速度と精度

正業の現場復帰から実作。
商業科2年は、自習課題の解説と、1年次に扱った、名詞句・名詞節の素材を再編して、関係詞を用いた名詞句の限定表現との対比。処理と保持はトレードオフの関係にある、とよく言われるが、構造が見えれば単純化ができ保持しやすくなる、という「虫の目」を無視しないことも大事なのです。
進学クラス3年の「ライティング」は、説明文の続き。
今回は、お茶の水女子大と奈良女子大の「過去問」を使って、

  • 一見単なる、和文英訳、に見えるだろうけれど、意図していることは他の大学とは相当に違って、事実と意見とを明確に分けて英文を書くということが問われているのです。

という課題設定。大手予備校で、このような女子大の「解答例」を示してくれるところは少ないので、良問も埋もれてしまいがち。高校の授業はあくまでも「教育」ですから。ただ、その数少ない某予備校の解答例で、事実の記述に関わる致命的なミスがあるのに、何年も放置されているのを見ると、どの程度の解答作成プロセスなのか、疑わしくなってきますね。
進学クラス1年は、自学自習多読から、Book Reviewの記入と提出。物語を読んで、そのレビューの中の「お勧めポイント」を書く時に「ネタバレ」してしまう人は、まだ「話形」に習熟していないということを自ら物語っていることになります。「スラスラ感」というか、自分が息継ぎが出来る水域で大量に泳ぎ続けることに意味があるので、対訳や注といった浮き輪などの浮力を借りて泳いだ英文素材は、いつかどこかで、補助無しで読み返す、読み直すことが大切ですよ。
進学クラス高2は、自習課題も兼ねて進めてきた「表現ノート」のシェアリング。少人数なので、大きなどよめきとか、盛り上がりには至らないが、それぞれの現時点での英語力、興味関心の在処などは十分に現れてくるので、まずは、第1ラウンドをしっかりと。この課題は、いわば「英作文的読書」の実践ということになるわけですが、この実践を続けていくうちに、「読むこと」に対する自分の捉え方、または「読み方そのもの」に起きてくる「変化」にそのうち気づく訳です。悩ましいのは、「そのうち」には個人差があるということ、そして「気づき」の大きさや深さにも個人差があるということ。そのような差を極力均して、どの生徒にも、同じ時期に同じだけの「変化」 (これを単純に成長といって良いのか怪しいですが) を体験させ、進んでいくのが、一般的な外国語のシラバスになるのかも知れません。でも、それだと、最大公約数はどんどん小さくなるのですね。この「表現ノート」は、「自分が突き抜けたい海への、1mmの運河建設」なのです。
週末には英検、来月には模試があるので、授業中、2年生には「速読」について、私の基本的なスタンスを話しておきました。
過去ログでいうと、
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080814
で書いたことと基本的には変わりません。
読解の教材で「速読」とか「ラピッドリーディング」を謳うもので思うことがいくつかあります。
東京で働いていた頃、"くもん" の教材監修が上智大の吉田研作先生だったので、見本を見たことがあります。「速読用」の読解素材は、おおむね易〜難と配置され、発達段階も考慮されていました。しかしながら、英文の読解に入る前に、語彙のセクションがあるのです。その素材文での内容理解に不可欠な語句を予め押さえてから読みに入るというもので、ちょっと裏切られた気がしました。「早く読めない」原因に、確かに語彙力の無さがあげられるでしょう。ただ、読み手が、一読してわからないところをどのように処理するか、という「選択」が大事なのに、重要な語彙を予め仕込んでしまえば、「母語である日本語」で、同様の文章を読んだことがあったり、話型を既に持っている者は、英語を読んでいるのではなく、自分の頭の中から参照すべき情報を引き出しながら進んでいるだけになってしまうのではないでしょうか。それでは、英文そのものをどのようにオンライン処理しているかが不明になってしまい、「わからない部分を分かるようにするためのトレーニング」にはならないように思います。
いまとりあげた “くもん” 式の教材に限らず、速読教材に多いのが、読む前に与えられる「内容理解に関わる質問」。教材作成者から与えられた情報を選択して読めば、確かに、大まかな理解は得られるでしょう。では、そのお膳立てがない英文で、同様にその情報は選択できる力がついたのでしょうか?疑問は消えません。
読解教材では、読んだ後、内容理解の設問が必ずといっていいほどあります。お膳立てを利用して、全部正答だった人は嬉しいでしょうが、設問で問われた部分以外の所は、本当に読めていたのでしょうか。さらには、その設問で不正解だった読み手は、どうすれば、「正しい理解」に辿り着くのでしょうか。結局は、「対訳」や「解説」を頼りに、もう一度「ゆっくりと英文を読み返す」ことで、初めてトレーニングになっているのであって、「速読を問われる英文素材を読んで、設問に素早く答えたから」トレーニング効果が現れたのではないという事実に、少なくとも教授者側は無自覚であってはならないでしょう。
一昔どころか、四半世紀以上前の「英文解釈」の教材では、設問は無しに等しかったように思います。なぜなら、「ちゃんと読めましたか?」ということを確認する方法が「和訳」か「日本語での要約」に、ほぼ限られていましたから。その代わり、「分からなかったところ、読めなかったところ」が読めるようになる「仕切り直し」のトレーニングも、また、その「英文解釈」課題の中に組み込まれていたように思います。
最近の速読を謳う教材では、どこでそのような「読めなかった部分を読めるように」トレーニングをしているのか、考えてみると、「速読→内容理解の設問→答え合わせ→訳と解説」を経た上での、「内容理解を伴った音読」を繰り返すことにあるのです。あくまでも「内容理解」「構造把握」を踏まえた上での音読によって、チャンクとチャンクの繋がり、または繋ぎ直しを行い、主題・論理の一貫性を確かめることで、初めて、意味の処理や内容の保持の力が増すのであって、これも、「速読を問われる英文を読み設問を解いたから」トレーニング効果があったわけではありません。
「速読」ということばに踊らされるのではなく、普通に素材文を読み、いろいろな手法で消化吸収、血肉化する、という「精読に基づいた多読」を易〜難と進めていき、その一方で「英作文的読書」を地道に行い、自分の現在地を拡げ、高める努力を続けていれば、「読むスピード」は、必要に応じて速くなるように感じています。
もう一つ、授業で2年生に伝えたのは、wpmなどといった「速さの指標」や、6割とか8割などといった「内容理解度」を当然視しないこと。
過去ログでも、
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090523

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080611
で書いていますが、全く反響はありません。
長文とは言い難い200語の素材文でも、それが1000語レベルの語彙で書かれているのか、4000語レベルの語彙で書かれているのかで、英文の難易度は大違いです。当然、1500語を越す長文であっても、それが1000語レベルの語彙で書かれているなら、容易に読み進められるでしょうが、4000語レベルであれば、かなり苦労するでしょう。
1. 200語の素材文/1000語レベルの語彙
2. 200語の素材文/4000語レベルの語彙
3. 1500語の素材文/1000語レベルの語彙
4. 1500語の素材文/4000語レベルの語彙
という比較であれば、誰の目にも、 「素材文」では、

  • 1 < 2
  • 3 < 4

という難易度になり、「労力」という点では、

  • 1 < 3
  • 2 < 4

となることは分かるでしょう。
では、スピードと内容理解度を考えてみましょう。
a. 1分で読み切り、内容理解度が10割
b. 1分で読み切り、内容理解度が6割
c. 1分で読み切り、内容理解度が4割
d. 1分で読み切り、内容理解度が2割
という比較であれば誰の目にも、読む力は、a > dだと分かります。
でも、次の比較ではどうでしょうか?
e. 1分で読み切り、内容理解度は2割
f. 1分半で読み切り、内容理解度は4割
g. 2分で読み切り、内容理解度は6割
h. 2分半で読み切り、内容理解度は8割
i. 3分で読み切り、内容理解度は10割

素材文1で、スピードと理解度がgだった者が、素材文2を使って、理解度gになったのであれば、その人の「読む力」は格段に伸びたと言えるでしょう。では、素材文1で、gだった者と、hだった者との「読む力」の差はどのようにして確かめるのでしょうか?また、素材文1を使ってスピードと理解度が、aだった、その同じ人が、素材文の2を使ったら、eになる、ということは多々見られるのではないでしょうか?
だからこそ、多様な「教科書」での学習が必要であり、その教科書は「作る」必要があったと思うのです。ただし、ある英文素材に対する設問を多種多様化することで学習者の個人差・理解度の差に対応するというよりは、英文素材の変数を多種多様化し、シラバスにおいて取捨選択することができるように配慮することにより意味がある、というのが私のスタンスです。
昨今、高校の教室に限らず、日本での英語学習環境では「テスト→トレーニング」といったタイプの教材が増え、「教科書」が減っているような感覚にとらわれます。新課程を前に、今こそ、「教科書」の持つ意味を問い直し、使う意味のある「素材」で豊かな英語学習を実現したいと思います。

放課後は、本業でエルゴ。
地元水域まで行って、オールとローロックを積み、遠い方の湖へ行く支度。週末でスピードと精度のチェックです。

本日のBGM: slow turning of my heart (高橋幸宏)