採点祭りから成績処理、通知票の所見書き、模擬試験の監督と学期末のルーティンを終え正業関連の書籍をいくつか読みました。
前回取り上げた『英語で教える英文法』 (研究社) に続き、老舗の大修館書店から、この1冊。
- 田中武夫、田中知聡 『英語教師のための文法指導デザイン』 (大修館書店、2014年)
私の感想を「呟いて」もみたのですが、一部からレスポンスがあった程度。この本自体が刊行間もないので、それほど多くの人の目には触れていないということでしょうか。
腰帯にはこうあります。
文法指導で何をどのような順序で教えたらいいか?
指導方法にはどのようなバリエーションがあるか?
コミュニケーションの中でどう文法指導をするか?
英語教師の尽きぬ悩みに具体例とともにお答えします。
250頁程の概説書で、「尽きぬ悩み」に答えてもらえるなら、安い買い物だろうと思って、密林でポチッてみたのでありました。
「はじめに」を読んでみて、趣旨には大きく頷くものです。
実際の授業で行われている文法指導に目を向けてみると、文法の形式しか説明されず、どのような場面でその文法が使われるのか生徒はわからないまま進められる授業があったり、コミュニケーションでのやりとりが重視されるあまり、生徒の誤った表現は置き去りにされたまま進められる授業があったりします。(中略) そこで、教師は具体的に何を準備し、どのように授業を行い、どのように文法知識の評価を行えばよいのか、英語教師の指針となる基本的なアイデアをできるだけシンプルな形でまとめることにしました。
さらには、想定されている読者も、
文法指導が苦手だと感じている教師、文法指導をもっと深めたい、知的好奇心をくすぐるような指導を行ってみたい、スムーズに指導を行いたいと思っている教師、文法指導のイメージがまだできていない教師を目指す学生の方に、是非とも読んでいただき、文法指導はなんだか面白そう、奥が深いな、自分だったらここを工夫してみたいと思っていただきながら、本書を読んでもらいたいと思います。
と現実的で良心的であることもよく分かります。
第1章、第2章と「目的論」や「教材研究」の視座が説かれていて、経験の浅い教師や教師志望の学生に配慮した内容になっています。第3章では、目の前の生徒に応じた指導について言及されていたり、「文法の知識と技能は異なる」「理解と表現の2つの処理がある」と重要な観点も押さえてあります。
ベテランの著者、編集者が関わっていることを伺わせる内容です。
にもかかわらず、第4章の「文法指導のステップについて考える」を読んでいて、誇張ではなく、「目が点」になったのでした。
4.3. (2) 意味的な練習で形式と意味を結びつける (pp. 126-128)
小見出しの「意味的な練習」という日本語に「?」も浮かびました (meaningful drills; meaning-focused drillsという「意味」なのでしょうか?) が、そこよりももっと凄いイラスト (写真) が、出ているのです。実際に、この3頁で展開されるイラストと説明をお読み頂いて、判断して頂ければと思います。
easy – easier - easiest
difficult - more difficult - most difficult
と、「形容詞の原級と比較級と最上級を並べて説明する」だけなら、綴り字と発音の関係、意味と発音の結びつきの強化など色々な目的があるでしょうから、それ自体の是非を問うことはしません。
しかしながら、これが、
easy < easier < easiest
difficult < more difficult < most difficult
のような「意味づけ」を伴って提示されてしまうと、それは明らかに「意味と形式の間違った結びつき」を促してしまうでしょう。p. 128で示される「練習におけるイラストの例」では、そのような形容詞の例が8語、キュートでポップなイラストと供に示されています。ここは一刻も早く削除するか、大幅に修正が必要だと思います。
この件があることで、この書の全てが読むに値しないというのは拙速な判断かも知れません。
私のレビューは、「独善」「お手軽ないいとこ取り」「拙速」を戒めるものが多いと自分でも思います。その私のレビューを読み、それを「鵜呑み」にしたり、そのことばにただ乗っかるのでは、それこそ私が戒める「拙速」と同じ陥穽でしょう。やはり、教師 (または教師志望者) が自分で手にとって、内容の可否、是非を判断して買う買わない、読む読まないを決めてもらえればと思います。
この「比較表現」の扱いは、学生時代にW師匠が「これだけはやってはダメ!」といって戒めていたこととも重なり、30年前の師匠の口調が思い起こされました。
伝統的、旧来的な「文法指導」での比較表現の扱いを少し振り返っておきます。
毛利可信『ジュニア英文典』(研究社、1974年) 比較の項目より。
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右頁の図と解説に注目。老婆心ながら、この本は40年前の「学参」ですよ。
小寺・森永・太田垣『英語教師の文法指導研究』(三省堂、1992年)の比較の項目より。
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右頁最後の指摘に注目。この本は教師用の概説書。22年前の本です。
林語堂『開明英文文法』(山田和男訳、文建書房、1960年) 「比較と程度」より。
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章の前書きとも言える部分で、比較級、最上級の本質を説いています。訳書は1960年刊行ですが、オリジナルは1930年。私は学生時代に原著で読んでいました。
八木孝夫『程度表現と比較構造』(大修館書店、1987年)。
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初任校の英語科でシリーズが出たばかりのこの「選書」を揃えてくれたことに感謝。「同等比較」などと呼ばれることもある、原級のas … as の表す意味は、実は≧ (以上) だという考え方は、日本では、ここから広がったと言っていいでしょうかね?
今日のエントリーと前回のエントリーと、立て続けに、研究社と大修館書店の二冊を批判的に取り上げたわけですが、この老舗から、大学の先生の発する情報がしっかりしたものであってくれないと、次のリンク先にある動画のような、更に悲劇的な「文法指導」「英語表現指導」が広がってしまうのではないかという、物凄い危機感があるのです。
どちらも、文科省検定済みの「英語表現」の教科書を使って、教科書会社の公式サイトで、教科書会社自身が提供している、「教科書を使った指導のサンプル動画」です。見るに堪えません。文科省は本当に検定をしたのでしょうか?「オーラルコミュニケーション」と「ライティング」を廃して作った科目が「英語表現」なんですよね?指導要領で謳われている「英語表現」の趣旨と向きが反対では?高校での指導がこれでいいのなら、「指導要領」は不要ということになりませんか?
2つ目の動画「英語表現 II」の方はもっと酷い。この動画最後の「関係代名詞」の処理。「和文英訳」と捉えたとしても、後出しジャンケンの極地。今時、進学校や予備校でもこんな指導していないと思うんだけど…。
この「英語表現II」の教科書、サンプル動画「お花見」と同じ課を、過去ログで評していました。併せてお読みください。
文科省からは上意下達での新課程実施、「英語は英語で…」の流れ、財界の意向を汲んだ内閣主導の英語教育改革など、めまぐるしく状況が変わる「今」だからこそ、「英語教育関係の大学の先生」が関わる指導書、概説書が「拙速」であってはならないと思っています。教科書・教材に「誤用」がないことが望ましいのは勿論ですが、「御用…」ばかりを伺うのはちょっと…。
◯◯先生には期待しています。 (◯◯にご自分のお名前を入れてお読み下さい)
本日のエントリー冒頭の写真は、私の初任校の1991年度の『紀要』の拙稿からとったものです。「語法覚書」のような内容で、「数量詞と否定の作用域」の表面をなぞった程度の内容です。26歳位ですね。今読み返すと「青い」と思います。この後、同僚のY先生から、コメントと言う名のダメ出しを受けた項目でもあります。でも、「青い時代」があるからこそ、今があるのです。その道程で、様々な人の支援、協力、ダメ出しが数多ありました。そのお陰で、教壇に立ち続けることが出来ています。
いつも繰り返すのはこのことばでした。
- より良い英語で、より良い教材
今日は一つ付け加えておきます。
- よりマシ選択で、よりマシ授業
そして、その選択をするのは私自身であり、あなた自身です。
本日のBGM: 若者のすべて (フジファブリック)