敬意余って敬称略

授業のスタートは高3。読解週終了。次回は文法演習。高2は昨日のフォローで、学参の話。高1は音読の仕込み。職員会議に学年会と忙しい一日を終えて帰宅。
さて、
巷では、「速読」だの「直読直解」だの、受験英語レベルでたいそうなスキルが求められるように嘯く輩がいるのだけれど、内容 (語彙レベルも含めて) と分量のアンバランスな早慶の一部の学部を除けばTOEFLで求められるレベルには全く及ばないのが日本の大学入試で求められる読解スピードだろう。読解の際の頭の働かせ方を丁寧に自分のものにすればよいのだから、わかるところはスラスラと、わからないところはとばすか、分析するかを選択できるように、下位技能 (懐疑脳?) を養っておけばよい。ボトムからトップへ、トップからボトムへと、上り下りを使いこなせることが肝要。「自動化」という言葉でわかったつもりになるのが一番いけない。
たとえば、未だに実業科と呼ぶ教育関係者もいる「専門学科」も含め平均的な高校では、高2の終わりまでに、3000語レベルの語彙と『フォレスト』に出てくる文法項目をマスターしていることはあまり期待できないだろう。その状態でも高校3年で、受験生となれば残り時間が限られているのだから、入試長文での過去問演習をやらざるを得ないのが実態。となれば、いきおい、長文を読みながら英語力の全ての要素をまんべんなく底上げするしかない。語彙も構文も読解の際に文法知識をどのように活用するかも、一つのコマで扱うわけである。
高2の授業でも「話題」と「主題」の話をしているが、タイトルも挿絵も写真も統計資料も印象的な名言も与えられていない文章を読み進めていくうちに「統一した主題」を引き出すことができるレベルの文章をまずは用意し、その素材文を読む際に、常に主題に照らし合わせて、「ここでこういう考え方をすると誤読になりますよ」、「このような論理構造になっているから、主題の統一が保たれているのですよ」「一見、話題が離れたかに見えるけれども、このように主題は繋がっているのですよ」という頭の働かせ方を自分のものにしていく練習が不可欠である。本来は「教科書」がこの役目を果たすわけだが、日本の検定教科書では「英語I」「英語 II」で常に新出語彙、新出文法事項が出てくるので、授業では読みながら全てをやらなければならなくなる。平均的な高校では、復習での音読の徹底で、この「頭の働かせ方」を自分のものにしていくことになるのだが、進学校であれば、予習をすることで、生徒は擬似的に自分の読解のレベルがあがったことにしておいて、授業でこの頭の働かせ方の精緻リハーサルをするという手順を取ることが増えるのだろう。いわゆる「名講義」による実力アップである。
この延長線上に、自学自習のための「英文解釈」の参考書がある。正確には「あった」といった方が良い。今や、その手の学参は絶滅危惧種だから。
今、自宅で手元にあるものを並べてみる。

  • 中原道喜『新英文読解法』(聖文新社)
  • 五十嵐玲輔・中原道喜『マスター入試英語長文』(吾妻書房)

などは、内容は良いものの、解説が簡潔で学参というよりは問題集。
古くは、

  • 倉谷直臣『誰も教えてくれなかった英文解釈』(朝日イブニングニュース社)
  • 柴田徹士『英文解釈の技術』 (金子書房)
  • 河村重治郎・吉川美夫・吉川道夫『新クラウン英文解釈』(三省堂)

というとても良い「指南書」があった。柴田氏のものは平均的高校生のレベルを遙かに超えていると思われるが、できないことはない。が、皆絶版。

  • 倉谷直臣『英文を正しく読む50講』(研究社)

がかろうじて息をしているところか。書店店頭やネット古書店でみつけたら是非。柴田氏のものから一部を引く、

  • 考え方 「自分の声を自分で聞くこと」が主題。”key sentence”は最初の1文。見慣れない表現や単語がかなりまじっているが、それにもかかわらず、実情を頭の中で想像して行けば、意外なほどよくわかるのに気づいて、うれしくなるであろう。未知、未見のものを理解する力 --- それが実力である。(p.378)

こういうことを昔は授業で言ってもらっていたものである。

  • 多田幸蔵『実戦本位英文解釈の基礎』(洛陽社)
  • 多田幸蔵 『解釈の決め手英文解釈法』(洛陽社)
  • 多田幸蔵・島秀夫 『英文解釈どう仕上げる』(洛陽社)

は古くからあり、現在も入手できるもの。最後のものが一番取り組みやすく、運用力にも繋がるだろう。

  • 山内邦臣『詳解英文解釈法』(数研出版)

この学参が「名文選」の最後の名残となるだろうか。これも語句注や和訳など秀逸だが、解説は今の高校生には不親切に映るだろう。

  • 多田正行『思考訓練の場としての英文解釈』(育文社)

活字も小さく、切り口も異色でおまけに英文は激ムズ、とは思うのですが、確実に力がつきます。私も高校3年生の時に2冊やりきりました。

  • 丹羽裕子『入試英文精読の極意』(研究社)

は主題を追う、主題を掴むという「精読」のアプローチで入試長文に臨んだ良書。別冊の『英文を読む10のAxis(軸)』は「スキーマ」などを強調する英語教師についたけれど授業で全然読めるようにならなかった生徒にこそ活用して欲しい。

  • 伊藤和夫『英語長文読解教室』(研究社)
  • 伊藤和夫『テーマ別英文解釈教室』(研究社)

天才、伊藤和夫氏の著作で『ビジュアル』以外で読んでおくべきなのはこの2冊くらいか。
読んでいておもしろいなぁ、と思うのはこのくらいですかね。

  • 篠田重晃・玉置全人・中尾悟『大学入試英文読解の透視図』(研究社)
  • 望月正道『ライジング英文解釈』(桐原書店)

今風の学参はいきなりこうなっちゃいますから。いくら、構文分析とか解析とか品詞分解とかのためとはいえ、読んでいておもしろくないのはちょっとね…。

  • 小林章夫『英文読解力をつける』(ベレ出版)

は、

  • 行方昭夫『英語のセンスを磨く』(岩波書店)

への橋渡しに。文章のテクストタイプやジャンルへの対応力がつきます。後者はかなり難しいです。まずは、岩波新書の赤ですかね。

名著中の名著、

  • 朱牟田夏雄『英文をいかに読むか』(文建書房)

あたりまでたどり着ければ、

  • 佐々木高政『新訂英文解釈考』(金子書房)

も熟読玩味、鑑賞が可能かと。このあたりが現在も入手できる読解参考書としては最高峰か。この英文を古いというのは簡単。でも、読めない人が文句を言ってはいけないでしょう。
まず、「読む」ということを母語の国語の読解と比べてあまりにも表層的に捉えたり、「著者の意図を理解する」とか「著者との対話」というものをナイーブに求めたりすることを、生徒も教師も改めることから始めてはいかがかと。
絶版ながら、私も今読み返している、

  • 朱牟田夏雄 『翻訳の常識』(八潮出版社)

などは英文読解の参考書というわけではないが復刊して欲しいものだと思う。
ちなみに、別宮貞徳先生のものや安西徹雄先生、河野一郎先生のものは「翻訳」のカテゴリーに属すると思うのでここでは考慮しませんでした。
老舗出版社のものを読んでいて思うのは、語句注の付け方とか、訳語での英和の対応で漏れがないこと。あとは、「さくいん」がきちんとしていること。今風の学参の粗製濫造ぶりとは大違いである。
結局は、天に唾するではないが、「『教科書』はどこへいった?」とか「『読解』の授業ではいったい何をやっているのか?」といった問いに戻ってくることになる。
「多読」について思うところはいずれまた。

本日のBGM: The Words (高橋幸宏)