国際英語?

先日、若手の先生方を中心とする研究会と、そこからさらに懇親会にまで参加した。その懇親会の席で、ある先生と、「world Englishesをきちんと反映している教材がない」「英語ができるようになる、という場合に、あれもこれもといろんな方面を意識するのではなく、アメリカならアメリカというように、ある文化を背負わせなければだめなのではないか」というような話になった。そのことがずっと気になっていたのだが、あるビジネス英語の教本を書店で立ち読みしていて、次のような(趣旨の)記述に出くわした。
「今ではe-mailでのやりとりなど、英語のnaitive speakers以外の人たちとのコミュニケーションで英語を書く必要がある。特定の文化的背景に依存するイディオムやクリシェの使用は謹んで、国際英語の観点から誰にでもわかるような平易な表現を心がけるべし。」
趣旨はよくわかるのだが、一般の学習者は、これを実践するとなると非常に難しいのではないだろうか。インプットに励む一方でアウトプットを極端にコントロールするわけである。英語力が上がってくるにつれ、教材ではなく、実際に用いられている英語に接する量が増える。いきおい、言葉をコントロールしようとは思わない一般の英語母語話者の英語にさらされる。イディオムもあればクリシェもあり、特定の仲間内でしか使われないスラングや、ジャーゴンがでてくる。その中から、「これがコアとなる英語の姿だ!」といえる英語を自分の発話として育てながら、仕事で効果的な表現方法を選択していく。
教室での英語教師は、teacher talkといわれる、学習者が処理しやすいように、語彙・統語・結束性に配慮した英語を使用するが、自分の普段の発話はどうなっているだろうか?
やはり、特定の文化を背負った英語を身につける方が効率がよいのだろうか?