」です。
昨年度までの試験でも、「英語」に関して、つまり「その素材文は英語として、テストとして適切か」という観点で批評をしてきましたが、このセンター試験の「英語」というのは、全国で50万人以上が受験するというのに、世間一般には、「出題形式とその変化」、「昨年度までとくらべての平均点の上下」位にしか関心が集まらない、不幸な試験の一つとなっています。
今回は、大問の5が「物語文」になった、ということが予備校などの「講評」で取り上げられていますが出題の予想が的中したか、ということよりも、「ナラティブ」の基本が身についているか、本当に読めているか、の方が余程大事です。「ナラティブの基本」はこちらの過去ログでご確認を。
the secret of annotation
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120918
私がブログ等でセンター試験の批評を発信しているのは、不備のある出題で英語力や学力の有無を決めつけられてはかなわないと思っているから。問題の解法とか、一点でも多くとか、そういうことは全く考えていません。
上述の筆記試験、大問の5はこれまで数年、T○EICもどきか、とも言える「Wパッセージ」のような形式で出題され、当然、日本語訳などは出題されないわけですので、ご丁寧に、内容に合うイラストを4枚のうちから1枚選ぶ、などという設問さえありました。
昨年の、2015年度の本試験では、イラストが無くなり、さらに、追試験では、丸ごと「物語文」になった、ということで一部で反響を呼んでいたかと思います。
私も、この2015年の追試、大問5は要注目と思っていました。
ただ、私がずっと気にしていたのは、内容理解に関わる、問3の英問の英語表現でした。
問題はこちらからダウンロードを。(pdf のp.20から大問の5です。)
http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00004919.pdf&n=270420+eigo.pdf
この問3の、
- What did Keilani hesitate to tell her grandfather?
という質問文でのhesitate という動詞の選択は妥当でしょうか?
これで本文の適切・的確な言い換えとなっているでしょうか?
本文の該当箇所だけを引いておきます。
I could not understand why he was so interested in these old legends. Lost treasure, pirates, and hidden clues? How could someone who knew so much about the natural world believe such silly stories? I always politely listened when he talked about these things but could never let him know what I really thought.
ピンポイントで言えば、 "but could never let him know what I really thought" のパラフレイズだろうと思います。
私は、質問文の "hesitate" という語の「語義・意味」で「?」を感じました。
「逡巡?実行?」というところに違和感を覚えたと言えばいいでしょうか。
昨年からずっと気にはなっていたのですが、追試の講評や解説はあまり目にすることがないので、疑問点をなかなか明らかにできないことが多いのでした。
ここで彼女 (Keilani) は「おじいさんには決して自分の本心は言えない」、「おじいさんに自分の本心を気づかれてはいけない」と思っているのであって、「言おうか言うまいかで逡巡している」訳ではないと思うのです。
大まかな内容を言い換えるにせよ、せいぜいが、 “She could not bring herself to tell him that she did not really believe him.” とでもいうような解釈だろうというのが私の読みでした。この程度の言い換えであれば、「祖父に自分の真意を明かさない」という基本線からは外れないだろうと思うので。
今年の高3の英語の授業でも、この問題を取り上げましたが、その際はhesitateの語義を英英辞典で引き比べた上で、内容を考えています。
COBUILD School Dictionary of American(2008年初版)では、
If you hesitate, you do not speak or act for a short time, usually because you are uncertain, embarrassed, or worried about what you are going to say or do.
という定義・説明をしています。
マクミランのAdvanced Learners (2004年初版) では、
to pause before doing something, or to do something very slowly, usually because you are nervous, embarrassed, or worried
という定義。
ケンブリッジ系の、CADE では、
to pause before you do or say something, often because you are uncertain or nervous about it.
という定義です。
これを見ると、とても、本文の "but could never let him know what I really thought" と 設問の "hesitate to tell her grandfather (彼女の真意)" とが同意には思えません。
一方、所謂「不定詞」を目的語にとる場合の動詞 hesitate の語義として、
ODEでは、
be reluctant to do something
と定義した上で、
he hesitated to spoil the mood by being inquisitive
という用例を載せています。
同じCOBUILD 系列でも、米語の英英和では、
If you hesitate to do something, you delay doing it or are unwilling to do it, usually because you are not certain it would be right. If you do not hesitate to do something, you do it immediately.
という定義・説明を施した後に、「嫌がる」という日本語の表記を付け加えています。そこでの用例は、
Some parents hesitate to take these steps because they suspect that their child is exaggerating.
子供が誇張していることを疑っているため、こうした手段を取るのを嫌がる親もいる。
となっています。
この二つを見ると、動詞としてのhesitateには、形容詞でいえば not willing (unwilling)とかreluctantというような意味合いがある、とは言えることが分かります。
ということで、次に、reluctant と unwilling の語義を見てみましょう。
類義語ということで、Longman Activator Thesaurus を引いてみます。
reluctant では、
someone who is reluctant is not willing to do something, although they may be persuaded after refusing for a while
とあり、「不定詞」をとる用例は、
He seemed somewhat reluctant to explain, but finally did so.
Some of the older staff were reluctant to use the new equipment.
となっています。
unwilling では、
not willing to do something, even though you should do it or someone else wants you to do it
とあり、「不定詞」をとる用例は、
She’s unwilling to admit that she was wrong.
Most people are unwilling to give up their cars and use public transportation.
Put away any toys the child is not willing to share, to avoid problems.
となっています。
ただ単なる、「嫌だ;嫌がる」という意味ではなく、「義務感」とか「他者からの要請や説得」などの、なんらかの葛藤を踏まえたものあることが示唆されています。
同じ Longman 系でも、LAAD でhesitate の語義を見てみると、
動詞の定義として、
to pause before saying or doing something because you are nervous or not sure
を最初にあげた後で、
not hesitate to do something
to be willing to do something because you are sure that it is right
という、「否定の文脈」で用いられる定義のみを載せていることに気づきます。そこでの用例は、
He does not hesitate to criticize the country’s politicians.
というものです。
LAADの reluctant の定義は、
slow and unwilling
「不定詞」を伴う用例には、
At first, Dad was reluctant to lend me the money.
とあり、この後、状況に変化があり「お金を貸してくれた」となるのではないかと推測されます。
reluctant の定義中に使われた、unwilling の定義に目を移すと、
not wanting to do something, and refusing to do it
と and での語義の絞り込みがあります。その「不定詞」を伴う用例では、
So far the landlord has been unwilling to lower our lent.
が載っています。
hesitate が不定詞を伴って用いられると、reluctant とか unwilling といった意味になる、というところまではいいでしょう。では、その場合に、その不定詞の行為は「実行に移される」のか?ここがよく分からなくなります。
困った時の World Book Dictionary では、
to feel that perhaps one should not; be unwilling; not wish (to)
とあり、
She hesitated to hurt the child’s feelings.
I hesitated to ask you; you were so busy.
という用例があります。
ここでもう一度本文を読んでみましょう。
この、
I always politely listened when he talked about these things but could never let him know what I really thought.
のbut 以下を、but I was reluctant to tell himとか、 but I was unwilling to tell himとした場合に、適切な言い換えとなるでしょうか?やはり、「実行に移すのか?」という部分が曖昧になるように思います。
この文脈で、かろうじて適切といえるのは、WBDの定義を活かした、
- but I felt that perhaps I should not tell him …
あたりでしょうか。
「readingでは、和訳ではなくパラフレイズせよ(させよ)」と簡単に言いますけれど、その難しさを物語る格好の例だと思います。
こういう肝心な「英語そのもの」での疑問には、問題作成部の見解にも、高校側からの評価にも何も言及がないのですね。
http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00005217.pdf
http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00005215.pdf
責任者とか、有識者とか言われる方々に確かめてみたいものです。
このエントリー冒頭でも書いたように、今年の大問5は予想通り「物語文」に変わりました。
しかしながら、結局、受験生も指導者も受験に関わる諸々の業界関係者も、毎年、その年の出題の「出題形式(の変化)」と「平均点の上下」だけを気にしているのであって、英語そのものは誰も問題にしていないかのようです。英語の試験なのにね。それでいて、年度が変われば、受験生も指導者も、「センター試験対策」と称して、今年の本試験の大問5と併せて、この2015年度追試の大問5の「過去問演習」を一生懸命やるんですよ、きっと。
肝心な本文の英語が設問で適切に言い換えられていないことに目をつぶって、それに基づく設問での正解・不正解、偽選択肢の吟味や消去法などをいくら論じて も無意味だろうと思うのです。私は英語教師なので、そこを等閑視しておいて、今年の本試験で「物語文復活!」とドヤ顔をする人の気が知れません。
問題の「解法」を考えると、今回の 「ここでのhesitate は reluctant / unwillingの意味?」のように、とかく選択肢の側から、「この選択肢のこの表現にはこういう意味があるのだから…」と、本文の言い換えとして適切な理由を作っていく方向で正解不正解の吟味をしてしまいますが、基本はやはり、「本文ありき」で、「本文を読んで、それを適切・的確に言い換える」という方向なのだと思っています。それが「読むということ」だろうと思うので。
高大接続の改革の流れで、入試改革を謳う改革派も、「読解偏重の入試ではダメだ、これからは4技能(統合の)試験だ」、「和訳偏重の読解テストではダメだ、複数の文章の読み比べに基づく情報検索、情報処理の能力を測らねば」とか、お題目は結構なんですけれど、和訳を排除した内容理解の測定方法が、和訳よりお粗末では話にならないでしょう。
ということで、今年の問題の批評はまた日を改めて。
本日のBGM: Don’t Move (METAFIVE)