先日のエントリーに、図らずも付いたコメントにはコメント欄で簡単な回答をしましたが、改めて少し補足して、私の考えを記しておこうと思います。
私が多読と取り組んでいるのは、”massive comprehensible input” というSLA的な視点とか、「勉強ではなく楽しみで」ということだけではありません。結局、たくさん読んでいないと、さらに、きちんと読んでいないと「書けない」という自戒からです。
コメントにあった、
- 近年効果があるようだと提唱されているextensive readingと、昔から日本で行われていたとされる『多読』は、とりあえず別物と考えたほうがよいのではないでしょうか。
- それも夏休みの宿題などで1〜2冊出されるだけで、読む量も圧倒的に少なかったと思われます。
- 最も大きな違いはその量で、最低でも10万語は読まないと目に見える効果は出ないとされています。
という「言説」に対する揺すぶりをかけることが、まさに、連日のエントリーで私が訴えかけている目的になっています。
「本当に別物ですか?」ということです。
この方のいう「今行われている多読」とは、いわゆる「SSS多読」、俗に言う「100万語多読」を指しているのでしょう。ただ、「全くの別物」というときに、何がどう、別なのか、をよく考えないと「思い込み」の強化になりかねないと思います。
以前、別の英語教育関係のブログで「英語教育ムラ」批判の矛先が、金谷憲先生に向いていて、「ムラの重鎮が今になって、多読を真似している」というような勢いだったので、やれやれと思い、金谷先生が関わっていた1990年あたりの、某私立高校での「多読」実践研究を指摘し「事実」確認をしてもらったことがあります。
私は「多読」の効果は大きいと信じ、自分でも取り組み、カリキュラムにも取り入れていますが、それですら、先達・先哲に倣うところが大きいのです。
昔から多読は各地、各校で行われ、それなりの効果を上げてきたはずです。ただ、これまでは、それぞれで、それなりに終わっていた嫌いはあるでしょう。「物語」(各種テクストタイプ、ジャンルを乱暴ながら纏めてこう呼んでおきます) の確保、整理と提示、学習と指導・管理などでの知見の共有という点で、洋上に点在する島で行われていたようなところが多分にあったのではないかと感じています。共有や「追試」が難しかったわけです。
SSS多読がこれまでの多読と最も違う点、そして最大の貢献は、ネットワークやシステムを構築し拡大し、整備したことにあるというのが私の評価です。インターネットの普及に後押しされたことは、多読の普及や流行の大きな要因になっているとは思いますが、一方で安易な模倣、劣化コピー的な指導を生んでいるとも思います。
翻って、日本で昔から行われていた多読の最大の問題は、「良質の物語の不足」、そしてその要因である「ライター」を育てて来なかったことにあるのではないかと思っています。
中高の検定教科書でさえ、英語の繋がりと纏まりで「?」を感じる英文が散見されます。語彙や構文をコントロールした、多種多様の「物語」を書くことのできる英文ライターを発掘し、育成するということを、日本の英語教育界はあまり考えてこなかったのではないかというのが私の印象です。(「呟き」の方で私が時々「英文ライター求人」をRTしているのも、「どの位の仕事はどの位の対価なのか」を日本の英語教育出版業界以外の、英語教育関係者に知ってもらうためでもあります。良質の英文を書くことができるライターは、英語ネイティブであるなしに関わらず、「良い」対価を払わないと得られないということです。たとえば、こちら。https://twitter.com/writing_jobs/status/373966091048869889)
ただ、本当に「日本の英語教育界がこれまで怠ってきた」かどうかは、検証が必要でしょう。あくまでも私の印象に拠るところが大きいので。
私が高校生として、いわゆる「副読本」を年数冊読んでいた1970年代から1980年代にかけての多読教材や、教師として扱ってきた1980年代 半ば以降の「多読教材」は、リアルタイムとして「知って」いますが、その前のことは「調べて」比べないことにはよく分からないのです。英米のGRも昔から日本で読まれていましたし、私も実際に高校生の時に読んでいます。「名作物」 (この問題点は後述します) であれば、1960年代、1970年代のEFL用のGRの方が、現在市販されているものよりも、やさしい英語で書かれていて、「物語」としての質が高いものも存在します。
- Oliver Twist (New method supplementary readers, stage 4, Longmans, 1966)
本当にどんな「英語」を読んでいるのか?を比べることは難しいのですが、比べる意味は大きいと思います。
ということで、私は古いものも買い戻している次第です。1980年代だと日本英語教育協会が、日本と世界の名作ものを日本の大学で教えている英語ネイティブの先生をライターとして易しく書き直して出していました。スキーマに頼りにくいミステリーやサスペンスものでは、書き下ろしのシリーズもありました。でも、今では絶版です。良い「教材」でも、長続きはしなかったわけです。
「学級文庫」の写真で紹介したものがあるかもしれませんが、買い戻しシリーズから少しコメントしておきます。
『メルヘンシリーズ』は、鳥飼玖美子先生によるリライト(英検3級程度とのこと)で,『日本昔ばなし』のシリーズは中尾清秋先生による英訳(英検3級程度とのこと)。真ん中の本は、大学で英語を教えている英語ネイティブによる『世界の名作』をリライトしたシリーズ。英検3・4級程度。ただ、1980年代半ばにかかるくらいの「英検」ですから、まだ「準」のない頃の難易度ですので英語のレベルには注意が必要。今は、それぞれプラス0.5〜1.0くらいを見ておいた方がいいかなという気がします。(今の英検 準2級が、この頃の英検の3級位かな、という意味です)。
評論社の『ニューメソッド・英文対訳シリーズ』は意欲的な企画・内容だと思うのですが、これが出た昭和40年当時、中高の生徒だった、中高英語教師だった人たちの評価を知りたいものです。
左頁英文はスラッシュで、ブレスグループごとに読ませる工夫。右頁は、左のブレスグループごとに意味を取っていく、所謂「訳し下し」。下の欄には語句注釈。巻末には「翻訳編」として、段落ごとに数字を打って(ここが大事)きちんと対訳を載せています。
評論社の『英文世界名作シリーズ』 (緑表紙) の方が後発で約70作が刊行、昭和40年にシリーズがスタート。『ニューメソッド・英文対訳シリーズ』はそれよりも前に、既に約40作刊行されていたそうです。
「昔の多読『教材』」では、ここにあげたような、「名作もの」が大多数を占めていて、書き下ろしはごく僅かです。「名作もの」の最大の難点は、「原作の味・香り・肌触り」が「やさしい英語で書き直し」たときに、読み手に伝わっているのかどうかがよく分からないことです。
「別に今、『やさしいけど味気ない英語』で読まなくても、いずれもっと読解力が付いたときに、オリジナルかそれに近い版で読めばいい」ものも、学習の初期で読んでしまうことに弊害はないのでしょうか?
そして別の難点は、「既に一度読み終えた同じ『物語』を、再度読もうと思うか?」という点です。楽しみのため、情報収集のため、という「お勉強」ではない、utilitarian goalsを設定した時に、初期の段階であまりにも易しく名作を書き直した版を読んでしまって、その後、原作や原作に近い版の英文に接するチャンスを持てないなどということがあると、それは不幸だと思うのです。
「昔の多読用教材」が、原文の対訳や注釈が多かった、ということにはそれなりの意味があったと理解しています。
過去ログでも取り上げています(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120918)が、例えば、次のようなもの。
- ルイス・キャロル作、多田孝蔵訳注 『英和対訳 ふしぎの国のアリス』(旺文社英文学習ライブラリー、1959年)
安易に時代論に落とし込むのは好きではありませんが、「英文ライター」が少なかった時代の、書き下ろし教材としては、私が高校生の頃に読んでいた、
- ケネス・サガワ氏
による聖文社 (当時) のシリーズが、いかに新鮮に映ったか、若い世代の方には想像するのも難しいかも知れません。
ということで、過去二回のこのブログのエントリーでは、扱う対象である「もの」は現代の方が格段に恵まれていますが、やっている「こと」にそれほどの差があるとは思えない人をわざわざ選んで書いてみたわけです。その結果、「柴田・近江」のお二人となった次第。
コスモピアから出ているガイドブックなどを片手に、今手にすることのできる豊富な「物語」を眺めながら、もう一度、柴田・近江両氏の言葉を読んでもらえればと思います。
私は主として高校で27年教えていますが、所謂SSS多読が、「流行る」以前にも、数百冊以上のGRを揃えている高校を見聞きしていますし、私の勤務していた高校でも約1500冊を揃えるべく、予算を確保していました。先日のエントリーで米国の ”SSR” に言及しましたが、20年前の私の勤務校が、そういう取り組みをしたのは、当時の先進校での取り組みを参考にした、という要因もあるかと思いますので、先進校ではさらにそれ以前に導入していたといえるのではないでしょうか。
今流行の多読のみが唯一絶対の多読である、という「思い込み」から、少し視野を広げてくれる人が増えてくれることが私の願いでもあります。
このブログで私は、くり返しくり返し、
- より良い英語でより良い教材
- 冊数よりも語数よりも、まずは「物語」
といっていますが、別な角度から考えてもらった方が私の意は伝わるかも知れません。
今日の冒頭の写真 (写真 2013-09-03 13 19 46.jpg ) で貼った、
- 木村俊介 『物語論』 (講談社現代新書、2011年)
腰帯には、まるで副題かの如く、「物語が紡がれていく過程 17人の創作者が語る」とありますが、そのとおりの内容です。
本日のBGM: Echoes (benzo)