ライティング指導を専門と自称する私のモットーは
- 「ライティング指導の第一歩は文字指導から」
というものです。
英国の National Handwriting Association のサイトがこちら。
私は今年度から海外会員(年会費£24で英国内より割高) として登録しました。
英語を母語とする教育現場の「文字指導」がどういう状況にあるのかを知ることができます。
ナショナルカリキュラムの改訂で文字指導に関わる変更点・留意点
Handwriting-changes-in-the-National-Curriculum-KS1-2-Sept-2013.pdf
Twitterのアカウントもありますよ。
NHAに限らず、彼我の差を実感するのが、handwritingにおけるmotor skillsの考察とfont、typographyへの意識。
英国から豪州に目を移せば、タスマニアの department of education が発行している2009年版の詳細なhandwritingの手引がこちら。無料です。
https://www.education.tas.gov.au/documentcentre/Documents/Handwriting.pdf
理念というか、指導の背景というか、その辺りが大事だと思うので、是非、序論に当たる文章からお読み下さい。
個々の指導手順では、大文字 IとJのセリフの有無。V,v,W,w の筆順。小文字kのループなど解説も含め参考になります。
「欧文文字」そのものへの関心がそれほど高くないのは教育現場だけに限らないかも知れません。
次の記事は、日本では殆ど話題になっていない模様だけれど、単に「デザイン」の観点からだけではなく、欧文の「文字指導」でも考慮すべきことがらがいくつも指摘されています。心ある英語教師の方たちにぜひ読んで欲しい記事。
How Typography Can Save Your Life
What words look like matters ― in some cases, a whole lot.
by Lena Groeger
https://www.propublica.org/article/how-typography-can-save-your-life?utm_campaign=sprout&utm_medium=social&utm_source=twitter&utm_content=1463067664
さて、
授業時間確保の見通しも立たないのに、小学校での教科化で「文字指導」を開始することがあたかも既定路線であるかのような日本の英語教育改革ですが、お上の広報だけでなく、学会等でも最近頓に目にする機会の増えた、「小学校英語での文字指導」に関して、私はこれまでにも、何回か、重要な疑義を呈し、異議申し立てをしてきました。また、中学高校段階での指導の不在、定見のなさに関しても警鐘を鳴らしてきました。
ライティング指導の第一歩は文字指導から
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150825
Look who’s talking!
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20150407
Do I have to draw you a diagram?
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20120211
しかしながら、handwriting そのものの考察が殆ど為されていないのでは?と訝しく思うような実践例や研究成果が「説得力」を持ち、それに後押しされるかのような改革の動きは容易には変わらないのでしょう。
英語を教えている教員、英語を教えることになってしまった教員の目と心に届くことを願って以下、教材・指導書・概説書の紹介だけでもしておきます。個人で購入するのが難しいものは、学校の英語科の年度予算での購入や、同僚との協同購入などをご検討下さい。(近隣の方で、購入前に実物をご覧になりたい方は、要相談。)
日本にも古くからきちんとした「英習字」指導の体系はあったのです。
『新英語教育講座』が1948年。
『語学的指導の基礎』が1959年。
篠田治夫、寿岳文章という名前も若い世代には誰のことやら、という感じなのでしょうね。
日本の絶版概説書1.jpg
かつては、ペン書きがデフォルトで、能筆家による概説書が文字通り「お手本」でした。
「筆記体」と「ブロック体」などと言っている場合ではないですよ。
Alfred Fairbank
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Reginald Piggott の業績
所謂 "National Survey" の結果をまとめたもの。
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survey basic stroke and joins.jpg調査だけでなく、実際の教材とその指導書も出しています。
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Rosemary Sassoon の業績
そのうちの「一般書」から
如何に pen hold や motor skills への配慮がなされているか痛感します。
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sassoon teach yourself8.jpgこういった一般向けのものだけでなく、学校教育でも多大な影響を与えています。
私はもう随分長いこと、英文フォントは Sassoon 系ですが、好みを抜きにしても、次のような考察には触れておいて欲しいと思います。Why Sassoon?
http://www.sassoonfont.co.uk/fonts/sas/WhySassoon1.3.pdf冒頭で紹介したNHAのサイトでは次のような提言(警鐘?)をしています。「モデル」や「視写」に対する考え方など、さらに進化したように思います。
Rescuing-Handwriting-from-Redundancy-by-Rosemary-Sassoon.pdf次の2冊の概説書は教師向けです。
小学校英語に限らず、文字を扱う英語教師は必読だと思います。
協同購入でも、学校の予算でもいいので、買っておきましょう。
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...Problems... は、2006年に出ています。もう10年になるんですよ。
目次。
Sassoon Problems Contents 1.jpg
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このイントロを熟読されたし。母語でさえこの現状なんですよ。
Sassoon Problems Intro.jpg...the way の方は、2003年刊です。既に干支一回りです。
「四線」とか「方眼」とか、今更ロシアに行かなくても…。
Sassoon the way lines.jpg
Sassoon the way lines 2.jpg
Nelson のシリーズから
Cursiveの教師用指導書 (1993年) より
今では、ナショナルカリキュラムの方が改訂されているので、現行のネルソンの指導書にはここまでハッキリとした記述はなくなっているようですが、四線の間隔、文字のプロポーションなど、この「絶版本」から、まだまだ学ぶべきことがあります。
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nelson cursive TM6.jpg現時点での最新版 (2014年刊) の指導書がこちら。
文科省の調査官や、指導的立場にある「有識者」の方々はこのくらいのことは踏まえた上で、「教材」を作成しているのでしょうね。
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nelson TM latest6.jpgNelsonの指導書はかなり高価なものですが、教材自体は比較的入手しやすいと思います。
1989年版と1997年版の指導書。
改訂を重ねて、使い勝手は良くなっていると思います。
Nelson TM.jpg以下、教材。
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フォントでSassoonを使用した教材
「3歳から」というのがちょっと心配ですが…。
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個人指導でも、教室での一斉指導でも使える、今私が一番高く評価している教材
イントロで述べられている指導の理念、全体の枠組みなど、彼我の差が明らか。Practice 1 cover.jpg
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フォントとか、文字のプロポーションとか、ちゃんと考えていますよね。
Practice 1 のフォントはSassoon Infantです。(kに着目)
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practice 1_4.jpgjoinsに重点を移したBook 2がこちら。
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彼我の差を思い知らされること頻りですが、気をつけなければならないことが幾つかあるでしょう。
まず、motor skillsに主眼を置いた、線描や図形を含む、「運筆」を取り入れていること。
そして、その導入や練習、習熟では「意味のある語」を用いる必然性がない代わりに、何か「ゲーム性」のようなものを取り入れていること。
次に、そこから「意味のある語」「意味のある語句」「意味のある文」を扱ったトレーニングに移行する場合に、母語である彼らは、既にそのことばを耳で聞いて理解したり、自発的な発話でも使うことができる発達段階にいる、ということです。
日本の学習環境、授業環境に目を移せば、当然、習熟している「語彙」にも限りがありますから、「有意味」なことばを用いたトレーニングを初期段階から取り入れることは難しくなります。ここで紹介したような、優れた教材をそのまま「輸入」「翻案」するだけでは不十分で、「手書き文字」を指導する専門家が知恵をだし合ってシラバス、カリキュラムを組み立てる必要があるでしょう。
デジタル教科書など、ICTの活用が、「デジタル機器や教材市場の拡大」としてだけ脚光を浴びるのではなく、学習者の益になり、指導者の負担の軽減になるような取り組みを期待します。
最後に、最新のICTとの連動教材の指導書を紹介して、本日はおしまいです。
このエントリーの冒頭で紹介した、National Handwriting Association のサポートを受けています。
私は「紙」の指導書しか持っていませんので、実際のInteractive な教材(かなり高価です)の使用に関してはよく分かっていません。日本の「研究指定校」や「開発拠点校」などでは通例予算がつきますから、きっと、このような教材を試して、日本独自の教材開発へのデータを蓄積、提供しているのではないでしょうか?
このシリーズは2000年代前半で既に英国の出版社 Cambridge と日系企業である HITACHI のコラボレーションを実現していました。今年に入ってのBook 1改訂版(2016年最新版)の指導書になります。
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最後の写真の冒頭で書かれている配慮事項、Correct letter height, Parallel ascenders, Writing letters on the baseline が、日本の英語授業での文字指導できちんとなされているか、自問自答するべき人の目に届くことを願っています。
あとは悲しみを持てあまさないように、繰り返しておきます。
ライティング指導の第一歩は文字指導から。
本日のBGM: 異邦人 (原田知世)